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百合の花 ~赤い心と鈍い金~  作者: あんころもち
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学園の日常―部活動―⑥



 母の眉間に皺が寄せられ、何故か秋敷氏が狼狽しているように見えます。冴条さんと正院さんは、俯いていて良く解りません。


 何にしても……反応を示さなくては、九条さんが入ってきてしまいます。


「九条さん。今は接客中です。後程お願い出来ますか」

「――分かった。乗馬場に居るよ」


 伝わったかは、分かりません。しかし離れてはくれました。何故ここに……。


(ここは、保健室の近くでしたね……)


 私がここに入った後、秋敷氏が入って行ったから、気になって声をかけたのでしょうか。九条さんならありえそうですが……この予想が正しいのなら、九条さんは保健室にずっと居た事になります、ね。授業に出なかったのでしょうか。まさか愛葉さんも……?


「愛衣」

「何でしょう。お母様」

「入って来て貰って良かったのよ? 当事者ですもの」

「お戯れはそこまでにして下さい。お母様。過度な接触を避けるようにと言ったのはお母様ではありませんか」


 お母様の気持ちも、秋敷氏との関係も、冴条さんと正院さんの謝罪も、私にとっては些細な事なのです。私にとって問題なのは、ここに居る方達全員が、九条さんにとって都合の悪い方達ばかりという事です。


 もし本当に、ここに入れても良いとなっても、入れません。九条さんが苦しむ事は確実なのです。そんな場所に呼ぶ何て、以ての外です。


「謝罪の件は保留という事にさせて下さい。昨日の今日ですし、あのような発言を耳にした後では、お二人を信用出来ません」


 私が九条さんの友人である事とは関係なく、他者の家族関係や、踏み込んではいけない領域にズカズカと踏み込む神経は理解出来ません。


「子供の交友関係等、お母様にとっては問題ないはずでしょう」

「ええ、そうね。冴条さんと正院さんとは、今後もお付き合いします。ですが、愛衣。貴女の代になった時はどうするのですか?」


 二人が悪くないという前提で話しているように聞こえますが、その通りなのでしょうね。二人は本当の事を言っただけで、私が癇癪を起こしたという事にしたいのでしょう。私に大人になれと、お母様は言っているのです。


「片桐の長になるのなら、付き合う相手は選びなさい。いつも言っているでしょう」


 片桐という大きい会社を継ぐには、人脈は確かに必要でしょう。冴条さんと正院さんとの仲は確かに必要となります。


「……失礼します」


 だからといって……九条さんと縁を切るなんて、嫌です。


 こんな簡単な反論すら、私は口にする事が出来ません。この発言は、私と九条さんが友人だと認めるようなものだからです。


 良くて学友。同じ部活の問題児に対し、生徒会長の私が対応している。それだけの仲だから、母は何も言ってこないのです。もし、その一線を越えたと判断されたなら、問答無用で私と九条さんは離されます。


 今日はその確認が主目的なのです。冴条さんと正院さんが一生私に赦されないとしても、母は気にしません。私と九条さんが友人。それが母にとって、一番赦せない事なのです……。それ以外の事は雑事であり、いくらでも解決出来るのですから。


 


 空き教室に行った時の片桐の反応からして、私は判断を間違えたらしい。片桐が入ったはずの教室に秋敷さんが入ったものだから、気になって向かったのが良くなかった。


 特に何かしたかった訳ではない。ただ、何と言えば良いのだろうか。片桐と秋敷さんが近づくのは嫌? 違うな。分からない。とりあえず苛立った。


「ヒヒン」

「ああ、ごめんよ。引っ掻いてしまったかな」


 ジェファーのブラッシングをしているが、力んでしまったようだ。ジェファーが頭で私を小突いてきた。


(やはり親族が絡むと、私は駄目だな。極力考えないようにしているが、考えるなというのが無理というものだ)

「九条さん」


 ジェファーが歩き出し、声の主に甘えるように頭を寄せている。


「話は?」

「終わりました」


 終わった、という風には見えない。片桐は明らかに怒っているし、その怒りをどうにも出来ない物として諦めてすらいる。


「どう――」


 片桐に近づこうとした私の視界に、秋敷さんが入った。夕陽で少し赤らんできた世界に、漆黒の闇の如く佇んでいる。それだけなら、私は片桐に近づいただろう。しかしその漆黒の隣から、眩い太陽が再び昇ってしまっては止まらざるを得ない。


(片桐……愛香。片桐の母)


 愛衣と同じく、太陽の様な金髪、瞳も金。愛衣が陽だまりの如き温かさを携えているとしたら、片桐母は――灼熱だ。近づくと焼き尽くされる。


(何で学院の中に――いや、今はそんな考えを出す時じゃない)


