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百合の花 ~赤い心と鈍い金~  作者: あんころもち
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休暇とお弁当③



 秋敷さんはあの後、しっかりと学校に来ていたらしい。今も私達を見ている。それにしても、下手な尾行だ。毎回愛衣に気付かれている事にすら気付いていない。


 これは父にも当て嵌まるらしいが、九条は人の目を気にしないらしい。らしいというのは、私は九条に関係した噂でしか、九条という家を知らないからだ。


 秋敷さん以外の親戚も居るらしいが、会った事すらない。九条の本家筋なのだが、祖父母にも会った事がないのだからお察しという奴だ。私は九条を客観視しているが、同じ家に住んでいるというのに噂以上の事を知らない。もしかしたら、噂の方が充実しているかもしれないな。


「秋敷さんだけどね。私の両親が家に帰ってくるから、暫く住むらしい」

「……」

(お母様の命令で……? 桜ちゃんの私生活を考えれば、監視の意味はないと分かっているはずですから、違いますね……。だとしたら本当に――)

「まぁ、気にしなくて良いよ。不満が溜まったら絡んでくるけど、最近はそれだけだ。極力私に関わらないようにしているらしい」


 秋敷さんの変化は顕著だった。昔は顔を合わせる度に絡まれたし、顔を合わせたくないからと避ければ避けるほど、こちらに向かってきた。そんな秋敷さんが、私を避けようとしている。


 何か裏があるのだろう。だけど、気にしない事にしている。咲への苦手意識を克服しつつあるようだが、今朝の様子から考えるに、完治した訳ではないらしい。それなら、家に居る間は直接的な行動を取れないだろう。


 昔は両親の手前、表立って私を庇う事が出来なかった咲だけど、今は結構――無茶してる。


「はぁ……桜ちゃんが気にしないのなら、何も言いません。ですが、隠そうとはしないでください。それとなくで良いので教えて欲しいです」

「あー、分かった」


 話さない方が、愛衣には辛いのだろうか。愛衣に無用な心配を掛けたくなかったんだが、仕方ないか。気が緩んで、秋敷さんの事を話してしまったのは私だ。今後も秋敷さんの動向は伝えておこう。


「そうなると、そちらのお弁当の事も?」

「ああ。朝、作ってるところを見られた」

「でしたら……」

「咲と料理長が気を利かせてくれてね。私のお弁当って事になってる」


 私が食生活を見直したとしても量が多いとか、お弁当箱が二つなのはおかしいとか、その片方は随分と装飾が凝っているとか、他にも色々言い訳をしないといけないかと思ったのだが、途中で出て行ったから問題ない。


「といっても、食べる所を見られると言い訳出来ない」

「どう、しましょう」

(食堂にしろ何処かの教室にしろ、秋敷さんの目が……昼食で応接室なんて使えませんし……)


 隠れ家はある。後は秋敷さんの行動次第か。




 もし尾行を続けられていたら、乗馬して振り切ってから寮に入るつもりだったが――散歩を続けている間に尾行を中断したようで、居なくなっていた。馬相手に尾行なんて無茶な話だろう。

 

「一応裏口から入ろうか」

「分かりました。ジェファー」


 ジェファーがルージュの手綱を引いて牧舎まで戻っていく。この光景が然程珍しくないというのだから驚きだろう。もし高弓の生徒がこれを見たら何と思うのか気になるところだが――今は急ごう。


「片桐様と、九条様……?」

「こんにちは。少し失礼しますね」

「こ、こんにちは。どうして、寮に……?」

「夜会の際、OBの方達が泊まるかもしれませんから、空き部屋の確認に参りました」


 一応嘘ではない。何れ確認しなければいけない事だった。報告は上がっているが、本当にその部屋が空きなのか確かめておかねば、誰か居ましたでは準備不足だといびられる。


 この学校には、簡単に入る事は出来ない。だが、OB達は結構簡単に許可が下りる。咲の名前が挙がったのは何も、私達のお願いだけが理由ではない。咲もサンマルテ出身だからだ。


 OBはサンマルテ関係の職に就いたり、何れサンマルテに子を預けるかもしれない者達だから、優遇されているらしい。あくまで『らしい』、だが。学校側としても、OB達からしても、関係は良好なまま保っておきたいのだろう。


 大学の夜会に参加するためとなれば、両親達も手続きが簡略化されるらしい。子供達の自主性を高める学校だが、そういうところで大人としての付き合い方を学ぶ。『夜会が遊びの場なのは高等部だけ』というのは、そういう事だ。


