買い物②
「ようこそ御出で下さいました。九条様」
桜さんが入店すると人の道が出来上がり、迎えられた。そんな雰囲気にびくびくしていると、桜さんが肩を抱いてくれた。
「今日はよろしくお願いします」
「誠心誠意務めさせていただきます。九条様と、お連れ様の仕立てでよろしいでしょうか」
「はい。サンマルテの『夜会』用です」
「畏まりました。でしたら――」
「あら、あらあらあら」
甲高い、金属のような声が店内に響いた。不思議と耳には刺さらないけど、急な音に吃驚してしまう。
「素敵なモデルが二人追加かしらぁ。ただの視察のつもりが大収穫ね!」
「……社長。その辺で。申し訳ございません。九条様」
「いえ」
「九条――咲ちゃんの?」
「はい。咲は家に勤めています」
「そう! 噂通り、映えるわね」
咲さんが、桜さんの事を噂するはずがない。だからきっと、そういった場所では噂になっているのだろう。九条家のご令嬢、なのだから。
どんな噂なのか、非常に気になるけど……やはりというか、香月さんが見せてくれた雑誌に載っていた人だ。このお店、『ラ・ソワール』の社長兼デザイナーの――。
「夕陽 夕菜よ。今日は私が見て上げる。お嬢さん」
「ありがとうございます。九条桜です」
「お連れちゃんは?」
「は、はい。愛葉、久由梨です」
夕陽社長の目が、ジッと私に向いている。きっと服装を観察されてる。桜さんはこのお店でのコーディネートだから問題ないだろうけど、私は……。
「勿体無いわね」
「え――」
「まずは久由梨ちゃんを大変身させちゃうわ!」
「私達はドレス――」
「ノン! 採寸含めてやるんだから無関係じゃないわ。桜ちゃんのコーディネートも私がしたいけど――時間はあるのかしら?」
「二時間程、こちらで過ごして頂けるそうです。ですから、粗相のないように――」
「じゃあいけるわね! さぁ、もう一人がお待ちよ!」
店員さんの諫言には一切聞く耳を持たず、お店の奥に連れて行かれる。どうやら社長はもう一人捕まえているらしく、三人分のコーディネートをするようだ。
私は断れないけど、桜さんも必要なのかな? 単純に社長の欲っぽいけど……。
何にしても、桜さんは分かる。コーディネート欲が沸々と沸く事だろう。でも私はどうなんだろう。ドレスコード的な問題もあるんだろうけど、社長自らがコーディネートしたいような体系とは思えない。
後、お金が気になる。
「……」
「大丈夫? そう緊張しなくて良いよ」
「は、はい」
ドレスはお金が掛かるって思ってたから、両親から借りてきた。でも私服は……着るだけなら、大丈夫と思う。こういったお店なら、着たから買えとか言われないだろうし……。
「さ、始めましょうか。愛衣ちゃん!」
「は?」
「え?」
「……!?」
金銭面とか、私はモデルとしてどうなのかとか、色々あったけど、吹っ飛んだ。
「片桐……?」
「どうして、ここに、九条さんが……?」
「それは、私のセリフでも、あるんだが」
カタコトのようになっている二人を、眩しい程の金色の髪の女性が見ていた。顔を見るまでもなく、本能から分かる。あの人が、片桐愛香。片桐様のお母様で、片桐グループを影から支える、女帝だ。
「九条さん」
「は、い。何でしょう、片桐様」
(何で此処に。片桐家には専属のデザイナーが着いている。いくら高級ブティックとはいえ……)
「専属の子がね、ここで勉強したいって言うものだから、連れて来たのよ。勉強だからモデルが必要でしょ」
「そういう事、でしたか。でしたら、私達は予定通りドレスだけ――」
「モデルは多い方が良いと思わない?」
「……」
険悪――という雰囲気は感じない。でも、桜さんが下がろうとしているのに、無理やり留めようとしているようだ。
片桐様は、片桐愛香様と桜さんのやり取りを見ているだけだ。助け舟を出そうか迷っているように感じるけど、出せずに居る。こう、目の当たりにすると、思う。片桐愛香様にしろ、秋敷楓先生にしろ、桜さんの両親にしろ、どうして、子供にここまで干渉するのだろう、と。
「貴女もそう思うでしょう? 愛衣」
「……」
(咲さんから、聞いておくべきでしたね……。まさかここで、鉢合うなんて……。しかも、二人の……デートの時に……)
この状況を作り出した夕陽社長は、どういう状況なのか掴み切れずにぽかんとしている。偶々やってきた絶世の美女二人をコーディネートしようとしただけなのに、といった所だろう。
実際偶然なんだと思うけど、片桐愛香様の話を聞いていると、もしかして? という想いが拭えない。
「あのー、片桐様? 拙かったでしょうか」
流石の社長も、カチコチと尋ねている。海外含め、多くの顧客を持つ大企業となったラ・ソワールとはいえ、片桐家の不評は買いたくないのだろう。
「あ、あの」
「どうしたの? 確か――愛葉さん、だったかしら」
「はい。愛葉 久由梨、です。一つ、よろしいでしょうか」
(愛葉……?)
