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百合の花 ~赤い心と鈍い金~  作者: あんころもち
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学園の日常―登下校―⑥



 勉強よりは運動の方が好きではある。何も考えなくて良いからという理由からだ。当然ながら、率先して運動をしたい訳ではない。


「今日はバドミントンのテストをします。呼ばれた二人でラリーをしてもらいますが、十回を最低ラインとしましょう」


 二人一組か。やる気のない私と組んだ人は可哀相と思ってしまう。一応ラリーを続けるつもりだが、一生懸命さは出ないだろうから。


 片桐と偶々組まされた時は、卓球だったかな。珍しく私がやる気を出して運動しているものだから、不仲説が加速したんだったな。


 ”あの九条さんがむきになっている。やっぱり片桐様と仲が悪いんですわ。”だったか。結果は分かりきっていると思うが、私は一点も取れなかった。片桐は運動も一流なのだ。


「呼ばれるまでは自由行動にしますが、しっかりと私の声に耳を傾ける事と、目の届く範囲に居る事。道具等も自由ですが、テスト中の方に物を飛ばさないようにお願いします」


 思い思いに人が離れていく。バスケットボールやフットサル、中には剣道や柔道を始める者達も居る。野球も出来そうな程に広い体育館の一角には、柔道場もあるにはある。しかし、講師も無しにしても良いのだろうか。


「私達はどうしましょう」

「愛葉は、バドミントンをした事があるかな」

「中学の時に、二,三回程」


 どうやら中学の時は、授業を欠席することが少なかったようだ。その結果が階段からの落下であり、この学院への入学を決めるきっかけになるのか。


 寝たいからという理由で推薦を出すなんて前代未聞だ。それが受理された事も。愛葉の優秀さが際立つエピソードといえるだろう。


(いけないな。どうしても冴条達の言葉が思い浮かんでしまう。あの――愛葉は私達とは違うという言葉が)

 

 私への糾弾として始まった集まりだったが、私の精神を最も揺さぶった言葉はこれだろう。私の家庭環境や、片桐との関係を聞かれた事なんて、今思えばどうとでも出来る物だった。私が少し、柔軟になれば良い。それが出来ないからあの時困っていたのだが。


 愛葉を知れば知る程、優秀さが理解出来る。でもそれ以上に、可愛らしい女の子という面が強く出てくるのだ。冴条達にもう一度会う機会があれば、今度は私から糾弾したいところだな。


「バドミントン、少しやっておこうか」

「はいっ」


 まぁ、私も上手という訳ではないのだが、練習相手にはなれるだろう。



 とりあえず一度打ち合ってみる。


「いくよー」

「はい!」


 軽く愛葉の方に打ち込む。少し右にズレたが、上手く打ち返してくれた。この時点で少しだけ私より上手く見える。何しろ綺麗な弧を描いて、私の元に返って来たのだから。


「愛葉は、スポーツも出来るんだね」

「苦手、なのは、本当ですよっ」


 私の苦手とは意味合いが少し違う。多分愛葉は、体力的な問題からだ。体の柔らかさとか色々と運動に適していると思う。


「桜さんの方が、ずっと上手だと、思いますっ!」


 会話しながらは、余計に疲れると思ったのだが、愛葉は思いの外楽しんでくれている。


「そうかなー。片桐から一点も取った事無いんだよね。どのスポーツでも」


 走れば、必ず一秒以上差をつけられる。投げれば、取られ、打たれ。お互い初めてで、少しレクチャーを受けただけのフェンシングでも負けた。リーチ差が如実に出るはずのフェンシングでもこれなのだ。


「それは、相手が、片桐様だっからです!」


 愛葉が肩で息をし始めた。テスト前に倒れたら事だから、少し休もう。


「んー。それでも、片桐は他の人とやってる時は負ける事もあるからね」


 私は今の所全敗だ。


(それは、部活でやっている方相手の時だけだよ、桜さん……。片桐様、桜さんにだけは負けたくないって、感じなのかなぁ。好きな人に弱いところを見られたくないって人みたいだし……)


