買い物⑤
桜さん、片桐様、社長の三人で私の私服を見ている。先程話題に上がっていたパリコレに出る事が出来そうな服も着せられたが――どのラインまでならいけるかの確認なのだろうか。コーディネートは全く分からないので、言われるがままに着替えていく。
「可愛い系も良いけど、こっちも良いんじゃない?」
「愛葉にはこっちの方が」
「それに合わせようと思ったら、こちらのスカートの方が良いと思います」
似たような服だけど、色合いとかシルエットとか、色々あるのだろう。
「着るだけ、ですよね?」
ちょっと不安になってきた。
「そうなのですか?」
(てっきり、桜ちゃんがプレゼントするものと)
「そうなの?」
「いや――とりあえず決めてしまおう」
言い淀む桜さんを見るのは、珍しいかもしれない。
「んー? 久由梨ちゃんの家は――」
「あ、一般家庭です」
そういえば言っていなかった。服を見ればお金持ちの家ではないって分かるだろうけど。
「サンマルテで一般家庭って事は、推薦組ね」
「はい」
「そう、推薦――うちで囲っておこうかしら」
「え」
私を観察する目が、デザイナーというより社長の一面が強く出てきたように思う。お金がないって話になるはずが、就職先の話になってしまった。
「デザインは感性が重要だけど、経営は別だし。サンマルテの推薦組はいつも、サンマルテ関係者の企業に取られちゃうから」
(お母様が愛葉さんの名前を憶えていたという事は、お母様も狙ってそうですね)
(九条に愛葉の事は伝わってないし、出来るだけ愛葉には――片桐家か香月家辺りが良いか。父も欲しがるだろうけど、絶対に教えない)
お嬢様学校のサンマルテが推薦組を作り、厳選しているのは、将来的に有名企業に就職させ、サンマルテに人を集めるためだ。基本的にはサンマルテ関係者に贈るためらしいけど、有名企業なら何処でも良いという考え。
長い歴史を持つサンマルテだけど、入学者数は年々減ってる。少子化を抜きに考えても、お嬢様が減っているから。新しい企業の娘さんとか、サンマルテに興味があるけど、娘を預けるのは不安という企業の方に、サンマルテを知って貰う必要も出てきたらしい。
片桐様のお陰で新入生は増えているみたいだけど、それも片桐様が卒業するまでの話だ。その次の年からまた減る。それだけ、片桐家の役割は大きいって事だけど。
「じゃあ、これはプレゼントね!」
「そ、それは……」
どうして、「じゃあ」なのだろう。囲い込みだとしても、こんな量の服をプレゼントする必要は……。所謂バブル期には、旅行代や車代で就職生の囲い込みが激化していったらしいけど……ラ・ソワールの服七着なんて……海外旅行が出来るから。
「その代わり一つ、お願いがあるんだけど」
そういえば、モデルがどうこうって。まずはラ・ソワールがどういう仕事をしているか見てもらうのかな。プレゼントも、こっちに関係してるのかな。
「今から色々持ってくるけど、着てくれないかしら。パンフレット用なんだけど」
「愛葉をモデルにって事ですか?」
「そうね。着た服はプレゼントするし、モデル代も出すわ」
バイトが出来ない私には、ありがたい申し出だと思う。やっぱり仕事に触れさせるためのプレゼントみたいだ。
(私の方でプレゼントしようと思ったんだが――親のお金でプレゼントというのも違うな)
「どうする? 愛葉」
「ドレス代も、掲載させてくれるならタダで良いわよ。これは愛衣ちゃんと桜ちゃんも一緒ね。二人も今からモデルになってくれたら、服も数着――」
確かに、囲い込みだった。物で釣っているように見えるけど、社長は服に興味を持って欲しいという気持ちが強いように感じる。物で釣ったところで、興味がなければ就職先の候補にはならないだろうし。私も、今のところ興味はない。プレゼントも断るつもりでいる。
ドレス代やモデル代、服のプレゼントは確かに魅力的だと思う。でも私が、まともな職に就けると思っていない。
「あの、私は……眠く、なるんです。病気とかではないんですけど、不意に、時間とか関係なく、急に眠気が来ます。サンマルテの推薦を受けたのも、成績さえ良ければずっと寝ていても良いからなんです」
「そうなの?」
「……はい。学校側にもそう報告されています。元々、ドイツの医療学校に通う傍ら、治療するつもりであったと」
