学園の日常―登下校―⑧
自由な授業という事で、少し騒がしさが出てきた。教室の騒がしさなんて関係なく、片桐様は黙々と作っている。私も、それに倣っている、けれど――。
(片桐様、料理できるんだ)
なんて、考えてしまう。
完璧な人だから、当然といえば当然だとは思う。でもその手際は、一流のパティシエみたいに澱み無いのだから驚きも一入だ。
「愛葉さん、手が止まっていますよ」
「は、はい」
見惚れていた訳ではないけど、混ぜる手が止まっていた。マカロンは確か、一時間はかかるはずだ。四十五分という制限時間は、どんなに頑張ってもギリギリだと思う。急ごう。
(工夫して、時短するしかないかな。オーブンを百十度に余熱しておいて、と)
マカロナージュは丁寧に念入りに、リボン状になって落ちるまで。チョコクリームに合うように、アーモンドプードルを多目に入れておこう。
片桐様は、イチゴクリームみたい。オーブンも暖めてるし、時短レシピとかも知ってるのかな。
(専属のシェフとかから習ってるだろうし、私より上手、だよね)
やっぱり桜さんに振舞ったりしてたのかな。
(愛葉さん、上手ですね……。九条さんも嬉しそうでしたし……)
せっかく一緒になったんだから、聞いてみよう、かな。
「片桐様は、その」
「何でしょう」
「お昼、どうだったんですか?」
知られてはいけない事らしいから、濁して聞いてみる。片桐様ならこれで伝わるはず。
「……栄養が足りないだろうからと、渡した事はあります。手料理ではありませんでしたが」
片桐様のお昼は、家で作ってもらった物みたい。片桐様は多忙だし、お弁当を作る暇なんて無いのかもしれない。
(お昼を作る時間を何度も作ろうとしました。しかし、そんな物は作ろうと思って作れる物ではありません……)
教師達も、片桐様に頼りっきりみたいな所あるんだっけ。桜さんが苦笑いで言ってたような。
「愛葉さんは、昼食の交換をしたんでしたね」
「はい、何度か」
片桐様が何故、私と二人で班を作ったのか、分かった気がする。
「そうですか。何度か――では、負けられませんね」
片桐様も、昼ご飯交換とかしてみたかったみたいだ。でもそれが出来ないから、このマカロンをって感じかな。
(勝負……)
私もこのマカロンは桜さんに食べてもらおうって思ってたから、手なんて抜いてない。でも余計に、失敗出来なくなった。
「……」
「……」
お互い無言で、授業とは思えない雰囲気で作っていく。さながら、料理バトルだ。
マカロンを作るには時間が足りないから、何処かで工夫するしかない。生地は、これ以上手を加えてもくどくなったりごわごわする一方……最低限でいくしかないから、私はクリームで勝負する……!
(九条さんはチョコレートよりイチゴの方が好きです。その時点で私の方が有利ですが――その程度で満足いたしません)
片桐様の動きが変わって――? 同じ手順なのに、マカロナージュの時点で生地の差を感じてしまう。今から手を加えても意味がない……やっぱり、クリームしかない。
秘策という訳ではないけど、クリームには自信がある。手際も腕も負けてるなら、独創性で勝つ!
「片桐様と愛葉さん、どうしたのかしら……」
(愛葉さんは九条様に渡すんだろうなー)
「香月さんはどう思います?」
「負けられない戦いって感じに見えますわ。きっと第三者が関わってくるのではないかと!」
「まぁ、それって!」
「お相手は――」
香月さんの方から、半分当たりな会話が聞こえてくる。相変わらず恋バナ好きなんだなぁって思うけど、片桐様の集中力が凄い。片桐様としても気になる会話のはずなのに……。
(私の方が先に渡せますが、時間的余裕を考えると愛葉さんの方があります。マカロンなのですから、出来れば紅茶と一緒に頂きたいところです。乗馬・馬術部の部室にはあるにはありますが……時間は限られています)
片桐様は生地を寝かせる段階に入ったみたいだ。このペースだと、四十分くらいには終わると思われる。放課後の予定も、片桐様が入れていた。もしかして、その時からティータイムを予定していたのだろうか。
「結果は明日、本人に聞きましょう」
「分かりました」
片桐様が先に渡す……。もし相手が普通の人なら、嬉しいって思う。何だかんだで、後から食べる物が美味しければそちらの方が印象に残る。でも、先に食べた物が本当に美味しかったら、比較が始まってしまう……。
(片桐様の作った物は、それが出来る)
本当に美味しいマカロンを食べた事はない。お店で売られていた物を食べた事があるけど、お茶菓子という範囲から出なかった。
紅茶やコーヒー、抹茶なんかと一緒に出てきたら食べる――くらいのものだ。単体で食べても、特別な感情を持ったりはしない。
