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百合の花 ~赤い心と鈍い金~  作者: あんころもち
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片桐 愛衣②



 ジェファーに挨拶を済ませ、体育倉庫へ向かう事にする。しかしその前に、伝えておかないといけない事があった。


「そういえば片桐」

「どうしました?」

「愛葉は、私達の関係に気付いてるみたいだ」

「……え?」


 片桐が動きを止める。気付かれてはいけないと言ったばかりなのに、一人に気づかれていたからだろう。


「言いふらすような子じゃないから大丈夫だよ。でも、どこで知ったんだろうね」

「……」


 私達は所構わずじゃれ合ったりしない。人目のない場所、誰も居ない部室や屋上が殆どなのだが。


「どこまで気付いてるかは分からないけどね。一応気をつけておいて」

「……分かりました」

 

 体育倉庫は少し離れている。急ぐ必要はないけれど、帰りを待つ使用人達に悪いから時間はかけてられない。


「それじゃ」

「はい」


 片桐と別れ、学院の端の体育館倉庫へ。普段は部活動で人の行き来がそれなりにあるはずなのだが、人通りが全く居ない。


(片桐の名でも使って人払いしたかな。本当に、図太い神経をしている)


 相変わらずの、虎の威を借る狐っぷりだ。片桐を虎と呼ぶには少々可愛らしすぎるが。何かといえば猫だと私は思っている。


 最近は余り感情を見せてくれないが、昔はころころと表情が変わって可愛かったものだ。今の、冷静さを装っている片桐は周りから人気者だけど、私は少し物足りない。大人になったと言えなくもないが――私から言わせれば、擦れた? というべきか。


 っと、そろそろ入るとしよう。


「来ましたか」

「一応ね。手早く頼むよ」

「……質問がございますの」

「どうぞ」


 片桐の予想通り、何か質問があるようだ。冴条と正院、その他にも三名の生徒が私の回りを取り囲んでいる。質問というより、尋問といった雰囲気だが。


「片桐様とはどんな関係なんですの」


 直接的だな。時間がないから突っ込んだりはしないが、私の答えに納得してくれるだろうか。


「どんな関係とは?」

「惚けないで下さい。片桐様はいつも、貴女を見るとき切なそうな表情をしていますのよ!?」

「切なそう?」

「そうですわ! まるで――恋をしているような!」


 何かと思えば。変な勘繰りはしないで欲しい。確かにそういった表情をしている時がある。けれどそれは、寂しがっているだけだ。私もそうだけど、本当は隠れて会わずに堂々と学院生活を送りたいのだ。


 それが出来ないのは全て、親の都合でしかない。


「そんな表情をしているのか。私は見た事ないな。顔を付き合わせれば喧嘩ばかりだから」


 嘘は言ってない。本当の事も言ってないが。


「当たり前ですわ。いつも貴女の背中に向けている視線ですもの」

「背中?」


 片桐……。あれ程気をつけるように言っていたのに、表情に出てしまったのだろうか。


(しかし、それが切なそう? 寂しいなら、分かるのだが)


 本人に聞こうにも、片桐は隠れているから呼べない。


「どういう関係ですの?」

「片桐に聞いた方が良い。私には分からない」

「では、貴女はどう思っているんですの」

「私?」


 困った。どんな質問でも流すつもりだったが、この質問だけは流せそうにない。嘘もつきたくない。


「……」

「答えたくないと?」

「他の質問なら答えるよ」

「どういう立場か分かっています?」

 

 どういう立場も何も、サンマルテ所属の同級生だけど。友人ではないが、命令される立場でもない。だから脅さないで欲しい。面倒な。


「……」

「絶対に答えてもらいます。ですが、答えて頂けないのであれば致し方有りません。愛葉さんをどうしたいんですの」


 次の質問にいってくれたようだ。次は愛葉の事か。


「どうしたいって、友人だよ。普通に学院生活を送るだけだ」

「彼女と、()()に?」

「あぁ。普通に」

「それは無理ですわ。彼女は私達とは違います」

「そうは思わない」


 推薦組だから、という訳ではないだろう。この者達は愛葉の才能に嫉妬しているらしい。確かに愛葉は人並みはずれた天才だけど、話していれば分かる。私とも普通に話し、笑い合える、ただの少女だ。


「どうしたいって質問だったね。仲良くやりたいだけさ」

「そんな事で、片桐様の諫言をお止めに?」

 

 あの言いがかりの事か。あれは片桐本人にも言ったけど、変な言いがかりをつけたことで片桐の格が落ちて欲しくなかったのと、この冴条と正院を止めたかっただけだ。


「君達が手を出さなかったら、私は片桐の言葉を止めなかった。愛葉は確かに授業に出てなかった。推薦組としての責務は果たしていたとはいえ、授業には出たほうが良いのは分かるから」


