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百合の花 ~赤い心と鈍い金~  作者: あんころもち
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学園の日常―登下校―⑬



「は、はい!」

「愛葉。桜だけど、大丈夫かな?」

「え、えっと……い、今あけますっ」


 少し間があったが、愛葉が扉に近づいてくる音が聞こえる。足音が不規則だったが、何か地面にあるのだろうか。それとも、足を怪我しているのだろうか。


「お待ち、してました。桜さん」

「うん。ありがとう、愛葉。怪我って訳じゃ、なさそうだね」


 愛葉は一生懸命隠しているようだが、小さい体躯の愛葉では隠しきれていない。


「どうしたのかな。模様替えという感じじゃ、なさそうだけど」

「あう……。その、桜さんを呼んでくれると片桐様から聞いて、その……急いで掃除してたら、落としちゃいまして……」


 なるほど。急いでいて、本棚から本を、クローゼットから服を、棚から小物を落としてしまったのか。

 申し訳なさそうに頬を染めて俯き、冷や汗が見えるようなおどおどっぷりを、愛葉は見せている。


(これが”可愛い”か)


 私は愛葉に愛着を感じ、小動物的な愛らしさを常に感じていた。その姿は可愛いという言葉を体現しているようだったのだ。

 

「怪我はないかな?」

「え? は、はい」


 本で頭を打っていたり、小物を踏んでないか心配だったが、大丈夫みたいだ。


「手伝うよ」

「で、ですが……招いておいてそれは……」

「愛葉の入れてくれたお茶をゆっくり楽しみたい。それに、どんな本を読むのか気になるしね」

 

 余り見られたくないかもしれないが、気になるのは本当だ。


「それに、愛葉と少しでも長く居たいんだ」

「あ……あぅ……。わ、かりました」


 愛葉が片付けるのを待つとなると、部屋の外で待つしかなくなる。愛葉は散らかった部屋を見られたくない訳だから。


 でも、一緒に片付けていれば時間を共有出来るだろう。放課後はどうしても時間が限られてしまう。この寮には門限があり、入り口が完全に施錠されてしまうのだ。私が出る事も出来なくなる。


「早速始めようか」

「はいっ」


 胸の前で手を弄んでいた愛葉の手を取り、部屋に入れて貰う。頬を染めたままだが、それが部屋を見られる事の羞恥ではなく、友人と遊べる事の喜びである事くらいは、私でも分かった。


 小物と衣類を愛葉が片付け、私は本を戻す。本棚の高さと愛葉の身長が合わない。地面にプラスチックの収納ボックスがひっくり返って転がっているところを見ると、あれを台にして上の物を取っていたのだろう。


 プラスチックだから危ないと思うが、愛葉の体重なら問題ないのかもしれない。だが、木の台座を用意した方が良いとも、考えてしまう。


「木の台座、頼もうか?」

「い、いえ。上の方にあるのは一度読んだ物でして、古本回収の時まで置いてるだけなんです」


 頻繁に取るものではないという事か。


 この学院には図書館がある。学院が購入した物が殆どだが、中には生徒から寄贈されたものもあるのだ。寄贈と言っているが、本の購入代金分の恩恵は用意されている。食堂の無料券や教材の無償化等だ。


 愛葉の所有している本は自分で購入した物ばかりのように見える。内容も、大学で習う物が多いように感じる。個人で出品したであろう、著名な教授の論文まである。それを一度読んだだけで完全に内容を理解し、学院の図書館に寄贈しているらしい。


(学院側がまず買わないような物ばかりか。大学部の生徒も利用する図書館だから、大学生に重宝されている事だろう)


 そんな、私では一文も理解出来そうにない本の中に、何冊か毛色の違う物があった。


(レシピ本に、料理本? 主婦になりたてのあなたへ。一人暮らしのすすめ。彼氏の胃袋を掴――)

「あ、あわわっ。桜さんっ! それは、その、真ん中ですっ」

「ん。ああ、分かったよ。この三冊以外は上かな?」

「はいっ」

(み、見られたよ、ね。大丈夫かな。勘違いされないかな。彼氏なんて居ないんです! ただ、その……彼女に喜ばれる料理本なんてなくて、あの……で、ですから、ああ、失敗した!)


