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百合の花 ~赤い心と鈍い金~  作者: あんころもち
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学園の日常―部活動―⑪


 

 桜さんは、自身の過去はまだマシな方と言っていたけど……。


(それは、程度の話でしかない、です)


 世界中には確かに、多くの不幸がある。両親からの愛情をもらえないどころか、命を奪われる事だって少なくない。そういった人達から見れば、桜さんは幸せの部類なのだと思う。


 でもそれは、幸せではない。理由の分からない無視と、解決する事の出来ない関係。好き嫌いではなく、無関心。桜さんが虐げられ、心を抉られるような経験をした事に、変わりはない。


(もし、完全な無関心だったなら、桜さんの中に怒りは生まれなかったと思う)


 悲しみや虚しさはあっただろうけど、怒ろうとすら思えなかったはず。片桐様とも拗れる事はなかった。


 でも、桜さんには怒りがある。


 下駄箱で、桜さんと片桐様が話しているのを聞いた。桜さんに……縁談が来たという話だった。


 それを聞いた時、血の気が引いた。もしかしたら、桜さんが……この学校を中退して、結婚してしまうのではないか、と。


 でも、桜さんの過去を聞いた今、別の意味で血の気が引いている。


 完全な無関心ではなく、九条家当主は桜さんを利用しているのだ。桜さんが幼き頃に感じた九条家の、片桐家に対する劣等感。片桐を意識した行動の数々によって桜さんは、片桐打倒こそ家族関係修復の好機と考えた。


 でもそれは、無理だった。片桐様は完璧すぎる。それでも、桜さんの噂の一つに、「昔はやる気があった」というものがある。桜さんは体育の時、片桐様と遊ぶついでに勝負をしたけど負けた、とも言っていた。その事から、桜さんは()()()までは片桐様に勝とうとしていたのではないか、と思う。


 ここでの諦めというのは、片桐様に勝つ事じゃなく……家族の関係修復は不可能という事に気付いての、諦めだ。


 父の無関心は、片桐に負けた事によるものではない。生まれた瞬間から、桜さんの何かが気に入らずに、勝手に無視を決め込んでいるのだ。非常に腹立たしい。


 見方によっては、桜さんは父の事を考える事なく、片桐様と純粋に遊べるようになった、とも見える。でもその裏で桜さんは、絶望したはずだ。

 父に認められる事は、一生ないのだ、と。


 桜さんが怒るのも、無理は無い。無視されるだけなら、それで良いと桜さんは思っている。だけど干渉してくるのだ。人生を弄ばれている。縁談だって……「使い道がないなら結婚でもして人脈作りに尽くせ」と言っているようなものだ。


 そんな桜さんが、私……私達との学校生活に幸せを見出してくれている。


 桜さんの過去を聞いて、怒りや悲しみやら、色々と負の感情が巡っている。でも、何よりも……嬉しい。桜さんが私と居ると、幸せだと言ってくれた。


 だったら私は、桜さんの両親に憤るのではなく、桜さんとの今を楽しもうと思う。そして出来るなら……桜さんと、もっと――。


「桜、向こうの水やりお願いできないかしら」

「構いませんけど、向こうは確か」

「もう出来るでしょう」


 向こうの水やりは、少し勝手が違うのだろうか。水をあげ過ぎると逆に枯れる花があると聞くけど、それかもしれない。


「私も――」

「愛葉さんも、せっかくここに来たんだから水やりを覚えましょう」

「え、えと」

(小鞠さん、相変わらずお節介焼きだな)


 桜さんが肩を竦めて微笑んでいる。小鞠先生が私に用事があるのは、分かってる。でも、桜さんともっと居たいんだけどなぁ……。


(でも、何か意味ありげだし……)

「わ、分かりました」

「すぐ戻るよ」

「――はいっ」


 桜さんに頭を撫でて貰えるだけで喜んでしまう。そんな単純な自分が恥ずかしい。子供っぽい、のかな。私。


(けど、悪くないかも)


 撫でて貰えるなら、多少子供っぽくても……でもやっぱり、もうちょっとムードのあるような……!



