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百合の花 ~赤い心と鈍い金~  作者: あんころもち
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学園の日常―部活動―⑭



 片桐様が言っていた通り、一階は人生ゲームやカードゲームといったパーティゲームが出来る。一時間一人三百円で、コーヒーかジュース一杯がつくらしい。スナック菓子や駄菓子も結構な品揃え。スーパーマーケットと同じくらいの値段、かな? コンビニよりはずっと安い。子供とかが喜びそう。


「利益、出るのでしょうか」

「公民館の役割もあるそうです」

「補助金が出てるそうですね。それに、飲み物があったらお茶菓子も欲しくなるでしょうから」

「なるほど。そちらで利益を出してるのですね」


 二階にカフェがあって、ここだけ利用する事も可能。一階二階は、親子を対象にしてるのかな。高校生や大学生も、暇潰しに丁度良さそう。気に入ったボードゲームは購入も出来るらしく、雰囲気も良い。


 三階は会員制で、将棋、囲碁、麻雀等があるみたい。結構本格的な活動をしているようでプロ、アマ関係なく実力者が集まっている、と書かれていた。中にはここで実力を高めて、プロ入りした人も居るとの事。


(本当かどうかは、怪しいけど)


 結果的には、学院近くのカフェよりも良かったのかもしれない。趣味レベルではなく、大会参加者レベルが集まる場所なら、良い刺激になるはずだ。


 私達サンマルテが動けるのは、三階の将棋、囲碁の部屋とカフェ。それ以外への立ち入りは、学校側から止められている。お店側は特に制限をしていなかったけど、片桐様と羽間教頭が止めたのだろう。いらぬトラブルを避けるなら、行動範囲は狭い方が良い。監視もしやすいだろうし。


「えーと、私達は各部屋に詰めますので、その」

「畏まりました。カフェの方は私が見ておきましょう。もしお飲み物等の要望がありましたらご連絡下さい。すぐにお届け致しますので」

「あ、ありがとうございます」


 顧問の先生方が申し訳なさそうに、咲さんと話している。桜さんのメイドで、片桐様が信頼して任せたという人だけあって、優秀すぎる程に優秀らしい。その所為で香月さん以外の人も、咲さんがただの運転手ではないと感付いてしまってるけど。


「やっぱり、何方かのメイドかしら」

「片桐家でしょうか」

「先日片桐愛香様がお越しになってましたし、この事について?」

「可能性はありますね」


 片桐家と思われるのは、どうなのだろう。咲さんは気にしてないようだけど……九条家のメイドとバレるよりは、良いのかな……?


「それでは、私はここで」


 私にもう一度目配せした咲さんと二階で別れ、私達は三階に向かう。各部活毎に部屋で挨拶をする予定だ。私はお嬢様ではないけど、サンマルテ所属としてしっかりとしないといけない。


「部長」

「はい」


 将棋部屋に入るなり、部長が一歩前に出た。七名程居た、老若男女様々な棋士達がこちらを見ている。一応カフェ側から、暫くサンマルテの生徒がお世話になるという通達が入っているはず。


「暫くの間一角をお借りする事になりました。サンマルテ女学院の将棋部です。よろしくお願いします」


 ただのお辞儀ではないカーテシーでの礼に、カフェのお客さん達が緊張している。普通の生活をしていたらまず見ない礼だ。私もこの学校に入った時に習ったのでカーテシーで礼をするが、慣れる気がしない。


(桜さんも、苦手って言ってたっけ)

 

 もし夜会に出るなら、この礼が基本になる。中には、ダンスを見越して男装して来る人も居ると聞いているけど……そうなると、カーテシーでなくて良い。


(桜さんの男装……)


 凄く、似合ってる。そんな桜さんにダンスを誘われたらって、思ってしまう。


(カーテシーをしたくなかったら、私も男装をした方が良いのかもしれないけど……)


 それに、桜さんを誘ってみたいとも思っている。確かダンスは、男性側から誘うのが通例らしいから。でも、私の男装は……絶望的に似合わないだろう。


「昨日の、お嬢様学校か」


 お年寄りだったり、和装の男女だったりの中に、制服姿の女の子が居た。髪を染めて、頬に絆創膏を貼っている。正直な感想を述べるなら、場違いな女の子だった。その子に睨まれるような視線を向けられて、少しだけ萎縮してしまいそうになる。


