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百合の花 ~赤い心と鈍い金~  作者: あんころもち
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学園の日常―部活動―⑦



 朝、下駄箱前では重苦しい空気が漂っていた。もはや見慣れた光景になってしまっているが、どうしたというのだろう。


「はぁ」


 思わず吐息が漏れてしまう。


(昨日は良い感じに距離が縮まっていたと思ったんだが)


 愛衣と愛葉が睨み合っている。二人の靴入れは別の場所なのだが、何故か私の場所に居る。挨拶なり、何か用事なりで此処に来て鉢合わせてしまったのだろうか。


 何にしても、最近は和らいでいたように見えた二人の関係が、元に戻ったように見える程緊張している。私の思い過ごしなら良いのだが。


(呼び名、変わってた……。負けられない、けど――片桐様のマカロン美味しすぎっ! 味は負けてないと思う……思うけど……っ)

(約束をしたというのは私の想像でしかありませんが、確実でしょう。桜ちゃんとの付き合いは私の方が長いですが、愛葉さん相手では意味がありませんね。私も何処か、この方に心を許している部分があるのですから)


 しっかり観察してみると、緊張は緊張でも別種に感じてきた。昔の様な、刺すような緊張というよりは、距離を測る為のじりじりとした緊張だ。とはいえ、柔らかさは少しも無い。どちらが先に動くか、牽制しあっているようにも見える。


(愛衣の用事は、今日の部活についてだろう。愛葉は、挨拶と昼食のお誘いあたりか)


 どうしても、愛衣と愛葉の用事は被ってしまう。朝のこの光景は、もしかしたら――日常化するかもしれないな。


「九条さん」

「桜さんっ」

(あれ? 片桐様は、九条さん呼びのまま? ――違うか。ここには一杯人が居るから、呼び方を変えているだけなんだ)


 二人がほぼ同時に私を呼んだ。どちらに反応すれば良いのか、私に判断が委ねられてしまう。愛葉が不思議そうに愛衣を見ているし、先に愛衣にするか。


「先に片桐の話から聞こうかな」

「あ……はい……」


 話を聞く順番に意味があるのか、愛葉が少し落ち込んでしまった。もし――愛葉の用事が昼のお誘いとしたなら、片桐の用事次第になってしまうのか。確かに順番は関係あったかもしれない。少し軽率すぎたか。


「今日の集合は放課後だけですので、しっかりと参加してください」

「分かった。今日から乗馬服だったかな」

「はい。サイズ合わせは済ませていますか?」

「ああ、一応着たよ。ギリギリだったけど」

「大会までには、九条さん専用の物を作ります。それまでは我慢して下さい」

(一応、大きめを用意していたのですが……)


 昼はなしか。将棋・囲碁部の件を最終調整するのかもしれないな。今日から再開な訳だから。


(後は、夜会の件か。そろそろのはずだ)


 それにしても、乗馬服は本当にギリギリだった。私は、平均より随分大きいから仕方ないが。あのサイズがあっただけでも奇跡的だ。


(愛衣が、用意していたのかもしれないな)


 そこから更に成長して、愛衣の予想より大きくなってしまったようだ。


(桜さんの、乗馬服。凄く、格好良いだろうなぁ。…………何で、片桐様と隣り合った状態で想像しちゃったんだろ。私が横に居るよりは映えるけどっ、ちょっと落ち込んだりっ)


 愛葉がちょっと頬を染めたり落ち込んだりしている。小さい変化だが、愛葉の瞳は感情が良く乗るのだ。


「ああ、カフェだけどね。見てきたよ」

(咲さんのルート確認のついででしょうか。……愛葉さんが行く場所だから気になった、という面が強そうですね)

「どうでした?」

「日曜から木曜は大通り、金土は裏道を使うかもしれない。カフェの雰囲気は良さそうだが、トラブルを起こさないように気をつけるようにとの事だ」

「心得ています。カフェの利用に制限はありませんが、一階には下りないように、顧問に伝えていますので」


 会員制の三階とカフェだけ利用可能という事だ。私に話しかけて来たあの子の事を言おうと思ったが、変に警戒させた方がトラブルになるだろう。あの時も、自身が蔑ろにされたかもしれないという事で絡んできたのだから。普通に接すれば問題ない。