 桜さんが少し離れた場所で水やりをしている。桜さんがいないと、途端にこの花園が寂しいものに思えてしまう。花が沢山あって、雨が天井を叩いている音もしきりに聞こえるのに。


「さぁ、まずは基本から教えます」

(あ、本当に水やりの指導だったんだ)


 本当に基本中の基本を教えてもらった。教えてもらったというより、先生がやっているのを見ているという感じだけど。


「桜に、色々聞いたみたいね」

「……小鞠先生は、桜さんの事」

「知ってるわ」


 水やりを続けながら、小鞠先生がぽつりと話し始めた。知っている人からすれば、桜さんと私の関係がちょっと深まったのは、見て取れるのだろうか。片桐様もすぐに気付いたみたいだし。


「私達が桜と愛衣の事を知ってるっていうのは?」

「聞いてます。軽伊先生と、羽間先生もですよね」


 桜さんの事情を知る教師達は、桜さんが信頼している人達だ。この小鞠先生にしたって、おっとりとした表情と仕草だけど、隙がない。


 おっとりというより、余裕って感じ。ふんわりした茶色の髪も相まって、見た目だけだと優しいお姉さんって雰囲気をしてる。でもその瞳の奥には、確固たる物が見て取れた。この人はきっと、芯が強いから余裕があるのだ。


「私と優花、咲と皐月先輩。そして――桜の母親の、愛菜は……サンマルテ大学の同じ学部の先輩後輩だったのよ」


 優花は軽伊先生、皐月は羽間先生の名前だ。咲さんは多分、今日逢えると思う。


「私と愛菜はエスカレーター。優花と咲、皐月先輩は推薦。あの時代だと、その二者が仲良くしてるのは珍しい光景だったの」


 桜さんが言うには、片桐様が生徒会長になるまで、二者の確執は放置されていたらしい。教師陣ですら確執を取り除けないだろうと半ば諦めていた問題を解決しきった片桐様は、やっぱり凄い。個人の勉強と違って、そういった問題は勉強が出来るだけでは解決出来ないのだから。


「サークルも別々で、接点は殆どなかったんだけど妙に気があって、いつも一緒だったわ。特に咲は、愛菜に気に入られてたわね」

「だから、咲さんは愛菜さんに雇われた、んですか?」

「そうだと思うわ。今は桜の専属らしいけど」


 愛菜さんは、桜さんのお母さんだ。桜さんが、完全に無視を決め込んでいる父親よりも接点がないというくらい、桜さんに対して何もして来なかった人。少しだけ、私の中の黒い感情が首をもたげてしまう。


 桜さんからすれば、立場が完全に分かっている母親の方が、マシらしいけど……。そう言われれば確かに、変に干渉してくる父親の方が、その――うざい、と思ってしまう。


「あの頃の愛菜は、本当に太陽みたいだった。居るだけで場が華やぎ、惹き付けられる。そんなあの子が皆好きだった」


 桜さんから聞いた印象とは、真逆だ。桜さんに対しては太陽所か無なのだから。でも、「あの頃」だ。小鞠先生から見ても、今の愛菜さんはおかしいという事だろう。


「でも――あの子はサンマルテを中退してしまったの」

「中退……?」


 考えられるのは、結婚だ。太陽と言われる人が問題を起こしたり、勉強で躓く事はないと思う。


「九条に嫁いだって知ったのは、あの子が桜を生んだ後よ」

「交流も、完全に絶ってたんですか?」

「電話では何度か話せたんだけど、適当な理由ではぐらかされてたのよ」

 

 その辺りが、知りたいと思う。桜さんが生まれて、何が起きたのか。


「咲だけは、知ってたみたい。在学中にバイトを始めたって聞いてたけど、それがまさか、愛菜の付き人だったんて」


 咲さんなら、桜さんに何が起きたのか知っている、という事だ。でも……今日逢えたとしても、いきなり聞くのは……失礼だ。それにそれは、桜さんも知らない真実。私が先に聞くのは、違うと思う。


「咲、言ってたわ。桜は本当に何も知らされていないって。両親の馴れ初めも、両親が愛し合っているのかすらも。愛菜に至っては、一度も口を聞いた事がないって」


 桜さんが覚えているのは五歳の頃から。でも、会話した記憶はないと言っていた。それに間違いはなかったらしい。そこまで徹底する、何かって……何? 