(中学の時も、居たなぁ。ああいう感じの人。良い思い出が、ないや)


 私の不良イメージは、桜さんよりもこの人に近い。お嬢様達からすれば、どちらも変わらないのかもしれないけど。


「昨日来てた、髪染めてる奴は居ないのか」

「髪を染めてる……? 九条様でしたら、将棋部ではありません」

「クジョウ様? お金持ち達ですら様付けって、偉いのか」


 桜さんを知ってるらしい。そういえば今朝、カフェに行ってみた、みたいな話をしてた気がする。周りの視線が私にも向いてて、桜さんと片桐様の会話を余り覚えていない。


 ただ、部長に後で訂正したい事がある。髪を染めたという一言で、桜さんを連想するのは止めて欲しい。桜さんの髪は染めてない。


「クジョウって有名なのか? じっちゃん」

「九条の社長じゃよ。日本だけでなく世界各国に会社を持つ、片桐と並んで世界でも五本の指に入る長者じゃ」

「そんな金持ちの子供が、あれなのか」


 少し、カチンとくる言い方だ。”あれ”という言葉には、明確な侮蔑が入っていた。


 この人の髪は完全に染められている。わざとらしい茶髪なんて、今時流行らない。桜さんのは生まれつきだし、あの髪の事で凄く困ってる。何も知らない人にあれ呼ばわりされる筋合いはないはずだ。


「九条は今でも良い噂を聞かん。片桐と違って、悪名の方が有名じゃよ」

「悪い意味で有名って事か。はは」


 何でこんなに喧嘩腰で、桜さんを笑っているのか分からない。多分この茶髪の女の子は、サンマルテがこのカフェに出入りする事自体気に入らないのだろう。金持ちとか有名とか、吐き捨てるみたいに言ってたから。


 でも、九条に関して物言いがあるのは、女の子だけじゃないみたい。じっちゃんと呼ばれたご老人も、九条には何か因縁があるようだ。


「九条と何やら因縁があるようですが、どういったご関係がおありなのでしょう。良ければお聞かせいただけませんか?」


 香月さんが私にウィンクをして、やんわりと尋ねてくれた。私だとちょっと、感情が乗りすぎたかもしれない。九条がどういった会社なのか、私も分かってる。でも桜さんは関係ないんだから、茶髪の子に馬鹿にされるのはおかしい。きっと声を荒げてしまう。


(人の為に怒る事なんて、初めてで……ちょっと頭の中ぐちゃぐちゃ)


 暫く口を開かない方が、良さそう。初日から問題を起こしてしまったら、桜さんと片桐様に申し訳が立たない。あくまで世間話をしてるだけ、なんだから。

 

「九条に昔勤めとった。クビになったが」


 ご老人の一言で、私はちょっとだけ反省する。桜さんに恨みはなくても、九条への恨みというならそれだけで十分だったからだ。それでも少しだけ、だ。理解は出来ても納得は出来ない。


「良く見みれば、香月家の」


 表情を殆ど変えなかったご老人が、香月さんを見ると驚きの表情を浮かべた。


「私をご存知なのですか?」

「クビにされたわしを拾ってくれたのが、香月家の先代当主じゃよ」

「そう、でしたか。お爺様の」

「ご子息が当主になってから一気に大きな会社になったが、わしが居た頃はこじんまりとした会社じゃった。港にぽつんとある工場で、従業員が五十人も居ないような」


 色々と縁があるらしい。この周辺に住んでいて、勤めている人なら、サンマルテ関係者の会社に勤めていたり、その下請けだったりするだろう。というより、全国のお嬢様が集まるサンマルテだから、こういった縁は珍しくないのかもしれない。


「その工場跡地には今、本社が建っていますわ。お爺様は波止場で良く釣りをしてますから、今度お越しになってはいかがでしょう」

「おお……そうさせて貰いましょう」


 こういった、絶妙なコミュニケーションを取れる香月さんは、本当に凄いと思う。コイバナ好きで、ちょっとおてんばで、押しの強い子というイメージが先行しちゃってるけど、香月さんもお嬢様なんだって再認識させられる。


「じっちゃんは何でクジョウをクビになったんだ?」

「理由も教えてくれん。何かミスしたとか、人員整理とかなら仕方ないとも思えるが、あの会社が人員整理せんといかん場合が考えられん」


 九条で大規模リストラが起きたというニュースは出ない。個人的な退職勧告があったのだろう。ミスをしたかどうかなんて、外から分かるはずもない。本人は気付いてないだけで、何かあったのかもしれないのだから何とも言えない。同情とか疑問を持つのも、違う。