「そうでしたか。お手伝いは――」

「いえ、九条さんが手伝ってくれるそうですから」

「部活のついでだけどね」


 これは、嘘になるのだろう。私が生徒会の手伝いをした事はない。生徒会の手伝いという名目で愛衣を呼び出した事は何度もあるが、生徒会に関わった事は一度も無い。


 もし個人的に愛衣に頼まれたら、私が寮の調査をしても良いとは思っていたが。


「せっかくの休日ですから、ゆっくりしていてください」

「はい……」

(片桐様と一緒に居られるチャンスでしたのに……)


 取り巻きが居なくなった事で、話しかけやすくなった愛衣だが、交流出来る時間も減ってきている。夜会が近いという事もさる事ながら、私に関わっている時間が増えたからだろう。


 それでも少ない時間の中で交流を増やしている辺り、流石は愛衣というべきか。働きすぎともいえるが。

 

 私達が二人で寮を歩いているというのは、目立ちすぎる。悪目立ちとも言うべきか。会釈や挨拶を交わすが、全員が私を見ていく。私一人で入った時も見られたが、今回は特に、だ。


「まだ根強く、残っているようですね」

「まぁ、片桐と私の()()()()は長かったから。その分だろう」


 疎遠になっていくにつれ、出会う度にお互いを見るようになった。それが周りには、にらみ合っているように見えたのだろう。長く愛衣を見ていた取り巻き達は、愛衣の微妙な変化に気付いていたようだが。


「そういえば、冴条――」

「……」


 まだ呑み込めていないらしい。取り巻き達も寮に居る筈だが、部活だろうか。隠れているのかもしれないが。


(何にしても、ここまで怒っている愛衣を見るのは初めてだろうから)


 冴条達が話しかけられないのは、理解出来る。


「空き部屋は三階なのですか?」

「ああ、そうだね。図面を見た限り、最近出来た場所らしい」

「最近ですか。となると、五年前の改装でしょうね。あの時は確か――小鞠さんの紹介だったはずです」

「ああ、そういえばそうか。屋上の整備のついでだったね」


 建築関係のご令嬢達も居るこの学校で、おいそれと他者が入り込むのは難しい。だからこんな、継ぎ接ぎになっているのだが。


「それならあの()()も、小鞠さんが使うつもりだったのかもね」

「隙間……ですか?」

「まぁ、見れば分かるよ」


 三階の端に、掃除用具の置き場がある。違和感に気付いたのは、掃除用具を置くだけにしては広いからだ。扉は緊急避難用通路の手前に一つだけ。本来手前にも扉があって良いはずなのだが、そちらだけというのもおかしかった。


「……?」


 問題の掃除用具室に入ると、愛衣も首を傾げている。


「狭いですね」

「だろう?」


 外から見た場合と、中に入った場合で、広さが合わない。図面で見ても、後三歩分は広くないとおかしい。


「継ぎ接ぎだから分かりづらいかもだけど、外から見るとこの部屋だけ凹んでるんだ」


 正方形の部屋だが、図面と実際とでは両辺共に三歩足りない。


「入り口はこっち」


 気になって壁を歩いていた時、釘が打たれていない壁があった。そこを少し押すと、外れたのだ。


「隙間、というのはこういう……。その、椅子とテーブルは、桜ちゃんが?」

「ああ。掃除用具室なのにテーブルとか椅子もあってね。置いておいた。小さいけど問題はないよ」


 三歩分足りない理由は一つ。隣の部屋と用具部屋の間に隙間が出来ていた、という訳だ。その隙間は長方形ではなく、L字となっている。L字の底の部分が少し太くなっているから、テーブルと椅子を置く事が出来た。


「まだ少し埃っぽいな」

「何故、窓があるのですか……?」

「これが、隠れ家説の理由かな。小鞠さんって事で納得したよ」


 何のために作ったかは知らないが、それなりに大きい窓もある。小鞠さん考案なら、納得出来る。きっとあのテーブルと椅子も、小鞠さんが用意していたのだろう。


 ここを使うつもりだったけど、何かが理由で使えずに居たのだと思う。


「換気出来たら食べよう。掃除は軽くしたけど、細かい部分は暇がある時にしておく」

「はい。私の方でも、暇があれば」

「いや、それくらいはさせてくれ」

「それは――――ありがとう、ございます。その代わり、小鞠さんと羽間さんへの連絡は私がしておきますから」

「ああ」


 暇があればというが、愛衣に暇があるとは思えない。生徒会長の仕事を完璧にこなしながら、愛葉と同等の成績を収め、私の部活の世話までしているのだから。




 少し、口数が多くなってしまった。咲と料理長から大丈夫と言われているが……やはり緊張しているらしい。昼食を取り出すのを躊躇してしまうとは、情けない。


「愛葉さんとは、今でも偶に交換を?」

「ああ、偶にね」

「それは、その……手作り、なんですか?」

「ん、ああ。また交換するかもと思って、料理長に握って貰った時は交換しなかったな。そういえば」

(愛葉さん……桜ちゃんと二人の時は、ぐいぐいいっているようですね……)