「あの時の咲、怒ってたのよ。多分初めてだと思う。咲が怒ってるのを見たのは。愛菜に怒ってるなんて、特にね」

「愛菜さんと咲さんって、そんなに仲が良かったんですか?」

「四六時中一緒だったわよ。その頃の寮は二人一組だったんだけど、愛菜ったら、ルームメイトに頼んで咲と変わって貰ってたから」


 話を聞く限り、天真爛漫と傍若無人が程よく両立しているような人だ。愛菜さんという太陽を中心に、色々な人が翻弄されつつも楽しい学院生活を送っていたのだろうと、想像出来てしまう。


(その分、桜さんに苦痛を与えている事が本当に、本当に…………はぁ……)

「咲から事情を聞いた私達は、桜がサンマルテに入った時から見てた」

「今の関係になったのは、必然だったんですか?」

「ここまでになるとは思ってなかったわ。見かけたら注意深く観察するって程度と思ってたの。運命ってあるのね。愛菜の子だからでしょうけど、私達と仲良くなってしまうんですから」


 教師という立場上、一人の生徒に入れ込むのは良くないと、観察程度に留めようとしたのだろう。でもきっと、桜さんを放っておけなかったんだ。立場とか、親とか関係なしに……。


「確かに、引っ込み思案だったわ。もともとの性格が、能動的ではなかったんでしょうね。それを助長させていたのが家庭環境。あの子は自分を見失っていたわ」


 両親という、絶対の道標が最初からなかった桜さんは、行動する事すら許されていなかった。もし桜さんに対し、両親が何かアクションを起こしていたなら、桜さんに反骨心が生まれたかもしれない。でも、それすらなかった。


「愛菜の面影はあるけど、どちらかといえば父親似なの、あの子。そんな容姿を、あの子自身は嫌っている」


 それに関係する噂も、多々ある。不良どうこうもそうだけど、桜さんと片桐様を比べるのが殆どだ。


「お父さん似、なんですね」

「そ。金髪は愛菜から。でも黒い部分があるのは父親からよ。瞳が黒なのもね」


 親子だから仕方ないとはいえ、嫌っている人間の面影が多く出ているのは……桜さんにとって苦痛以外の何物でもないのかも、しれない。


「あの子、鏡を見ないの。姿見だって、その身長を使って顔が映らないようにするんだから」


 そういえば、お手洗いの時も……鏡は絶対見てなかった、ような。単純に、不良と呼ばれる原因である髪を見るのが嫌なのかと思ったけど……もっと複雑な理由だったらしい。


「あの子は、変に真面目なのよ。父と母を純粋に恨めたなら、あの子はあんなにも追い詰められなかったのに」


 それは、桜さんの過去を聞いた時も思った事だ。桜さんは自身を無視する父に対し怒るのではなく、自分の力不足と言っていた。そしてそれはただの自滅だった、とも……。


 先生が言うように、どんなに無関心な両親であっても恨めたのなら、桜さんが追い詰められる事はなかった。恨むだけなら、相手の感情は関係ない。桜さんの感情なのだから。でも、桜さんは人を恨めなかった……。


「桜は普通の子。父親がもし、桜とちゃんと接していたら、違ったのでしょうけど」


 もし、桜さんをしっかり見て、努力を褒められる普通の親だったなら……それは想像の域を出ない。それに、噂は好きじゃないとはいえ、九条の噂は何処に居ても入ってくる。”九条雄吉は人から外れている”らしい。