私の意図を汲んで、片桐様が詳細を伝えてくれた。会社に迷惑がかかってしまうから、私は……断りたいと思っている。まさか片桐様が、ドイツ留学の事も知っているなんて、思わなかったけど。
「それで、間違いありません。でも病気じゃないって思ってましたから、サンマルテを選びました」
(成績は愛衣と一位を奪い合うくらいに優秀だけど、働くとなると難しいか。理解ある人が社長であっても、特別扱いは出来ないだろう。とはいえ――もし、社長が信頼に足る人物なら――)
正直今も、眠れる。桜さんとのお出かけだから、出来るだけ起きてたいけど……無理をしすぎると、私の意志とは関係なく落ちる。それで痛い目を見た事がある。
「私はそれで構わないし、何なら私の秘書という形にしても」
社長は諦めないらしい。サンマルテ所属という事しか、私に魅力はないはずだ。そんなに入れ込む必要はないように思う。
「何故、愛葉にそこまで?」
(正直私は、ありだと思っている。しっかりと愛葉の状態を理解した上で選ぼうとしているのだから。でも、ちゃんと理由は知っておきたい。愛葉の人生とはいえ、私は――愛葉が幸せになって欲しいと思っている)
困惑している私の代わりに、桜さんが聞いてくれた。片桐様も気になっているようで、じっと社長を見ている。
「社長でデザイナーってなると、人を見る事が多いのよ。愛葉ちゃんが欲しいっていうのは、私の勘ね。一日に三時間しか働けなくても、愛葉ちゃんを取りたいの」
勘って……。そんな事で、他の社員が納得するのだろうか。デザインを任せるという話なら、分かる。三時間だけでも、納期さえ守れるなら文句は出ないだろう。でも、経営という話なら別だ。社長自身も分かっているはず。
(なるほど。変に理由を並べられるよりは)
(説得力があります、ね。このお店をここまで大きくしたのは、夕陽社長なのですから。愛葉さんに光る物を感じたのでしょう。私達も感じている物と一緒の)
「卒業までに返事を頂戴? 大学まで行くでしょうし、それまでに心変わりしてくれると嬉しいわ」
「……はい」
ここまで評価? を受けているんだから、無碍に断るのはやめた方が良いだろう。それに私だって、働きたくない訳じゃない。出来るなら働きたいけど、私を雇ってくれる会社があるとは思えないだけだ。だから、返事は先送りにして良いっていうなら、そうする。それまでにデザインを学ぶのも良いだろう。もしかしたら、何か目覚めるかも。
サンマルテが一貫校なのが嬉しい。いくらでも道がある。桜さんの事、片桐様の事含めて、サンマルテを選んで良かったって、思う。
「プレゼントにしたってバイト代にしたって、パンレット用のモデルにしたいくらい素敵っていうのは本当なんだから。愛衣ちゃんと桜ちゃんもそう。この会社に入って欲しいけど、二人は家があるしね。今回は純粋にバイトよ」
桜さんが苦笑いになってしまった。片桐様も顔を強張らせ、桜さんに視線を送ってしまっていた。多分、家を継ぐという言葉に対してだ。
「あ。サンマルテはバイト禁止だっけ」
「アルバイトに関する条文はありません。家のお手伝いも言ってしまえばアルバイトとなりえるので」
「サンマルテ出身以外の教師陣はバイトを禁止したいそうだけどね。抜け道のために条文なしにしてるんですよ。見つけたら、教師としては一声かけるそうですが」
二人は何事も無かったかのように会話を再開させた。本当に、小さい変化だった。社長は気付いていない。私も……咲さんや小鞠先生から何も聞いてなかったら、気付けなかったはずだ。それくらい、二人は、いつも通りに戻っている。
夏季長期休暇、夏休みでは家に帰る子ばかりだ。去年は私も寮を出た。今年は……一週間くらいに、するつもりだけど。とにかく、その時ならバイトが出来る。推薦組にしたって、その時くらいはバイトをするだろう。お嬢様ももしかしたら、バイトを経験してみるって事もあるかも。
「良かった。じゃあお願いしても良いかしら。愛衣ちゃんと桜ちゃんは難しいかな?」
「お母様に聞いてきます」
「咲に電話します」
「ありがと。じゃあ久由梨ちゃん」
「は、はい」
「着替えよっか。まずはこれね」
「はい――って、それ……」
「そ。ゴシック・アンド・ロリータってやつね!」
時間的に、あと一時間あるかないかだからか。社長は手早く私に着せていく。ゴスロリなんて着た事がないから……仕方ないとはいえ……。
(桜さんも、着るのかな……?)
