表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百合の花 ~赤い心と鈍い金~  作者: あんころもち
29/57

学園の日常―登下校―⑭

 

 

「馬術部の方はどうですか?」

「漸くパートナーが決まったよ。これから本格的な練習が始まると思う」

「桜さんは、ジャンピングに出るんでしたね」

「そうだね。ドレッサージュは時間が足りないから」


 愛葉との会話も結構重ねた。お昼と、同じ授業の時くらいだが、それでもお互いを知る時間は結構取れている。これでも足りないという先人達の我侭で『夜会』が用意されているが、愛葉も参加するのだろうか。


「そういえば」

「桜さんは」

「おっと。愛葉から良いよ。私のは話が変わるから」

「はいっ。桜さんが馬術部を選んだのは、何でかなって気になっちゃいまして」


 選んだ理由か。愛衣と二人になれる時間を多く取れるかもと思ったからだが、愛葉が知りたいのはもっと根本的な物だろう。


「昔、愛衣が乗馬をしていた時に、後ろに乗せて貰った事があってね。その時の景色とか風とかが良かったんだ」

「わぁ。馬に乗った事ないので、気になりますっ」


 愛葉が、草原を走る馬に乗った自分を想像しているようだ。風を切り、大地を跳ねるように進み、空が流れていく。空を見上げながら走ると、空を飛んでるようにも感じるはずだ。その感覚を、愛葉にも楽しんで欲しいとは思う。


(ただ、私は人に教えられるほど上手くないし、後ろに人を乗せるなんて以ての外だ)


 怪我をさせる訳にはいかない。かといって、愛衣に頼むのは……二人の関係性を除いても違うと感じる。


「大会後、人を乗せれるようになったら一緒に走ろうか」

「良いんですかっ?」

「ああ。私はまだ練習中だし、人を乗せるにはちょっと実力不足だ。でも大会後なら何とかなると思う」

「わぁ! 楽しみにしてます!」

(やった! 桜さんの後ろに乗って走れるなんてっ)


 喜んで貰えて良かった。約束した以上、しっかり練習しないといけないな。


「桜さんのは、何だったんですか?」

「夜会の事だけどね。愛葉はどうするのかと思って」

「それって、推薦組も出て良いんです?」

「四年前から無制限になったからね。最近だと楽しくやってるらしいよ」


 この学院に入れる者というのは限られている。そんな優秀な人材と仲良くしないのは勿体無い、というのがお嬢様達の建前だ。でも、愛衣から聞いた夜会の様子から考えるに、結構普通に楽しんでいる。


 家の事なんて、私達の年齢では息苦しい物だ。親の目がない夜会くらい、普通を楽しみたいのだろう。


「香月とも上手くやっていけてるようだし、一緒に行ってみるのも悪くないかもしれないよ」

「香月さんですか?」

「実はさっき廊下で会ってね」

「えっ」

(ああ……明日絶対根掘り葉掘り聞かれるっ)


 同じ部活なんだ。次の大会も共に頑張る訳だから、もっと交流を重ねるのも良いと思っている。


「桜さんは、出ないんですか……?」

「私は、どうしようかな」


 尋ねておいてなんだが、私はパーティが嫌いだ。


 夜会は、世間一般でいうパーティのように騒ぐ訳ではない。立食しながら会話を楽しむ程度の物だ。大学の先輩も、毎年何人か参加するらしい。そういった所から話を聞ける場でもある。


 だが、どうしてもチラつくのだ。母と片桐母の顔が。


 母は顔が良い。だから、パーティと聞けば参加するような人間であっても煙たがられない。ただ、私から見れば……という話だ。社交パーティ狂いという言葉に偽りはない。


 普段なら、どんな行事にも積極的に参加すべきと言う愛衣だが、私を夜会に誘った事はない。それくらい、私は夜会を良い物として見れないのだ。


(でも、この学院の夜会か)


 その日だけは、深夜まで学院に居られる。望めば泊まる事も出来るだろう。


「考えておこうかな」

「私ももう少し調べてから決めるつもりです」

「香月が知ってると思うから、聞くと良い」

「はいっ」

(桜さんは、夜会に出た事ないんだ。じゃあ片桐様と踊ったかもっていうのは、別の? でも今回は出てくれそうだし、ダンスの練習とかした方が、良いのかな)


