霊剣・蜈蚣切丸(むかできりまる)
近江国に入ってすぐに、俺と保久は宿をとった。
しばらくくつろいでいたら、宿の主人がやってきた。
「女の方が、お客様にご用とのことで玄関まで来ております」
保久は女と聞いて
「藤太さんも隅に置けないなあ。いつの間に近江国に女を作ってたんですか?」
とぬかしやがった。俺はそれを無視して宿の主人に言った。
「じゃあ、ここに通せ」
「いえ、それがお客様に玄関まで出てきてほしいとおっしゃるのです」
無礼な女だな・・と思ったんだが、俺はとりあえず玄関先まで出て行った。
女はスレンダーな体つきで、細面で顔の小さい、なかなかいい女だった。
いわゆる平安美人じゃないぞ。
現代風のモデル体型の美女だ。
どちらかというと、こっちの方が俺の好みなんだよな。
しかし、俺の後に立っていた保久が耳打ちした。
「・・・この女、人間じゃありませんよ」
すると魔物か?
「お前は何者だ?」俺が問うと女は答えた。
「私は先ほど瀬田の唐橋でお目にかかった大蛇でございます」
「その大蛇が何用だ?」
「実は私は瀬田川に住む竜王の娘です・・・」
この女、竜王姫の話を要約するとこんな感じだ。
例の大ムカデが三上山に現れてから、たびたび琵琶湖を襲ったんだ。
そのたびに竜王が立ち向かって対抗したんだが、ムカデはかなり手ごわい。
毎回、辛くも追い返してはいたのだが、竜王も傷つきかなり疲弊しているという。
「なるほど、竜王が防いでくれていたおかげで、あれほどの蟲の毒が今まで微量で済んでいたんだ」
保久は得心したように言った。
さらに竜王姫の話はつづく。
あの大ムカデを退治できる強者を探すため、娘である竜王姫が大蛇の姿で瀬田の唐橋に寝そべっていたんだ。
俺が大蛇を恐れもせずに踏みつけて渡ったものだから、これはかなりの強者に違いないと訪ねてきたというわけだ。
竜王姫の見立ては正しい。
この日本、いや世界中探したって俺ほどの強者は存在しないからな。
「話はわかった。明日とは言わない、今すぐ行って退治してやろう」
俺はいきり立ってこう答えたんだが、竜王姫は言った。
「ありがとうございます。しかしその前に、ぜひ父の竜王にお会いください」
というわけで、俺たちは竜宮に案内された。
竜宮と言っても浦島太郎みたいに水底に行ったわけじゃないぞ。
瀬田の唐橋のすぐ横にある屋敷で、現代は神社になって残っている。
「俵藤太殿、よく来ていただいた。あなたほどの剛の者に来ていただけるとは心強い限りだ」
竜王は丁寧に頭を下げた。
人間の姿をした竜王はかなりの高齢で、あまり健康には見えなかった。
傷ついてもいたし、ムカデの毒にやられていたのかもしれない。
とにかくこれ以上戦うのは、もう無理だったろう。
「私のことをご存知とは恐れ入ります。あの大ムカデはきっとこの藤太が退治してご覧にいれます」
「ふむ、かたじけないことだ。それならばぜひ、竜王家に伝わる霊剣を受け取ってほしい」
そう言うと竜王は一振りの刀を差し出した。
これが後に蜈蚣切丸と呼ばれることになる、魔を断つことができる霊剣だ