 まぁ、片桐相手の時しかやる気を出さない訳だから、昔の貯金だけで運動していれば、下手にもなるか。運動に関しても、中学に入ってすぐ辺りで諦めている。


「少し休憩しようか――」

「愛葉さーん、竹中さーん」

「え゛」


 愛葉が目に見えて狼狽している。まさか休憩する間もなくテストの番が来てしまうとは。


「あー、先生。もう少し待っていただけませんか」

「どうしました? もしかして、体調が悪いとか」


 愛葉の事は多分、軽伊さん経由で聞いているはずだ。病気という訳ではないが、気をつけた方が良い事に変わりは無い。


「い、いえ。やれます」

「良いの?」

「体が温まっている間に、やっておきたいですっ」


 確かに、休んだ後すぐに動き出せば、怪我をし易くなると聞く。しかし無理を――と、これは過保護か。いや、もはや過干渉だな。


 あの話を聞いたからか、少し過敏になりすぎているのかもしれない。愛葉だって、普通の学校生活を頑張ろうとしているんだから。


「分かった。でも無理だけはしないようにね」

「はい!」


 ゆったりとテストは始まった。愛葉と竹中は上手い事打ち合っているように見える。


(やっぱり、愛葉は上手いな。体力面さえ何とかなれば、色々なスポーツで結果を残せそうだけど)


 お互い正面に打ち合っていたが、慣れてきた辺りで竹中は左右に打ち分け始めた。愛葉は何とか返せているが、足が着いていっていない。

 私との練習で、五本しか打ち合ってないとはいえ疲れている。


 私は先生に見えるように、止めて欲しいと合図を送る。流石にもう限界と思ったのだ。最低ラインである十回はラリーを続けられたし、もう合格で良いだろう。


「あうっ」


 先生が止めようとしたのと、愛葉が転けたのは、僅差だった。


「愛葉、大丈夫?」

「は、はい。ありがとうございます、桜さん。竹中さん、ごめんなさい……」


 愛葉が竹中に謝罪をしている。愛葉としても、もう少しラリーを続けたかったのかもしれない。


「ごめんなさい、愛葉さん。少しやりすぎてしまいましたわ……」

「い、いえ」


 お互い楽しんだ結果だ。謝り合う必要はないと思うのだが、竹中の気遣いは愛葉の気を紛らわせてくれたようだ。


「……っ」


 それはそれとして――。


「先生、少し保健室に向かいます」

「お願いします、九条さん。愛葉さん、隠すのは良くありませんよ」


 足を挫いたのだろう。立ち上がる際痛みが走ったようで、痛がっていた。


「それでしたら、私が」

「い、いえ。気にしないで下さい、竹中さん……」

「ですが、九条様はまだテストが……」

「それも気にしなくて良いよ。最後にしてもらうから」


 竹中がこれ以上罪悪感を感じる必要はない。それに愛葉は軽いとはいえ、抱えるのは難しいだろう。


「それじゃ、失礼するよ」

「わわっ!」

(あ、足痛いけど……挫いて良かったって思っちゃうっ。優しさに付け入るなんて駄目だけどっ!)

 

 一声かけて、愛葉をお姫様抱っこする。相変わらず軽いな。挫いた足が熱を持ち始めたのか、疲れが色濃く出ているのか、愛葉の頬が少し赤い。


 まぁ、公衆の面前でお姫様抱っこというのが恥ずかしいのかもしれないが――愛葉のクラスの人がこれを見るのは二度目だ。問題ないだろう。

 

(九条様、やっぱり愛葉さんとはそういう仲なのかしら。二人きりの邪魔しちゃ悪いですね)


