学園の日常―部活動―⑨
(少し早く終わったな。愛葉を迎えに行くとしよう)
昼休みになった訳だが、一限目の所為で無駄に疲れてしまった。
「九条様」
「ん。何かな」
最近、クラスメイトから話しかけられる事が増えた。私の印象が変わったのだろう。いきなり変わられても、適応出来ないのだが。人付き合いは得意ではないのだ。
(興味とやる気もない)
人でなしと思われるだろうが、私が居なくても世界は回るのだから問題ない。私は私の興味がある者とだけ触れ合うと、ずっと昔から決めている。そうでもしないと――私は私を保てない。
(他人を気にして動くと、あの日々を思い出して、脳がひりつく)
両親に認められたいが為に、自分の考えとは別の事をやっていた。それはストレスだったが、せめて自分が欲しかったのだ。まぁ、意味は無かったが。
「その……正院様が……」
「そうか。ありがとう」
冴条が居たんだから、正院が居るのは当然だ。そして私にコンタクトを取ろうとするのも。
(あの二人はどうも、私と愛衣が繋がっていると気付きつつある)
確信には至っていないだろうが、発言には気をつけよう。冴条の時は迂闊すぎた。
呼ばれたのは奇しくも、屋上前の人気がない所だ。
(人が居ない場所なんて、ここしかないが)
「九条さん」
「何かな」
「……片桐様の件です」
冴条とした約束の件か。
「悪いね。片桐は許せないと言っていた」
「そうですか……」
「私は気にしてないが――片桐が何故怒っているか、もう分かってるんだろう?」
「……人の尊厳を傷つけるような事をしたから、ですか?」
「真実であろうとも許さないと、片桐が言っていたろう」
「……はい」
正直な事を言おう。私は正院と冴条の事はどうでも良い。愛衣が苦しまないようにだけしたいと思っている。自分の事さえ、どうでも良いのだから。
「私は役目を果たした。片桐が許すまで待つか、自分から何かしらの行動をするか。選ぶと良い」
「……私、は」
(迷っているのは、親が原因か)
正院と冴条は親に踊らされている者だ。それを私達外部の者が何と言おうとも、意味が無い。
「正院も聞いているのかな。私の事を」
「ええ、まぁ……」
「ネグレクトは噂で聞いていたんだろう?」
「はい」
「両親――いや、片桐母から何を聞いたのかな」
「九条雄吉氏について、です」
父について、か。あれの詳細が分かれば、何が起きたかくらい想像出来るな。
「噂よりずっと……何故、愛菜様はあの方とご結婚を?」
母とは面識があるようだ。社交パーティ狂いの母の事だから、会っていても不思議ではないか。
「さぁ。仲が良いようには見えないが」
まともに話した事もないのに、知っているはずがない。両者の間でどんな交流があったのか知らないが、私は確かに二人の子だ。
望まれていようが望まれていなかろうが、私が生まれたのだから少なからず愛はあったのでは?
(まぁ、愛が無くとも子は出来るが)
「愛菜さんとも……仲が悪いのですか?」
「話した事がないから分からないな」
母からの言葉は全部咲を通してだ。母と会話した記憶が殆どないのだから、仲が良い悪いで話せないだろう。相手は私を他人と思っているのかもしれないのだから。
「……」
「理解出来ないかな。自身の子を完全に他人として認識している二人が」
「出来ませんが……一番は、貴女です。何故普通で居られるのですか?」
それを話すという事は、愛衣との関係を話す事に等しい。話せない。
「冴条にも言ったが、普通に見えているだけだ」
「普通なら……それこそ、不良になっていてもおかしくないのではないでしょうか……」
グレるという事だろうか。そうなる一歩手前までいった事はあるが、これも話せない。咲と愛衣のお陰で持ち堪えただけなのだから。
「育ての親が優秀だっただけの話だ」
少々時間をかけすぎたな。冴条の時と同じ返ししか出来ないのだから、そっちに聞いて欲しいとお願いすれば済んだかもしれない。愛葉はこっちに向かっているのだろうか。一応教室の方に行くとしよう。
「もう行く」
「あ……」
私の事を気にしても仕方ないだろうに、何が気になっているのだろうか。
