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百合の花 ~赤い心と鈍い金~  作者: あんころもち
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学園の日常―部活動―③



「……」

「片桐様、どうなさったのかしら……」

「先程校門で問題が起きたとお聞きしましたわ。きっとそれが関係しているものと……」

(九条さん。大丈夫なのでしょうか。秋敷楓さん、と言ったかしら。あの人と因縁のような物があったように感じましたが……)


 着いて行った方が良かったでしょうか。しかし、相手は九条雄吉氏の従姉妹……。九条家から母へ、苦情が行く可能性を捨てきれません。九条家への過干渉は現状を破壊してしまうのですから、慎重に行動しないと――。


「愛葉さん。また九条さんと歩いていましたわ」

「仲がよろしいのかしら?」


 思考に耽っていると、今教室に戻って来た方達が聞き捨てならない事を話しておりました。


「ごめんなさい。今の話、少し聞かせて頂けませんか?」

「片桐様!? ご、ご機嫌麗しゅうございます!」

「片桐様にお声を掛けて頂けるなんて、光栄ですわ!」

「えぇ、御機嫌よう。それで――九条さんが愛葉さんと歩いていたという話ですけれど」


 聞けば、教室には向かわずに一階へと向かっていたとの事。九条さんは恐らく保健室へ向かったのでしょう。秋敷氏は九条さんが保健室に向かうのも構わずに呼び出したのですから。ですが、愛葉さんが何故……。


「あのままではその、授業を欠席する事になりますわ」

「ええ、そうですわね」

 

 九条さんは不良と思われていますが、授業を欠席した事はありません。今回は遅刻となるでしょうが……しかし、愛葉さんと一緒……? 何故、二人で……しかも、秋敷氏との面談後すぐなんて……。


(愛葉さんなら、もしかして……九条さんから何か聞かされているんじゃ――)

「授業を始めます。席について下さい」


 出来る事なら向かいたかったのですが、授業に出る事の意味を説いた私が真っ先に欠席するなどあってはありません。


 しかし……。


「授業の前に、皆さんにお伝えする事があります。本日より特別英語講師として、秋敷楓さんが就任いたしました。授業には参加しませんが、職員室隣の空き教室で希望者だけに教えるそうなので、興味がある子は行ってみてください」

「秋敷……?」

「まさかあの?」

(特別、講師……?)


 あの方が、ですか。九条さんの態度を見るに、極力会いたくないようでした。希望者だけならば、九条さんは気にしないでしょう。


(九条の血縁というだけで決め付けるのは、私の信条に反しますが…………私も参加は、しないでしょう)


 九条さんと因縁があるという事は、愛菜さんとも交流があるのでしょう。そうなれば――――。頭を振って、下衆な発想を捨て切ります。

 

「それでは、片桐さん」

「はい。起立、礼」


 授業に集中しましょう。一日でも早く片桐の上に立つのが、私の目標なのですから。お母様にも、お父様にも、口出しされない地位を手に入れる。()()()からずっと、私の目標は変わっていません。




 保健室には、誰も居ない様だ。


「あの、桜さん」

「うん?」

「良い、んでしょうか」


 ああ、片桐の事かな。


「私から言っておくよ。理由としては弱いかもしれないが、体調を崩してからだと遅いからね」


 授業にはしっかり出るべきだが、成績が下がるくらいなら息抜きも必要だ。今日くらいは大丈夫だろう。


「何時もの場所の方が良かったかな」

「ここでも、大丈夫です」

「病気、って訳じゃないよね?」


 あくまで私の話だが、決まった時間に決まった分しか寝られない。


「えっと、病気という訳ではないんですけど……いくら寝ても、寝たりないんです。昔から」

 

 一種の睡眠障害なのかと思ったが、病気ではないと断言出来る以上診察は受けたのだろう。体質的に、いくらでも寝られる子という事か。


「病気じゃないなら良いんだ。自分から言っておいてなんだが、寝たい時は寝た方が良い。あの場所でも良いし」


 片桐と私が言った事だけに、こちらから訂正するのは気が引けたが、愛葉の隈を見ると無理をさせていたのだと思う。


「ありがとう、ございます。桜さん」


 素直な良い子だ。


 先生が居ないからなのか、愛葉は寝ようとはしない。今の時間帯居ないのは、昼食を取っているからだろうか。どちらにしろ、三十分は空く。

 

 とりあえず、私も用事を終わらせよう。確か湿布は、この棚――。


「うん?」


 眉間に皺が寄ってしまう。貼るタイプではなく、塗るタイプしかないのだ。そういえば、保険医の軽伊さんは慢性的な腰痛持ちだったはず。ちょうど在庫が切れていたようだ。


「桜さん?」

「ん、ああ。問題ないよ」


 貼るタイプの物より、匂いはキツくないはずだ。別に気にしないが。


 服を脱いでいく。乗馬の練習中で、体操着のまま秋敷さんに呼ばれた()()で脱ぎやすい。


 この学校の制服はぱっと見ブレザーに見えるが、一番最初に着なければいけないのはワンピースだ。その上に色々と重ねていく事になる。つまり、全部脱がなければ腰には塗布出来ない。


(その点体操着なら上着だけでいい)


 別に脱ぐ事自体に問題はない。ただ、何度も着替えるのは面倒と思っただけだ。


 いつも思っている事だ。あの制服は私には可愛過ぎる。片桐や愛葉ならば問題ないだろうが、私が着ると仮装のような滑稽さが出てしまう。出来るならずっと、ジャージで居たい。楽だしね。


 服が脱げたので塗ろうと思ったのだが……良く見るとこれは、痒み止めだ。何でこの棚にあったのだろうか。


(ああ、そういえば軽伊さんは)


 ズボラ、だったな。ジャージでずっと過ごしたいと考えている私にだけは、言われたくないだろうが。




(こんな状態で寝るなんて無理!)