 クビにされたから恨むのは分かる。だからって人に、最低の企業と教えるのは違うと思う。日本を陰ながら支えているのは片桐や九条といった大企業だ。


 いくら……悪評高い九条であっても、個人的な事情でクビにしたりは、ない……はず。


「わしが勤めていたのは現社長の父親の時じゃったが、今はもっと――」

「失礼。生徒の前でそれ以上は」


 先生が漸く止めてくれた。止めるならもっと早い段階でして欲しかったと思う。九条への文句は、桜さんにそのまま返って来てしまう。桜さんは常々言っている。どんなに家を嫌おうとも、自分はどうしようもなく九条だ、と。


 学校での桜さんへのイメージは、まだ固まっていない。香月さんは大丈夫としても、他は……。それに、この将棋部屋で九条の名が完全な悪名になるのは嫌な気分だ。

 

 桜さんは気にしないだろうけど、知らない所で悪評が広がってるなんて、私が我慢出来ない。


「少し私情が入りすぎたの。(たけ)、おんしも突っかかるのはやめておけ」

「チッ……分かったよ」


 ご老人がこの部屋のリーダー的存在なのか、一先ず丸く収まったようだ。私はわだかまりを持ったままだが……挨拶は終わった事だし、少し時間を貰おう。


「先生、ちょっと咲さんと話してきて良いですか」

「少しなら。でもすぐ戻ってきてね。将棋部でまともに出来るの、愛葉さんだけなんだから」

「はい」


 すぐ戻れるかは、分からない。咲さんの話次第。ただの挨拶ならすぐに戻れるし……桜さんと片桐様の話だと、ちょっと時間がかかる。


(あのチビ、ずっとあたしの事睨んでたな。金髪の知り合いか何かか?)


 武って呼ばれた、茶髪の子が私を見てる。睨んでたの、バレてたのかも。絡まれる前に、そそくさと離れてしまおう。私からトラブルを起こすのだけは避けたい。




 カフェでは、咲さんが窓際に座ってコーヒーを飲んでいた。トレンド雑誌の一枚みたいな光景に、思わず立ち止まってしまう。この光景だけで、集客効果がありそうだ。


「来て頂けましたか。愛葉様」

「は、はい。その……様は、ちょっと」

「お嬢様の友人なのです。私の感謝の気持ちと思ってください」


 桜さんの過去を聞いた今だと、その言葉の意味が分かる。片桐様以外の友人を作ろうとせず、その片桐様とも少し疎遠だった時期があると聞いている。咲さんも、気に病んでいたのだろう。


「出発前、少々見すぎてしまいました。その所為で愛葉様にいらぬ勘違いをさせてしまったようで、申し訳ございません」


 私がちょっと気まずそうにしていたから、咲さんは謝りたかったらしい。咲さんが私を見ていたのは片桐様関係という訳ではなく、ただ単に桜さんの友人である私がどういう者なのか気になった、といった所みたいだ。つまり、私の勘違いでもある。


「いえ……私も、変な勘違いをしてしまって……。その、片桐様と桜さんの、ことは」

「私は愛衣様のお気持ちを存じております。出来る事なら愛衣様を応援したい所ですが、お嬢様の幸せを誰よりも想っているのは私という自負があります。ですからご安心下さい。愛衣様と愛葉様の邪魔は致しません」


 私と片桐様が、桜さんを巡ってあれこれしているのも、察しているようだ。桜さんからしか情報源がなく、しかも断片的な情報しか入ってないはずだけど……探偵というのなら、咲さんの方だと思う。


「お嬢様は本当に、今の学校を楽しみにしておいでです。ですから感謝こそすれ、疎んではおりません。是非そのまま、お嬢様と愛衣様と、仲良くしていただきたく思っております」

「……はい。桜さんがもっと、楽しいって思えるように」

「よろしくお願いします。愛葉様」


 咲さんの心配も、良く分かる。幼い頃から桜さんの事を知っていて、桜さんのお母さんとも旧知の仲で……色々と、気苦労があるはずだ。


 だから、桜さんが学校に居る間は何も心配がないってくらい、楽しい学校生活にしたいという想いは共有出来ると思う。


 でもやっぱり、様付けは慣れませんよ。咲さん……。



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