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百合の花 ~赤い心と鈍い金~  作者: あんころもち
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九条 桜④



「お迎えに上がりました。愛衣様」

「えぇ、ありがとう」


 少し離れた物陰から様子を窺う。私の事は気付かれていない。ほっと一安心する。


「愛衣」

「……はい」

「少し遅かったわね」

「部活動が少し長引きましたから」

「そう。()()()?」

「本当です」


 ここからは見えないが、声と威圧感は伝わってくる。片桐の母親が居る。いつも迎えに来ているから当たり前といえば当たり前か。どうして毎日くるのかは分からないが、予想は出来ている。


 あの日、片桐が私にヘアピンをくれた日だ。片桐母の前で片桐は、私の手を引いて強引に振り切っている。それを見ていた片桐母は私を、複雑な表情だったものの憎々しげに見ていたのを覚えている。


 つまり彼女は、私が片桐と一緒に居ないか見張っているのだ。何年も、一日も欠かさずに。


「乗りなさい」

「はい」

「今日はあの子達は居ないのね」

「もう会う事はないでしょう」

「そう」


 冴条と正院の事だろう。聞いておきながら、片桐母はさして気にした様子はない。ただ、いつもと違う事に興味があったというくらいのものだ。


「愛衣、分かってい」

「分かってますっ! 竹中さん、出してください」

「……畏まりました」


 片桐母の言葉を怒声で遮り、片桐家の車は走り去って行った。私の所為で、仲が良さそうだった二人の関係は険悪なものとなっている。


 本来私は身を引くべきなのだろう。最初こそわだかまりが残るだろうが、時間が解決してくれる。


 しかし、私が居る限りそれはない。私は私の都合で、片桐の優しさに甘えている。


(情けない。しかし――手放すには少し、片桐と仲良くなりすぎた)


 あの日、ヘアピンを受け取った時から私は――片桐を手放す機会を逸してしまっていた。




 片桐家の車が離れてから、十分過ぎるほどの時間を空けて九条家の車がやってくる。運転手とメイドが一人乗った、少しばかり高い車だ。学生の送迎には高いものだけど、九条家の車として見れば安い方だろう。


「お嬢様。お待たせして申し訳ございません」

「気にしないで、咲。いつもごめん」

「それこそお気になさらないでくださいませ」


 咲が開けたドアから車に乗り込む。


「今日は、片桐様とは如何でしたか」


 咲は、私と片桐の関係を完全に知っている数少ない人間の一人だ。目の前で私が連れて行かれるのを見ているし、その後咲にだけは話している。その方が隠れやすいと考えたからだ。


「少しだけ助けられたよ」

「助け、ですか?」

「体育倉庫で、何人かに質問攻めに会ってね」

「まあ……お怪我がないようで良かったです」

「はは、片桐が止めてくれたから」


 片桐には助けられてばかりだな。少し笑みが零れてしまう。片桐と出会って、笑う事が多くはなった。まだ満面の笑みとは、いかないけれど。


 咲が心配して、私の体を一応診ていく。怪我がない事を確認して、胸を撫で下ろしている。咲にも心配をかけてしまい申し訳なく思う。私が生まれた頃からの付き合いだ。


「変わった事はなかったかな」

「何人か、旦那様へ直談判に来た方達が」

「分かったよ。後でメールを入れておく」


 そのメールを見るかどうかは分からないけど。見たとしても、対応することはないだろう。人材整備とも言える不条理によってリストラとなった社員達の魂の叫びだが、父には届かない。悲しくもあるが、父の下で働くとはそういう事なのだ。


 雇い主でもない私では、彼等に何もして上げられない。


「他は?」

「愛菜様への招待状が多数届いています」

「纏めて送っておいて」

「畏まりました」


 いつもと変わりない報告だ。


「それと、旦那様が明日……お嬢様も北海道に来るようにと」

「そう。電話を」

「はい」


 咲から電話を受け取り、かける。出るかどうかは微妙だったが、出てくれたみたいだ。


『何のようだ』

「明日向かえとの事でしたが」

『あぁ、早く来い』

「行きませんので」


 通話を切り、電話を投げる。単刀直入、愛想の欠片もない拒絶だ。普通の家族なら再度電話が鳴り響くだろうが、家ではそんな事にならない。私が行かないといえば、それで終わりだ。


 どういう意図で私を呼び寄せるのかは知らない。どうせ大した理由はないだろう。実際のところは分からないが、私を困らせてストレス発散したいだけと私は決めつけている。


「恐らく縁談の話かと」

「政略結婚ってやつかな」

「はい」


 本当に、大した理由ではなかった。私のような人間を貰いたがる人が居るとは驚きを隠せない。政略結婚ならばしつこくかけ直してくるかと思ったが、そんな事にはならなかった。どうやら、相手から持ち掛けた物だったらしい。