 でも、片桐は少しばかり私情が強かった。後で怒るつもりでは居た。


「分かるかな。片桐の邪魔をしたのは君達だよ」

「何を……!」


 思わず挑発してしまった。何しろ、ここに居る者達の所為で片桐と会える時間が極端に減っているのだから。


「大体! 何で呼び捨てなんですの!? どんな関係ですの!?」


 どんどん加熱していく冴条にため息を出そうになる。だが、私の自業自得だ。片桐を呼ぶ訳にはいかない。


「呼び捨ての理由は言ったろう?」

「貴女が九条だから、ですか!?」

「そうだよ」

「そんな事、理由になりませんッ!! 大体貴女、九条って言ってますけど……!」

(うん。これは、拙い事になった)


 冴条は思った以上に私の事を知っている。片桐家を経由して親から聞いたのだろうか。片桐が私の事を話すはずがないから、親族経由のはずだ。


(扉を閉めないと)


 外に声が聞こえてしまっては――片桐が怒ってしまう。


「……そこをどいてくれるかな」

「言ってるでしょう。ご自身の状況をお考えになるようにと。それに今は冴条さんが話している最中です」

「……」


 逃げようとしている訳ではないのだが、正院が通してくれない。


 少し離れた所にいる片桐と目が合う。明らかに、怒っている。手と目で止まるよう伝えるが、あれは止まらない。


「私、知ってますわ。九条の当主は――娘に全く興味がないと」

「はぁ」

「ネグレクトを受けていたのでしょう。そんな人が九条を名乗って――」

「何を、しているのですっ!!」


 突然の声に、冴条と正院がびくりと肩を震わせる。ただの声では、この二人は簡単に止まらなかっただろう。声の主が、片桐でもない限りは。


「通しなさい」

「か、片桐様……!?」

「答えなさい」

「これは違うんです!」

「何が違うというのですっ!! どう見ても……リンチに見えますが!?」


 片桐がここまで声を荒げる事は少ない。私にはもう止められないが、声をかけるとしよう。


「片桐、これは――」

「貴女は黙っていてくださいっ!!」


 私では止まらない。冴条と正院には諦めてもらおう。せめて、片桐の理性が――私たちの関係を話さない事を祈ろう。


「冴条さん。貴女……先程九条さんに何て言いました?」

「え? ね、ネグレク……」

「何て事を、言うのです。それでも冴条ですか!!」

「も、もも申し訳ございません! しかし、九条さんが……」

「言い訳などしないでください。更に貴女の格を落とすだけです」


 冴条が言っていたのは本当の事だ。私は、ネグレクト――育児放棄を受けていた。その事は片桐も知っている。そしてその時、私の家に乗り込もうとした程度には怒っていた。


 私の口から直接聞いて、こうも言っていた。「自分の事なのに、どうしてそんなに淡々と話せるのですかっ!?」と。私としては事実として話しただけなのだけど、片桐にとっては――耐え難いものだったようだ。


 それを、特に私の事を知らない冴条が言えば、こうなるのか。


「冴条さん。失望しました。粗暴で短慮でしたけど、何れは学ぶ物と傍に居る事を許していましたが――無駄な時間だったようですね」

「お、お待ちください片桐様!」

「貴女もです。正院さん。そして貴女達も」


 冴条たちが目に見えて焦り始める。これから起こる事が怖いのだろう。


「皆さん。ここでお別れです。九条さん。貴女、そろそろお迎えが来る頃でしょう」

「それを伝えに?」

「偶々ですわ」


 絶望した顔で、冴条達は下を向いている。もう私たちの話すら聞こえていないようだ。この話は確実に、親に伝わる。私に対して何をしようが、この者達の親は怒らない。だけど、片桐から見限られた事には怒るだろう。


()()()()()()()()()()()()()()()()()

「えぇ」


 片桐と一緒に体育倉庫から出る。正院達は、そのままだ。中には泣いている者も居るが、自業自得だろう。


「それじゃ、明日の昼に。ちゃんと部活の集まりには行くよ」

「はい。いつもそうしていただけると良いのですけど」

「はは……。それは、私の気分次第だ」


 片桐以外居なければ、いつでも行くさ。その時に今日のお礼をするよ。


(それにしても――)

「良いのかな」

「これで更生すれば、『良い』となるのです」

「スパルタ」

「それは貴女が()()知っているでしょう?」

「御尤も」

 

 回りに見えないように微笑み、迎えに連絡を取る。片桐の迎えと鉢合わせにならないようにしなければいけない。片桐の迎えにはいつも、片桐の母が居るから。



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