学園の日常―部活動―⑫
そろそろ戻っても良い頃合だろう。少しの間と思っていたのだが、昼休み丸々使ってしまったようだ。小鞠さんにも困ったものだな。
(まぁ、私が愛葉に話したからだが)
小鞠さんとしては、事情を知っている大人として私を気に掛けてくれているだけなのだ。お節介とは思うが、悪くはない。
「出来たかしら」
「確認お願いします」
「ええ。一応見るわね。ちゃんと出来てたら、その区画もお願いするわ」
「仕方ありませんね」
小鞠さんと入れ替わるように、椅子に座る。もう昼休みも終わるから、片付けて教室に帰った方が良い。
「そろそろ戻ろうか」
「はい。今日は、ありがとうございましたっ」
「聞いてくれてありがと。ところで――小鞠さんとはどんな話をしていたのかな?」
「え、えと……秘密ですっ」
「ふふ」
小鞠さんと話している時、愛葉が慌てていたのは見えた。小鞠さんは物腰の柔らかい落ち着いた人だが、あの軽伊さんと気が合う友人という事を忘れてはいけない。羽間さんや咲にも言える事だが、彼女達は基本的にお節介焼きなのだ。
「小鞠家は貴族然とした家柄じゃなくてね。その中でも小鞠さんは次女だから、自由人なんだよ」
「そう、だったんですね。何となく、そんな感じはしましたけど……」
声が段々と小さくなったのは、言い辛い事だったからだろう。でも、小鞠さんは気にしない。というよりそんな自分が一番と思っているタイプだ。
「軽伊さん、羽間さん、咲、小鞠さんと。グループで動く事が多かったそうだけど、小鞠さんが一番好奇心旺盛だったらしい。今の姿からは考えられない事だけど、軽伊さんが小鞠さんを止めてたと、咲は言ってたよ」
「そ、そうなんですか? 今は逆に見えますけど……」
「小鞠さんが今よりもっと自由人だったから、軽伊さんが真面目にならざるを得なかったそうだ」
「あ、あはは……。この隠れ庭園も、小鞠先生が作ったんでしたっけ」
「そうだね。庭園作成の許可を学院長に取る時にはもう、大方出来ていたそうだ」
「えっ!?」
今ですら自由人の片鱗が出ているが、昔はもっと凄かったと咲や羽間さんは言っていた。あの軽伊さんが遠い目になるところなんてそうない。
「昔は一体、何をしてたのでしょう……」
「在学中、休暇の外出時に水族館へ行ったそうだけど、イルカのショーで――」
「桜。そろそろ帰らないと間に合わないんじゃないかしら」
と、ここでする話ではなかったな。
「続きはまた今度ね」
「ふふ。愛葉さん?」
(私から断れって、事かなぁ……。でも気になるから)
この話は軽伊さんを交えてした方が楽しくなる。いつかまた保健室に行く事があったら話すとしよう。
教室に帰り、残りの授業を受ける。結局秋敷楓は一限以降何も言ってこない。本当にただの憂さ晴らしだったようだ。
(まぁ、あの人の事は今考える事じゃないな)
この後部活動となる。雨の為、馬術部は屋内だが――向かう前に正門に行かないといけない。愛衣と羽間さんが居るだろうけど、咲が来るのだから私もいた方が良いと思ったからだ。
(いや、どうなんだろう)
私と咲の関係は伏せておいた方が良いのだろうか。愛葉にはそれとなく伝えたが、咲が九条関係者と知られるのはよろしくないのかもしれない。
(愛衣に任せてしまうか)
咲が私のメイドと、知っている人は知っているだろう。だけど今回の件、私の関与を匂わせる必要はない。とりあえず初日は様子見だ。
「今日の授業は此処まで。もうじき夜会です。浮かれる気持ちは理解出来ますが、皆さんは今回二年生として、下の子達を導く立場に居ます。分別ある振る舞いをなさい」
「はーい」
愛衣が言うには、一番楽しいのは三年時の夜会らしい。下の子達は先輩の顔を窺いすぎて、緊張しっぱなし。二年は下の面倒を見ながら、三年のサポートで忙しいとの事だ。
愛衣は一人だけ小等部の頃から夜会に出ている。成績優秀者や家柄の良い者は中等部から参加する事が出来る。しかし大半は高等部からの参加だ。愛衣のように、最初から堂々と出来る者が何人居るというのだろう。
「初めての子達が多いので、始めに説明会をします。それと、今回は先生が多めに居ますから、いつもよりは気を引き締めておくように」
今度は返事が出なかった。それも当然か。教師含む大人の柵から少しだけ解放されるのが夜会だ。人脈作りという体だが、結局はお遊びのついで。教師が増えるという報せは喜べない。
(毎年の事なんだが)
