買い物③
お店の奥で、まずは採寸する事になった。色々着せながら採寸するという段取りだったはずだけど、着せ替えは採寸後らしい。それならドレスの注文だけでも良いのではないかと思ったが――言うだけ無駄なのは、社長の興奮度合いを見れば明らかだった。
「それじゃ、久由梨ちゃんからね」
「はい」
正直、最初に測って貰えるのはありがたい。
「とりあえず簡単に測って、その後着替えながら細かい部分を見ていくわ。三人共軽く脱いでおいてちょうだい」
二人にガウンを手渡しながら、社長がメジャーを取り出した。あのガウンだけでも、六桁を超えそうだ……。
「分かりました」
「私のサイズは、残ってるはずですが」
「一応自分の目で見たいから、脱いでてちょうだいね」
学校の身体検査みたいだ、と思ってしまう。学校でも私は一番最初に検査がある。私より出席番号が早い人はそんなに居ないから。
(片桐様は、普通だなぁ)
隣で桜さんが服を脱いでいるのに、顔色一つ変えずに居る。私がおかしいのかな。私なんて、凄くドキドキして、変な事しそうになっちゃったのに……。
(体育の時、偶に見ているのですから、その時と一緒と思えば、何とか)
(愛衣、またサイズが上がったのかな。愛葉は――やっぱり、少し心配になってしまうくらい細い)
「それじゃ――」
その道のプロだからか、測るのが早い。メモすらしていないけど、全部覚えているのだろうか。
「百四十九、六十一、五十二、六十のAね」
あ、全部言っちゃうんだ……。アンダーとか股下とか、ドレスの採寸では必要のない部分まで測っていたのに、身長とスリーサイズだけ告げられた。確かに話題の提供にはなると思うけど……もう少し女性らしい体型が欲しいと思っている私としては、物哀しくなってしまう。
(せめて身長は……後十センチ欲しいなぁ)
そうじゃないと、桜さんと釣り合わないというか、何というか……。
「体重計に乗ってー」
「は、はい」
別の事――桜さんの事を考えている時だったから、慌てて乗ってしまった。でも、採寸で体重って必要なのだろうか。
「た、体重って必要、なんですか?」
「サイズだけだと想像しきれないのよ。完全なモデルにしたいから、もう少し付き合ってちょうだいね」
「は、はい」
どうやら社長さんは、私の体型を脳内で立体的に想像しているようだ。三次元グラフィックスのような物だろうか。そこに考案した服を着せていくのだろう。
「三十四……ちゃんと食べなきゃ駄目よ? 久由梨ちゃんの年齢だと、しっかり食べて適度な運動をしないと」
「ぅ……はい……」
桜さんにもそう言われて、ちょっとだけ量を増やしてはいる。でも人よりも少ないのだろう。香月さんにも言われた。
「愛葉さんは、ちゃんと食べているのですか……?」
「お昼の量を増やしてはいるし、栄養バランスは良いと思う。でも平均よりは食べてないよ。夕飯までは聞いてないけど」
(桜ちゃん自身、余り食べませんけど……その桜ちゃんが少ないという程ですか……)
桜さんと片桐様が、両親のような会話をしている。心配させてしまうくらいの体型というのは、分かる。でも体調が悪いとかはない。昔から、殆ど寝ているから……食欲が低いのだ。
「今お店にはー、子供服しか合いそうなものがないわね。残念……凄くそそる子なのに……」
不穏な言葉が聞こえたけど、無視しよう。どうやら着せ替え人形にならずに済んだようだ。
(ま。子供服の出来を見るのに協力してもらおうかしら。日本の子に合うか見ておきたかったのよね。他の服に合いそうな子も居ることだし)
「さ。次よ」
「九条さん、先にどうぞ」
「いや、片桐から」
「いいえ、九条さんから」
ガウンは着ているし、店内で暖房が効いているとはいえ、まだ肌寒いから譲り合っているのだろう。
「じゃあ愛衣ちゃんから来てちょうだい」
「……分かりました」
見兼ねた社長が、片桐様を選んだ。どっちか選ばないと、そのまま譲り合うと感じたからだ。私は、桜さんが無理やり片桐様を前に押し出すと思ったけど。
「あ、久由梨ちゃん」
私の採寸は終わったから服を着ようとしたら、私もガウンを渡された。どうやらまだ、何かあるようだ。着替えは無しかと思ったけど……ありそうだ。
「……」
「愛葉、どうかした?」
「い、いえ」
ガウンをじっと見ていた私に、桜さんが首を傾げていた。こんな高そうなガウンを、着ていいのかと思ってしまっただけなのだけど……渡されたんだから、着て良い、んだよね。
そう思い、意を決して着てみたけど――。
(やっぱり、そうなるよね)
