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百合の花 ~赤い心と鈍い金~  作者: あんころもち
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学園の日常―登下校―⑤



「私が部活に励んでいる間、咲に頼むとしよう」

「いくら愛葉さんの為とはいえ、そこまで……」

「片桐も考えていたはずだけど」

「それは、そうですが……」


 片桐が存続の道を探っていると言った以上、出来る手伝いはするはずだ。ある程度決まっている計画の中で運転手が足りないというのであれば、片桐家の運転手を使うと考えるのは自然だろう。


「愛葉の頑張りを無駄にしたくないのは確かにある」

「……」

「だけど――これは余り言いたくないが、片桐家の従者を学校に近づける機会を与えるのは、憚られる」


 片桐の息が掛かった者であれば問題ない――という訳でもない。片桐が信頼している従者であっても、片桐母が命じればそれはもう、片桐母の従者なのだから。


「そう、ですね。お母様も動いていることですから」

「咲なら安心して任せられる。私と片桐の仲を知ってるからね」

「私も咲さんならば問題ないと思っております。しかし、よろしいのでしょうか」


 確かに、私事で従者を使うのは九条としても問題だ。しかし私が私事で動かせる人間は咲だけなのだ。


「秋敷先生の事もありますし、咲さんであっても……」


 秋敷さんにバレれば、咲に何かしらのペナルティが課せられる可能性はある。ただの学校運営の手伝いならば父は何も言わない。しかしそれが、片桐の考えとバレたなら問題だ。片桐家の手伝いとなれば父が何を言い出すか。昔から執事やメイドに対して傍若無人な人間だった。今回も、そうなりかねない。


「とはいえ、私達の身内にしか出来ない手伝いだからね」

「何か一計がおありの様ですね」

「羽間さんか小鞠さんから提案して貰おうと思っている」

「生徒会ではなく、教師からのお願いにするという事ですね。そうなりますといよいよ、片桐の方に頼んだ方が自然ではないでしょうか」


 片桐にそのまま頼んだ方が楽だし、すぐに通るだろう。私達と片桐母の関係とかなしに、片桐家は学校運営に協力的だからだ。でも私は、今回に限って言えばそうはならないと思っている。


「片桐母が学校に入ってる。これ以上片桐家が学内で自由になれば、学校の規則に緩みが出るかもしれない。だから、秋敷さんの身内である九条から選ぶっていうのはどうかな」

「それだと、一緒…………いえ、そうですね。生徒と教師の違いですか」

「そうだね」


 多分この学校に入って、一番頭を使った考えだ。


「学生である片桐から片桐家に頼むのではなく、教師の秋敷さんから九条の咲に頼むっていうのだと、かなり違うと思うんだよね」

「仰るとおりです」


 学生の自立心を育む学院だ。片桐が家の力を振りかざすのは、学校の理念に反する。

 それに、片桐母ショックは大きかった。まだ興奮冷めやらぬ今、再び片桐家の手が入るといよいよ収拾がつかないだろう。


 その点、教師の秋敷さんなら問題ない。学校が困っている部活動問題に、仕方なく自分の知り合いを使うだけだ。素性を隠せば九条ともバレない。咲は私専属みたいな物だから、殆ど表に出て来ていない。


「咲さんを指名するのも、羽間さん達なら問題なさそうですね。ご友人ですから、推薦するのも容易でしょう」

「どうかな。いけそう?」

「多分、大丈夫です。後程羽間さんと計画しましょう。九条さんの仰った通りに説明すれば、他の教員も頷いてくれるでしょうから」


 頭を捻った甲斐があったというものだ。しばらく何も考え事をしたくないくらい。


「ありがとうございます。九条さん」

「良いよ。朝も言ったけど、私は今を続けたいんだ」


 片桐と、隠れながらも……こうやって話せる。愛葉が勉強や部活を頑張りながら、偶に眠っている姿を見せてくれて、いつかは――三人で昼食を摂ったり――。


「じゃ、部活の話に移ろう」

「はい。数日、私の所為でまともな練習が出来ていませんから、厳しくいきますね」

「……お手柔らかに、頼むよ」

「九条さん次第です」


 全く。いつもの片桐で安心したよ。はぁ……。




 昼休みが終わったので教室に戻ったが、あの場所に行き損ねてしまった。放課後、部活中に少し時間を取ろう。あの場所なら、もう少し自由に会えるはずだ。


(五限目は確か――体育か)


