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百合の花 ~赤い心と鈍い金~  作者: あんころもち
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学園の日常―登下校―⑪



 桜ちゃんが部室に戻って連絡を取りに行きました。桜ちゃんは大丈夫みたいですけど――私は、視線を向けるとボロが出そうです。


 秋敷さんは……まだ待っていますね。桜ちゃんに頼んだのですから、もう用事は終わったはずですが。


「どうしました? 九条さんが気になりますか?」

「いいえ」

(最近やる気に満ちてるように見えたけど、愛葉って子のお陰かしら。片桐のお嬢さんは関係ないようね。でも、愛葉って子も真面目とは言えない出席日数。結論を出すのはまだ早いか……面倒な事になったわ。()()()()()()()、たっぷり埋め合わせしてもらうわよ……()()()


 何やら苛立っています。ここには居ない誰かに憤りを感じている様子ですが、個人ではなく全方位といった感じでしょうか。余り良い雰囲気とは言えません。


「冴条さんと正院さん、今日から登校してるわよ」

「そうなのですか? ですが、私の考えは変わりません」

「何でそんなに怒ってるの? ただ学友が貶されたってだけには見えないわ」


 学友であっても、怒る人は怒ると思います。ですが、過剰ではあるでしょう。親からの仲裁を断り、自制を促されたというのに、私は固辞したのですから。


「冴条さんと正院さんは彼女に対し、ネグレクトを受けているという()()()()を話して貶しました」

「そう聞いているわ。そして桜はそれを一切気にしていない」

「あの場で申したとおり、平気で人を傷つける言葉を使うあの方達の在り方は間違っています」


 これは、貴女達にも言っているのですよ。


「優等生ね」


 優等生です。そう在れと育てられました。そして私は、その通りに生きていると、自信を持てます。


「優等生でなくとも、目を覆いたくなる光景ですよ。複数人で取り囲んでいましたから」


 これ以上は、言わなくても良い事を言ってしまいそうです。


「さて――将棋部と囲碁部の活動については解決しました。ご協力感謝します」

「解体した方が早いと思うのだけど?」


 確かに、世間一般で言えばそれが良いのでしょう。社会に出れば、結果が出せない部署は経費を貰えず、最終的には解体されます。ですが、ここは学校なのです。


「最初は、チェスとは違う物をという好奇心からであっても、そこで活動していく事で何かを得る事が出来るかもしれません」

「何か、ねぇ。もしそれがあったなら、もっと早くにやる気になってたんじゃないかしら」

「多くを学ぶ機会と思えば、今回の将棋と囲碁部の廃部はきっかけになりえるでしょう。ですが、それを決めるのは次の大会での結果次第となっております」


 何かを得るつもりがあるのなら、発奮するでしょう。それが見えなければ、次の部活動を探してもらいます。それが落とし所でした。学校は廃部にしたいのです。


「疑問なんだけど、そんなに経営が苦しいの?」


 囲碁部と将棋部、どちらも道具はありますし、そんなにお金がかかる部活動ではありません。お金という面からみれば、この乗馬部が最も掛かっているでしょう。


「保護者やOB、国からの補助等、手厚く保護されております」

(だからこそ、寮の設計図から抜け落ちた部屋というのが気になる、のですが)


 今日は愛葉さんに譲ります。


「でも、解体したいのでしょう?」

「サンマルテの名を背負って大会に出る以上、最低限の結果は出して欲しいという、体面の問題です」


 桜ちゃんなら、くだらないプライドと切って捨てるでしょう。ですが、格式を守る義務がサンマルテのエスカレーター組にはあります。愛葉さんには関係ない話でしょうが、サンマルテに所属し、大会に出る以上守ってもらいます。


「面倒な事ね」


 秋敷氏は、サンマルテの卒業生ではありませんでしたね。生徒会長という事で知る機会がありましたが、九条の名は無かったと記憶しています。


(それなのに、何処で――()()()()()()()()()のでしょうか)


