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5.逆転への布石

 ガコンとリムにボールがあたり、ネットへと転がり落ちる。

 修応の得点がまた2点加算された。  

 何でもないゴール下からのシュートだが、ここまでほぼ外していない。

 このパターンに持ち込まれると諦めるしかない。


「またあのでかい奴だ」


「修応が押し始めたな!」


「きゃー、かっきー頑張ってー!」


 黄色い声援も混じり、観客の雰囲気は上昇中。

 逆にこちらのベンチの雰囲気は下降中。

 仕方ないだろ、じわじわ負けてきているんだし。


「くっそう、垣内め。調子に乗りやがって」


 俺はベンチに座って毒づいた。

 スコアは修応が64点、海凛が55点。

 第3Q終盤でこれはまずい。

 二桁つけられると、バスケでは中々挽回は難しい。

 こうなる前にどうにかしたかったのだが。


 "第2Qからだ"


 垣内の動きが良くなった。

 シンプルな1on1に加え、味方との合わせを堅実に決める。

 運動量も豊富。

 おまけにオフェンスパターンも多彩ときている。

 ローポストからのショートジャンパー。

 ハイポストからのドライブイン、そこからのゴール下。

 リバウンドを拾ってのティップイン。

 更にフックシュートまで使いこなす。

 ステップもぎこちなさが少なく、パワー勝負もこなす。

 修応のバスケ部にいる器じゃないだろ、ちくしょう。


 "エージだけじゃ対応出来ない"


 祈るようにコートを見た。

 エージはずっと垣内のマークをしている。

 懸命に守っているが負担が大きいのだろう。

 目に見えて息が荒い。

 自分より6センチ高い相手に、体で押し込まれ続けているのだ。

 ほら、今も。


「ハイポスト、垣内入った!」


「またそこからのミドルあるぞ!」


 うちのベンチが声を出す。

 エージが垣内に食らいつく。

 ブロック出来ないまでも、楽にはさせない。

 その気迫が滲んだDFだった。

 

 けれども修応が一枚上手だった。

 垣内がボールを構えた時だった。

 ゴールラインぎりぎりを、別の修応の選手が走る。

 海凛(うち)のDFの注意が垣内に気を取られた瞬間。


「目線切るなっ!」


 俺が叫んだ時にはもう遅かった。

 垣内が鋭くパスを入れる。

 バン、と強くフロアを叩き、ボールはゴール下へ。

 切り込んだ修応の選手がキャッチした。

 ノーマーク。

 余裕をもって、そのままレイアップへ持ち込まれた。

 鮮やかなチームプレイだ。

 点差は更に開いた。

 66−55。

 11点差。

 やばいな、これは。


「コーチ」


 我慢出来なくなってきた。 

 これ以上は無理じゃないか?

 どうにか流れを変えないと。


「まだだ、有村。4Qまで待て」


「しかし」


「待て」


 強い口調ではない。

 けれど断固とした意志を感じた。

 信じるだけの強さがあった。


「分かりました」


 再びベンチに座り試合を見つめる。

 やがて第3Q終了の笛が鳴った。

 互いに一本ずつシュートを決めた結果、スコアは68−57。

 11点差で最後の10分を迎えるというわけだ。


† † †


 最後のインターバルの間にうちは動いた。 

 コーチの決断だ。


「沢井アウト、有村イン。島田と並んで2ガードで。有村、コート上の指揮権はお前に託した」


 来た。

 ブルリと身震いする。

 184センチの沢井を下げ、俺を入れる。

 その意味はゴール下を捨てるってことだ。

 念のため確認する。


「徹底して平面勝負って理解していいんですね」


「そういうことだ。きついかもしれないが、残り10分、相手のPGをオールコートで抑えろ。島田もだ。有村と同じくオールで当たれ」


「うっす。有村さん、精一杯サポートします」


「頼む。で、ハーフコートに持ち込まれた時はどうします?」


「ボックスワン。有村が引き続きボールマンをマンツーで抑える。残り四人はインサイドを2−2のゾーンだ。相手のでかいの、垣内だったか、あれは白崎だけじゃ無理だ」


 悔しいが、エージとしては認めざるを得ない。

「すません」と軽く頷いていた。

 けれどどこかホッとした顔だった。

 それだけあいつをマークするのは厳しかったのだろう。

 時間が来る。

 立ち上がり、コートに入ろうとした時だった。


 "ああ、そうだ"