 愛葉が余りにも慌てていたものだから、すぐさま本棚に戻してしまった。三冊目のタイトルは半分しか読めなかったが、誰かに作る予定があるのだろうか。


 一番使い込まれていたのは、最初の本みたいだったが。


 とりあえず、残りを戻したら愛葉の方を手伝おう。本よりも小物の方が多く散乱しているから。



 小物は文具が主だったが、化粧品やシュシュといったお洒落用品もあった。


「愛葉も化粧するのかな?」

「しようと思ったんですけど、どれが良いのか分からなくて」


 それで、色々と買ってあるのか。同じ物でも、色違いがあったりする。試している最中といったところだろう。


 お嬢様達は自前の物があり、頼めば配達してもらえる。普通の学校なら化粧を控えるように言われるだろうが、ここはお嬢様学校。着飾るのは当然といったところだ。


「桜さんは、するんですか?」

(お化粧してるみたいに、綺麗、だけど)

「私は、してないな。スキンケア程度だ」


 化粧をしなければいけない時なんて無かったし、自分を飾り付けた所で、誰にその姿を見せるというのだろう。愛衣のように、『夜会』や社交パーティに頻繁に出る訳でもなし。


「咲――私のメイドからは、少しくらいした方が良いと言われるが、自分ではしない」

「そう、なんですか。お化粧、面倒ですもんね。お母さんは簡単にやってるように見えたんですけど、いざ自分でやってみると難しくて」

「そうだね。私も、そう思うよ」


 母、か。確かに、簡単にしていたな。元々顔の良い母は、ナチュラルメイク程度しかしなかったというのもあるだろう。でも、手早くやっていた。


 私は――自分でやろうと思ったら、今の顔よりずっと酷くなる。一度だけやってみたが、より一層父に似たように感じて、鏡を殴った記憶しかない。


(あの時が、最初だったな。咲に怒られたのは)


 ただのメイドから、家族になったのは――。


「愛葉は、化粧したいのかな?」

「その、せっかく桜さんにヘアピンを貰ったので、着飾ってみようかなって」


 ただのガラスとはいえ、あの愛衣が間違えるくらいには精巧な出来ではあった。キラキラとガラスが光り、愛葉の赤い目と相まって更に本物のような輝きとなっている。やはり、私よりもずっと似合っている。喜んで貰えているようで良かった。


(そういえば、何で愛衣は間違えたのだろうか)


 愛衣は、審美眼も本物だったはずだが。


「桜さん――?」


 私が考え込んでしまっていたからだろう。愛葉が不安そうに私を見ていた。


「このヘアピン、大切な物、だったんですよね。私が貰って良かったんですか……?」

(片桐様がじっとこれを見てたし、片桐様からの貰い物とか?)

「それは模造品だからね。本物はこっち」


 あの時私は、愛葉に髪飾りを上げた。それは、授業に出る予定の愛葉に必要と思ったからだ。

 それと――今なら言えるか。


「愛葉の方が似合っている。それに、愛葉の目を見てみたかったんだ」

(わ、私の目を? それって、私の目がす、好きって事かなっ)

「桜さんも似合って、ましたよ?」

「どうかな。愛衣が選んでくれた物だから、私に似合ってはいるんだろうけど――」


 私には派手すぎる。眺めているくらいが、私には丁度いいだろう。それに二度と、あの父に――いや、これ以上は憎悪だ。あの父に執着なんかしたくない。そう誓って、諦めたはずだ。


(呼び方、変わってるー!? い、いやいや……私がけしかけたんだった! 私も……このお茶会で、もっと親しくなりたい、なっ!)