 お母様にとっては……大事なのでしょうね。首を横に振り、切り替えます。


「面倒であっても、貴女もこの学院の教員となったのでしょう。生徒に頼まずに自身で業務を果たして欲しいものですが」

(チッ……)

「分かってるわよ。でもね、咲()私を嫌っているから仕方ないでしょう」


 咲さんが人を嫌うというのは、想像出来ませんね。彼女はメイドとして完成された方です。雇い主の親族相手に、気付かせる程の嫌悪感を示すはずが――。


(咲さんは桜ちゃんの事を愛していますし、九条雄吉氏と秋敷氏の事を……?)


 咲さんに尋ねる訳にはいかないので、この話は終わりです。咲さんは桜ちゃんの味方。これで良いのです。


「大体あの子、愛菜と桜の言う事しか聞かないわよ」


 心底嫌になる、という表情を浮かべた秋敷氏は、校舎の方に戻って行きました。確認したい事はもう無い、という反応でしたね。


(私の、どんな反応が欲しかったのかは分かっています)


 ですが、曲がりなりにも信用していた冴条さんと正院さんの暴挙ならまだしも――最初から軽蔑に近しい感情を持っている方達相手に私が、怒ると思っているのでしょうか。桜ちゃんが傷つかない限り、無関心以上にはなりえません。


(他者を貶すのは、私の信条に反しますが――桜ちゃんが関わっているので、四の五の言っていられないだけです)


 本来のお母様を知っていれば、分かるはずです。私はまともな時のお母様を尊敬して育ってきたのですから。




 さて、咲に電話するとしよう。思えば、私用で電話をするのは久しぶりだな。


「……」

『はい。咲でございます。どうなさいました? 桜お嬢様』


 コール音一回。多分、向こう側で音が鳴った瞬間だと思う。営業職の人間は、コール音一回で電話に出ると聞いた事がある。咲もそれを心がけているのだろうか。


「いきなりごめん」

『いえ。お嬢様からの電話でしたら、いつであっても』

「ありがとう。折り入って頼みがあるんだけど、予定より早く来れないかな」


 お願いついでに、顔合わせもしておこう。


『すぐに向かいます。何か用意する物はございますか?』

「いや、今日は大丈夫だよ。部活が終わるまで待ってもらう事になるから、一時間後くらいに来て欲しい」

『畏まりました。一時間後、正門にてお待ちしております』

「うん」


 電話を切り、一息吐く。自分からの初電話。少し緊張したな。


(すぐに――か。咲……心なしか、嬉しそうだったな)


 いつも呆れさせるばかりだから、ほっとする。用件は伝えるべきだったのだろう。でも、愛衣と少し会話をさせたいと思ったのだ。私との関係が少し変わった事と、愛葉の事、そろそろ咲には伝えようと思ったから。


(電話は終わったし、愛衣の所に戻ろう)


 咲への依頼は愛衣に任せる――その考えは間違いではなかったようだ。


「秋敷さんは?」

「戻りました。自身の役目は終わったという事でしょう」

「そうか」

「咲さんの方が、秋敷氏を嫌っているそうですよ」

「咲が? ふふ……珍しい事だ」


 そんな気はしていたが、まさかという話だ。あの咲が人を嫌う、とはね。


「咲には事情を話さずに、一時間後に来るように伝えている。愛――片桐の方から依頼しておくれ」

「分かりました。()()話しておきましょう」

「頼むよ」


 会話をした事はないだろうが、一応面識はあるはずだ。


「片桐と咲が話してる間に愛葉の所に行ってるから」

「一時間後という事ですが、それだと待たせることになると思いますよ。私の方はそんなに話す事はありませんから」


 そういえば愛葉は、お茶を用意している可能性があるんだったか。


「スケジュールと場所の確認もしておきましょうか。今日はお願いだけと思っておりましたが」

「ああ、頼むよ。時間に余裕がありそうなら、羽間さんを呼んであげて欲しい」

「分かりました」


 咲と羽間さんは友人だ。何処で知り合ったのか聞いた事は無いが。


「二頭とも戻っていたのか」

「ええ。早速乗りましょう。ジェファー、ルージュ、お願いします」

「ヒヒン」


 顔合わせは済んでいるし、後はしっかりと乗れるかどうかだ。だたの乗馬体験ならば、一時間二時間乗せるだけで済むから我慢してくれるだろう。だけどこれから私達は暫く共に訓練する事になる。