 夜会については私も良く分かっていない。立食パーティで、ダンスもするが、基本的にはお喋りという話だ。大きなモニターで映画もやっていて、鑑賞会も出来るらしい。


 つまり、自由だ。かといって、その場に居ないと分からない雰囲気はあるだろう。その点を私は答えられないのだ。


「と、時間か」


 鐘が鳴り、門限十分前を知らせている。そろそろ出ないと閉じ込められてしまう。


(時間なっちゃった……)

「また来ても良いかな」

「は、はいっ。是非来てください!」


 紅茶もマカロンも美味しかった。もっと話したい事があったのだが、時間だから仕方ない。普通の学校のあれこれは、またの機会か。


「マカロン美味しかったよ。残りも貰って良いかな?」

「はいっ。桜さんの為に、作りましたから」

「ん、そうだったのか。ありがとう、愛葉」

 

 調理実習で作ったんだったか。私は自分の料理の腕前を知っているから、いつも傍観している。なのでどういうルールの下作られたのか知らなかった。人に食べてもらう前提だったようだ。


 マカロンを包んでもらって、玄関まで一緒に歩く。お見送りをしてくれるそうだ。


「愛衣から部活の事聞いてるかな」

「明日教えて貰えることになっています」

「部活動は再開になってるから、準備だけしておいて」

「はい。香月さん達にも伝えておきますね」

「頼むよ」


 玄関が見えてきたが、こんなにも後ろ髪を引く帰宅は余り経験がない。それだけ、愛葉と居た時間が心地良かったのだろう。


「あの、桜さん。夜会の話ですけど」

「ん?」

「私、ダンス出来なくて、その」


 踊る人も居ると愛衣は言っていたが、強制ではない。しかし、愛葉はダンスに興味があるのかもしれない。


「私も上手い訳じゃないけど、練習する?」

「良い、んですか?」

「ああ、時間がある時にやろう」

「ありがとうございますっ」

(よ、よしっ)


 私とだと少しばかり身長差がありすぎるかもしれないが、同じ身長よりは踊りやすいはずだ。


「私も、咲から一応教えられただけだから、余り期待しないでね」

「い、いえ……桜さんと踊りたいですっ」

「私も、愛葉とのダンスには興味があるな」

(それ、って――)


 ん、寮監が来たな。出ないといけない。


「それじゃ、愛葉。また明日」

「はい。また、明日」


 愛葉の頭を一撫でし、私は正門に向かう。チラと見た愛葉は、私をじっと見詰めていたが、寮監に促されて中に戻って行った。



 正門に着いたが、困ったな。帰る前に逢えたら話そうと思っていたのだが――。


「お嬢様、荷物を」

「ありがとうございます。竹中さん」


 愛衣はちょうど、車に乗り込む所だった。今出て行く事は出来ない。車の中に居るはずなのに、片桐母の眩い金髪が光って見えていると感じてしまう。学校に入って毎日、か。執念だな。


(咲も居ないから、校舎の中で談笑中か)


 乗馬場で待っていよう。愛衣には明日話すしかないようだ。


「さて、ルージュのブラッシングでもしようかな」


 コミュニケーションを取って、少しでもお互いを知る事にしよう。




「……」

「愛衣」

「はい」


 余り見すぎると、お母様に気付かれます、ね。桜ちゃんが乗馬場に向かうのが見えました。ルージュとの交流に向かったのでしょう。やる気を出してくれたのは嬉しいですが、そのやる気に――大会への熱意以外の物を感じます。愛葉さんと何か約束したのかもしれませんね。


(例えば、後ろに乗せる、とか)


 私も一度だけ桜ちゃんを乗せた事がありますが――私だって、桜ちゃんの後ろに乗ってみたいです。


(……今後、そういった事もあるでしょう。お母様の考えを振り切る事が出来れば、何度でも)


 車に乗り込み、帰路に着きます。生徒会長から『片桐』愛衣に戻る時です。


「聞いたわよ、愛衣」

「送迎の件ですか」

「ええ。片桐の運転手じゃなくて、九条のメイドに頼むそうね」

「お母様が学校に入ってしまったので、変に注目度が上がっています。これ以上『片桐』を使う事は、サンマルテの信条に反すると考えての事です」

「……そういう事にしておいて上げる。でも、ただの部活動の送迎よ」

「理解しています」


 その送迎バスを使って桜ちゃんと出掛けない様に、という事でしょう。あくまで送迎なので、そのバスに乗れるのは将棋、囲碁部所属の生徒と、九条である桜ちゃんのみ。私が乗る事は許されません。


 そのバスを使って桜ちゃんと、駅前のカフェテラスでお茶とか、考えなかった訳ではありません。ですが、私的利用はしません。そこは『片桐』愛衣としても、”生徒会長の愛衣”としてもやるつもりはありませんでした。