 兎に角、片桐との距離を開けなくてはいけない。


「何か用事があったようですが」

「ああ……」


 ただの学友。その距離は難しい。親しいと思われた時点でアウトの可能性すらある。心配だから見に行った、は許される? いや、無理そうだ。


「練習を一向に始めないから、休みなら帰ろうかと思って」

「……」


 不良から娘を引き離そうとするかもしれないが、どうせ私が完璧な真面目人間でも片桐母は引き離す。だったら仲が良くないと見せる為に、離れる選択を取った方が手っ取り早い。


「駄――」

「桜さん!」


 愛葉が、裏手から走ってやって来た。どうやら起きたらしい。ちょっと寝癖がついている所も可愛らしいが、ウサギの様に跳ねてるように走り寄って来る姿は見る者の頬を綻ばせるだろう。


「あ、えっと、まだ部活中、ですか?」

「いや、今日はもう良さそうだから」

「……お好きにどうぞ」


 片桐がジェファーを引っ張って牧舎に戻って行った。ジェファーが少し私の方を見ていたが、そっぽを向くように視線を逸らされてしまった。何故か、ジェファーを怒らせてしまったようだ。


「お邪魔、でしたか?」

「いや。行こうか」


 愛葉を連れて、一度校舎に戻る。私は着替えなければいけないから。


 チラッと片桐母の方を見たが、私と片桐が離れたのを確認したからか、いつの間にか何処かに行っていた。こんな事なら、少しでも片桐と乗馬を……したかったな。




「……」

「ブルル」


 ジェファーが、鈍感さんの所為で怒ってしまっています。母との事がありますから、あの選択が正しい事は理解出来ています。どう頑張っても、私は綻ぶ頬を隠せるとは思えませんし、九条さんは九条さんで、偶に失敗しますから。


 元々腰を痛めた九条さんの為に、今日は座学とストレッチだけにしようと思っていたのです。だから、愛葉さんが来て、愛葉さんとの約束を取るのも、策の一つと……。


「……?」

 

 ジェファーが撫でて欲しいのか、私の顔に頭を寄せていました。私と同い年ですが、馬の年齢で言えば妙齢です。なのに今日は、甘えん坊ですね。


「……」

「ヒヒン」

 

 どうして、でしょうね。私は普通に接したいだけですのに……。


 愛葉さんと歩いていく、九条さんの背中……。ああやって、誰の視線も気にせずに、共に歩けたら……。愛葉さんみたいに、笑顔で駆け寄って、手を取って……飾らない笑顔で、歩けたら……。


「どうして……」


 普通の事すら、許されないのでしょう。


 お母様の都合で、私達は普通が出来ません。愛葉さんという、普通の友人が出来てしまったら……九条さんの心が、離れるかもしれません、ね。だって私の都合で、九条さんを振り回して、るんですから……。

 

「あ……」


 そう、考えたからでしょうか。私はやっと自分が……泣いていたのだと、気付きました――。




 片桐母と秋敷さんが一緒に居た。あの時、片桐と一緒に居たのは秋敷さんと片桐母だったのか。何故あの二人が、一緒に? 


(考えても、仕方ないか。極力秋敷さんに近づかない。この方針は変わらない)


 明日、片桐と話をしよう。秋敷さんに対しての対応とか、片桐母が介入した時の対応とか、話さないといけない。今日みたいな事になった時、離れるしか方法がないというのは辛すぎる。


 着替えを終え、手早く帰る準備を進める。


「そういえば、寮の方に行くのは初めてかもしれない」

「入学してからずっと、自宅からなんですか?」

「そうだね。寮に入りたいって言っても、聞いて貰えなかったから」


 今となっては、自宅に帰れるのは良かったと思うべきだろう。寮に入っていた間に咲が居なくなっていたらショックだったはずだ。咲は有能だからクビになんてならないだろうけど、あの両親の考えは分からない。


「あ、あの。ちょっと散歩しませんか!」

「大丈夫かな。まだ眠かったりしない?」

「今は大丈夫です!」


 昼寝をする前に比べて、確かに元気が良さそうだ。少し歩いて、夜眠れるように体を動かした方が良いだろう。


「そうだね。案内頼めるかな?」

「はい!」


 秋敷さんや、急に活発になった片桐母は気になるが……私は片桐と友人のままで居たい。その為なら、面倒なんて無いのだ。


 寮側は盲点だった。普段行かないからこそ、隠れ家的な場所が見つかるかもしれない。

 

 私には勿体無さ過ぎる友人が、その関係を維持する為に一生懸命になってくれている。私も頑張って、片桐と友人で居られる様に頑張るとしよう。



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