「最初が肝心だね」

「いつも通りならば問題ないはずです。しっかりコミュニケーションを取って下さい」

「うん」


 乗せて貰えるという意識は、少しくらい必要だろう。余り下手に出る必要はないが、上下関係ではなく友人関係に近い存在で居たい。


「よろしく頼むよ」

「ブルル」

 

 乗るのは順調だったが、私の座り方が悪いのか落ち着かない様子だ。


「もう少し走りましょうか。私達が先導しますので」

「ああ。行こうか、ルージュ」


 嘶いたルージュが、ジェファーと愛衣についていく。最初こそタイミングがズレてルージュが辛そうだったが、二周回った辺りで呼吸が合った様だ。


「問題なさそうですね」

「何とか形にはなりそう」

「ジャンピングは問題ないでしょう。では、速度を上げます」


 愛衣がジェファーを撫でると、速度が上がる。完全に意思疎通が出来ているようで、もはや愛衣が手綱を引くまでもなく方向を簡単に変えていた。それに対して私は結構苦戦している。


「すまないね、迷惑をかける」

「ブルヒヒ」


 仕方の無い娘だ、と言わんばかりにルージュは首を振っている。先は長そうだが、やれていけそうだ。私も、もっとやる気を出すとしよう。愛衣とジェファー、そしてルージュの誠意に応えるくらいのやる気は、出せるさ。




 とりあえず一時間、愛衣の後ろを走った。走りながら他の生徒を見たが、ドレッサージュの練習をしているようだ。私はドレッサージュに出ないが、愛衣がやっているのは見た事がある。


(プロからも高評価で、ジェファーはプロからも――おっと)


 慣れたからと余所見をしてしまったからだろうか。ルージュが少し私を小突くように動きを変えた。集中しろという事か。


「ごめんよ」

「ドレッサージュにも出たいのなら、枠はまだありますよ」

「いや、遠慮しておくよ」


 ルージュのポテンシャルは高いように感じる。しかし、私の技量が追いついていない状況だ。ルージュに踊らされているという印象を拭えるだけの時間は取れないだろう。


「一応練習だけしておきましょう。ジャンピングの合間に息抜き感覚でも出来ますし」

「一つの事に集中したいが、その方が良いか」


 私は、一つの事に集中出来るタイプとはいえない。息抜きに別の事をした方がむしろ効率的か。


「今日はルージュに慣れるだけにしておこう。ルージュも慣れない相手を乗せて疲れてるようだし」


 きっと咲も到着している。


「分かりました。私はこのまま正門に向かいますので、桜ちゃんは着替えて約束の場へどうぞ」

「ありがとう、愛衣。また明日。昼はどうしたら良いかな」

「明日の朝伝えます」


 咲との話し合い次第で、昼も忙しいかもしれないという所か。


 手伝いに行ける理由があれば良いのだが、それが無い限りは怪しまれる。秋敷さんも疑っているようだし、様子見だな。


 愛衣と別れ、ルージュにお礼と今後のお願いをしてから着替えに向かう。体操着は洗うから、このままでも良いと思ったが――愛葉の部屋に行くのなら、シャワーの一つでも浴びて、しっかり着替えて行こう。


(いくらズボラな私でも、それなりに汗をかいた状態で招待を受けるのは、憚られるというものだ)


 明日からは乗馬服で練習するし、ついでにサイズを見ておくとしよう。



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