愛葉 久由梨②
愛葉の名前は久由梨というらしい。去年の期末テストの掲示を見直して確認をしたから間違いない。しかし彼女は一体どこで、私と片桐の仲を知ったのだろう。注意していたはずだが。
「本日はここまで。将棋部と囲碁部の子は少し待っていて下さいね。部室の事で話があります」
「えー」
「そういうのは早くしておいて欲しかったです」
「お昼の後じゃダメなんですか」
「ごめんねぇ。こっちにも都合があるのよ」
将棋と囲碁か。私はルールが分からない。愛葉は確か、将棋部だったような。次会った時にでも確認してみるとしよう。
「九条さん」
「今行くよ」
片桐が迎えに来たようだ。その事がすでに異常事態ではあるけど、すでに校内では片桐の話題で持ちきりのため問題はない。
いわく、片桐の取り巻きが全滅したという。その理由は私にある、というものだ。正しく伝わっているかは定かではないが、回りの反応からして、悪いものではない。むしろ取り巻き側が学校にいられない事態みたいだ。
冴条と正院は片桐を怒らせ、見放された。そう伝わっている。この噂によって変化した噂が一つある。仲が悪いと思われていた片桐と私は、そこまで悪い関係ではない、というものだ。特別仲が良い訳ではないけど、悪い訳でもない。むしろ取り巻きが九条の私に嫉妬して振りまいたデマ、という事らしい。
取り巻きはすでに解散され、今や片桐の敵という認識になっている。それどころか、好き放題やりすぎたツケだと同情すらされていない。片桐の格が傷ついていないので、私は特に気にしていないけど――片桐本人はどう思っているのだろう。
「片桐様っ。先の授業で分からない所があるのですけど……」
「えぇ。明日の自習の際時間を取りましょう」
「ありがとうございます!」
「片桐様、私もその時参加しても良いですか?」
「えぇ。もちろんです。人数によっては部屋を変えますので、掲示板を確認して下さい」
「はい!」
取り巻きが居なくなった事で、片桐と話せる人間が増えた。その事で面倒見が良い部分が強く前に出ている。今では前より、生徒会長として信頼されているようだ。僅か半日でこれなのだ。卒業する頃には片桐家の時期当主としての格を最大限まで高められる事だろう。
「どうしました?」
「いいや。頼りにされているみたいで良かったよ」
「私としても、少し身軽になった気分です」
取り巻きが居た頃は、威圧されて話しかけられなかった子達が多い。片桐がため息をついたりしていた事も関係があるだろう。実際は取り巻きの行動に呆れていたのだけど、本人達は知らない。
「悪い子達ではなかったんです。歳をとる毎に、片桐家という物を意識していった結果です」
「少しでも取り入ろうって話かな」
「言い方が悪いですが、そういう事です。より良い恩恵の為に、私の傍に居る必要があったのでしょう」
良くも悪くも、片桐も家に縛られている。自由に見える私が、どうしようもないほどに九条であるのとは違うけど。結局の所私達は、親の傀儡でしかないのかもしれない。
「この話はまた時間がある時に。部活の話をしましょう。ドレッサージュとジャンピング。どちらが良いですか?」
「団体の話かな?」
片桐がイベンティング。総合馬術だろう。馬場馬術と障害飛越どちらかを選ぶしかないようだ。
「えぇ。個人にも出ることが出来ますけど、どうします?」
「個人だけっていうのは」
「駄目です。すぐに負ける気でしょう」
「流石に、そこまで怠けていないよ」
バレてしまっていた。片桐に隠し事は出来ないな。しかし、団体か。回りの足を引っ張る訳にはいかないし、ここは。
「ジャンピングかな」
ドレッサージュは、ジェファーとなら出来るだろうが、ジェファー以外の馬だと出来ない。何度か落ちかけた事がある。というよりまともに乗れた試しがない。
「分かりました。詳しくは個室で」
「ああ」
部室で昼食を摂りながら話す。今日は早めに切り上げて、ジェファーのお世話をする予定だ。暫く私もお世話になるのだから、ブラッシングや餌やりをして信頼関係を高めないといけない。
まさか、部室がなくなるなんて思わなかった。
「愛葉さんごめんなさいね? せっかくやる気を出してくれたのに……」
「いえ……」