(愛葉さん、何を……?)
失う物なんて何もない。両親は片桐グループとも九条グループとも関係ない職についてる。ここで私が少し声をかけたところで、その程度で機嫌を悪くするような人ではないはずだ。だから――。
「私も、コーディネートして貰えるそうで。その、自分に自信がないものですから、片桐様にも見てもらいたいです。同い年、ですし」
「九条さんに、見てもらえば良いのではなくて?」
「桜さんは、その…………衣服に興味がないって、聞いたものですから」
言いたくなかった。桜さんから褒められて嬉しかったし、もっと褒められたいって思ってる。出来るなら桜さんと二人で、あれじゃないこれじゃない、みたいな会話をしたい。でも……桜さんが、困ってる。
(愛葉さん……貴女……)
(私達の為に……?)
片桐様が、形容できない視線で私を見ている。色々な感情や、言いたい事があるのだろう。でも、今は何もいえないはずだ。この場で話せるのは私だけ。
(こ、この場だけですよ。片桐様。このお店の次からは、桜さんを独占させて貰いますから)
片桐様には借りを作りすぎている。ここで返させて貰う。ライバルって思っているのは、片桐さまだけじゃない。私だって、片桐様と対等で居たいのだ。対等のまま、桜さんを振り向かせたい。
「ダメ、でしょうか。片桐様のアドバイスも欲しい、のですが」
「愛衣、どうしたいの?」
「…………見た限り、通販で買った物でしょう。サイズがおかしいですし、色合いも違います。明度やラインを誤魔化す為に画像修正を施すサイトがありますが、そこに当たってしまったのでしょう」
流石という他無い。サイトで見た時よりずっと暗い色合いになったし、明記されていたサイズより大きかった。選び直すには時間が足りなかった。
「……良いわ。しっかり見てあげなさい。お友達なのでしょう?」
「はい」
「私は待合所で待ってるから」
「すぐにお紅茶をお持ちします!」
(何だったのかしら……もう、冷や汗が止まらないわぁ……)
店内が慌しくなった。愛香様はこちらを一度も見ずに、待合所に向かっていった。取り残される形になった私達三人と、夕陽社長は、それぞれ別の表情でそれを見送る。
疑念と怒り。困惑と焦燥。そして全員に一致していたのは――安堵だった。
私の提案なんて、突っ撥ねる事は出来たはずだ。もし監視とかしたいなら、そのまま着いて来れば良かった。なのに――何で、そうしなかったんだろう。
いくら片桐家のお願いとはいえ、店内の監視カメラを見る事なんてできないだろうし、監視者をつけた様子もない。完全に、私達だけとなっている。
片桐様は気付いてない。多分、桜さんに対する態度の所為で愛香様に怒ってるから、目が曇ってる。
愛香さんはもしかしたら――片桐様が思っているより……迷っているのかも、しれない。昔も、今も、そしてこの先も……。
言えば良いのに、と思ってしまう。親子なんだから、言いたいことは言えるだろう、と。でも、大きすぎる家にはしがらみがあるのだろう。今の関係を壊したくないと、二人の意志がそれをさせないのだろう。
今回は上手くいったと思う。でも、次は分からない。現状維持で良いのかという疑問を持つ私とは違い、桜さんも、片桐様も……今を求めているから。
「愛葉さん……」
「愛葉」
「余計な事、しちゃいましたか、ね」
愛葉が萎縮してしまっている。あの片桐母とよく、あれだけの会話を……。
私達の関係、その全てを知っている訳ではない。でも愛葉は、私達の為に動いてくれたのだ。何もいえなかった、私達の代わりに。
もし私達のどちらかが動けば、この状況にはならなかった。多分私は、退店した事だろう。夜会の準備なら、私はいつでも出来るのだから。
「ありがとう、愛葉」
「桜さん……」
どこに片桐家の監視があるか分からない。でも、お礼は言っておきたかった。まさか愛衣とショッピングもどきが出来るなんて、思わなかったから。
片桐母は、私と愛衣を一緒にして、観察するつもりだったのだろう。確かな意思を感じたし、理詰めでこちらの気勢を削いでいた。
しかし、愛葉主導とはいえ、目当ての状況となったというのに……片桐母は監視者をつける訳でもなく、自身で見る訳でもなく、店の奥にあるただの待合所に座っている。あの位置からでは、私達が行く場所は見えない。