「それなら良かった。カフェのコーヒーは美味しかったよ。紅茶があるかまでは見てないが、クッキーやケーキもあるそうだ」

「出来るだけ部活動に専念して欲しいですが、息抜きが出来る場所に越した事はありませんね」

(いつか、桜ちゃんと行ってみたいですが……はぁ……)


 そういった店でお茶をした事はない。いつか二人とも楽しんでみたいが――難しいか。私が卒業した後なら、何処かで機会を作れるかもしれないが。


 と、愛葉がキョロキョロと辺りを気にしだしたようだ。


「愛葉」

「は、はいっ?」


 学院でも目立つ三人が纏まって何かしていれば、注目の的になるのは必然だ。愛葉はそういった視線に慣れていないから、仕方ない。


「あっ」

(香月さんが、にやにやしながら見てる! 絶対変な勘繰りしてるよ、あれ……)

「え、えと。桜さん! お昼、一緒が良いですっ」

「うん。何時もの場所で待ってるよ」

「はい!」


 周囲を気にしてか、小さく笑顔になった愛葉がお辞儀をして駆けて行く。そろそろホームルームだ。


「私もこれで」

「ああ、手伝える事があったら言ってくれ」

「ありがとうございます。では、後程」


 さて――私も教室に向かうとしよう。




 本日最初の授業は英語、か。この授業中、どうしてもという場合以外は英語で話すのが原則だ。しかし――今日は少し違うようだ。


「今日は秋敷先生を交えてやります」

「放課後の特別教室担当ですが、本日はよろしくお願いします」


 気分が良いのか、何か意図があるのか。どちらにしろ、興が乗れば授業にも出るようだ。はっきり言って、迷惑極まりない。


(あの目からして、何か意図あっての事だろう。私情で授業を変えるのは止めて欲しい)


 私を見ているのだから、私情だ。そう決め付け、私は今日の授業に対する態度を改める。高嶋先生には悪いが、適当に流すとしよう。


「Most holy and adorable Trinity, one God in――」


 ミッション系の学校という訳ではないのだが、祈りの言葉を日本語に訳さなければいけないようだ。わざわざ朝の祈を選んでいる辺り、秋敷楓はカトリック信徒なのだろうか。清貧、貞潔、従順のどれにも当て嵌まっていないように感じるのだが。


「この日本語訳を、九条桜」


 そんな事だろうと思ったが、私を集中的に攻撃するようだ。


「三つのペルソナにましますいとも尊き唯一の――――」


 祝詞で()()()とは、信仰の欠片もないな。私は愛衣から習っているから、問題ないが。


「……良いでしょう」


 何がしたいのかは分からないが、秋敷楓とは昔からそういう人だった。


 九条の発展に尽力しているのかと思えば、環境大臣の妻らしく正道を説いたりもする。基本的には気分屋なのだと理解しているのだが、私に対しては何処か一環していたように記憶している。


 この人は兎に角、私を弄びたいのだ。


「次を――九条桜」

 

 はぁ……何も聞いていなかった。何処を訳せば良いのか分からない。


(仕方ないな)


 無視するとしよう。


(明日は休みだが、部活はあるのだろうか)


 私のスキルアップを考えれば、休みは返上だろうな。その方が良いのは、言うまでもないが。


 秋敷()()が苛立っている。しかし高嶋先生からすれば、一人の生徒に集中攻撃をしている大人気ない人だ。秋敷先生を宥めている。


 私が相手をしなくなったからか、秋敷先生が普通の授業を始めた。悔しいが、分かりやすい授業だと思った。高嶋先生とは対照的に、文法を重点的に教えている。それが本当に分かりやすいのだ。