「母親とは……」

「愛菜の事は、良く分からないわ。愛菜が人を嫌うなんて考えられなかったもの。社交パーティは昔から好きだったけど、あんなに熱心に参加したりはしなかった。本当に、何があったのか……」


 先生達にも分からない変化が起きたらしい。その原因は考えるまでもなく、九条雄吉なのだろう。


「この辺りの事情を知ってるのは、咲と愛衣と愛香先輩だけ。だからって訳じゃないけど、愛衣と桜は、そうね。本当に仲が良かったわ。桜は愛衣以外と、会話すらしなかったんだから」


 それは、何度も見ていた。桜さんが自分から話しかけるのはいつだって、片桐様だけだった。業務連絡が殆どだったし、喧嘩っぽく見せてたけど、桜さんが自分から話しかけるという点で特別だった。


「そんなあの子が、愛衣以外に心を開くなんて、思わなかった」


 突然私の話になって、驚いてしまう。桜さんが端折った両親の話を聞けたのは、良かった。桜さんは私が両親を不用意に嫌わないようにと端折ったみたいだけど。


(す、好きな人が理不尽な目にあってたら……怒ります、よ?)


 桜さんに対する理不尽が余りにも酷くて、先入観でキレてしまったけれど、両親共に疑問が残る。その辺りを知るのも……今後を考えると必要な事。でもそれは、桜さんと一緒に考えていきたい。桜さんがもっと楽しい学校生活を送れるように。この学院に居る間は、楽しい事だけが起こるように。


「ねぇ、愛葉さん」

「は、はい」

「桜の事を知って、どう思った?」


 今日は、桜さんが知っている事だけしか、聞いてない。片桐様はもっと深い所まで知っていて、それは……片桐様でさえ頭を抱え、桜さんの両親や自身の親に不信感を抱く程のもの。それを知るまでは、まだちゃんとした事は言えない。


(でも――)

「両親とか、過去とか、桜さんが苦しんでるの、分かって……凄く、怒ってしまいました。桜さんの両親に……」


 桜さんが言ったように、人を恨むのはお門違いなのかもしれない。でも、怒ってしまうのだ。どうしようもなく。


「私は桜さんと、楽しい学校生活を続けたいです」


 これが、私の本音。桜さんの過去を知っても尚、私が桜さんに感じた想いに翳りは無い。


「桜さん、言ってました。両親とか関係ない、って」


 桜さんは、桜さんなのだ。


「私達はまだまだ子供で、責任ある立場という訳ではないです。両親が居るから、学校に通えて、生きていられる。そんな、中途半端な年齢。でも、親の事を気にしすぎるのは、違うと思ってますから」


 片桐様はその辺り、数歩先に居るけど……子供という立場だ。そんな私達が、両親は関係ないって言うのこそ、違うのかもしれない。でも、個人を潰すような行いに対しては怒って良いと思う。子供であっても、人なんだから。


「私、桜さんの事、もっと知りたいです。桜さんの口から、聞きたいです。お互いの事もっと知って、もっと、仲良くなりたいです」


 少し熱が篭ってしまって、告白みたいになってしまった。でも、私はもっと、桜さんとっ。


「今日は桜さんの事だけだったけど……次は、私の事も知って欲しいって、思いましたから」


 ただ教えてもらうのではなく、私の事も知って欲しい。私も少しだけ、人とは違う人生を歩んでるから。


「桜の事、お願いね。友人としてのお願いよ」

「はい!」

「愛衣との勝負の行方も、観察させてもらうわ。優花達と一緒にね」


 何でそれを知って――って、観察してるって言ってたんだから、当然か……。軽伊先生は絶対知ってるだろうし、そこから聞いたのかも。


 もしかして、咲さんも知ってる、のかな。そうなると……今日の部活動で顔を合わせた時、どうすれば……?



ブクマありがとうございます!

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