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百合の花 ~赤い心と鈍い金~  作者: あんころもち
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学園の日常―登下校―



 翌日、学校は大騒ぎだった。何しろ片桐母が学校に来たという異常事態だ。いくら片桐家の女帝とはいえ、この学院に入る事などそうは出来ない。


「片桐様のお母様がお越しになっていたそうですわ」

「こんな事、初めてですわ……」

「まさか片桐様……ご卒業を……?」

「片桐様ならばすぐにでも働く事が出来るでしょうけれど……」


 相変わらず、想像力が逞しいお嬢様達だ。


 しかし学校に両親が来るというのは、不祥事があった場合と相場は決まっている。だけど片桐に限ってそれはない。だから片桐を卒業という形にして、すぐにでも片桐系列の一社を任せるという話に飛躍してもおかしくはない。


 本当に、想像力逞しいとは思うが。


「……」


 と、話題の人物が歩いている。


「片桐」

「っ……」

「……?」


 私の声に反応したはずだけど、無視して歩いていってしまった。


「片桐……?」


 その後姿は何処か……()()()に似ていると思った。


「桜さん、どうしたんですか?」

「……いや、何でもないよ。眠気は大丈夫かな?」

「昨日のお陰で、今日は大丈夫そうです! ですから、その……お昼、ご一緒に」

「ああ、そうだね。今日は大丈夫だと、思うけど」


 片桐……どうしたんだろう……。気になったものの、私から積極的に話しかける事は出来ない。また見守る事しか出来ないようだ。




 片桐母が学校に来るという事件が起きて二日が経った。二日経っても校内ではその噂で持ちきりだ。ここ数日で解った事は、愛葉は噂を好まないという事か。そんな愛葉でも、片桐母の登場は気になるようだった。


 愛葉には悪いと思う。出来るなら愛葉の興味を満たして上げたいと思うのだが……私の意識はそこにはなかった。何しろあの時から――片桐に避けられているからだ。


 片桐母が学校に来た翌日、私と片桐の会話は一度しかなかった。「ジェファーに乗って、暫く走ってください」これだけだ。その翌日は技術的な話になったので少しは話したが……私の他愛の無い話には付き合ってくれなかった。


 もしこれが、ただ単に私が嫌われただけならば、私はもう不登校になっていてもおかしくない。だけど片桐はどこか、無理をしていると感じた。


「……」

「片桐?」


 登校すると、片桐が私の下駄箱前で待っていた。流し目で私を見たように感じたが、すぐに視線を逸らされてしまう。そして片桐は、去って行っていった。


(何かの、サイン?)


 私達は特にサインを決めている訳ではない。でも片桐の目は、何かを訴えかけているようだったのだ。




 今日の一限は自由時間です。自由時間といえども、九条さんは教室で活動します。勉強に熱はありませんが、授業態度だけ見れば学院一真面目なのです。


 そんな彼女に、あんな目配せだけして、私は何をしたいのでしょう。何故私はここで……屋上で待つような事をしているのでしょう。自分で何をやっているのか、分かりません。


「……」


 私の所為で九条さんを振り回していると悔いたはずなのに……。


 あのような出来事があったというのに、冴条さんと正院さんは登校すらせずに沈黙しています。母も、秋敷氏も、何も言ってきません。


 本当なら……普段通りで良いのでしょうけど……。ここ数日、私が九条さんと話したのは……部活での会話のみです。本当はもっと……っ。いけません。私はもう、桜ちゃんを苦しめたくは……。