 竹中から生暖かい視線を感じるが、罪悪感じゃないようだから無視しよう。捻挫に限らず怪我は、初動が大事だ。途中水道で冷やしてから保健室に向かうのが良いか。


 私達が体育館が出る時、更衣室から誰か出てきたが、遅刻だろうか。まぁ今は、気にしなくても良いか。




「失礼します」

「はーい、って。九条ちゃんと愛葉ちゃん、どうしたの?」


 お昼でもない限りは、絶対に常駐してくれる軽伊さんに感謝しなければいけない。


「愛葉が足を挫いてしまって。冷感湿布、補充してますか?」

「あの後ちゃんと補充したよー。九条ちゃんはアイシングお願いね」

「はい」

「ありがとうございます、桜さん」

「良いよ。頑張ったね、愛葉」

「は、はいっ」

(王子様みたい……絵になるなぁ……。そうなると私、お姫……何か急に劇っぽくなっちゃった……)


 少し嬉しそうになった後、しゅんと落ち込んでしまった。ラリーが中途半端に終わった事を気にしているのだろうか。


(せっかく将棋部の目途が立ったんだから、運動部を進めるのはなしだな。暇がある時、愛葉の運動に付き合おう)


 とにかく、出来る範囲で体力づくりをした方が良いだろう。


「じゃあ、ここに横になって」


 愛葉を寝かせ、足首が上になるように枕を敷いて置く。氷嚢は下の引き出しだったはずだ。


「そういえば桜さんは、保健室に詳しいんですね」

「うん? あー、軽伊さんと知り合いっていうのもあるし」

「保健委員だったんだよねー。小等部二年から四年までの間」

「そんな感じで、軽伊さんのお世話をしてたんだ」

「お世話になってましたー」


 内申欲しさと、片桐との時間を作りやすいかと思って保健委員に入っていた。実際は軽伊さんとの友好関係を築けただけで、片桐との時間は然程増えなかったのを覚えている。


 まぁお陰で、学校での過ごしやすさが上がったのだから、感謝している。


「色々あって辞めたけど」

「色々、ですか?」

「愛葉には、いつか教えるよ」


 軽伊さんが苦笑いを浮かべている。決して軽伊さんが悪い訳ではない。むしろ軽伊さんのお陰で「色々あって」なんて軽口で済んでいる。愛葉になら教えても良いが、身内の事は余り知られたくないのだ。

 

「まぁ今の保健委員の子は余り仕事をしないみたいだから、私が代わりにやる事もあるよ」

「そうだねー。私もついつい頼っちゃうんだよねー」

「だからって適当に仕舞いすぎです。氷嚢がまた消えてますよ」


 さて、一体何に使ったかだが……湿布置き場にも無いみたいだし、最近暑かったという訳でもない。


「風邪引いてたみたいですし、風邪薬の棚とかじゃないでしょうか」

「良く分かったねー、愛葉ちゃん」


 どうやら、愛葉の予想は正しかったようだ。風邪薬の棚に入っていた。


「机の上にある湯のみ、たまご酒ですよ、ね。後ゴミ箱に入っているのが見えたので」


 たまご酒というと、民間療法……おば――。


「九条ちゃん、今」

「いえ、何も。というよりお酒ですよね、それ」

「話を変えちゃ駄目だよー」

「学校で、しかも仕事中に……」

「あはは。二人共、見なかった事にしてね」


 はぁ……民間療法なら、生姜湯でも良かったんじゃなかろうか。

 それにしても、愛葉の洞察力は探偵顔負けだな。


(あの日も桜さん、湿布を探して困ってたから、先生の様子を一応見てて正解だった)

「それじゃ、少し冷えるよ」

「ありがとうございます、桜さん」


 タオルで包んだ氷嚢を当てる。少し冷たくしすぎたのか、愛葉がぴくりと震えた。足首も、細いな。

 寝たままだと押さえられないから、私が当てておこう。


 ガラスの靴を履かせる王子さながらの迫真さ、とまではいかないが、丁寧に処置していった。

 この可愛らしい足が腫れる様を、見たくなかったものだから。



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