(冴条も正院も、優秀だから)
親の言い分を理解し、将来の為に頑張っていただけなのだ。だから私は何も気にしない。他人の人生になんて、最も興味がない。正直な感想を言うなら、もう私の事は放っておいてくれ、だ。
「将来を考えるなら、行動する事だ。片桐だって、君達の誠意が伝われば赦してくれるだろう」
「……」
(そういう所ですのよ……九条さん……。突き放す癖に、提案して……)
正院が私の背中をずっと見ているが、もう止まるつもりはない。自分で考えて欲しい。
(結局、少し話しすぎてしまったな。また一層、疑惑が確信になってしまったかもしれない)
周りが変わったから、会話が増えた。ただそれだけの事だ。私にとって人との会話というのは、話しかけられたら答えるだけの物。自発的に行動したのは、愛葉が特例だ。それ以外で『普通』といえるのは、愛衣に対してだけ。
生きる気力をなくした私が、唯一楽しめる時間を割いて話をした訳だが、愛衣が困らないように、というだけだ。冴条と正院が何も変わらずに、親の好き勝手で再び愛衣との繋がりを手に入れてしまったら何も意味がない。
(多少は変わってくれる事を望むよ)
変化をやめた私が言っても、響かないだろうが。
教室に着くと、愛葉が丁度立ち上がる所だった。急いでいるのは、少し遅れているからだろうか。
「愛葉」
「! 桜さんっ。どうしてここに?」
「授業が早めに終わったからね」
あのまま待っていても良かったのだろうが、正院が立ち去るとは思えなかったのだ。
(今なら居ないだろう)
「行こうか」
「はい!」
愛葉は笑顔で返事をしたが、教室を出る前にチラっと後ろを向いた。その視線の先では、香月がガッツポーズをとっていた。何を意味しているのだろう。
(た、ただの昼ご飯だから!)
(頑張って下さいね!)
まぁ、昼休みは短い。急ぐとしよう。
「桜さん、今日は雨みたいですけど……」
「ああ、愛葉は知らないんだったね」
愛葉が知っているのは、屋上のほんの一部だ。あそこが何故本来立ち入り禁止なのか、その理由だ。
「あの屋上から下にね、秘密があるんだよ」
「秘密、ですか?」
「そう」
見てからのお楽しみで良いか。
桜ちゃんと愛葉さんは、屋上で食事をしている頃でしょうか。今日は雨ですし、あちらの方に入ってそうですね。
(私も、軽く食べておきましょう)
「ごめんなさいね。昼の時間まで」
「いえ。生徒会長として、代案を立案した者として当然の事です」
羽間さんも、昼食の時間を使って事に当たっているのです。教師とはいえ働き詰めなのですから、お互い様です。
「将棋・囲碁部の方は、咲がルート確認したんだったわね」
「はい。さく……九条さんも、カフェの中を見てくれました」
「ふふ……。ここには私しか居ないから、気にしなくて良いのよ」
「……はい」
うっかりは無いと思いますが、母の耳に入る事だけは避けなければいけません。
「先生」
「何かしら」
「秋敷氏は、どういった経緯でこの学院に? 卒業生という訳でもないようですが」
「プライバシーに関わる事だけど――気になるのも無理はないわね。良いでしょう」
桜ちゃんが関わっている事、ですからね。羽間さんには私の真意は筒抜けのようです。
「一応、正式な手続きを踏んではいるの。ただねぇ……学内での行動については大臣と……愛香さんがね」
「お母様も、ですか」
やはり母も一枚噛んでいるようです。秋敷氏の前では、気をつけましょう。
「しかし、大臣もですか」
「ええ。何かあったようだけど、そこまでは」
「いえ、ありがとうございます」
本来話してはいけない事です。それを教えて貰えたのですから、それだけで助かります。
「愛香さんは、もう?」
「先日の来訪はそれが狙いだったはずです。ただ、現状維持なら何も出来ないでしょう。これでも私は、片桐家では期待されている方ですから」
少しくらい、融通が利くはずです。母が強硬策に出ないのは、私の機嫌をこれ以上損ねない為でしょう。
金髪と金の瞳は優秀者の証という言い伝えが、片桐家にはあります。確かに、曽祖父、祖父、母は優秀です。多くの片桐家出身者が居ますが、完全な金の髪と瞳を持つ者は何処か人並みはずれた部分があると言われています。
