買い物⑧
サンマルテ以外は平日だと思うが、昼時ともなれば人が多くなる。車の通りも多くなってきたようだ。
(桜さんが――さりげなく、道路側に)
「さ、桜さん。ありがとうございます」
「うん? ああ。危険はないだろうけど、一応ね」
歩道はしっかりと守られているし、見通しの良い直線だから問題ないと思うが――車を信じるなと、咲や蓮さんから何度も言われている。
「っと、あそこかな」
「はい――凄く、並んでますね」
私達の目的地でもあるトルティーヤ専門店。『Envolver』にも、昼食を求めて大勢の人が入っているようだ。お店の外まで列が出来ている。
「昼時とはいえ、凄いね」
「この辺りでは、一番の人気店みたいですから」
おいそれとは入れないラ・ソワールを除くと、この通りで一番の人気店という事だろう。商店街や本屋はもちろんの事、マッサージ店やジムといったお店もある。大通りに相応しい場所で、一番か。それだけ美味しいという事だな。
「並ぶとしようか」
「はい」
店内は空きそうにない。テイクアウトになるな。
「こちらをどうぞー」
「ん。ああ、ありがとうございます」
並んでいる人達にもメニューが配られるようだ。注文を手早く出来るようように配慮しているのだろうけど――それでもこの込みようなのだから、期待は膨らむ一方だ。
「愛葉、どうする?」
「これがお勧めと香月さんが言っていましたけれど、デザートですね」
「私はこれでも充分だが」
「でしたら、私がタコスを頼むので。シェアしましょうか」
「そうしようか」
なるほど。こういう時はシェアするのか。小食二人なのだから最適解か。
「ねぇ、あのロゴって」
「嘘。ラ・ソワール?」
「偽物じゃないの」
「お金持ちの子じゃない? ほら、この辺って」
「ああ、あの――」
気にしないようにしていたが、周りの声がうるさい。
「やっぱり、この服は目立つんじゃ……」
まぁ、この通りに来ている子達ならラ・ソワールに詳しいか。偽物を疑っている子も多いが――つまり、既に偽物が流通しているのだろう。夕陽社長も苦労するな。
(ただ、まぁ――注目を浴びている理由は、ラ・ソワールだけじゃないよなぁ)
「愛葉が可愛いからだと思うけどね」
「! そ、そんな事は……」
(それは桜さんの事、ですよ……?)
髪型はセットしたままだ。程好いウェーブが愛らしい。夕陽社長のコーディネートは、あくまでも人が主役だ。愛葉の愛らしさを強調するようになっている。だからこその注目度だ。
こういったブランド品を着るにしても、似合っていないと浮いてしまう。困惑よりも好奇の方が強くなる。だが、偽物を疑ってはいるものの――コーディネートに対する愚痴は聞こえてこない。咲や夕陽社長のコーディネートの成せる技か。
「あの服、やっぱりラ・ソワールよ」
「羨ましい……」
「でも、やっぱりあそこの服、可愛い」
「いや、それは着てる子が――」
「はぁ!?」
「い、いや違――!?」
何やら痴話喧嘩もちらほらと増えてきたが、気にしなくて良いだろう。
「や、やっぱり服ですよ。この一式だけで……一体いくら……」
少なくとも十万を超えているはずだ。しかし社長からのプレゼントなのだから、それも気にする必要はない。といっても、愛葉は別の所を気にしているようだが。
「これだけの物を貰ったから、就職を考えないといけないって感じかな?」
「は、はい」
「咲と夕陽社長は友人関係のようだし、もしもの時は咲を経由して話をしよう」
「良いんでしょうか……」
「就職出来ないかもしれない事と理由は話しているし、義理は果たしている。それを踏まえてのプレゼントだった。ごねる人には見えなかったが、咲を経由するのはもしもの話だよ」
「そ、そうですね。それなら……」
少しは安心してくれたようで、愛葉は小さく息を吐いた。どこまで愛葉を評価しているのかは分からないが、事情を知っても尚勧誘してくれたのだから好印象ではあるはずだ。候補の一つにぴったりだと思う。
「まぁ、その時は私も立ち合い――」
「ねぇねぇ。可愛いね、君たち」
もう少しで私達の番といったところで、数名の男に声を掛けられた。店内に居た人でもなく、通りを歩いていた者達のようだ。誰に話しかけているのか――とは言わない。私達に話しかけているのだろう。
「この辺の学生?」
「いやモデルでしょ」
「何歳?」
「その服ラ・ソワールだよね。金持ちなん?」
「一緒に遊びに行かん?」
(柄が悪いな)
擦れて不良になったという訳ではなく、愉しんでいる者達――言ってしまえば、面倒な相手という事だ。こちらの返事も待たずに捲し立ててくる。
「なぁ、無視すんなよ」
私の手首を掴み、列から引っ張り出そうとしてきた。列から外れないよう抵抗しているが、そう長くは保たないだろう。