愛衣が小等部生徒会長になってからのルール改定だ。お陰で節度ある夜会になっているし、問題が起こらない。初回だけだし、最終的な満足度は過去の夜会よりずっと高い。
「九条さんは今年も不参加ですか?」
寮通いならこんな質問はないのだが、自宅通いの私には質問がされる。毎年不参加だから不参加前提の質問だが――。
「少し迷っているので、もう少し待っていただけると」
「分かりました。参加の際は生徒会長か運営委員にお願いします」
「はい」
参加となった場合、泊まるのか帰るのかで対応が変わってしまう。泊まるのは問題ない。寮に空きはあるのだから。でも、帰るとなったら門を開けないといけない。勝手に開ける訳にはいかないので、報せる必要がある。
「九条様が夜会に参加を?」
「一度も参加しなかったのに」
「中等部から、参加出来たのですよね?」
「九条家ですもの。当然お呼ばれしているはずですわ」
本人達は聞こえていないつもりなのだろう。でも、自身の噂というのはどうしても耳に入ってくるものだ。せめて私が教室を出るまで待てば良いのに。
夜会は毎月一回ある。そして、確かに私は中等部から参加の有無を確認されている。ずっと断っていたから、教師ですら驚いた表情を浮かべてしまっていた。
(本当は、愛衣のサポートとして小等部から枠を用意されていたが)
羽間さんのお節介だ。結局私は、一度もその枠を使わなかった。ただ、今回は参加しようと思っている。まだ確定ではないが。
「やっぱり、愛葉さんでしょうか」
「そうとしか――」
私の気が変わる出来事なんて、愛葉関連しかないという印象なのだろう。クラスメイト達の内緒話を置き去りに、私は一応、正門を目指して歩き出した。
正門には既に、咲さんが待機していました。片桐の影はありませんから、先に中へと招き入れましょう。雨脚も強まってきたようですから。
「もう少しで集まると思いますから、中でお待ち下さい」
「はい」
「羽間さんも来る予定でしたが、少し用事があるそうで」
「そうでしたか……。愛衣様が居ますので、問題はないと思います」
「ありがとうございます――と、桜ちゃ……九条さんが最初のようですね」
誰よりも先に、桜ちゃんがやって来ました。ですが、こちらに近づいてきません。多分咲さんと自身の関係がバレないようにという配慮でしょう。今回の特例はあくまで、秋敷氏を通しての物。桜ちゃんが出しゃばっているように見えるのだけは避けないといけません。
咲さんもその点を気をつけているのか、私服です。桜ちゃんですら、咲さんの私服を見るのは初めてのはずです。凄く驚いた表情でぽかんとしてますから。
「お嬢様は、遠くから見守るだけのようです」
「愛葉さんの付き添いという形であれば問題ないでしょうけど……」
初回は、特に気をつけるでしょうね。一限目の時、秋敷氏からちょっかいを掛けられたそうですから、気を張っているのでしょう。
「一限目、秋敷様が無茶をしたと聞き及んでおります。誠に申し訳ございませんでした」
「いえ。咲さんが謝る事ではありません。それに、授業自体は好評だったようです」
授業内容は、外の学校で行われている平均的な授業だったそうです。サンマルテ内では珍しい、文法重視の英語だったと聞いています。
授業自体は好評だったそうですが、桜ちゃんに対して個人攻撃をし続けたと聞いています。
「まだ情報が足りていませんが、お気をつけ下さい。愛衣様」
「はい。余りにも酷いようでしたら、羽間さんから注意が入ると思います」
今秋敷氏が此処に居ないという事を考えると、羽間さんの用事は説教なのかもしれません。
「他の方達も来たようです。最初に説明からしますので」
「はい」
雑談はここまでですね。将棋・囲碁部の方達がやってきました。一度集合して、これからどうなるのかを話していたのでしょう。
(この人が、咲さんかな。桜さんや片桐様とはまた違った、綺麗な人だなぁ)
愛葉さんは、皆に話していない様です。口止めはしていないのですが、憶測で話す事でもないと黙っていたのでしょう。とはいえ、そんなにじっと咲さんを見ていたら、香月さん辺りにはバレていそうですが。
「まず、両部活動について話しておきます。将棋・囲碁部の成績は、お世辞にも良いとは言えません。よって、よりやる気の出る部活に移籍して貰おうというのが、部室剥奪の理由となっております」
この事は、一部の生徒は薄々感づいていたはずです。入ったは良いものの、ルールすら怪しい子も居るそうですから。
