休暇とお弁当③
弁当は失敗だったが、プレゼントは大成功だった。と、しておこう。サンドイッチは調味料の偏りがありすぎたし、コーンポタージュに至っては味が薄かった。コーンを大量に入れたはずだが、コーンらしさがなかった。火の入れ方一つで、あんなにも変わるのかと、料理の奥深さに驚きが隠せない。
「タルトと紅茶は安心していい」
こんな事になると予想はしていたから、咲に作って貰っていたのだ。口直しには丁度良いだろう。
「……桜ちゃんと、こうやって昼食が出来ただけで、私は満足しております。味は――いつか、一緒に作りましょう」
「ああ――その時は頼むよ」
昔に比べて、ずっと落ち着きが出てしまった愛衣だが――無邪気に笑っている姿も、偶には見たいと思っていた。
(無茶をしてみるものだな)
これで少しは、恩返しが出来ていれば良いのだが。
「さて。どうやって帰ろうか」
「ジェファーとルージュを呼びましょう」
牧舎に帰っているが、愛衣が指笛を吹けばやって来る。二頭が牧舎から勝手に出て行くところを秋敷さんに見られる可能性はあるが、見分けがつく程秋敷さんは馬を知らない。言い訳も一応、夜会関係で統一しておけば大丈夫だろう。
ティータイムを終え、寮を出る。早めの食事は成功だったようだ。丁度昼時で、食堂に人が集まっている。
「遠回りで行きましょう」
「ああ、分かった」
寮から大きく外れ、少々遠回りをしながら愛衣が指笛で二頭を呼んでいる。あくまでも、外周を大きく回っていたという体で行くためだ。深く突っ込まれたら予定通りの言い訳をするが、出来るだけ穴は少ないほうが良い。
「ん」
「あら……」
蹄の音が聞こえてきたが、どう聞いても一頭分の音だけだ。
「ルージュが居ませんね……」
「繋がれてしまったかな」
ジェファーに愛衣以外が触れる事は出来ないが、他は乗馬・馬術部で管理している。ルージュが帰って来ていたものの、繋がれて居なかったため他の部員が繋いだ、といった所か。
「後で何か言われそうだな」
「その時は私が――」
「いや、私が謝って終わりで良いよ。まだ慣れていないって言い訳くらいは、聞いてくれるだろうし」
むしろ問題は、ジェファーしか居ないって事だ。大回りをする為に、ちょっとばかり遠くまで来ている。歩けなくはないが。
「仕方ありませんね。私の後ろに乗って下さい」
「大丈夫かな」
「練習の一環で通せるでしょう」
(秋敷氏が、どの程度お母様に報告しているかも気になりますし)
小等部の頃、ジェファーが初めてサンマルテに来た日だったか。夜会の運営で遅くなっていた愛衣が、ジェファーの世話という事で帰宅を遅らせた事がある。私も保健室の手伝いで残っていたのだが、その時に愛衣の後ろに乗せて貰った。乗馬部ならと思ったのは、その時が最初だったはずだ。結局幽霊部員になってしまったが。
「久しぶりだ」
「……」
「ん?」
愛衣が何やら考えている。問題が増えてしまったのだろうか。
「桜ちゃんが、前に乗ってみませんか?」
「私が?」
「はい。練習の一環というのなら、私が後ろに居た方が良いかと」
(おかしな事は、言っていません。尤もな理由の、はずです)
確かに。私の乗馬におかしい所があるのなら、後ろからどうおかしいか見ていた方が良い。
筋肉痛は気になるが、若さとは宝だ。少しぐらいなら激しい運動も出来るだろう。程よく脱力出来ている今だからこそ、良い結果が出せるかもしれない。
「それじゃ、頼むよ」
「はい」
愛衣の後ろに乗った時の事はしっかりと覚えている。まずは見様見真似でいってみよう。
「ルージュの時より、スムーズですね」
「そうだね。一応、付き合いは長いから」
ジェファーの方が乗りやすいと感じる辺りが、ルージュといまいち合わない理由なのだろう。ルージュはジェファーよりも気が強いようで、中々手綱を任せてくれない。私が信頼しなければ始まらないのだから、ルージュよりジェファーが、という考えは捨てるべきだ。
「それでは、見させて頂きます」
「ああ」
愛衣が後ろに乗ったので、進む。