 さて、愛葉に伝えていない理由がもう一つあるが、これは誰にも言うつもりはない。


 私はただ、愛衣と仲直りしたかった。髪飾りを上げて何故仲直りになるのかだが――私は結構演技が上手い、という事だけ伝えておこう。


 少々意地悪すぎたかもしれないが、私はあの時結構怒っていたというのは、愛衣に伝えている。単純に愛衣とだけ仲直り出来れば良いというものではなかったと、私は思っているのだ。




「今話せる事は、これくらいね」

「はい。後は、将棋部と囲碁部を交えての方が良いでしょう」

「ありがとうございました。羽間先輩、愛衣様」


 予定通り、そんなに時間はかかりませんでしたね。桜ちゃんはまだまだ時間が掛かるでしょうし、軽伊さんと小鞠さんを呼びに行きましょう。


「今更ですが、愛衣様」

「はい、どうしました?」

「お嬢様の髪飾りの件について」

「ああ……」


 あの時は驚きました、ね。あるべき物が、あるべき場所にないというのは。


「本物は大切に持っているようですし、気には――――いえ、少しはしましたが……」


 最初から、本物と思い込んでいました。まさか模造品をつけていたなんて、思いもしなかったのです。


「桜ちゃんの性格を考えれば確かに、着けるには派手かもしれませんが……桜ちゃんに合うと思って、上げたので」

「……頂いたその日は、お嬢様も……自宅であの髪飾りをつけていました」


 何か、理由があるようです。桜ちゃんはあの髪飾りを大切にしてくれていますし、上げた日は喜んでくれていました。つけてくれていたのは、嬉しいですが、咲さんの様子から考えると……。


「模造品を作るように提案したのは、私なのです」

「え――?」

「髪飾りを頂いた日は、旦那様が珍しく家に帰って来ていました。予定よりずっと早くです。その旦那様は、お嬢様の髪飾りを見て――その……」

「分かりました」


 そうでしたか。やはり、雄吉氏でしたか。


「片桐さん。その顔のままだと……」

「はい。大丈夫です。迎えが来るまでには、戻ります」


 ()()()()になっていたのですか。それでも尚、模造品を着けてくれていたのですね。せっかく上げたのに着けてないと、私が悲しまないように。


「事情は分かりましたが、愛葉さんに上げるのは別ではないかと……」

「お嬢様にとって模造品は、模造品でしかないので……後、あの日お嬢様は、愛衣様と喧嘩してしまったと、言っていたものですから……」


 喧嘩したから、上げたという訳ではありません。桜ちゃんはやる気をなくしてしまっていますが、投げやりではないのです。


「まさか……私が話しかけるように……?」

「可能性はあります。お嬢様はその、不器用ですから」


 あの髪飾りがなくなっていたら、私が話しかけると、踏んでいたのでしょうか。あの、喧嘩をした翌日……私は確かに、話しかけるかどうか迷っていました。そして話しかける決意をしたのは、()()()()()()、です。


 もしこの考えが本当だったとしたら、桜ちゃんは意地悪です……。強引に私を連れて行く時に、迫真の演技をしていた事もありますし、桜ちゃんは結構強かです。それが家庭環境によって鍛えられたものであったとしても、桜ちゃんの演技には舌を巻きます。でも、意地悪です!


「不器用にも程があります。そ、それに……あの日喧嘩をして落ち込んでいたのは、その……私も……」


 ハッとし、顔を上げます。咲さんは微笑ましそうに、羽間さんは何時もは絶対に見せない緩んだ顔をしていました。


「~~~~っ! 軽伊さんと小鞠さんを、呼んできます」


 私はその場から逃げるように離れました。あれ以上、あの視線に晒されるのは心臓に悪いです。


(はぁ……桜ちゃんも仲直りしたかったのなら、桜ちゃんから話しかけてくれれば――いえ、あの時は私の方が悪いのでした、ね。私情が過ぎたのでした)