 ノートを取りながら、そう考えてしまう。まともな授業をしてくれるのなら、だが。私が居る限り、それは叶わないだろう。今もきっと秋敷先生は、私をどういびるか考えているだろうから。




 三限目の家庭科の時間になったから、調理室に向かう。今日は先日の感想回になると予想している。


「愛葉さん、香月さん」

「はい。片桐様」

「こんにちは、片桐様」

「こんにちは、香月さん。部活動再開となりますので、放課後正門に集合するように」

「分かりました」


 桜さんから教えて貰えていたから驚きはない。きっと桜さんも関わっているであろう将棋・囲碁部の件。頑張って存続させて、部室を取り戻して報いたいと思う。でも、正門にとは一体――。


(そこで、咲さんが関わってくるのかな)


 桜さんのメイドさんという、咲さん。そこから導きだされるのは――。


「先日作ったマカロンの感想を書いて下さい。制限時間は十分です」


 授業が始まっていた。早速感想を書いていく。どんな言葉を書いても安っぽくなる。なので最後に一言、美味しいとだけ書いておく。この一言が全て。自分の物と比べても、今まで食べたどのマカロンよりも、ただただ美味しかった。


(味は負けてないって思っちゃった時点で、負けを認めちゃってたんだなぁ)


 しかもあれは、時短料理だ。どうしても味が落ちてしまう時短料理で、あのクオリティなのだから……。

 同じ条件だったとはいえ、私はクリームでしか勝負出来なかった。悔しい、なぁ。


(私とは系統の違う味でした。私のは普通のマカロンで、あれならば何処かで食べられるでしょう。ですが、愛葉さんのは工夫がありました。短い時間でどうにかしようとした結果生み出された、和風マカロン。正直――やられた、と思いました)


 片桐様も感想を書き終えたようだ。どんな事が書かれているのか気になるけど、悪い事は書かれていない事は分かる。一応、自信作だ。美味しいとは思う。ただ、勝負では負けてしまった。


(勝負は五分……いいえ。真新しさや、変化。それに、私が桜ちゃんの好みを知っていた事を考えると……私の方が――)


 もっと練習しよう。料理の腕自体は、悪くないと自負してる。私に足りないのはきっと、経験と想いだ。もっと桜さんの事を理解して、桜さんの為に作りたい。


「愛葉さん、愛葉さん」

「はい。どうしました?」


 香月さんがこっそりと、私に話しかけていた。内容は、考えるまでもないと思う。


(桜さんの事、だよね)

「昨日、九条様と寮でお会いしまして。何でも愛葉さんにお誘いを受けたと」

「はい。マカロンを、振舞いました」

「やっぱりっ! あのマカロンは九条さんにでしたのね」


 マカロンを作っている時も、香月さん達に見られてた。今朝もそうだったけど、桜さんと片桐様はいつもあんな視線を受けてるんだ。あれは慣れない。


「どうでした? 喜んで貰えましたか?」

「多分……」


 美味しいとは言って貰えた。少食で、部活前に片桐様からも振舞って貰ってたはずなのに、私のマカロンも沢山食べてくれたから、喜んでくれた……はず!


「九条様のイメージ、大分変わりましたわ。昔は少し怖いイメージでしたが……お優しい方ですのね」


 私も、そうだった。でも触れ合えば分かる。桜さんは最初から、優しい人なんだって。


「あ、ご安心ください。愛葉さん」

「え?」

「私は応援していますわっ」

「……んん?」


 言いたい意味は分かる。私が「香月さんも桜さん狙い?」と思っていると、勘違いしてしまったのだろう。私はそんな心配をしていない。いや……少しは心配してるけど、桜さんの事情を考えれば……私が警戒しなければいけないのは片桐様だけだから。


「えっと、言い触らしちゃダメですよ?」

「ご安心を。私は一人で楽しみますからっ」


 それなら、良い……のかな? でも、うん。


(応援は、いらないかなぁって)


 思ってしまうのだった。だって応援するって事は、見守るって事だから。



ブクマありがとうございます! 

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