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百合の花 ~赤い心と鈍い金~  作者: あんころもち
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買い物⑦



 楽しい時間はすぐすぎる物だ。物事には終わりがあり、あるからこそ今を尊ぶ。


(いや。尊いとは思わないでおこう)


 それはつまり、このような時間はもう無いと思っているという事だ。私は後ろ向きすぎるのだろう。この夢のような時間が実現したのだから、感傷に浸っている場合ではない。


 素早く着替えれば、もう少し時間があるかもしれない――と、思っていたのだが、愛衣は着替えをすぐに済ませると、出て行こうとしていた。


「そろそろお時間でしょう? 私は一足先にお母様の所に戻ります」


 私達が出ていきやすいようにだろうか。愛衣はそう告げると、そのまま一直線に戻っていった。


「あ――って、もう居ないのか。愛葉、悪いけど入り口で待っていてくれ。挨拶くらいはしておかないと」

「は、はい」


 まだ行くとは決まっていないが、パーティの事もある。今の内からしっかりとしておくべきだろう。それに、愛衣に言っておかないといけない事がある。



(楽しかった、ですね)


 桜ちゃんが来た時は、お母様を疑ってしまいましたが――流石に考えすぎですね。私達が此処にいるのは偶々なのですから。


 このお店がここに来てすぐ、竹倉さんからお休みが欲しいとお願いされていました。お休みはいつでも取って頂いて構わないのですが、その期間が夜会とパーティに被っていたのです。


 今年度最初の夜会であり、片桐のパーティも懇親会や親睦会といった軽い物ではないので、新調する必要がありました。


 急ぎではないのでと言いながらも、実際は必要だったのです。なので新調だけは、と思っていたのですが――竹倉さんは少し集中力に欠けているようでした。


 その後少し調べてみれば、竹倉さんは片桐に来る前に留学しており、そこで夕陽さんのお世話になっていたそうです。また一段と腕を上げた恩人と一緒に働いてみたいと、技を見たいと思っていたのでしょう。


 転職したいという訳ではないようですが、少しの間休みが欲しかったようです。我慢しろと切って捨てる事も出来なかったので、とりあえず今日、顔見せだけ先に済ませて本格的なお休みはパーティ後としてもらいました。


(私に合うデザインを考えないといけないと、常にプレッシャーを感じていたようですし。更に腕を磨きたかったのでしょう)


 こんな事であればもっと早くに新調していればと思ってしまいますが、体型の変化や成長もありますので、どうしてもギリギリになってしまいます。ドレスはありますし、本音を言えばそれでも良いのです。


(でも――片桐を継ぐ者として、一度皆に見せた姿をそのままというのは……。生徒同士のパーティと違い、大人が集うパーティは見栄の場です)


 懇親会や親睦会であっても、その裏では牽制し合い、睨み合い、虚勢を張り続けています。片桐であるからこそ、卒なくこなさなければいけないのです。


「お母様、終わりました」

「そ。竹倉さんは?」

「もう少し掛かりそうです」

「分かった。それで?」


 桜ちゃんの事、ですね。


「先に戻ってきましたので。もう帰――」

「失礼します。片桐様」

「あら。終わったみたいね?」

「はい。お世話になりました」


 ああ、桜ちゃんは本当に――律儀な子ですね。


「片桐も。()()学校で」

「ぁ、はい。()()、学校で」


 本当に……律儀です。


(……)


 お母様がこちらを見ていましたが、どんな感情なのか分かりませんでした。パーティのお誘いをまたするのかと思いましたが……どうやら、桜ちゃんに任せるようです。お母様は一体、何を考えているのでしょう……。


 今回も、何も分かりません。お母様が一体何を考えているのか……。


「お母様」

「何?」

「……いえ」

「そう。貴女も座りなさい」


 結局私は何も聞けませんでした。様々な疑問と一緒に紅茶を飲み、先程の、夢のような体験を思い出しています。


(桜ちゃんの私服……格好良かったですね。桜ちゃんの良さが表れていて)


 黒い、だぼっとしたカットソー。本来はもっと袖に余裕があって、ゆるふわ系となるのでしょうけど、桜ちゃんが着るとゆるい雰囲気よりも気怠さが見えました。マイナス面であるはずの気怠さが、桜ちゃんのアンニュイさと掛け合わさって、不思議と魅かれる姿となっていました。


 桜ちゃんはスカート嫌いですから、パンツルックなのは分かっていましたが、レギンスパンツでしたか。足が細く長いので、だぼっとした上着であってもスラっとした印象は崩れていませんでした。


(多分、咲さんのコーディネートですね)


 桜ちゃんは衣服に興味がない様子でしたし、何より――靴が、ブーツでした。あのコーディネートは確か、パンク系という物だそうです。もっとアクセサリーをつけるそうですが、ネックレス程度に収めているので落ち着いていましたね。


(桜ちゃん、ブーツに慣れていないはずですが)


 昔、制服がサンダルなら良いのにと、ボソリと言っていたのを覚えています。馬術用のブーツも、まだ慣らしていませんから、慣らさないといけないと思っていたのですが――。


(桜ちゃん、大丈夫でしょうか)


 合っていない靴や、硬い靴を履くと、靴擦れを起こすと聞きますが……。


(タクシーでここまで来たそうですし、移動は車なり電車でしょうから、大丈夫ですよね)

(……久しぶりに見たわね。この子のこんな――)


 二人はこれから、どこに行くのでしょう。


(水族館は、遠いですね。映画――は、少し想像が出来ません。ショッピングはありそうです)


 もし今日のお出かけが、夜会の準備も兼ねてなら――化粧品当たりでしょうか。


(これ以上は無粋ですね。明日、それとなく感想を聞いてみましょう。それに)


