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百合の花 ~赤い心と鈍い金~  作者: あんころもち
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休暇とマッサージ



「失礼します」


 保健室に入るが、誰も居ない。軽伊さんは昼食らしい。生徒の昼食に合わせればと思うが――昼食時の方が保健室利用が多いのだったか。


「もうそろそろ帰ってくるでしょうけど」

「トレーニングルームに向かう?」


 私の練習に少し付き合ってもらったら、愛衣には馬術部の方に戻ってもらうつもりだ。いつ戻るか分からない軽伊さんを待つよりは、トレーニングルームに向かった方が良いだろう。軽伊さんなら、放課後までしっかりとここに居てくれる。


「保健室に来た理由はもう一つありますから、そちらをして待ちましょう」

「ん、分かった」


 愛衣が何故か保健室に鍵をかけた。軽伊さんは鍵を持っているから問題はないだろうが。


「保健室を空けるときは鍵を掛けて欲しいものです」

「まぁ、それもそうか」


 学校の備品を盗むような子は居ないから、問題ないとは思うが、一応必要だろう。


「それでは、桜ちゃん」

「ん」

「服を脱いでください」

「ああ……ん?」


 何故だろうと、思わなかった訳ではないが――脱いでおこう。


「お願いした私が言うのも、おかしいですが……もう少し疑問を持っても良いのですよ……?」

「愛衣のお願いなら問題ない」


 疑問はある。しかしそれ以上を感じる必要はないと思っている。私は愛衣を信頼しているのだ。


「どこまで脱げば良いかな」

「とりあえずは、そこまでで」


 下着はとりあえず、脱がなくて良いらしい。


「ベッドにうつ伏せで寝てください」

「ああ」


 軟膏でも塗ってくれるのだろうか。言われたとおりベッドに横になった私の隣に、愛衣が腰掛けた。そしてブラのホックを片手で軽く外すと、私の背中に手を当て、ぐっと押し始めた。


「んっ?」

「張ってますね。暫くそのまま居てください」

「ああ」


 なるほど、マッサージか。


「この後フォーム指導ですから、これで少しでも痛みが和らげば良いのですが」

「ありがとう、気持ち良いよ」

「ぇ、ええ。力を抜いてください」


 愛衣はマッサージも上手いんだな。長年一緒に居て初めて知った。筋肉痛になるような事なんてなかったし、当然といえば当然なのだが。


(しかし――下着まで取る必要はあったのだろうか)


 肌を傷つけない為とか、やり易くなるからとか、色々あるな。何にしても……気持ちよすぎて、寝てしまいそうだ。




「――ちゃん。――桜――」

「んぁ?」

「桜ちゃん。そろそろ行きますよ」


 行くってどこにだろうか。


「寝ぼけてるねー」


 軽伊さんが戻っていた。時間は――いけないな。二十分も経っている。


「ああ、ごめんよ。寝てしまったようだ」

「いえ。軽伊さんへの用事も終わりましたから、移動しましょう」


 軽伊さんを見ると、少し肩が落ちているように感じる。怒られた後か。愛衣の顔が赤いが、そんなにも白熱してしまったのかな。


「それでは軽伊さん。今後は気をつけてください」

「はーい。片桐ちゃんも、羽目を外しすぎないように――」

「ですから、そういうのじゃ、ないですから」

「やるにしても、私に断りを入れて」

「桜ちゃん、行きますよ」


 険悪、という訳でもないな。軽伊さんは楽しそうだし、愛衣があたふたしているだけのようにも見える。一方的な説教とはならなかったのか。


「軽伊さん、余り愛衣を困らせないで下さいよ」

「いやー、片桐ちゃんの隙なんてそうそう見れないから」

「好き?」

「まー、間違いでもない」

「桜ちゃん、行きますよ!」

「あ、ああ」


 好きじゃなくて隙か。確かに今の愛衣はどこか、慌てている。私が寝ているときに何かあったのだろう。


(普通にマッサージしていただけです。軽伊さんが勝手に勘違いを……はぁ……)


 愛衣のマッサージは凄いな。体が軽い。


「出来そうですか?」

「愛衣のおかげで、結構動けそうだ」


 体も暖まっているし、いつもより体が動きそうだ。


「それでしたら、少し厳しめに――」


 トレーニングルームの扉を開けた愛衣だが、中に入らずに固まってしまっている。何事かと中を見てみると、萎縮している二人が居た。


「か、片桐様……」

「どうしてここに……」

「……ここは、共有スペースです。誰でも入れますし、誰が居ても問題ではありませんから、お気になさらず」


 私の不運が愛衣に移ってしまったのだろうか。まさか冴条と正院に会うなんて。


(部活だろうか)


