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百合の花 ~赤い心と鈍い金~  作者: あんころもち
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学園の日常―部活動―⑬



 片桐様の様子がおかしかったけど、その理由はすぐに分かった。


「周りに誰か居るかな」

「居ません。お嬢様」

「あ、桜さん」


 桜さんの見送りを、お膳立てしてくれたようだ。


(片桐様は本当に……公正公平で、生真面目)


 今回の咲さんの送迎を提案したのは多分桜さん。だから桜さんも見送り出来るようにと時間を取ったのだろう。ただでさえ時間を取るのが難しい片桐様が、私に気を使う余裕なんてないはずなのに……。


「送迎、頼んだよ」

「お任せ下さい。では――私は先にバスへ」


 咲さんは私に何か言いたい事があったようだけど、バスに乗り込んでいってしまった。


「ん?」

(随分、歯切れが悪かったな。あんな咲は――いや、良く見るか)


 桜さんも気になったみたいだけど、理由は分からないらしい。咲さんと片桐様は知り合いのようだったけど…………桜さんと片桐様の関係を想えば、私は邪魔者、になるのかな。


「咲は君の事を知っている。時間があったら話してみると良い」

「……はい。少し、話してみます」


 咲さんもそうしたいはずだから、時間を貰おう。


「部活が復活出来るか、正直なところどうかな?」

「囲碁部は何とかなりそうですけど……」


 正直、難しいと思う。香月さん達がこれからどれだけ腕を上げるかに掛かってるけど……。


「何処まで本気で、部活復活に力を向けてくれるか、じゃないかなぁと」


 私は、桜さん達のくれたチャンスを無駄にしたくないから頑張るつもり。でも……他の人達は、どうなんだろう。香月さんは結構乗り気みたいだったけど。


「無くなるならそれでも良いと愛衣は言っていた。大事なのは頑張る気持ちだ。いつだって愛衣は、生徒達の自主性を大切にしてる。頑張ったという経験を積めるのならと、今回の件でも学院長達を説得していた」


 そういえば、桜さんと知り合えた時もそう言っていた。重要なのは課程あっての結果だと。今回も、過程を頑張れる機会をくれたようだ。結果がどうなっても、その過程は力になる。


「まぁ、楽しんでおいで。気負う事はないよ」

「はい。行ってきます」

「いってらっしゃい」


 桜さんが私の頭を撫でてくれた。もう行かないと。片桐様の生真面目な優しさにはため息が出てしまうけど、この時間をくれて嬉しいと思う。


 とりあえず初日は――カフェの場に慣れてから……咲さんと話をしよう。カフェの雰囲気に慣れるのが一番、難しいかもだけど。


(カフェとか行った事ないから……)


 店内での飲食とか、知らない人との交流とか、結構苦手だったりする。基本的に引っ込み思案で、保守的な性格をしているから。積極的に桜さんと会話したり、ライバルだからって片桐様と火花散らしたり……お母さんとお父さんがみたら、吃驚するだろうなぁ。


 でも、うん。頑張るって気持ちに嘘はない。将棋の団体戦は先鋒中堅大将の三人制。部員はギリギリの五人だから……多分私も出るとして、残り一勝を何処で取れるか、かな?


 最初から負け前提で行くのは癪だもんね。片桐様に勝てないかもって思ってるけど、桜さんを諦めたくないし!




 愛葉を見送り、私はトレーニングルームに向かう。それにしても、咲はどうしたのかな。やけに愛葉を見ていたが。


「お別れは済みましたか?」


 トレーニングルームには愛衣以外居なかった。雨なんだから、もっと居そうな物だが。


(居ない方が良いか。愛衣もゆっくり出来るだろう)

「そんなに大それた物じゃないよ。それに、出迎えもすることになる」


 咲が帰って来ないと、私は帰る事が出来ない。その時に愛葉を迎える事が出来るだろう。


「それで? 今日は何をするのかな」

「基礎トレーニングです。先日の乗馬で桜ちゃんの体が少しブレていました」

 

 それは仕方ない。筋肉トレーニングなんて、長らくやっていないのだから。


「そんな短期間で筋肉がつくかな」

「元々あった訳ですから、問題ありません。体の感覚を思い出して貰うだけです」


 筋肉が衰えるくらいには運動から離れていたが、愛衣が言うなら間違いないのだろう。


「それじゃ、何をすれば良いかな」

「一通りやって貰います。どの部位が衰えているか確認してから、メニューを決めましょう」


 効率的な訓練をする為に、今日を使う訳か。愛衣の練習にはならないが、私がものにならなければ馬術部も団体戦で結果を出せない。


「そういえばチーム分けはどうなったのかな」

「部長に任せていますが、私はA班です」

「なら私はB班かな」


 本隊と呼ばれているA班は、絶対に優勝するだろう。サンマルテ馬術部に愛衣が入ってから負けた事がない。準優勝を決める大会といえるのだが、昨年はサンマルテ以外がその準優勝を決めている。


「何処だったかな」

「高弓高等学校。その名の通り、創立時から弓道部で有名な場所です」

「ああ、そんな名前だったか。栃木だっけ」

「はい」


 確か、もう少しで優勝を逃すという所まで追い込まれたはずだ。愛衣が居なかったら負けていた。


 公式ルールとは違い、完全な団体戦だ。普段であれば三種個人戦績の合計が団体戦績になるのだが、高校戦は団体と個人は別だ。


「見誤っていた、というのが正直な感想です。弓道部だけと思っていたのですが、多くの学校が高弓に負けています」

「部活に力を入れてるのかな」

「そのようです。コンスタントに優勝するサンマルテに対抗して、という話ですが」


 対抗心は最高の促進剤、か。さて、囲碁・将棋部もそうだとしたら大変だ。一勝で良いんだから、初戦で当たらなければ問題ないだろうけど。


「よって桜ちゃんにも頑張って貰わなければいけません。本来はバランス良く班分けすべきなのですが、部長はきっとA班に全力を向けるでしょう。優勝を逃す事だけは出来ませんから」