(信頼があれば、しっかりと乗れていますね。ルージュはプライドの高い馬ですが、意固地という訳ではありません。お互いを知っていく中で、桜ちゃんの良さを解ってくれれば良いのですが)
「どうかな」
「はい、ちゃんと出来ていますよ。少しスピードを上げてみましょうか」
「ああ」
呼吸というのがここまで大事とは。ルージュに負担を掛けすぎていたんだなぁと、実感してしまう。後でしっかりと労い、ケアをしなければ。
「ん」
「居ますね」
「まぁ、気にしても仕方ない。このまま少し走らせて貰おうかな」
「ええ、お付き合いします」
秋敷さんがこちらを見てぎょっとしていたが、ただの練習風景だ。問題はない。スピードに乗り、少し長めの直線を行く。
愛衣の後ろに乗っていた時感じた気持ちを、愛衣も感じてくれているだろうか。自分で乗る時との違いを味わうのは、愛衣も初めてだろうから。
(桜ちゃんを不良と決め付けた方達は一様に、同じ評価をします)
ですが――自分の穏やかな生活のためと言いながらも、桜ちゃんは人を蔑ろに出来ません。面倒だからとあしらっているように見えて、その実親身になって応えてくれます。
その真意に気付く事無く、冴条さんと正院さんは暴走しました。桜ちゃんがずっと警告していたのに、です。
昼前、冴条さんの話をしようとしていましたが……まだ整理出来ていません。乗馬部の方達も、幽霊部員だったという印象に引っ張られていない事を願います。
部活動を一切していなかったのは、ぐうの音も出ない事実です。ですが、今ここに居るのは、馬と直向に向き合っている、一人の騎手ですから。
「部員も戻って来たかな」
「そうですね。後一周くらいで戻りましょう」
「解った」
(愛葉さんには申し訳なく思いますが――桜ちゃんの後ろに、最初に乗れて嬉しいです)
同じ部活動に所属しているのですから、そういう事もあります。
(お母様への言い訳は用意出来ていますが、どこまで通用するかは……少々不安です)
ですが――。
「もう少し速度を上げるから」
「はい、掴まります」
一時期運動を止めていた桜ちゃんですが、普段の食生活の所為かお陰か、細い腰です。引き締まっているのではなく痩せているというのが問題ですが……少しだけ柔らかいお腹と、仄かに感じる体温が心地良いと、思ってしまいます。
「高原とかで走ると、もっと気持ち良いのかな」
「そうですね。地平線が見えるくらいの高原で走るのは、一味違いますよ」
「部活動で合宿とかどうかな」
「サンマルテでは難しいかもしれませんが――それとなく聞いてみましょう」
一般の学校である、修学旅行といった物がサンマルテにはありません。その代わりにあるのが『夜会』であり、高等部三年と大学四年にある、職場体験となります。こちらも一般の意味での職場体験とは異なりますが。
「いつか、走ってみたいですね」
「ああ、出来るならその時は――」
桜ちゃんは明言しませんでしたが、愛葉さんも一緒が良いという言葉に繋がりそうでした。出来るならそこに――私ともう一度、こうやって走りたいという気持ちも入ってくれていたら良いなぁと、思ってしまうのです。
一周走り終え、牧舎に戻りました。丁度活動を再開させる部員達と出会ってしまい、少々驚かせてしまいましたが、桜ちゃんの走りはしっかりと見る事が出来ましたので些細な問題です。
「大きな間違いはありませんが、細かい部分を修正した方が良いです。ジェファーとルージュのケアが終わったらトレーニングルームに行きましょう」
「ああ」
「少し部長と話してきますから、ジェファーをお願いします」
頷いた桜ちゃんと一旦別れます。チームの編成を聞いておかないといけませんから。
「あの、九条様」
「様はいらないよ。何かな」
愛衣と別れてすぐ、部員に話しかけられた。愛衣と一緒に乗っていた事か、ルージュを繋いでいなかった事か、だろう。
「ルージュは、九条さん、が乗っているのですよね?」
「ああ」
「ジェファーだけでなく、あのルージュに……」