 痒み止めに用事が有る訳じゃなかったのか、桜さんが……下着姿のまま、再び探索を始めて……。

 

 桜さんが自身の容姿を気にしているのは、何となく分かる。黒が混ざってる黄色い髪。視線は鋭く、睨んでいると勘違いされるくらい。三白眼気味だから、余計に。


 でも、実際は――格好良い。


 確かに金というより黄色だし、黒が混ざっているから染めているように見える。でもさらさらだし、黒い部分だって根元だけじゃないから、染めてるというよりはアクセントになってる。


 鋭い目と三白眼も、睨んでるようって言われるとそう。だけどその鋭さだって、ネコ目みたいな鋭さだし、三白眼になってるけど瞳は大きい……。


 モデルみたいなスタイルだし、アンニュイな雰囲気も相まって、凄く、美人。


 だからそんな美人で、同性から見てもドキドキせざるを得ないスタイルな桜さんが目の前で……あんな姿を晒しているのが、なんていうか……。


「はわ……」


 いけない。こんな俗な事を考えては。ただでさえ私達推薦組は、この学校で浮いているのに。でも――桜さん、綺麗だなぁ――。


「愛葉?」

「はい!?」


 まさか声を掛けられるとは思っていなかったから、声が裏返ってしまう。声を掛けられるだけでなく、桜さんは何故か私の方に歩いてくる。


「眠れない?」

「いえ、その……」


 眠れないのは、否定出来ない。


 桜さんが、香りを感じられるくらいまで近くにやって来た。私の顔を覗きこむように屈むものだから、その豊満な胸が眼前に広がってる。


 珍しいものではない。自分には残念ながら無いが、見たからといって特別な感情が浮ぶはずはない。そのはずなのに……桜さんの、と付くだけで、自分の心臓が跳ねるのが分かる。


「桜さんは、どうして……保健室に?」

「ああ、言ってなかったね。少し腰を痛めてね。湿布でもと思って来たんだけど」


 それで棚を探してたんだ。


「私も探します」

「無いなら無いでも――いや、頼もうかな。練習に支障があると困るから」


 練習……片桐様が付きっ切りでって話だったっけ……。こんな事なら、馬術部に……って、あの時は桜さんの事、噂通りの人って思ってたんだっけ……。


(どんな、関係なんだろ)


 特別仲が良いのは知ってる。そして片桐様が桜さんに、私と同じ感情を持ってる事も、分かる。じゃあ、桜さんは……どうなんだろう。


 片桐様と同じくらい、気にかけて貰えているとは、思ってる。自意識過剰でなければ、桜さんの特別になれる可能性はある。何で桜さんが私に興味を持ってくれたのかは、分からないけど……。


 片桐様と桜さんの関係。桜さんが持った私への興味。これが分かったら今よりもっと、仲良くなれる、はず。


「これかな」

「そうみたいです、ね……何で風邪薬も中に入ってるんでしょう」

「大体予想は出来るが、軽伊さんの名誉の為に黙っておくよ」


 殆ど答えてしまっている桜さんに、思わず笑ってしまいそうになる。


 推薦組の私達と違って、エスカレーター式の方達は先生と知り合いの場合が多い。


 特に片桐様と桜さんは特殊な環境下に居るだけに、先生からの注目度も段違いだ。学年に関係ない保険医や、担当クラスの多い美術、音楽教師等は二人と知り合いである可能性は高い。


「えっと、軟膏でしょうか」


 湿布やスティックタイプではなく、手にとって塗らなければいけないらしい。


「珍しいですね」

「軽伊さんは、腰痛持ちだからね」


 桜さんが、他の医療品も見ていっている。そして間違った棚に入っている物を手馴れた様子で直していった。もしかしたら、暇があったらやってあげているのかもしれない。


 直し終えたらメモ用紙に、書置きを認めていた。その間も、桜さんは上半身下着姿のままで……。


「……」

「これで良いかな。さて、と」


 桜さんが軟膏を手に取ろうとしている。腰を痛めたらしいから、自分で塗るのは辛いのではないのか、と思ってしまう。


「あ、あの」

「うん?」

「私が、しましょうか?」


 言った後に、そこまで酷い物だったら立ったまま十分以上も作業をしないと、思い至る。

 

「ありがとう、愛葉。それじゃ、ちょっと、お願いしようかな」


 思い至ったけど、桜さんがにこりと微笑んでくれたから、私は少し震える手で軟膏を受け取った。



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