 冴条と正院だけでなく、他にも生徒が居る。運動部のようだが、何の部活なのかは分からない。


(そういえば何で、冴条と正院は乗馬・馬術部に入らなかったのだろうか)


 取り巻きの殆どが乗馬部以外だ。少なからず居た者達も、体育倉庫の一件後部活を変えたらしい。ただ単に馬に乗れなかっただけなのかもしれないが、完全初心者でも入れるし、それはそれで愛衣から教えて貰える。だから乗馬部は常に上限ギリギリまで部員が集まるのだが。


(上限で弾かれたか、別の部活の方に適正があったか)


 愛衣から、サンマルテの部活動向上の為と言われたら、自身の適正に合った場所に入るというのも、あるかもしれない。


 口にせず、表情にも態度にも出さなかったが、愛衣は取り巻きを快く思っていなかった。部活の時くらいは解放されたかったのだろう。ジェファーと走っているときの愛衣は、心から楽しそうだから。


(と、まぁ――現実逃避してみたものの)


 この空気は如何ともし難い。私は気にしないが、他の生徒も愛衣の様子に慄いているようだ。


「片桐。フォーム指導は乗りながらにしよう」

「しかし――」

「私は実践派だ。ルージュには負担を掛けるだろうけど、そっちの方が覚えやすい」

「……分かりました」


 愛衣と出くわした瞬間に冴条と正院が謝れば、まだ良かったかもしれないが――二人は申し訳なさそうに俯いたままだ。これではお互い活動にならないだろう。


 ただでさえ肩身の狭い思いをしているだろう二人だ。これ以上は可哀想、という事くらいは感じる。


(ま。愛衣が心を痛めるから、というのが理由だが)


 冴条と正院が謝りたがっているのは知っている。だったら今がそのチャンスだったはずだ。それをしなかった理由は分からないが――俯くだけでは、愛衣は赦さないだろう。素直に謝った方が良いと思うんだが、それが出来れば私を体育倉庫に呼び出すなんて陰湿な真似はしないか。要は、プライドが邪魔をしているのだ。


「私は少しここで体を解してから行くよ。三十分くらいか」

「はい。ではその間私は、走ってきます」

「ああ」


 二十分程とはいえ、寝てしまった所為だろう。マッサージ効果で体は軽く、すぐにでも動けそうだが――起きてすぐに乗馬はきつい。私は寝起きに凄く弱いのだ。ゆっくり体を目覚めさせよう。その間、愛衣と部員達の交流が出来るはずだ。


 トレーニングルームには私だけが入り、軽くストレッチを始める。寝起きはいつも体が痛いのだが、愛衣のお陰か。


「九条さん、ありがとう」

「ん――何の事か、分かりませんね」


 一応、体操服は色分けされており、学年が分かるようになっている。私に声をかけてくれたのは、冴条と正院が所属している部の先輩だ。


「冴条さんと正院さんが悪いのに」

「……まぁ、お互い言い分はあるでしょうから。それに、私の我侭に片桐が呆れてしまっただけですよ」


 冴条と正院が私を嫌う理由も、愛衣が怒る理由も良く分かっている。ただ私は愛衣の友人だ。冴条と正院に機会を与えるよりも、愛衣が楽な方を選ぶ。


「九条さんは夜会に出ないのかしら」


 私を気にしても仕方ないと思うのだが、重苦しい空気をどうにかしたいのだろう。冴条と正院はもう、この世の終わりと言わんばかりに落ち込んでいる。あちらのフォローをするよりも、話題を変えた方が部長としても楽なのだろう。


「今回からは少しずつ出ようかと」

「そうなのね。良かったわ」

「……?」


 先輩とは初対面のはずだが。


「せっかくだから、一度くらいはね?」


 愛衣だけでなく、皆そう思っているのだろうか。長いサンマルテの歴史の中で、九条で入ったのは私だけらしいから、九条とも交流しておきたいのかもしれない。


 九条家の訳あり娘とはいえ、無視は出来ないのだろう。長いサンマルテの歴史というのなら、『夜会』に一度も出なかったお嬢様は私くらいのものだろうし。高等部から離れる先輩からすれば、一度くらいという気持ちになるか。


「初参加ですから、お手柔らかに」

「ええ、もちろんよ」


 出るからには、『夜会』のルールに従うしかない。面倒な事ではあるが、私が『夜会』の雰囲気を壊すわけにはいかないのだから。


「ちなみに、先輩方の部活は」

「あ。香道部よ」

「香道…………ああ、香りの」


 確か、木を燃やしてその香りを嗅ぎ分ける、ソムリエのようなものだったか。上品で歴史もそれなりにある物らしいが――なぜ、トレーニングルームに?


(ずっと座っているから、かな?)


 偶には体を動かしたくなるのだろうか。


(何にしても――)


 運がないな。



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