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百合の花 ~赤い心と鈍い金~  作者: あんころもち
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学園の日常―部活動―⑯



 カフェから出て、まずは囲碁部屋に向かう事にする。咲さんが先生達にコーヒーを持っていこうとしていたけど、私が代わった。咲さんは慣れているから良いだろうけど、これ以上メイドっぽいところを見せない方が良いと思ったから。


「失礼します」

「愛葉さん? どうしたの?」

「こちらを。咲さんからです」

「あら。ありがとう」


 私が持って来た事が気になるようだけど、聞かないでくれた。もう私と咲さんが知り合いっていうのは知られているけど、私の口から説明するのは憚られる。ただの知り合いと言っても、納得してくれない。なぜ隠したのかを、人は考えようとするから。


 囲碁部屋を出て、将棋部屋に向かう。何やら変な熱気が伝わってくるけど、どうしたのかな。


「戻りまし、た?」


 部屋に入ると、人が一つの場所に集まっていた。多分そこで対局が行われているのだろうけど、何で……。


(殺気立ってるんだろ)

「先生、コーヒー持って来ました」

「あ、ありがと愛葉さん」


 身長が低い所為で、誰と誰が対局してるのか全然見えない。ただ、サンマルテの生徒と誰かというのは分かってる。先生が止めないし、おろおろしてるから。


「誰と誰がやってるんですか?」

「あの、武って子と――」

「武って呼ぶな」


 あのお爺さん以外に武と呼ばれるのが嫌みたい。もしくは、私達サンマルテの生徒から呼ばれるのが嫌なだけなのかな。


「雑魚共。どうしても呼びたかったら武部さんだ」


 ただ単に、得意気になっているだけだったみたい。様子から見るに、サンマルテの生徒と武部さんが対局したのだろう。そして全員負けてしまったようだ。ほんの十数分の間に、四人供。


「素人ばっか。まともに打てるこいつも、ただ打てるだけ。何で此処に居るんだ?」


 実際、素人しか居ない。ここに居るって事は、武部さんは結構な打ち手というのは分かる。分かるけど、素人相手に勝ち誇って、何がしたいのだろう。実力差を見せ付けて、どちらが上かはっきりさせるとか?


「残りはあんただけ。さっさと座れ。チビ。つかあんた、本当に高校生か?」


 この場で全員倒して、早々に力関係をはっきりさせておきたいという事で間違いないらしい。変に絡まれないようにするには、負けるのが良いだろう。でもそれは、違う。これから私達は団結して、部存続の為に戦わないといけない。なのに、こんな人に負けていたら幸先が悪い。部の士気にも関わる。


(こういった人達の考える事は、良く分からない。分かるのは、私のような人間に負けると、プライドを傷つけられたとして余計に絡んでくるって事)


 今回の勝負、まず間違いなくサンマルテ側から勝負を挑んでいない。勝手に割り込んで、勝負し出したはずだ。先生としては、良い経験と思って受けたのだろうけど、私の考えは逆だ。いきなり強い人とやっても、何をされたか分からないままに負けるのだから意味がない。


 相手はこちらを大人しくさせる為に、自分の苛立ちを抑える為にやっている。上下関係をはっきりさせておかないと気がすまないタイプなのだろう。私個人で来ていたら負けても良かったけど、今回は部の為に負けて上げられない。


(香月さんと打ったと思われる盤面は見た。正直言って、プロと遜色ない。私じゃ難しい相手だけど……今なら勝てるかも)


 一先ず実力を見せておく。勝てなくとも、そこそこやれるって事は知って貰おう。そこからどうなるかなんてやってみないと分からない。じゃあ、自分の感情に従っても良いと思う。これは個人的な問題だけど……桜さんの悪口を言った事、忘れてないから――負けられない。


「何枚落ちが良い」

「私の実力も知らないのに、良いんですか?」


 ルールを知ってるくらいといっても、香月さんはそれなりに将棋が出来る。なのに――。


(八枚落ち……)


 飛車と角、香車桂馬銀将を落とした状態が八枚落ち。歩と金将、王だけで戦う事になるんだけど……。


(強気になるのも納得、かな)