「はぁ……」

「おっと」

「っ!?」


 ため息を吐いて、戻ろうとしたら……少しアンニュイな雰囲気の彼女と、ぶつかりそうになりました――。




 馬屋や保健室、空き教室と回ったが、ここだったか。最初からこちらに来ていれば良かった。危うく、片桐が帰る所だ。


「元気がないね」

「……」

「とりあえず座ろう。今日も良い天気だ」


 相変わらず無言のままだけど、私の言葉には従ってくれるようだ。


「……」


 自信に満ち溢れ、背筋が曲がった所なんて数える程しか見た事がない。なのに今日の片桐は、膝を抱えて下を向いたまま、一向に動かない。


「ここに二人で座ったのは、何ヶ月ぶりかな」

「……昨日もお二人で、座っていたのではないですか?」


 漸く会話をしてくれたけれど、そっぽを向いてしまった。実際は何ヶ月も経っていないのかもしれないが、そう思ってしまうくらい久しく感じる。


「それは、愛葉とだから」

「……」


 片桐がまた俯いてしまう。


 片桐が最低限しか話してくれなかった間、昼はずっと愛葉と居た。それはそれで楽しんでいたのだが、やはり片桐の事が頭を離れなかった。


(さて、どうしたものかな。今の片桐と今後の事に付いて話して良い物だろうか)

「……その癖、治ってないんですね」

「癖?」

「前髪を弄る癖です」


 そんな癖があったのか。確かに今、前髪を弄ってしまっている。


「気付かなかった、という表情ですね」

「今初めて知ったよ」

「……何かを考えてる時、そうしてます」


 自分では良く分からないが、癖というのはそういう物だ。しかし何かを考えている時と言われても、思い浮かばない。


「目配せで思ったんだけど、サインとか用意した方が良いと思うんだ」


 せっかく片桐が話してくれたから、切り出そうと思う。


「アナログだけど、連絡手段は多い方が良いと思う」


 私達も年頃の女の子という事もあって、携帯やスマホくらい持っている。


 この学院は携帯の所持に関しての制限がある訳ではない。スマホは授業開始前に預ける事になっているが、ガラケーは持ったままで良い。だけど、私と片桐が電話やメールをやり取りした事はない。アドレス登録すら出来ていないのだ。通話履歴やメールの送受信の記録を見るくらい、片桐母ならば出来るから。

 

「最近は打ち合わせをする暇もなかったし、今のうちに決めておこう」

「……」


 余り乗り気ではないのか、片桐からの反応は悪い。


「私と貴女は、学友で、同じ部活ってだけ、です」


 なるほど。片桐は落ち込んでいるようだ。母親の一件を気にしているらしい。


「何があったのかな。学友に相談くらい、普通だと思うよ」

「……九条さんは、悪くないのです」

「ん?」

「私達がそんな、面倒な事をしなければいけないのは……私と、母の所為です……」


 面倒、か。確かに私は面倒が嫌いだ。極力関わりたくないし、やる気を見せる事もない。私の心はあの頃からずっと変わらず、凍っている。


 でも、変わらない事はまだある。


「はぁ。片桐。愛葉の時もそうだったが、君は少し勘違いをしてる」


 愛葉という名前が出る度に、片桐はちょっと不貞腐れるようにむくれる。少等部の時を思い出して笑いそうになってしまうが、真面目な話だ。我慢しよう。


「私は面倒くさがり屋だし、興味を出す事もやる気を出す事も極力しない。人との関わりなんて最小限で良いと思ってる。中等部に入ってからこの性格はよりキツくなってしまった」


 少等部の時は、まだマシだった。中等部に入って、片桐と会う機会を奪われ続けた時からか、私の性格はかなり変わったと思う。


 でも、片桐は一体何を見ていたのだろう。それとも、面倒事を起こしているのが自分と思ってしまっている事が関係しているのだろうか。


「私は片桐相手に面倒という気持ちを持った事は、無いはずだけど」

「……」

「それに、私の何かが問題で片桐母が嫌ってる訳だから。片桐は悪くない」

「違います……。私の所為なんです……」

 

 やけに頑なだ。片桐は、片桐母が何故私を嫌っているか知っているが、それを私に教えようとはしない。それはつまり、私に何か問題があるという事だ。もし片桐母だけの問題だったなら、隠さない。


「あの日の事を引き摺っているのかな」

「あの日だけでは、ありません……」

(ずっと、そうです。母の陰に怯え、常に一歩引く事しか出来ないのですから……その所為で九条さんと会うのにも、こんな苦労をしないといけませんし……理由がないと、会話すら……)