 思えば私も、”遊び”を知らないのでした。いつか桜ちゃんと、歩きたいですね。その時は、出来れば――。




(愛衣の私服か。初めて見たが――可愛らしい服を着るんだな)


 コルセットスカートと言うんだったか。それにブーツ。確かレースアップと呼ばれる物だ。そしてフリル袖の真っ白なブラウス。愛衣の雰囲気と相まって、まさにお嬢様といった姿だ。下手に着ると悪目立ちする服を良く、自分の物にしている。


 カッチリとした愛衣のイメージ通りの、清楚さを詰め込んだようなコーディネートだが、私はどこか牧歌的と感じた。お嬢様が牧場で、わらを抱えて微笑んでる一枚のような。庶民的な温かさがそこにはあった。


(後――あの髪飾りもつけてくれていたな)


 片桐母にどう説明したのかは気になるが、普段使いも出来るようだ。いつか愛衣とも二人で出掛けてみたいが。


(今日の片桐母を見ると、出来そうな気がしてしまう)


 まぁ、無理なんだが。もしそこまで収まっているのなら、秋敷楓を学校に送り込んだりしないだろう。秋敷楓に、自宅待機を命じないだろう。


(自宅待機は私の想像でしかないが)


 何にしても、気を抜くべきではないだろう。今日私達が服を買いに行くというのを知っているのは愛葉と愛衣、そして咲だけ。そしてこのラ・ソワールに行くと知っているのは咲だけだ。秋敷楓もしらない。知らないが、気を付けておく事に越したことはない。


 今回は愛葉のお陰で上手くいったが、次も同じとは限らない。私は慎重すぎる――が、事この件に関しては、慎重すぎるくらいが丁度良い。


「お待たせ」

「はい。もう、良いんですか?」

「ああ。ありがとう、愛葉。行こうか」


 予定より長く滞在する事になったが、有意義だった。愛葉も楽しんでくれていたと思うが、予定が少しズレてしまっているはずだ。この後はトルティーヤを食べに行くが、他にも行きたい所があったようだし、移動するとしよう。今丁度お昼時だから、着く頃には人が減っていると良いが。


「ここから近いのかな?」

「えっと――そうですね。徒歩で十五分くらい掛かっちゃいますけど」


 タクシーで行く距離でもないな。運動不足を指摘されて、更に体型にも出てきてしまっている。少しは意識的に体を動かすべきだろう。


「少し歩くけど、大丈夫かな?」

「まだ、大丈夫ですっ」


 一応私の予定では、休憩時間も用意しているが――食後少し休むとしよう。本当は映画とか行くべきなのだろうけど、面白い映画かどうかわからない。まだ水族館とかの方が良いが、今から行くには遠すぎる。


(食後一時間くらい休んで、その後か。咲が調べてくれてるけど、普通はどういう所に行くんだろうか。買い物――は、洋服に限った話じゃないし、小物とかも良いかもしれないな。化粧に興味があるみたいだし、コスメ店も良いか)


 愛葉はお金を気にしていたが、服屋で使ったお金は無い。少し余裕があるだろうから、化粧品も見る事が出来るはずだ。


「良し、じゃあ行こうか」

「はいっ」


 暫く歩いていくが、視線が多いな。まぁ、SNSという物に私の写真が載っていたらしいし、私はさぞ目立つ格好をしているのだろう。電車みたいな密閉された空間ではないから、気にはならないが。


「あれって、ラ・ソワールの……?」

「嘘、マジ? 偽物じゃないの?」

「えー? 偽物にしては――」

(やっぱりこの服目立つー!?)


 学院でも私の所為で注目を浴びている愛葉だが、ここでも私の所為で目立ってしまっている。まさか私服まで提供されるとは思わなかった。申し訳ないと思うが――こればっかりは仕方ない。愛葉は可愛らしいから、片桐同様、注目を集める定めだ。


「トルティーヤだっけ」

「は、はい。タコスとかチーズとハムとか、色々あるみたいです」

「タコスか。食べた事ないな」


 ブリトー、正式にはブリートというらしいが、それもトルティーヤの一種との事だ。小麦粉やとうもろこし粉を練って焼いた生地で具材を包んだりする食べ物。家庭料理の一つで、日本で言うと――そうだな。手巻き寿司か。


「トルティーヤ専門店ですから、多分ありますよ!」

「自分で具材を選べるのかな?」

「そう聞いてますっ。あんこや生クリームも包むみたいで、ちょっと気になってました」

「生クリーム……?」


 クレープみたいな物か。クレープとしてではダメだったのだろうか、と思うが――インパクトの話なのだろう。食事系のイメージがあるトルティーヤだから、あえてのデザートか。


「後はお店に行ってからでないと分かりませんけど、この辺りだと一番の行列店みたいです。ラ・ソワールが来てからは、更に知名度も上がったみたいで」


 ラ・ソワールとそのトルティーヤ店のお陰で、この通りに人が戻ってきたらしい。それまでは、トルティーヤ専門店がある場所という、ひっそりとした通りだったそうだ。夕陽社長が何故この場所を選んだのか、いよいよ謎になったな。もっと都心でも良いと思うのだが――地元なのだろうか。


「それだけ盛り上がってるなら、大きなデパートもありそうだね」

「? はい、大きな物が建ったそうですけど」

「行ってみる? 他に予定がなかったらで良いけど」

「それなら丁度良かったです。私もそこに行こうと思ってましたからっ」

「良かった。じゃあ昼食後だね」

「はいっ」


 良し。新しい予定の通りにいけそうだ。盗撮されたり片桐母に出会ってしまったりしたが、楽しい休日でいられそうだな。



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