 でも――。



 

「愛衣……ちょっと、待って欲しい」

「いいえ、待ちません。もっとやりますよ」

「ぅ……」


 桜ちゃんの、荒い息と軋む音しか聞こえないトレーニングルームで、私達二人は――。


「それが限界ですか?」

「限界」

「限界と言えるのですから、まだいけそうですね」


 体力測定を続けています。丁度、足上げ腹筋を始めた所です。昔からそうですが、桜ちゃんは腹筋をすると……。


(久しく忘れていた。愛衣の……スパルタを……)

「んっ……んっ……」


 こういった声を出してしまいます。だから、人前で出来ないのです。普段のハスキーボイスが嘘の様に可愛らしい声なので、驚くと思います。


(誰にも聞かれたくありませんが、特に……愛葉さんには聞かせたくないですね)


 結構塩を送ったのですから、これくらいの特権は保有させていただきます。


「絶対……筋肉、んっ……痛に、なる……」

「明日はルージュとの触れ合いだけにしますから、筋肉痛になって下さい」


 ここまでせずとも、準優勝を狙える状態ではあるのです。ですが、今の高弓高校に勝とうと思えば、桜ちゃんのスキルアップは必須です。狙うのは優勝、もしくは二位なのですから。桜ちゃんには対高弓だけでなく、対A班も視野に入れて特訓して貰います。


(高弓といえば、サンマルテとそんなに離れていませんね。確か、サンマルテ駅から一駅上ると、高弓の最寄だったはずです)


 だからこそ、高弓はサンマルテを意識しているのですが。


(高弓……)

「桜ちゃんが会ったという、少々気性が荒い方というのは、どんな方でした?」

「んっ……? そういえば制服、着てたかな」

(ちょっと休める)


 本当はトレーニングを続けながら話して欲しかったのですが……丁度良い頃合でしょう。小休止とします。


「ボードゲームカフェに居たという方、制服を着ていたのですか。どのような物だったか覚えていますか?」

「着崩してたから、良く分からないな。制服よりパーカーの方が目立っていたから。ただ、紺のブレザーだったはずだ」


 駅前ですから色々な学校の方が居るでしょうけど、高弓でなければ良いのですが……。確か高弓はブレザー。可能性は高いです。


「何か問題があったのかな」

「もし高弓なら、ライバル視されると面倒な事になりそうです」

「やっぱり、サンマルテ嫌いとかになってるのかな」

「サンマルテに限らず、です。ルール違反とまではいかないのですが、警告数が桁違いに多いのです」


 長いスパンで戦う、シーズン競技ならまだしも……一度で全てを出し切らなければいけないインターハイ等の大会では、プレッシャーに気圧されると実力の半分も出せないという事が多々あります。


「プレッシャーか。そういう事なら大丈夫だ」

「桜さんは大丈夫でも、他の方は違います。プレッシャーなんて受け慣れているエスカレーター組ですら、高弓のプレッシャーに気圧されるのです」

「それは、プレッシャーなのかな?」


 桜ちゃんの言いたい事は分かります。プレッシャーではなく、殺意に似た、暴威ではないのか、ですね。その辺りは曖昧です。相手はプレッシャーを与えようとしているだけのようですが、受け手は恐怖を抱いている訳ですから。


 本来、そういった挑発行為も反則に取られるのですが……高校の試合ですから、警告に留まります。


「主にスポーツ系の部活ですが、かなり荒々しいそうです」

「女子も?」

「はい」

(荒々しいか。愛衣がそこまで言うという事は、もっと酷いって事だろう。そして主に、だ)


 殆どの部活動で警告数が増えていっているのです。運動系の部活では怪我人も出ていますし、他校でも問題になっています。


 問題になっていますが、口頭注意が限界です。暴力沙汰があったという訳ではないのです。試合中の接触による怪我ですし、威圧行動も白熱したが為の物と判断される程度に抑えられています。その辺りが、高弓の巧い所でしょう。