(偶然でしょうけど、信じている人も多いそうですね)
大体、祖先が金の髪と瞳なのですから、基本的にそうなるのです。そんなオカルトを信じている者が居るとは思えないのですが。
(何にしても、私が期待されているのはそういった理由もあるそうです)
親戚に年の近い子が居ますが、サンマルテに入学させなかった理由が完全な金の髪ではなかったからという、ふざけた理由からです。
(お母様達は九条を貶しますが……)
片桐も、人の事を言えません。だから――変えたいのです。
(愛香さん、一体何があったのかしら……。アレが原因なのは、分かるけど……今は、考える事じゃないわね)
「それじゃ、『夜会」の方の確認をしましょうか」
「はい。新入生も初の『夜会』になるでしょうから、先生方の参加人数も増やしていただいて――」
兎にも角にも、生徒会長を全うします。これ以上お母様から干渉されないようにするには、文句の付け所がないくらい完璧な仕事をしなければいけませんから。
さて、屋上についたが、予報通り止みそうにない雨だ。
「こっちだよ」
「はいっ」
置き傘を手に取り、差す。屋上から『ある場所』に行く為に置かれている、学校の備品だ。
「えと」
「さ、愛葉」
私が差し伸ばした手に、愛葉が戸惑っている。傘を捜しているようだが、ここには一本しかないんだ。
「私の体が大きくて狭いかもしれないが、我慢しておくれ」
「い、いえ! 失礼しますっ」
(わわっ、あ、相合傘! 嬉しいっ! でも、ここにあるって事は、片桐様とも……?)
愛葉の体は小さいから、なんとか収まるな。愛衣と一緒の時は、どちらかが濡れないといけなかったから。
「屋上、こんなに広かったんですね」
「倉庫とかで隠れて、少し奥まで行かないと見えないようになってるから」
屋上の入り口には小窓がついている。そこから見る限り、八畳程の広場が見えるだけだ。その時点で屋上への興味は消えるだろう。最上階の方の屋上に行くはずだ。しかし見えている場所から少し奥に行くと、細い道がある。
「この場所は、誰も知らないんですか?」
「教師陣と一部の保護者は知ってる」
無駄なスペースではないのだ。一応意味がある。
「ここから入るよ」
「急な、階段ですね」
このまま玄関ホールの上にあるスペースまで続いている。奇妙な間取りだが、増築に増築を重ねた結果出来た秘密基地のような物と、ここを教えてくれた教師は言っていた。寮のスペースと違って、こっちは見取り図に書かれているが。
暫く階段を降りると、目的の場所についた。開けると――愛葉は口を開けて、ぽかんとした表情で固まってしまった。
「これって」
「ここは小鞠さん――美術教師が趣味でやっている、ガーデニングだ」
そんなに広くはないが、花壇や植木鉢がある。薔薇や紫陽花、百合や山茶花等々。季節の花を育てている。桃色の薔薇で作ったアーチは自慢の出来らしい。
「色々な花を趣味で育てているけど、寄贈品にも使われるらしいよ。生徒が荒らさないように、本来は立ち入り禁止なんだ」
私は特別に許可を貰っている。その代わり、花の扱い方はみっちり習っている。それはつまり、暇があったら様子を見て欲しいという事だ。
「凄く、綺麗です」
「そうだね。いつ見ても本当に綺麗だ」
愛葉は園芸場の中心に行き、周囲を見渡している。花園に迷い込んだ少女のようだ。
「あっちに椅子と机がある。そこで食べよう」
「はいっ」
晴れていれば、陽射しが舞い込んでより幻想的だ。愛衣と来た時、金の髪自身が光っているように感じるくらい溶け込んでいた。
(愛葉だと、そうだな)
愛葉の黒い髪はきっと、陽射しを受けて艶を増すだろう。きっと、ブラックオパールのような妖しさがあるはずだ。二人が並んだ姿はさぞ絵になるだろうと、小鞠さんなら言うかもしれないな。
(私には少し、ロマンチックすぎるが)
さて、食後は愛葉と一緒に水遣りでもしようかな。
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