「はぁ」
私だけなら問題ないが、愛葉目当てか。
「何だよ、その溜息」
「おい。ごめんごめん。こいつ気が短くてさ」
(無職――いや、大学生か)
全員がバッグを持っている。その形はリュックだったり、透明なものだったりとバラバラだから――大学生が昼の散歩でもしていたのかもしれないな。
「さ、桜さん……」
「大丈夫。そのまま並んでて?」
「は、はい……」
(どうしよう……警察に電話した方が、良いのかな……。桜さんの手首掴んでる、し……そうだ)
手首を掴まれているのは私だけだ。とりあえず愛葉を背に庇い、私が相手をしよう。私も力がある訳ではないが、少しならば抵抗出来ている。とはいえ、私は――男性に声を掛けられたのは初めての事だ。ここからの対処法が分からない。
学校の登下校くらいしか外に出ないし、その時さえも車。買い物には咲や執事も同行するから、絡まれるというのは経験がない。
(どうしたものか)
相手は大学生、もしくは無職だ。年齢的に、私達に手を出すのは犯罪となる。愛葉は年齢より小さく見られるし、余計に犯罪感が出るだろう。周りが通報してくれると嬉しいのだが、進んでトラブルに巻き込まれたいという人が居るだろうか。
「無理矢理連れて行こうとするのは犯罪ですが」
「はぁ? ちょっと遊ぼうって言ってるだけじゃん」
「こんなとこに居るくれぇなんだから暇なんでしょ。少しくらいイイよね」
「今日は学校が休みなだけで、暇って訳じゃないんですよ」
「いやいや」
(どこかの誰か達と一緒で、皮肉が通じないな。この人達と一緒に居る時間が勿体無いという話なのだが)
本来であれば平日。そんな時間にフラフラしている私達は、学校をサボっているか――学校に行っていない遊び人に見えているのか。特に私は、遊んでいるように見えるはずだ。
「とりあえず、離して貰えますか。痛いんで」
そもそも、何で私の手首をずっと握っているんだ。この人は。
「良いじゃん。ちょっとだけだって」
「その少しが勿体無いと言っているんですけどね」
嗚呼。つい、挑発をしてしまった。いつもの悪い癖だ。余りにもしつこい物だから、直接的な言葉になってしまった。
「は? 何なん」
「ちょっとって言ってんじゃん」
「そっちの子も怖がってるしさ。落ち着けるところ行こうよ」
怖がらっているのは、四人で取り囲もうとしているこの人達の所為なのだが。
(どうすれば良いんだろうか。このままだと並んでいる人達にも迷惑が掛かって――)
「うるせぇな……。何やって――あんたら……」
仕方ないから私だけでも列から離れようかと、迷っていたら――お店の中から見覚えのある人が出てきた。
「た、武部叶多さん……?」
「愛葉、だったか。つか、何でフルネームなんだ……」
ボードゲームカフェで出会った少女――武部というらしいが、エプロンを付けている。どうやらここの店員らしい。学生だったはずだし、アルバイトかな。
「あのー。嫌がってるみたいなんでー。これ以上は警察に連絡する事になりますけどー」
「は? ちょっと声かけただけじゃん」
「警察とか、意味わかんねぇんだけど」
「遊ばないか誘ってるだけですって」
「私はずっと断っているんですけど」
無理矢理連れて行こうとしているのだから、誘拐と大差ないはずだ。警察が来たとして、この状況を説明すれば捕まえて貰えると思う。
「大体、こんくらいで騒ぎを起こして良いのかよ。警察が来たら営業に支障が――」
「放置する方が問題って事で、うちは問題が起きたらすぐに連絡するよう言われてるんですよー」
慌て始めたのは、武部が本気で呼ぶという顔をしているからだろう。
「……高篠大の三年生、ですよね」
「!?」
愛葉がぽつりと呟いたが、相手の学校を言い当てたようだ。透明なバッグに入っていたテキストに見覚えがあったのかもしれない。
「三年か。警察がやりすぎなら、学校に電話しよう」
「番号知ってるので、かけます」
「お願い」
特徴のない、所謂量産型と呼ばれる髪型や服装だが――愛葉が動画を撮っているし、問題ないだろう。警察沙汰になろうが、学校に連絡が入ろうが、結果は変わらない。学校の方針次第では停学もある。
大学三年は難しい時期らしい。こんな事を学校に知られたら、就職にも影響するのではないだろうか。
高篠大ならサンマルテを知っているはずだし、そこの生徒に手を出す事の意味くらい分かっているはずだ。
「チッ……」
舌打ちをしながら、四人組は離れていった。列から追い出される前に終わって良かったが――現実で、あんな強引な人が居るんだな。
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