 この学院に限った話ではないのかもしれないが、体育は二クラス合同だ。そういった普通の学校の話も、愛葉となら話せそうだが、今は余談でしかないな。更衣室に向かうとしよう。


(私が最初か)


 まだ誰も来ていない更衣室で、服を脱いでいく。何度も思うが、この制服は面倒すぎる。お洒落な者や可愛い子達には人気の制服ではある。ある程度自由が許されているのも一因だろう。スカート丈やアクセサリー、刺繍、フード。ストッキング、タイツ、靴下丈。制服の体を保っているなら、何をしても咎められない。


 しかし、私が嫌う元凶であるワンピースは基礎だ。これを変える事を許されていない。校章はここに入っているのだから。


(少し愚痴が過ぎるな)


 と、誰か来たようだ。


「あっ……もう来てたんですね、桜さん」

(もうちょっと早く来てたら……って、流石に変態すぎっ)

「愛葉?」


 丁度上着を着る所だったから声しか分からないが、それだけでも分かる。


(今日は愛葉のクラスとだったのか)

(今日は屋内スポーツ、だっけ。漸く桜さんと同じ時間になったし、今日は頑張って出席しよう)


 体育は流石に欠席するかと思ったのだが、愛葉は出るようだ。昼前に眠っていたのは、体育に出席するためだろうか。


 個人的な考えではあるが、主要科目だけ出ていれば内申は問題ないと考えている。何しろこの学院において芸術やスポーツといったものは、趣味の延長という面が強いからだ。


(それでも、一緒に体を動かせるのは嬉しいらしい)


 少しだけやる気を見せている自分を自覚して、強くそう思う。


「私は先に」

「あ、あの、一緒に行きましょう!」

「分かった。じゃあ待ってるね」


 目に見えて喜んでいる愛葉を眺めながら待つ事にする。着替え始めたのだが、やはり少し細すぎると思う。


 全体のバランスは良く、手足も長いと感じる。そのまま成長を続ければ、片桐とはまた違った美人となるだろう。しかし愛葉の体型はかなり細い。年相応の骨格を見せている為、子供体型という訳ではないのだが。


(睡眠不足になりやすい体質と食の細さが原因だろうか。少し心配になるが、どちらも無理に変えるのは良くない物だ。現状維持が良いのかもしれない)

「え、えっと」

「ああ、すまない。少し見すぎだったね」


 集中していたからか、着替えを凝視する形になっていた。陶器の様な綺麗さや、急いで着替えている姿の愛らしさに頬が緩んでいたし、少し失礼がすぎた。


 正直言うと、心配よりも愛らしさ故に視線が動かせなかったのだが、正直に言えば良いという物でもないだろう。


「い、いえ! その、やっぱり痩せすぎ、ですよね」

「そうだね。でも、健康診断で問題は出ていないんだろう?」

「はい。一応、ですが……。栄養面は問題ないですけど、痩せ過ぎと書かれてはいました」


 体調に問題はなくとも、痩せ過ぎもまた判断基準の一つだ。私も診断書には、ギリギリといった内容が書かれていたと思う。あくまで、去年の健康診断の結果だが。


「無理に食事量を増やしても、不健康になるだけだ。無理に変えない方が良い」

「はい! 心配してもらえて、うれしい、ですっ」


 ああ、まだ上着を着ていないのにそんなに跳ねて――本当に愛葉は、可愛いなぁ。こんなに可愛い愛葉を他の者に見られるのは、少し嫌だな。そろそろ他の者もやってくるし、そろそろ向かおう。


「さ。最後の一枚を着て、行くとしようか」


 愛葉の喜びが少し強い気がする。こんなにも喜んでもらえて嬉しいし、本当はもう少しその姿を見たいと思っているが、何事にも時期というものがある。

 

 ロッカーの中の上着を手に取り、愛葉に着せる。


「はわっ!?」

「ごめんね」

「い、いえ!」


 少し吃驚させてしまったが、愛葉はそのまま私に身を委ねてくれた。

 子ども扱いっぽくて顔を顰められると思ったが、愛葉の表情にそういった色はない。問題なさそうなので、体育館に向かうとしよう。



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