 フッ、と胸に差し込むものがあった。


 "今、エージに言わないと"


 きっと、俺は後悔するな。

 根拠は無いけど、そんな気がした。


「エージ、お前は覚えてないだろうけどさ。俺、お前に昔約束したんだ」


「ん、何を?」


 最終(ラスト)クオーターが始まる前のほんの僅かな時間、俺とエージは言葉を交わす。


「ミニバスやってた時さ。俺がパスしてお前にダンクさせてやるって言ったんだ」


 小さい頃の約束だ。

 別に何の価値があるわけじゃない。

 けれど、せっかくだから今言っておこう。

 こいつとバスケするのは……これが最後になるからな。

 エージと目が合う。

「あ、そう言われてみれば」とあいつは笑った。


「ガキの頃の約束だ。無理して守ろうとは思っちゃいない。けどまあ、こういう試合だ。狙ってみるのも」


「悪くないよな、ほっちゃん」


「だろ?」


 ピッ、と審判の笛が鳴る。

 俺の左拳とエージの右拳が軽くぶつかり、すぐに離れた。

 何試合一緒にやってきた、俺達は? 

 勝ったり負けたり色々あったな。

 初めて練習試合に出た時は、緊張しまくってガチガチだったよな。


 "だからさあ"


 最後くらいはキッチリかっこつけても。


「最後のジャンプボールだ!」


「ボールは……競り勝った! 海凛!」


「11点差逆転なるか!?」


 バチは当たらないだろうよ!

 ジ、と心の底で何かが燃えた。

 ボールをもらう。

 絶対に奪わせるか。

 俺は何のためにここにいる。


「島田、エージのスクリーン使って逆サイドに切れろ!」


 大きな声で指示を出す。

 右手でドリブルしながら、左手を大きく振る。

 身振り手振りもPGの大事な仕事だ。

 チームを引っ張るには演技もいる。

 そしてこのアクション自体が。


 "フェイクにもなり得る!"


 俺についたDFが一瞬だけ目線を外した。

 その隙をこじあける。

 駆け引き無しのドライブイン。

 今の俺の最高速で修応のDF陣を切り裂いてやる。

「わっ、速っ!?」と誰かの声が聞こえた。


 "当たり前だ"


 この一瞬のためにここにいる。

 外のシュートが無い俺にはドリブルと。


 "ヘルプきた"


 別のDFがスライドしてくる。

 垣内はエージについたままか。

 視界の中の敵味方の位置は完全に把握済み。

 これなら。


 "パスが活きる"


 ただのパスではヘルプにきたDFにぶつかるけど。

 ボールを持った右腕を前から後ろへ。

 ノールックで背中を通した。

 声にならない声をあげ、修応のDFが固まる。

 絵に描いたようなビハインドバックパス。


「で、これを」


 パスを受けたエージも上手い。

 キャッチしない。

 代わりに指先でタップして更にパスした。

 ゼロコンマの時間を削られ、DFの対応が遅れた。

 そしてボールをもらったのは。


「いただきっすわ!」


 島田が待ち構えていた。

 瞬時にキャッチ&リリース。

 全く迷いの無い3P。

 外れることなど微塵も考えていないのだろう。

 全く、大したクソ度胸だ。

 敵味方がシュートの行方を見つめる。

 凍りついた時間の中、ボールは過たずゴールの中心を射抜いた。

 観客のボルテージが沸騰する。


「3P! 海凛、追いすがる!」


「Q最初の大事な一本を決めたー!」


「やっぱ経大戦はこうでなくちゃなー。見に来て良かったわー」


「修応、ドンマイー! まだまだ8点差あるよー!」


 そうだ、まだ始まったばかりだ。

 一番楽しいラスト10分はな!

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