乗馬、馬術で数十名部員が居る訳だが、ジェファーとルージュ含め、在籍している部員が乗れない馬が四頭程居る。気性が荒い者やプライドが高い者、様々だ。普通なら、調教師なりに任せ乗れるようにするのだろうけど、そこはサンマルテ乗馬部という話だ。
「そのルージュですが、繋がれて、いませんでしたよ?」
「あー、すまない。慣れていないものだから。次からは気をつけるよ。ありがとう」
「いえ……」
チラチラと、愛衣と私を見ている。一緒に乗っていた事も気になっているのだろうけど、直接聞かれない限りは答えるつもりはない。
「九条さんも、大会に出るのですよね」
「そうらしい。部内選抜戦の後に確定だけど」
まずいくつかのチームを決める。その後大会前選抜戦を行い、より良いチームがA、Bチームとなるのだ。愛衣が入ってからというもの、Aチームから愛衣が外れた事は無い。実質Bチームを決める選抜戦だ。
「足を引っ張らないように練習はしっかりやるから、一緒になったら頼むよ」
「は、はい。いいえ……それは、心配していませんが……どうやってルージュに……?」
幽霊部員だった私と一緒になるのを気にしていた訳ではないらしい。多少は気になっていたのだろうけど、直接私に言うのは憚られるか。冴条や正院のような子は珍しい部類なのだ。
「どうやって、と聞かれても――ジェファーが乗せてくれているから、じゃないかな」
一切心を開かない四頭だが、ジェファー以外は全く乗れない訳ではないのだ。サンマルテ所属の馬になって、一度くらいは乗せた事があるのではなかろうか。
その時の子との相性が良すぎて、次の子を乗せるのが嫌になったとかもあるのだろう。愛衣から聞いた話では、OBが夜会の度に牧舎に来ているらしい。その中に居るかもしれないな。
そんな子達と違い、ジェファーは本当に特別だ。まず愛衣以外、近づく事すら出来ない。オーラというのだろうか、かの赤兎馬の逸話の如く、というやつだ。
普段、愛衣の言う事には絶対従うジェファーだが、他人を乗せる事にだけは頷かない。だからこそ私が乗れるという事が、異常なのだが。
「ルージュよりも、そちらの方が……」
「こればっかりは、馬も生き物な訳だから、私にも分からない」
実際、何で私がジェファーに乗れるのか解らない。愛衣と仲が良いからというのなら、愛衣は部員達全員と上手くやっている。部活動以外でも、馬術部の者と良く話しているのを目撃しているから、部活だけの関係という訳でもない。
しかも私は幽霊部員。ルージュもそうだったが、普通は私をいきなり乗せる馬なんて居ない。
(昔からの知り合いではあるが――そういえば最初は、嫌われていたな)
私がここまで自信を持って言えないのは、ジェファーと私は仲が良い訳ではないからだ。傍から見れば仲が良いのかもしれないが、仲の良い姉妹の、姉の幼馴染みたいな立場というか。妹からすれば面白くない存在というか、そんな感じに思える。
「ルージュも、仕方なく乗せてあげてるってだけだよ」
「そ、そうですか」
愛衣のお陰でもあるのだが、これは言わないでおくとしよう。
「九条さん。少し保健室に向かいましょう」
「ん」
「片桐様、何処かお怪我を?」
「私も軽伊先生に用事があるだけですから、ご安心を」
「は、はい」
備品の件だろうか。その後トレーニングルームに行く事になるが、筋肉痛も少々再発気味に辛くなってきた。私の活動は出来て、三十分といった所か。
「九条さんは、どうして」
「筋肉痛だそうです」
「こちらには戻られますか?」
「用事を全て終えたら戻って来るつもりです。その時は久しぶりに一緒に走るとしましょう」
「はい!」
やはり、愛衣を独り占めしているようなものなのだろう。申し訳なくは――少しだけ、思っている。
こんなにも私は、欲深かったのか。もう少し無欲だと思っていたのだが、人間らしい感情が戻って来たようで、良い事なのか悪い事なのか――。
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