でも、これはチャンスだと気持ちを切り替える。部活も頑張ってるって桜さんに見せられたらって思ったけど、そんな裏のある頑張りは気が引けてたから。
帰りが早くなるんだから、桜さんと会う為にタイミングを作りやすいはず。
「部室がない間の活動ですが、どうすればよろしいのですか?」
「外出許可を出します。近場にある喫茶店の一室をお借り出来ました。そこでお願いします」
外出許可。これを上手く使えないだろうか。桜さんは外出許可を無条件で持ってる数少ない一人。私もこの外出許可で、何か。
「空き教室はないんですか?」
「あるにはあるのですが、他の生徒も使いますのでご了承下さい。大会も近いことですし、出来るだけ多くの練習をと、特別に許可を取りました」
空き教室があるからやっぱり無し、とならなくて良かった。喫茶店、か。桜さんと一緒に行ってみたいな。
「近場の喫茶店では普段から近所のボードゲーム好きが集まるそうです。部活仲間以外との練習も出来て良いと思います」
他の人に交じってしまえば、桜さんが居ても大丈夫なはず。今日の帰り、誘ってみよう。桜さんの部活の終わり時間、聞いておかないと。その時に誘おう。片桐様が居ない時にしないと、二人きりになれない。
「愛葉さん?」
「は、はい」
「愛葉さんも、来てくれるかしら」
「はい。もちろんです」
「良かった。愛葉さんが居てくれたら百人力ね」
「今年こそ優勝して、部室取り返そう!」
それにしても……部室取り上げられるくらい弱いのかな。この学校の将棋部と囲碁部。せっかくだから、大会優勝までは頑張って参加しよう。
「ねぇねぇ。愛葉さん」
「はい」
余り話した事はなかったけど、これから一緒の部活で頑張っていくんだから、しっかりと交流しよう。桜さんも私に、普通の学生生活を送って欲しいって言ってくれたから。
「九条様とは、どういう関係なの?」
「え?」
「教室まで迎えに来てくれたりお姫様抱っこだったり! 片桐様も交えて教室で話してたり!」
恋バナという物なのかな。お金持ちな人たちも、普通の人たちみたいに楽しむんだ。ちょっと意外。
「友達、ですよ」
「本当に?」
「は、はい」
「そうは、見えませんわ」
少し、しつこい。私も自覚はしてる。絶対友達として見てないってバレてる。バレてないのは桜さんにだけ。片桐様にもバレちゃってる。でも、自分の口から言うのは恥ずかしい。この気持ちは最初に、本人に伝えたいとも思ってる。
「友達、です」
「そっかぁ。九条様って謎が多くて、ちょっと怖い? と思ってしまいますわ」
「本人も、見た目が不良っぽいって、気にしてました」
「ぽい、だけなんですよね?」
「はい。優しい、人ですよ」
桜さんに興味を持たれて、私と会う時間が減るのは嫌だけど、それ以上に不良って思われてるのは嫌。だから誤解はちゃんと解く。せっかく片桐様の取り巻きも居なくなって安心できるようになったのに、他の人から煙たがられてたら悲しい。
「片桐様との不仲って、本当なのでしょうか?」
「それは……」
本当は、きっと……一番の親友。桜さんは片桐様の前でしか自然な笑顔を見せなかった。今では、私にも向けてくれるけど……。昔の桜さんを知ってて、桜さんの秘密も共有してて、頼られて、羨ましい。私も近づきたい。
「多分、仲は悪く、ないよ?」
「そっかぁ。噂は噂ですね」
「はい」
嘘をついてしまった。自己嫌悪。でも二人が、そう見せたがっているんだから、良い……よね。
「じゃあ愛葉さん! 将棋、教えてくださいますか?」
「はい」
屋上で寝てた時期が、私にはある。太陽が眩しくてすぐに止めたけど……。その時に、初めて二人を間近で見た。噂でしか知らなかった二人。不仲の二人。なのにそこには、お互い自然な笑顔で話して、ご飯を食べる二人が居て……。桜さんの笑顔が綺麗で、私は――。
「王手」
「え!? えっと……ま、待った?」
「こっちに、逃げれますよ」
「あ、本当!」
詰みまで、後十五手くらいかな。片桐様の裏をかいて桜さんを手に入れるには……後何手いるのかな。
「あ、あれ? えっと」
「三手前で、ここにした方が」
「そ、そうなの? じゃあ戻っても良いかしら?」
「はい」
ゆっくり、進めたほうが、良いのかな。片桐様と桜さんの間に、何があるのか……分からないけど……時間は、ありそうだから。