「本来そのまま廃部になるところでしたが、せっかく自ら選んだ部活動です。何も出来ないままというのは、生徒主体の教育から外れているという意見が出ました」
羽間さんを始め、サンマルテの校風を重んじている方達から反対意見が出ました。率先して廃部しようとしているのは、学院長や一部のサンマルテ出身ではない教師陣です。
「そこで、次の大会で一勝してください」
「一勝で、良いんですか?」
「はい。団体で一勝です」
「あー……」
個人戦一勝で良いとなれば、愛葉さん擁する将棋部の存続は確定です。それでも良いのですが、愛葉さんの存在とは関係なく勝てるだけの力を見せて欲しいというのも、団体一勝という理由の一つとなっています。
根本的な理由として、部活動では協調性を育もうという思惑があります。元来我の強いお嬢様方ばかりなので、協調性に乏しい部分があったのです。
なので、部活動で協調性を育むという特性上、個人での勝利よりも団体での勝利の方が重要なのです。校長等の反対派を押さえる為に提案した時も、この理由が決め手となっています。
「もし、既に今の部活に対してやる気がないのでしたら、今ここで退部を伝えて下さい」
理不尽に奪われるのは苦痛でしょうけど、やる気のない部活を続けるのも苦痛でしょう。他の部活に移るのであれば、それもまた一つの選択です。
ただ、今回のテストは団体での一勝です。人数が減ると団体戦に出場出来なくなるかもしれません。
(一応、個人で勝利出来るのなら部活動でなくても大会出場を許可すると、学院長から言質を取っています)
どうしてもこの部活を続けたいのであれば、部活がなくなってもカフェへの送迎を許可するように言ってありますので、ご安心を。
「居ない様なので、これからの部活動について話します。学校に部室代わりはありません。既に将棋・囲碁部の部室は、物置となっています。ですから、駅前のカフェで活動となります」
しっかりと、やる気に満ちているようです。このまま廃部を選ぶというのであれば、それでも良かったのですが――杞憂でしたね。
「外に出られるのですか?」
「カフェの中だけですが、駅が一望出来るカフェらしいです」
「まぁ! 素敵ですわ」
外出というだけでも嬉しいでしょう。その上カフェとなれば尚更です。
「三階建てとなっており、将棋・囲碁スペースは三階です。二階にカフェ、一階はボードゲーム等となっています。皆さんは三階の将棋・囲碁スペースとカフェをご利用出来るように契約しています」
「自由に使っても良いのですか?」
「あくまで息抜き程度ですが、皆さんにお任せしています。ただし問題行動を起こさないように。それと、団体での一勝という件をお忘れなく」
浮かれすぎて、活動を蔑ろにすると廃部です。特例中の特例という事は理解しておいてください。
「ここまでで質問はありますか」
「対局相手は、同校の生徒とだけでしょうか」
「いいえ。カフェに居る方であれば誰とでも。ですが皆さんの殆どが初心者同然との事ですから、最初は同校の生徒とする事をお勧めします」
問題になる事は少ないでしょうけど、一応です。せめてルールくらいは覚えてから参加した方が良いでしょう。
「では、こちらの方を紹介します。皆さんの送迎をしてくれる方です」
「ご紹介に預かりました、五月七日咲と申します。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
(何処かで拝見した事があるような。何処でしたっけ)
咲さんのお辞儀は、一般の方には出来ない物です。メイドとまでは分からないでしょうけど、ただの運転手として雇った訳ではないという事は、気付かれたと思います。
「それでは、バスへ乗り込んでください。先生方も、お話した通りにお願いします」
「ええ」
「ありがとう。片桐さん」
生徒と教師二名がバスに乗り込んでいきますが、咲さんの視線に愛葉さんだけは乗り込めずに居ます。
「私は部活の為にトレーニングルームに向かいますので」
「はい。ありがとうございます。愛衣様」
「あ、ありがとうございました。片桐様」
桜ちゃんに向かう場所を伝えてから、私だけその場を離れます。桜ちゃんも、お見送りくらいはしたいでしょう。私が離れれば、出て来られるはずですから。
私にお礼を言う時の、少し複雑な心境を滲ませたような表情をした咲さんが気になりましたが、気付かない振りをさせていただきます。
ブクマありがとうございます!