 確かに。そうなると準優勝出来るかは、残り物の頑張りに掛かっている訳か。私も想定よりやる気を出す必要があるかもしれない。準優勝でもしないと、片桐母は納得しないだろう。


「さぁ、始めて下さい」

「ああ」


 甘く見ていた訳ではないが、準優勝への道は遠く険しい。努力を見せれば良いという簡単な話ではないのだ。片桐母が欲しいのは結果。過程がどれ程尊くとも、結果が伴わなければ意味がないという考えだ。


 愛衣も結果を大切にするが、過程を完全に切り捨てるような事はしない。そこが愛衣と片桐母の違いだろう。社会人にとっては、結果が全てではあるのだが。


 私がすべきは、結果を出す事だ。それも、愛衣の訓練を受けた以上生半可な結果では納得しない。


(とはいえ、団体だしなぁ)


 まさか私も、愛葉と同じ問題に直面するとは。


「気楽に、とは言えませんが、桜ちゃんがやる気になってくれるなら価値のある物になります。お母様への言い訳は私がどうとでもしましょう」

「ありがとう。でも、出来るなら――少しは、やり返したいが」


 ぐうの音も出ない程の成果を出したい。そうすれば、暫くは大人しくなってくれるだろう。どうせ片桐母も秋敷楓も、私が良い成績を出すと思っていない。私の力で準優勝をした程度であの二人が驚くとは思えないが、やってみる価値はありそうだ。


 という事で、トレーニングを開始する。二時間、色々な筋肉を酷使するだろう。正直……明日は筋肉痛になってしまうと、確信している。




「ねぇ、愛葉さん」

「ん、何ですか? 香月さん」

「あのお方、見た事がある気がするんです。昔、香月家主催のパーティで」


 ある程度確信を持って、咲さんを見ている。九条家のメイドだから、有名なのかもしれない。桜さんと小鞠さんの話にあったけど、咲さんは昔桜さんのお母さん付きのメイドだったらしい。そしてそのお母さんは、社交パーティの招待状は絶対断らない、とも。多分そこで見たのかもしれない。


 咲さんは一度見たら忘れないくらい美人だから、私でも覚えてたと思う。それに桜さんのお母さんも美人らしいから、セットで覚えてたのかも。


「えっと、それは……」

「愛葉さんは隠し事が苦手ですもの、分かってしまいますわ。自己紹介の際何も言ってなかったのですから、隠しておきたいのでしょう?」


 からかわれている気がするけど、周りに聞こえないように小声だから本当に隠しておいてくれるみたい。片桐様も桜さんも、咲さんもかな。隠したがってるみたいだし、そのまま隠して貰おうと思う。


「そろそろ到着します」


 咲さんのアナウンスが流れる。外に目を向けると、確かに駅前だ。帰省する時にいつも通る駅。ここ三ヵ月通ってなかったけど、ボードゲームカフェなんて出来てたんだ。


(そろそろ、帰った方が良いかな。お母さん達にも、桜さん達の事とか……少しは、学校生活が楽しくなったって、言っておきたいし)


 バスから降りると、やけに視線が集まる。それもそうか。サンマルテの制服は有名だし、駅前のカフェに団体で入って行くなんて多分、前代未聞。


「楽しみですわ。カフェなんて初めてですもの」

「私も、こんなお洒落な所は初めてです」


 良く見るとテラスが突き出ていて、屋上みたいな所でも飲めるようだ。今回は雨だから無理だけど。


「中に入って、二階で待っていて。受付を済ませてきます」


 結構良い場所だからか、お客さんもかなり入っている。確かにこれは、トラブルを起こさないようにと言いたくなると思う。


「咲さんは、どうするんですか?」

「私は二階でお待ちしております」


 チラりと私に視線を向けたのは、時間があったら来ても良いという意味だと解釈した。一先ず三階で顔見せしたら、早い段階で咲さんの所に行こう。


「愛葉さん、は、あの女性と知り合いなの?」


 二階に上る途中で、他の将棋部員から話しかけられた。香月さん以外との交流もそこそこあるけど、まだ隔たりを感じていたから話しかけられるとは思っていなかった。


「少し、気になっただけですね」

「そっか。香月さんから聞いたけど、将棋強い、んだよね」

「そこそこ出来る方だと、思います」


 プロには勝てないと、自信を持って言える。セミプロは分からないけど、院生に入れるくらいの実力は持っている……かな? 


「教えて欲しいかなぁ、って」

「――はい。皆で、部活存続させましょう」

「そだね。やっぱりちょっと、勿体無いなって。片桐様も言ってたから」


 桜さんとあんな話をした後だから、申し訳ない気持ちになってしまう。皆結構負けず嫌いなんだなぁ。せっかくだし、廃部にしたい学院長達に見せつけようと思う。


「それと」

「はい」

「片桐様と九条様と、どういう関係なのかも教えて欲しいなって」

「それは……また今度で」

「約束だよ?」

「ぅ」


 正直、教えるつもりはない。片桐様とのライバル関係も、桜さんに対する想いも。香月さんには何となくバレちゃってるけど……今度は、隠し通すっ。



ブクマありがとうございます!

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