(でも、片桐様のは美味しそう……)
食べてみたいという気持ちになれるくらい……店頭に並んでいたら、買ってみようかなってなるくらい、香りも見た目も綺麗。
「食べ比べも明日にしましょう」
「あ、は……はい」
私の視線に気付いたのかな。食べたそうにしてたようだ。桜さんはどちらも美味しく食べてくれる。最終的な勝敗を決めるには、お互いのを食べるしかない。
「……」
「心配ですか?」
じっと自分のマカロンを見ている片桐様は、どこか躊躇しているように見えた。
私と桜さんが、お昼交換をしていると聞いて勝負に拘った。今までやりたいと思ってたけど、事情により出来なかった。初めての手料理を桜さんに食べてもらう。きっとそういった考えが、片桐様の躊躇を生んでる。桜さんは喜ぶのかとか、いきなり桜さんに渡して大丈夫かとか。
「あの子は食に拘りはありません。決まった時間に適当な物を食べます」
「それで、自分の物を食べてもらえるか不安、なんですか?」
「そう、ですね。その場で食べてもらえるか……」
昔からの知り合いなのに、そんな事で悩むんだ。そう、思ってしまった。私の目から見ても、桜さんと片桐様は仲が良く見えるのに。
でも、仕方ないのかもしれない。二人の間にある事情は、簡単な物ではないのだろうから。
「あの人は、片桐様からのプレゼントを喜ぶと思いますけど」
「そうだとは思います」
(髪飾りの事も、ありますから)
「ですが……家に持ち帰るかもしれません……」
なるほど。片桐様は自信がないのか。桜さんが食べてくれるのか不安なんじゃない。桜さんが一緒に食べてくれるか、自信がないのか。
二人の間柄を私は、一部しか知らない。だけど二人の間に、信頼と友情や愛情があるのは知ってる。
「朝の時も思いましたけど、片桐様って結構……逃げ症ですよね」
「……」
「生徒会活動の時みたいに、接すれば良いと思うんです」
「そんな簡単な間柄じゃないんですよ……」
そうだと思う。だけど、桜さんはそれを望んでないから。もっとぐいぐい行っても良いはず。桜さんから一歩引くのは、片桐様が逃げてるだけだと、私は感じた。
(逃げ……そんなの、分かっています。『片桐』の所為で、桜さんがどれ程苦しんでいるか……っ!! その片桐の人間である私が、どんな――――ああ、やはり……私は逃げてしまう。九条さんから……いえ、『九条』から……)
何を葛藤しているのか。分からない。表情からは葛藤している事しか分からない。でも、お嬢様特有の悩みなのは間違いない。
「片桐様にとっての桜さんって……九条桜なんですか?」
濁してたけど、片桐様がまだ落ち込んでるみたいだから、声に出す。ライバルが不甲斐ないと、勝負に翳りが出てしまうから。
「……?」
「桜さんなのか、九条桜なのか、です」
(…………愛葉さん、貴女はやはり……私達とは違いますね。良い意味で、ですが)
朝見た時のような、自嘲的な笑みを浮かべた片桐様は、マカロンを二つの袋につめてラッピングをしていった。
「愚問です。私にとって九条さんは……桜ちゃんです」
晴れ晴れとした表情の片桐様は、ラッピングを終えると一つだけ手にとって教室の出口に向かっていく。
「片桐様、忘れて――」
「貴女のも下さい」
「あ……はい」
そういう事か。まさか今日中にくれるとは思わなかった。私が先に食べてしまったらどうするのだろう。
(まぁ……そんな事はしないけど……)
(貴女なら、私の気持ちを汲んでくれるでしょう。だから私も貴女の気持ちを汲みます)
「部活の後、貴女の所に向かうように伝えます。自室で待っていて下さい。それと、将棋部と囲碁部については明日、続報をお持ちいたしますから」
「分かりました。えっと、これが私のです」
「では、また明日」
世話が焼けるなぁなんて、ちょっとだけため息が出てしまう。でも私は、桜さんが笑顔なら良いって気持ちでしかない。桜さんの学院生活に片桐様が必要なのは、ここ数日で分かった。だったら私は、不承不承でも片桐様を気にかけよう。
それに……私をライバルだといって手加減しない片桐様に、私は少なからず好感を抱いている。それは、お互いの能力を全力で出せる好敵手としての好感、だけど。
「お互いのを交換しましたわ」
「愛葉さんと片桐様との関係、気になりますね」
「口論になっているのを見た事があります」
「ではその仲直り?」
桜さんと片桐様がどんな気持ちだったのか、今分かった。憶測で関係を噂されたり探られたりされるのは、ムズ痒いというか、恥ずかしい。でも……片桐様と火花を散らしたり内緒話したり、お菓子を渡しあったりしたら、そうなるよね。
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