「スポーツだけでなく、最近では文科系の部活でも悪い話を耳にしました」

「試合前に脅したとか?」

「負けを強要するといった事はありませんが、必要以上に睨んだり声を掛けたりです」

「心理戦といえば聞こえは良いけど、淑女には程遠いな」

「そうですね……」


 余り穿った見方はしたくないのですが、もしカフェに居たという、桜ちゃんに絡んできた方が高弓だったら……何かしらあるかもしれません。ただでさえ、桜ちゃんに絡むような気性の荒い方のようですし……。


「愛葉は大人しいし、香月もしっかりしている。大丈夫だろう」

「そうでしょうけど」

「何か不安が?」

「ええ、まぁ……」


 あくまで予想ですが、桜ちゃんが絡まれたという事を愛葉さんが知り、尚且つ相手が愛葉さんの前で桜ちゃんを貶すような事があれば……少々、熱くなりそうです。




「ッ……」

「王手」


 やっと詰み。二転三転あったけど、私の勝ち。私をちゃんと同格、もしくは強敵って思ってくれてたら、負けてた。最後まで私を見つけられなかったのが敗因。


(私の方が地力は下。でも、この勝負におけるやる気は私の方が上だった。ただ、それだけ)


 勝てないって思ったけど、相手のミスが結構多かった。ハンデありで少しでも緊張感があれば緩みなんてなかったんだろうけど、万全だったから慢心したんだと思う。


「ほう。武に勝つとはの」

「……マグレだ」


 本当に、マグレ。この人高校生っぽいし、一戦目で当たらない事を願おう。むしろ大会に出てない事を願おう。もし当たってしまったら、次は勝てないかもしれない。


「あんた、名前は」

「愛葉久由梨です」


 タイミング逃しちゃって、桜さんに名前で呼んで貰えてないのが悩みの、愛葉久由梨。片桐様が愛衣って呼ばれてたのを聞いて、少し焦ってる。だからといって、今更呼び名変更を申し出るのも……。それに、愛葉って呼ばれるのも何か、嬉しいし。桜さんに、”愛”葉って呼ばれると、どきりとしちゃうから。


(その原理でいくと、片桐様もだけど……と、とにかく、優柔不断な愛葉久由梨です)

「あなたは、なんて呼べば良いですか」


 同じ部屋で将棋をする以上、活動のたびに顔を合わせることになる。ちゃんと名前は聞いておきたい。そして、大会に出るかも聞いておきたい。


「……武部叶多(かなた)。呼び方はどうでも良い」


 武部さんだ、ってはぐらかさないんだ。認めてくれたって事かな。見た目と言動で、ちょっとだけ武部さんの事を見誤ったのかも。私も、人の事言えない。


「どうなったの? 勝ったの?」

「愛葉さんが勝ちましたわ。今は交流を深めているところ――」

「そんなんじゃねぇ!」


 香月さんの言葉が気に入らなかったようで、また武部さんが怒りだしてしまった。気性が荒いのは間違いではないらしい。それに、友人になれる訳でもないようだ。


「チッ……やっぱ合わねぇ」

「何処に行く、武」

「今日は帰る」


 お爺さんの制止も聞かず、武部さんは将棋部屋から出て行った。用事があるという訳ではなさそうだ。居場所を奪ってしまったのだろうか……。お嬢様学校の生徒を嫌っているようだったし、一緒に活動するのは無理なのだろうか。


 これは凄く、身勝手な言い分だけど……武部さんと対局出来るのは、良い経験になるはず。ルールを覚えて、香月さんや私と対局して、武部さんに挑む。これだけでも、ぐっと実力は上がるはず。


(多分、無理だろうけど……)


 私を敵視してるから名前を聞いて、自分の名前を教えたはず。まず私のお願いは聞いてくれないだろうし……大会に出るなら、敵に塩を送ったりしないよね。


「それじゃあ、愛葉さん」

「はい。予定通り、まずは皆さんにルールから」


 今回の一件は、問題行動にならないよね。ちょっと対局しただけだし。初日から色々あったけど……何とか、一歩を踏み出せそう、かな?



ブクマありがとうございます!

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