「ご安心下さい。私は()()()()()で家名を使うつもりはありません」

「……」


 学院内の事を全部知っていると、隠しもしなくなったお母様に私は初めて、皮肉を告げました。ですが、皮肉の一つも言いたくなるのも当然でしょう。片桐の名を使い、桜ちゃんを追い詰めているのですから。


(私は、赦しません。絶対に)


 お母様が桜ちゃんに頭を下げても、絶対に赦しません。償って貰います。


「明日は、雨ですね」

「……ええ。天気予報もそうなっているわ」


 それでしたら、屋内で体幹トレーニングですね。桜ちゃんも運動不足気味ですし、丁度良いでしょう。


(スタイルは良いですけど、食べる量が少ないからという、痩せでしかありませんし)


 筋力をもう少しつけてもらいましょう。


(夜会の調整もしなければいけませんね)

「明日のお迎えは、一時間程遅らせて下さい。夜会の調整をしなければいけませんから」

「竹中さん、そうして上げて」

「畏まりました。奥様、お嬢様」


 今年くらいは……桜ちゃんと出たいですね。




 ルージュは中々心を開いてくれないが、ブラッシングは快く受けてくれているようだ。ジェファーが少しこちらを見ているから、ルージュの次はジェファーにもしよう。


「痒い所はないかな」


 パカラパカラと蹄を鳴らし、ルージュは「無い」事を伝えてくれる。何度か撫でられた後ルージュは、自分の寝所まで帰って行った。ここの馬達は、賢すぎると思う。


「君のお陰かな」

「ヒヒン」


 ジェファーのブラッシングに移る。ただ、ついさっきブラッシングを受けたらしい。咲の案内と会議を終えた愛衣は、一度こちらに来てブラッシングをしたのだろう。


「撫でるだけにしておこうか」


 それで良いと、ジェファーは私に頭を寄せてくる。甘えるような仕草だが、ジェファーが私にやるとなるとそうは見えない。友人と肩を組むような、そんな仕草だ。


「ん?」


 ジェファーが牧舎の入り口に目をやっている。誰か来たようだ。


「お嬢様」

「ああ、もう良いのかな」

「はい」


 咲が、スカートを摘み上げて礼をする。母仕込みの所作だけに、堂に入っている。


「それじゃ、明日も頼むよ」

「お嬢様。明日は雨との予報が出ております」

「ん。そうだっけ」

「はい」


 となると、屋内でトレーニングになるか。運動不足という事を痛感したし丁度良い。


「顔見せにだけは来るよ」

「ヒヒン」


 ジェファーが嘶き、自分の場所に帰っていく。愛衣と一緒で、彼女も優雅だな。


「行こうか。もう良いのかな?」

「はい。お時間を頂き、ありがとうございます」

「いいよ。中々会う機会がないんだ。会えた時くらいおおいに時間を使うと良い」

(それは、お嬢様もですが……今はまだ、言えませんね……)


 咲と一緒に正門に戻る。片桐の車はそこに無く、代わりに九条の車が止まっていた。


「おかえりなさいませ。お嬢様、咲さん」

「ありがとう」

「咲さん、こちらを」

「承ります」


 運転手の(はす)さんが開けたドアに、二人で乗り込む。咲が封筒を受け取っていたが、咲が居ない間に入った業務連絡だろう。


「今日もあるのかな」

「はい。陳情書と招待状です」


 それらは、いつも通りの対処をするとして。


「他にもあるみたいだね」

「お嬢様に来るようにと、メールが届いていたそうです」

「また?」


 珍しくしつこいな。


「秋敷さんが学院に入った事と関係あるのかな」

「無いとは、断言出来ませんね。この一件は私に任せて下さい」

「ありがとう。頼むよ」

「畏まりました。お嬢様が学院に残れるよう尽力します」

「うん」


 咲に任せておけば大丈夫だろう。何度も助けられている。


「お嬢様、帰りのルートを少し変えてもよろしいですか?」

「ん――――ああ、送迎のルート確認か。良いよ。蓮さん、お願い」

「畏まりました」


 車を走らせ、家とは逆だが駅へと向かう。安全運転を心がけるなら、ルートを一度見ておくのも必要だろう。


「頼んだよ。咲」

「はい。お任せ下さい」

(愛衣様のお気持ちを考えると複雑ですが……お嬢様の大切な方をお乗せするのですから、こちらも全力で頑張ります)


 私もどんなカフェなのか気になるし、一度入っておくか。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