今、私達は完全にフリーだ。声を潜める必要はあるだろうけど、学校に居る時と変わらない会話が出来る。
「あのー、もう大丈夫かしら?」
「はい。お騒がせしました。改めてよろしくお願いします」
「ええ。大丈夫なら良いのよ。せっかくのチャンスですもの、ちゃんと三人とも見たかったのよね!」
夕陽社長のテンションにはついていけないが、今はありがたい。愛葉には申し訳ない気持ちで一杯なのだ。この空気を換えてくれるなら、歓迎したい。
気になる事は多いが、私はただただ嬉しい。
「その、桜さん」
「ん?」
「えっと……その……」
「服に興味がないからって、言った事ですよ」
言いよどんでいた愛葉に変わり、愛衣が教えてくれた。
「その事か。気にしてないよ。本心じゃないっていうのは分かってるし、それに、実際愛葉の服を見て、可愛いとしか言えなかったしね。愛――片桐みたいに、しっかりとアドバイス出来なかった」
「いえ……ごめんなさい。桜さんに褒められて、本当に嬉しかったです! それは、本当です!」
「ああ、分かってる。だからありがとう、愛葉。私は凄く嬉しいんだ」
ちょっと涙目になってしまっている。真面目で真っ直ぐで、そして優しい愛葉が、本当に――愛らしい。こんなにも素敵な友人が出来た事は、私の人生で三度目の福音だろう。
「そろそろ行こう。もっと可愛い愛葉も見たいからね」
「は、はい!」
「……愛葉さん」
愛葉を、愛衣が止めた。愛衣も言いたい事があるのだろう。私は一足先に、お店の奥に行くとしよう。
「……」
「桜さん、行っちゃいました、よ?」
「ありがとうございます、愛葉さん」
桜ちゃんと、お店でお買い物なんて、夢の中だけだと思っていました。お母様は近くに居ますし、どこに監視があるか分からないので……完全に羽目を外す事は出来ませんが……それでも、こんなにも嬉しい事はありません。
「そしてごめんなさい。貴女に、あんな事を言わせてしまって」
桜ちゃんを貶めるような事を、言わせてしましました。本心ではないことなんて、愛葉さんを知らないお母様でも気付いた事でしょう。それでも愛葉さんは、私達が一緒に居られるように……。
本当に、それだけです。これ以上言葉を重ねると、泣いてしまいそうです。
「これで、貸し借りはなくなりましたかね?」
「え? むしろ、私の方が借りてしまいましたが……」
「片桐様、もしかして無自覚に私に貸しを作ってたんですか……?」
「何の事、でしょう」
愛葉さんの視線が痛いですが、何を言っているのかわかりません。今日の出来事なんて、一生かけても返せないくらいの借りなのですが……。
「とにかく、貸し借りは一旦帳消しです。この後私達は色々な所に行きますから、私が一歩リードですよ!」
「え、ええ? 分かり、ました。私も負けません、よ?」
言わされた感がありますが……羨ましいという気持ちは変わりませんね。結局のところ、桜ちゃんと私がショッピング出来るのは、今日くらいでしょう。
私も二人きりで、桜ちゃんとショッピングしたいですが……。愛葉さんが一歩リード、ですか。何歩も先に居るのですけど、謙虚ですね。
「片桐様は難しく考えすぎだと思いますけど」
「そうでしょうか……。そうなんでしょう、ね」
「桜さん、待ってますよ」
このままでは押し問答になると、愛葉さんもお店の奥に入っていきました。私も行きましょう。せっかく頂いた時間ですから、楽しまないと損、ですよね。
お店の奥に入っていく三人を、片桐愛香は見ていた。そして視線をスマホに落とすと、あるサイトを開く。そこには桜が写っていた。バスで移動しているらしき写真の下には、今でも返信が届いている。今居るであろう場所や何処に向かうつもりなのか、とか。
暇人達だ、と愛香は呆れた顔になり、そのサイトを閉じた。
(脇が甘いわよ、桜。その辺りが本当に、あの子にそっくり)
見た目の随所に父親の影を残す桜だが、愛香には別の何かに見えている。
(いい加減、目を覚まして欲しいわ。貴女がやってる事は間違いなのよ)
愛香は、迷っていた。後悔していた。だが――考えを変えるつもりはない。
「パーティが楽しみね。愛――」
「紅茶をお持ちしました」
「ありがとう」
愛香の独白は、紅茶と一緒に飲み込まれた。ここには居ない誰かと、紅茶を楽しんでいたあの頃を思い出しながら――。