片桐様は何でも似合う。桜さんは、どうだろう。ゴスロリも似合うのかな。パンク系っていうのは絶対に格好いいと思う。
私がモデルで良いのかなって思うけど、少し楽しくなってきた自分が居る事に気付いた。
「ああ、咲?」
≪はい。どうしました?≫
「実は――」
咲に事情を説明していく。うちの企業のスポンサー、提携企業、もしくは服飾関係の事業に手を出していないか聞いておかないといけない。いくら九条の出来損ないとはいえ、娘が他企業のモデルは拙いだろう。
≪九条としては問題ありません≫
「分かった、ありがとう」
≪はい。そのパンフレット、出来上がったら頂きたいのですが≫
「ん。少し恥ずかしいけど、まぁ、咲なら良いよ」
≪ありがとうございます≫
全国に配る――かは知らないが、パンレットが欲しいくらいなら許可は必要ないと思う。それでも、咲が許可を求めるくらい欲しがるというのは珍しいな。
「ああ、それと」
≪はい≫
「ここにね。片桐家が来ている」
≪そ……え? え!?≫
ああ、この咲も珍しい。
≪片桐家、という事は……まさか愛香様も……≫
「ああ、そうだね。娘と一緒に」
≪それで、どのような状況でしょうか……≫
「愛葉が少し、頑張ってくれてね。今から私と愛葉、そして片桐と撮影会だってさ」
≪……そう、でしたか。愛葉様が……≫
咲の声に、嬉しさが滲んでいるように感じる。私も嬉しい。本当に、愛葉は良い子だ。私には勿体ないくらい、良い友人だ。
「一応報告したけど、安心してくれ。片桐愛香様も許可してくれたから」
≪畏まりました。その後は予定通りに?≫
「そうだね。愛葉と街を歩くよ」
≪一応、いくつかピックアップしていますが――愛葉様とお選びになりますか?≫
「ああ、頼むよ」
お出かけといっても、どういった場所が良いのか分からない。愛葉が行きたい所で良いけど、私からも提案出来た方が良いだろう。咲が用意しくれた物を参考にしたい。
「ありがとう、咲」
≪いえ。帰ってきたら、色々聞かせてください≫
「ああ、分かった」
さて、私は戻るとしよう。愛衣は大丈夫だろうか。愛香様が許すとは思えないが、何とかするだろう。あれで愛香様は、娘に甘いらしい。
自室で咲は頭を抱えていた。
「まさか、あのお店に居るなんて……偶然でしょうか……。いえ、あの画像……お嬢様がどこに向かうか、愛香様なら……」
桜の説明不足ゆえか、咲が優秀すぎたのか。咲は一つの結論を急いでしまった。
「あの方に連絡を…………しかし、お嬢様は…………いいえ、やりましょう」
咲は手に持ったままの電話で、再び連絡を取っている。
「――――咲です。今は――はい。お嬢様が再び愛香様と。はい、いいえ。愛衣様とは良好です。先日お伝えした愛葉様のお陰で。はい。片桐家との社交パーティ、いかがしましょう――愛菜様」
相手は九条愛菜。桜の母にして――咲の、本来の主だ。
「――――畏まりました。私は…………そのまま、ですね。分かっています。出過ぎた真似は、致しません」
報告はしたが、咲は納得しきれていないようだ。それでも咲は迷わず、全てを伝える。咲は確かに愛菜のメイドだが――桜の事を優先する許可を得ている。だがそれはあくまで、桜が安全に過ごす為に力を尽くせという意味だ。
(お嬢様が、あんなにも、嬉しそうに……私は……)
咲は電話を切ると、項垂れ強く目を瞑った。必死に、何か祈るように――謝罪するように。
ブクマありがとうございます!