 私が悪いのですから、私から話しかけるのが道理です。


(タイミングがありませんでしたが、明日愛葉さんに謝らないといけませんね……)


 これ以上自分を、嫌いたくありません。クリーンな状態で、今後の学校生活を送る為に、愛葉さんにしっかりと謝りましょう。




 さて、片付けも終わった。お茶会にしよう。門限を考えると、三十分か四十分か。


「そ、それでは、入れますねっ」


 緊張した面持ちで、愛葉は電気ポットと睨めっこしていた。

 細かく言えば、火で加熱した水の方が紅茶には合うと咲は言っていた。だが、愛葉が一生懸命入れてくれる事に意味があると、私は感じている。


「ありがとう、愛葉」

「口に合うか、分かりませんけど……」

「気負わなくて良いよ」


 私に好き嫌いはない。一度しか食べた事はないが、カップラーメンから九条のシェフがつくる最上級の料理まで、味の好みはあれど、嫌と感じたものはないのだ。


 雑食――いや、ここまで適当な食生活になると、悪食か。どちらにしろ、何でも食べる私だが、「これが食べたい」という物はある。いちごと愛葉の手作り弁当、そして、愛衣の料理だ。


「愛葉が入れてくれる紅茶を、私は飲みたいな」

「は、はいっ」


 緊張して、カクカクとした動きになっているが、愛葉の手順は正しいように思える。余り気にしなくて良いと思っているのだが、愛葉にしてみれば、九条のお嬢様に振舞うという感じなのだろうか。


(噂嫌いの愛葉だから、私と九条の関係を知っているとは限らない)


 知っていたとしても、それを表に出す事はないだろう。あくまで九条の桜として扱うと思う。


 でも私はそれを、嫌とは思わない。何故なら、九条に生まれた桜という認識をしてくれているからだ。九条家は見えているが、私をちゃんと見てくれている。愛葉は、私を家で見ない。


 だから友人としての情がある、という訳じゃないが。何も知らない、ネムリヒメの時から愛葉には惹かれるものがあったのだから。


「出来ました!」

「ありがとう。頂いても良いかな?」

「はいっ! あ、後、こちらをっ」


 愛葉がマカロンを出してくれた。愛葉のは、チョコレートをベースにしているようだ。少しビターな見た目と香りが漂ってくる。


「私のは少し、クリームに工夫をしてますっ」

「チョコクリームに見える、けど。ふむ」


 ただのチョコクリームではない、のだろうか。


「いただきます」

 

 じっと、愛葉が見詰めている。私の反応を一つも見逃さないといった様子だ。思わず私は、頬が綻んでしまう。


 一口含んだマカロンは、チョコレート――ではある。しかし、和風チョコレートとも言うべきだろうか。どこか優しい甘さがあるのだ。


「んー。あんこ?」

「正解ですっ。製菓用チョコレートに、あんこを混ぜてみました!」


 多分少量ではあるのだろう。しかしここまで、チョコレートに深みと甘味が加算されるのか。甘さがくどくなるどころか、マイルドになっている。


「美味しい。ダージリンにも良く合う」

「抹茶でも良いかと思いましたけど……この寮には紅茶しかなくて」

「確かに、抹茶にも合いそうだ。私が抹茶を持ってくるから、また作って欲しいな」

「もちろんですっ! その時は、他のお菓子も作りますね」

「ありがとう、愛葉」

(片桐様とどっちがって聞きたいけど、美味しそうに食べてくれてるから、いっか! 次のお茶会の約束も出来たしっ)


 私は愛葉に友人としての情がある。出来るなら親友と呼ばれる間柄にもなってみたいと、純粋に思えるのだ。愛衣だけで良いと思っていた人生だったのだが、愛葉を受け入れたいと思った。


 これは、家で見ないからなんていう、卑屈な理由ではない。もっと単純に――愛葉をもっと、知りたいという、情愛なのかもしれないな。



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