第2話
―惑星 アーカイブ―
星全体が闇雲に包まれ、各地で砂嵐や雷嵐が起こっている中で、比較的気候の穏やかなレオツルフ地区。
この地区の南部に広がる岩砂漠を1台のビークルが疾走していた。
「ヤバイヤバイヤバイ!! なんで小型のレーザーガンしか持って来なかった時に限ってサンドワーム……しかも3rdクラスがでてくんだよ!?」
そう言った青年を乗せたビークルを追いかけるものは何も見当たらないが、なぜか彼は後ろを振り向く事もなく必死の形相でビークルを操作する。
ズズズ
(まずい!!)
宙に浮いているはずのビークルにまで振動が伝わってくるほどの地響きが起こる。
次の瞬間
彼の乗るビークルのちょうど真下から巨大な鋸のようなものが2本、ビークルを真っ二つにするように迫ってきた。
「うわぁ!!?」
ブンッ
ズサン
彼はビークルを加速させ、辛うじて鋸のようなものを避けると、それは鈍い音を立て、さっきまで彼の居たはずの空間を切り裂いた。
「あっぶねぇぇぇえ!!」
しかし、彼に安堵する余裕など無かった。
「きた、サンドワームだ!!」
青年がミラーで確認するとビークルから30m程後方を何か巨大な百足のような生物が迫ってきていた。
サンドワーム。
ワームといってもミミズのような小さなものではない。
体長8m、その強靭な顎はジュラルミン合金をも軽く噛み砕き、甲殻は小型のものならレーザーガンすら無効化し、地中を自在に泳ぎ回る。
そしてその獲物を追うときの地上での速度は……
「くそっ!こっちは170km/h出てるんだぞ!なんで引き離せないんだ!?……むしろ追い付かれてきてる!?」
青年の乗るビークルと同じ、もしくはそれ以上だった。
(ヤバイ!このままじゃ、不本意だが仕方ない)
「おい!アイル!!いい加減、起きろ!」
青年がビークルの後部座席をチラリと見ながら叫んだ。
そこには青年にアイルと呼ばれた女の子が、まるで触覚のような前髪を微かに揺らして、青年の言葉に起きることもなく、気持ち良さそうに寝息を立てて眠っていた。
「お、起きろって言ってるだろ!!」
シュッ ガツン
「っ!?ふぇぇ!?!?」
青年は手元にあった砂が入り込んで動かなくなってしまった小型ナビを女の子めがけて投げ付けた。
「アイル、起きたか!?」
「しゅ、朱里さん!?なっ、何するんですか!痛いじゃないですか!!」
朱里と呼ばれた青年とは、一風変わった服装をしているアイルは、顔を赤くしながら朱里に向かって怒りを露にする。
「お前、少しは状況を把握しろよ!ちょっと後ろを見てみろ」
「えっ?後ろ?……うわぁ、朱里さ~ん」
「なっ、なんだ!?」
「後ろからもの凄い勢いでサンドワームがせまって来てるんですけどぉ」
「んなもん分かっとるわぁぁあ!てか、なんでお前そんなに落ち着いてんの!?」
「えへへ、だって私の敵じゃないですし。まぁ、朱里さんが今日一緒に寝てくれるなら私が倒してあげちゃうかもしれないですよ」
「…………」
(こ、こいつ。でもそうしないと俺は)
「わ、わかった。一緒に寝てやる!ただし、今日1日だけだからな!だから早く『あれ』をなんとかしてくれ!!」
そう言った瞬間、アイルの顔が緩んだのを朱里は見逃さなかった。
「全く、世話のやけるマスターですね。でも今日は、なんだか気分がいいので特別に助けてあげちゃいます」
そう言うとアイルは後ろに向き直し、サンドワームに向かって手を翳した次の瞬間。
ピッ キィィィィイン
鼓膜が痛くなる程の高音を響かせ、
アイルの手の先から対母艦級のレーザー砲に匹敵するレーザーが発射された。
アイルの放ったレーザーはサンドワームには当たらずに左に逸れたが、近くの岩山を跡形なく消し飛ばした。
そして、自らが敵う相手ではないと判断したらしいサンドワームが地中へと帰っていったのを確認すると、
「ふぅー、た助かった」
朱里はビークルを停止させ、バンドルに突っ伏した。
「さて、朱里さん、ちゃんと『あれ』撃退しましたよ! 約束は守ってくださいね!」
意気揚々と朱里に近づいてくるアイル。
(てか、お前は俺の補助アンドロイドだろ!?助けるのが普通じゃね?)
とは思ったが口には出さなかった
アンドロイドとは言えアイルはRH-typeと呼ばれるもので、
高度な知能、感受性、感情もあれば、条件さえ揃えば人間との間に子供すら作れる。
『第二人類』と言われているほど人間に近い。
かつては『RH-typeもアンドロイドだから人間の奴隷だ』……そうした根強い偏見もあったが、
それでも朱里はアイルを人間のように……自身のパートナーとして接するようにしている。
だから。
「あぁ、わかってるよ。とりあえず、ありがとな」
素直に礼を言って、アイルとの約束もちゃんと守るつもりだった。