 秋敷さんと片桐母が、片桐に何か言ったのだろうか。やはりあの日の翌日……片桐の様子がおかしいと解った時に聞いておくべきだったのだろうか。でも、片桐はきっと、答えなかっただろう。


 数日時間が空いたから、話す余裕が生まれたと、私は思っている。いや――余裕ではないな。耐えられなかったのかもしれない。


「学院の中でなら、少しは無茶出来ると、思ってましたのに……」


 遂に片桐母が学院内に入ってくるようになった。何処に監視の目があるか判らない状況だ。この場所なら問題ないはずだが、愛葉が何故か私達の仲を知っていた。愛葉が特別人の機微に敏感という事もあるかもしれないが、察せられる時点で片桐母にバレる可能性がある。


 あの人は、片桐の母だ。私さえ居なければ、片桐が唯一尊敬し、目標とする方なのだから。


 片桐が私をじっと見ている。その目は思い出す限りでは一度しか見た事がない。あの時だ。私と友人関係を続けると告げ、髪留めをくれた時の――覚悟の視線。


「まさか、距離を置こうとしてるのかな?」

「……」


 図星らしい。実際、そうしようとしていたのだろう。


 片桐の発想は、偶に分からない時がある。しかし、一から順番に、ゆっくり確かめていくと、その結果に行きつく事がある。きっと私が一から順に確かめる必要が在る事を、片桐はすっ飛ばせるのだ。


 今回もどういう思考でそうなったかは分からないが、片桐は私と離れようとしているらしい。


「君が本当に望んでいるのなら、仕方ないのだろう」

「っ……そうです。本当に――」

「今日の君は良く表情に出る。今片桐母が見たらすぐにバレるね」

「ですから、今日限りで……」

「寮側に面白い場所を見つけたんだ。増築の際に抜け落ちたのだろうけど、案内板に無い部屋」

「え――?」


 片桐でも分からない事があるのかと、私は遂に笑いを堪えきれなくなってしまった。


「君の所為で面倒になってる、だっけ」

「……はい、そうです」

「面倒は嫌いだけど、私は君が好きだ」

「――――えっ?」


 片桐がフリーズしてしまったように固まった。どうしたのだろうか。私が君を好きなのは、君も知っているはずなのだけど……。好きでもない人間の為に、私は私の時間も労力も使わない。


「何を抱え込んでいるかは、私には汲み取れない。ごめん。だけど、私は君との時間を作る為なら頑張るさ」


 取り巻きが居なくなった事で、片桐の個人としての自由が増えた。だったら私の方で調整してでも、時間を作りたいと思う。


「また学校が楽しいって思えてきた所なんだ。試練があった方が燃えるとも言うし、この状況も楽しんでみたらどうかな?」


 誰の所為とかはない。片桐母は私を嫌い、秋敷さんは謎の行動を取っている。それだけだ。私達が関係を変える必要はない。


 立ち上がり、片桐の頭を適当に撫でてから私は屋上を後にする。


「昼、部室で待ってるよ」

「ぁ――」


 一足先に戻って、私は勉強をしないといけない。休んでしまった化学の授業分を頑張らないといけない。留年なんてごめんだからね。




 私のお願いが分かったはずなのに……九条さんは、自分の言いたい事だけ言って、戻って行ってしまいました。


 私が本気で、九条さんと離れようと思っているのなら……私から避ければ良いだけ、なのです。なのに……。


「っ……ぅ……」


 私はまた、泣いてしまいました。


 九条さんの好きと私の好きは違います。ですが、それでも……変わらず私の友人で居たいと、言ってくれたのです。私が居ないと、学校を楽しめないと……。


 愛葉さんの事もあって、楽しめるようになったという事実は変わらないのでしょう。でも、そこに私も、居ないと……。


「桜ちゃん、あんなに強引だったかな……」


 そういえば、私が少し落ち込んでいる時程……強引だった気が、しますね。あれは、いつだったでしょう――――そう、確か……少等部五年の時……。



ブクマ評価ありがとうございます!

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