ブカブカで、裾を引き摺るようにしてしまっている。これで歩き回ると、モップになってしまう。
「気にしなくて良いわよー。お客様用だから」
「は、はい」
毎回洗濯しているらしい。でも、この手のガウンは……洗濯にも気を使うのではないだろうか。どちらにしろ私が着た時点で洗うのは確定しているのだけど、モップのように埃まみれになるのは避けるべきだと思う。
「それじゃ、測るわね」
「お願いします。そういえば、竹倉さんは」
「竹ちゃんは今バックヤードよ。三人の採寸が終わってから呼ぶわ」
「はい」
竹倉さん、というのは……多分、片桐家専属のデザイナーさんの事だろう。
「えっとー。百七十、八十六、五十七、八十三のFね」
私の後だからとか関係なく、凄く……スタイルが良い。大きさもさることながら、何よりバランスだろう。ミケランジェロがこの場に居たら、一心不乱に彫刻を始めたと思う。大袈裟な喩えかもしれないけど、それくらい、全身のバランスが良い。
「思ったとおり、逸材ね! 竹ちゃんが羨ましいわぁ。あ、体重計にのってね」
「はい」
手足もスラッとしてるし、だらしなさを一切感じない体型。テレビや雑誌でも、見た事がないくらい。
「四十九。色々な人を見てきたけど、ぴか一」
それこそ、世界中の有名人を相手にしてきたはずの社長がぴか一と手放しに褒める程、片桐様の体は黄金比となっている。気にしないつもりでいたけど、やっぱり気にしてしまう。圧倒的なまでの戦力差だ。勝負にすらならない。
「褒め言葉が出てこないくらいね。うちのモデルになって欲しいくらい」
「私はただの学生ですから」
「あら。高校生モデルなんて珍しくないわよ? それに愛衣ちゃんなら、大人に混じっても一線級!」
誇張でも何でもなく、本当にそうだと思う。あんなにも、出るところは出ているのに……四十九キロなんて……。こんなにも敗北感を感じてしまうのは、片桐様がライバルだから、だよね。女性なら誰しも憧れる体型だけど、私にそういうのは、なかったはずだから。
「モデルの話は後で愛香様も交えてやりましょう」
(冗談では、なかったのですね……)
(冗談じゃなかったのか。まぁ、片桐母がそれを許可するとは思えないけど)
あれは、本気の目だと思う。実際、このお店の広告塔になってくれたら……それだけで売り上げが何十ポイントも上がりそうだ。
「さぁ。桜ちゃん」
「はい」
桜さんがガウンを脱ぎ、歩いて行った。もう何度も見たけど、やっぱり桜さんも凄い。私の視線に熱が篭るのが、分かってしまう。
「思ったより、筋肉が少ないわね」
「運動不足ですから」
「桜ちゃんも、勿体無いわ」
社長が想像していたより、桜さんの筋肉量は少ないらしい。私から見れば、引き締まった綺麗な体だと思うけど……。
「お腹が出てしまっていますね」
「そ、うなんですか?」
充分痩せているように見える。だからこれは、昔に比べてという意味だ。
ただの補足だと思っていても、羨ましさを感じずにはいられない。一秒でも早く出会いたかったと思っている私としては……。
「百七十五、七十九、五十九、八十二のDね」
昔に比べて脂肪がついているとはいえ、この数値。確かに少し肉感があるけれど、それはあくまで片桐様を見た後だからだ。桜さんも、世の女性が羨む体型をしている。
「体重はー、五十六ね」
(ああ、やっぱり増えてるか)
(平均より軽いですが、やはりダイエットは必要ですね。ただでさえ私達は、他の子達より身長があるのですから、せめて体重は下げませんと……)
確か、競馬の騎手は低身長の人が多いと聞いた事がある。軽い方が良いのは分かるから、片桐様が体重に気を使っているのはそういう事なのだろうか。
「うんうん。愛衣ちゃんとは別の角度で完璧ね。桜ちゃんにもモデルを頼みたいわ」
「咲に聞いてみてください」
「ほんと!? じゃあすぐに掛けてくるわね!」
「出来れば、後にしていただけると」
「そう……残念……」
片桐様が、スカートやドレスのモデルなら、桜さんはパンツやタキシードといったモデルだろうか。女性だけの歌劇団に男役っているし。
「さて、採寸は終わり。もうちょっと待ってちょうだい。アレクー、ココア持ってきて」
「はい、只今」
ココアを飲みながら、もう暫く待つことになった。桜さんや片桐様の話を広げようとしていた私だけど――大方の予想通り、私の話題となってしまった。
やっぱり、平均を大きく下回る数値を出してしまった私を心配してしまっているらしい。
まぁ……桜さんと片桐様がこうやって、他愛の無い話を出来ているのだから……話題の一つや二つになるのも、悪くないと思う。