 もし父からもち掛けた縁談であれば、メンツの為に強硬策に出ただろうが。


「ほんと、最低な父だな」


 咲の反応し辛い呟きと共に私は、窓の外を見る。都会とはいえない街並みを茫然と眺める。


 片桐と愛葉も、この夕焼けを見ているのだろうか。今日の夕焼けは少し、眩しすぎる。




「愛衣」

「何です」

「いい加減に九条の娘と付き合うのをやめなさい」

「何度も言わせないで下さい」


 何度も、何度も何度も何度も。お母様は私に言うのです。九条の娘と付き合うなと。何故そのような事を言うのか、()()()()()()()()。しかしそんな、ふざけた理由で納得しろというのが無理な話です。親の問題を私達に持ち出さないで欲しい。


「九条さんは、お母様の仇敵ではありません。謂れのない憎悪をぶつけられる九条さんの気持ちを考えた事がありますか!?」

「理解しているでしょう。九条という家がどういった物なのかを」

「九条さんは、九条の娘ですが……九条ではないでしょう」


 親からも虐げられ、見ず知らずの人からも憎悪をぶつけられる。なぜ、九条さんだけがそんな目に会わなければいけないのですか。それもそんな――個人的な、俗な理由で。


 九条さんは、何故お母様が嫌っているかを知らない。薄々原因は分かっているかもしれませんが、明確な理由を知りません。知れば、呆れるでしょうか。それとも……怒るでしょうか。


「私は九条さんとは()()として今まで通り付き合います。俗世の問題を学院まで持ち込まないで下さい」

「あの子の何が、貴女をそうさせたのかしら」

「何の事か分かりかねます」


 学友です。お母様が何を言いたいのか、私には分かりません。

 

 顔をお母様から外し窓の外へ視線を向けると、夕焼けが飛び込んできました。スモーク越しでもこの眩しさです。きっと彼女なら、眩しすぎると言った事でしょう。


 ”~すぎる”。これは彼女の口癖です。自分を卑下しているからこそ出る言葉。そんな風に彼女を歪めたすべてが、私を憤らせます。お母様もその一人です。


 あの時、彼女と初めて出会った日。お母様があのような視線をぶつけさえしなければ、彼女ともっと早く知り合い、隠れて過ごす事なんてなかったはずですのに。


「生徒会長として、学友を差別する事などあってはありません」

「……学友以上と判断したら、分かっていますね」


 そんな事分かりたくなどありません。私は片桐の傀儡ではない。自分の意思で全てを決めます。進路も生き方も、友人も。


(友人……)


 私はいつか、素直になれるでしょうか。そうなれば、彼女ともっと――。


「……」


 今日の夕焼けが強くてよかった。これならばお母様にはバレないでしょう。




「……」


 手元にあるのは、桜さんからもらったヘアピン。このヘアピンの意味を私は知っている。片桐様がいつもこれを、愛おしそうに見ていたから。


 だけどこれじゃない。もし片桐様と桜さんを結ぶ大切なものであれば、これがここにあるはずがない。これは桜さんが作った模造品だと思う。


「それでも」


 桜さんからもらえた物。

 

 片桐様と一緒に居る時と同じような表情で、私に接してくれた。桜さんは私の事を、少しは特別視してくれているみたい。嬉しい。でも――。


「……片桐様」


 あの人は桜さんにとって、本当に大切な人。今日一緒にお昼を食べた屋上。あそこは、二人が使っていた場所だ。


 どうすれば私は桜さんの――。


 窓からちらちらと、夕焼けが入ってくる。少し眩しくて、煩わしい。でも……やっと、勇気を出せそうなんだ。だから、煩わしさも愛おしい。


(明日から桜さんは、馬術部の大会に向けて練習と打ち合わせ)


 暫くは、二人になる事は出来そうにない。でも、明日の帰りは少しだけ時間を作ってもらえた。一歩進むために、頑張ろう。片桐様は奥手なんだもの、私の方が、先にいける。


「負けませんから」


 まずは……ちゃんと、起きていられる様にしないと。せっかく一緒に居られるチャンスを、寝て過ごしてしまった。膝枕は嬉しかったけれど、ほんとうはもっと話したかったのに。お姫様抱っこまでしてもらえて、得した気分だけど……。


 まずは、私を知ってもらわないといけない。ただの怠け者と、思われたくないから。



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