 まだ数回だけだし、偶々だろう。料理長の作ってくれた物の方が美味しいと思うんだが。


「今回のは、桜ちゃんの手作り、なんですよね」

「ああ。お礼だからね。一応私が作ったよ。えっと、こっちが愛衣のだ」


 サンドイッチとコーンポタージュは、私が大半を。イチゴのタルトは殆ど咲に作って貰ったが。


「不恰好だから、すぐに食べてくれるとありがたい」

「どうしましょう。ふふ」


 上機嫌な愛衣は珍しい。朝の事もあって心配だったが、気持ちを切り替える事が出来たらしい。


「開けて――」

「ああ。って、どうかしたかな」

「えと。これは」


 愛衣が手に取ったのは、バスケットにつけておいた髪飾りだ。


「ドレスに合えば良いんだけど」


 愛衣がどんなドレスを着るかは分からないが、花を模した髪飾りならある程度は合うだろう。


「桜、ですよね」

「そうらしい」


 最初に買おうと思っていたのは、スタンダードにバラだったのだが、咲がこっちでも良いのではないのか、と。プレゼントなんてした事が無いから、咲の案を採用した。


(桜……桜ちゃんを……)


 じっと髪飾りを見ていた愛衣だが、手鏡を取り出して早速つけてみてくれた。金色の髪に、ほんのりとしたピンク色の花びらがアクセントになっている。主張しすぎないように薄い物を選んだが。


「もう少し濃くても良かったかな」

「いえ。これでしたら、予定していたドレスにも合うかと。それに、普段使いならこちらの方が」


 いきなり増えた髪飾りなんて、片桐母が絶対突っ込むはずだが……愛衣の嬉しそうな顔を見ると言えなかった。


「よろしい、のですか?」

「ん。ああ、プレゼントだ。この髪飾りのお礼には少し、安すぎるが――」

「そんなっ!」


 少し俯いて上目遣いだった愛衣が、顔を勢い良く上げて声を大にして否定の言葉を発した。自身が思っているより音量が大きかったからだろう。愛衣は一つ咳払いをして、紅潮した顔を隠すように手で口を覆った。


「そんな事、ありません。桜ちゃんからプレゼントを貰えるなんて、思ってませんでしたから……嬉しい、です」


 先程の続きになるが、愛衣の持ち物がいきなり増えたら片桐母が気付く。だから、私からプレゼントなんてまず、ないと思っていたのだろう。


「まぁそこは、隠してもらうしかないんだが」

「ええ。私も、肌身離さず、持っておきます」


 髪についたままの桜の花びらにそっと触れるように、愛衣は髪を撫でた。ここには私達だけだから、そのまま着けていて問題はない。髪飾りなんて殆どつけない愛衣が、こんなに喜んでくれるとは思わなかったので、私も嬉しかったりする。


 形に残らないお弁当だけにしようとか思った瞬間もあったが、髪飾りを選んで良かった。


(ただ、まぁ。ここから出るときには、仕舞って貰った方が良いだろうけど)

「うん、食べよう」

「はいっ」


 本当に、ここまで喜んでくれるなら――もっと早くに、計画しておくんだったな。


「……んんっ!?」


 サンドイッチを一口食べた愛衣が、咽そうになってしまった。


 ただ挟むだけなのに、おかしいな。咲と料理長が食べた時は大丈夫だったのに。


「今回は、見た目が悪いだけで済んだと思ってた」

「そ、その。少し、胡椒が一塊になっていた部分が、ありましたね」


 材料を完全に用意して貰ってもこれか。ただ挟むだけの料理でこれだと、コーンポタージュはどうなっているのだろう。せめて笑えるくらいの間違いであって欲しいと、願うばかりだ。


「で、でも、私は嬉しいですから、ね?」


 目に見えて落ち込んでいたのかもしれない。愛衣が私を慰めるように、サンドイッチをもう一度口に入れた。そして――マスタードの多い部分があったようで、今度こそ咽てしまった。



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