学園の日常―部活動―
昼食を手早く済ませ、ジェファーの手入れをする。とはいえ、何をするでもない。ブラッシングと蹄の確認、食事くらいだろうか。
「今日も機嫌が良いようです」
「君が笑顔だからじゃないかな」
「九条さんの表情が柔らかいからでしょう」
ジェファーは片桐の馬だ。だから片桐の表情が関係していると思ったのだが、片桐は違うと言う。ジェファーに何故か気に入られている私だが、機嫌を左右させる程気に入られているとは思わないのだが。
「さぁ、乗ってください」
「あぁ、よろしく頼むよ。ジェファー」
「ヒヒン」
どこまでも優雅な馬だ。何をするか分かっているようで、私が乗りやすいようにしてくれている。
「会長!」
「ヒヒン」
「おっと」
急に大声をかけられたからだろう。私の意思に反してそちらを向いてしまった。呼ばれたのが片桐だからだろう。
「急に大声を出しては駄目ですよ。それで?」
「はい……。守衛の方から伝言を……」
「私個人に?」
「い、いえ。急ぎの対応が必要なのですが、まずは会長にと……」
「良いわ。話して下さる?」
普通は教員に話すべき案件なのだろう。しかし、事によっては教員より片桐の方が頼りになる。色々な柵に囚われている大人より、柔軟な行動というものがあるから。
「十数名の男達が、押し寄せていて……」
「またですか?」
「今度は、別の方が……」
「貴方は教員に伝えて下さい。私は話を訊きに行きます。時間を稼ぎますから、警察もお願いします」
「は、はい!」
伝言役の子が走り去る。どうやら、結構な事件だ。何度か学校に襲撃があった事がある。お金持ちや権力者の子やらが在籍する格式高い女学校という事もあって、下劣な男達がやってくる事があるのだ。
休養日に知り合ったこちらの生徒と話をさせろとか、肩がぶつかって怪我したから当事者を呼べとかだ。理由は様々だが、男の欲望をぶつけられる子達は多い。
「片桐」
「貴女はここに居て下さい。見た目で不良と間違われる貴女が行っては、事が荒立ちます」
「確かに」
私は肩を竦める。
前の襲撃の時も片桐が呼ばれて、気になったからそれとなく近づいたのだが――見事に場が荒立ってしまった。まぁ、私の挑発的な態度が気に入らなかったのだろう。
「ジェファー」
片桐に呼ばれたジェファーが顔を寄せる。そして頷くような動作をしたと思ったら、私を背に乗せたまま走りだした。
「そのまま練習していてください」
「無理やりだね」
片桐が離れていく。
仕方ない。教員が警察を呼ぶ手筈になっているのだ。大事にはならないだろう。でもね。ジェファー。
「君はそれで良いのかい?」
「……ブルル」
ジェファーは、嘶くだけだった。
(はぁ……)
せっかく、九条さんと一緒に居られるというのに……。
門の向こうには、十数名の男達が居ました。今回はどういった事件でしょう。外出届と報告書には目を通していますが、こんな騒ぎになりそうなものはありませんでした。
「何の騒ぎですか」
「か、片桐様……。申し訳ございません。私共では対処が……」
いつもは門の外に居る守衛も、今回ばかりは内側に避難しています。この数と怒声は、恐怖感を煽るには十分というものでしょう。
「何の用でしょう」
「こっち出て話せや!! それがセーイってもんだろ!!」
後ろから口笛や下劣な野次が飛んできています。外に出れば、何をされるか分かりませんね。
「何と言っていたのですか?」
「何でも、溜り場にしていたカフェが、急に出入り禁止になったとかで……」
溜り場のカフェと出入り禁止ですか。確か、囲碁部と将棋部が使うとかで、客層を整理したそうですが。
(こんな人達が居る場所では生徒を入れることが出来ません。お店側の判断なのでしょうけど、学校側も学校側ですね)
そういった場合は別のカフェなり公民館を押さえるようにするのが一番でしょうに。学校からの申し出を、この人達を出入り禁止にしたかったカフェ側が利用したのでしょう。そして受け入れを許可したといったところですか。
ですが、この人たちがそれをどうやって知ったのか。それの方が問題です。口の軽い方が多いようです。
「これでは、囲碁部と将棋部の件は白紙にせざるを得ませんね。学校の警備と門の強化も必要です。外出時のマニュアルと、罰則の制定も急がないと……」
「何をごちゃごちゃと!」
「貴方達。学校はどうしたのですか」
見れば同世代といったところです。こんな所でふらふらしている場合ではないでしょう。
「俺等がベンキョーなんてダセェ事するわけねぇだろ!」
「勉学は私達子供の義務であり、将来への投資です。ここでの努力一つで、人生が大きく変わるのですよ」
「ウッセェ! セッキョーしてんじゃねぇよ!!」
とにかく、警察が来てくれるまで門の前に居てもらいませんと。
(教員達、遅いですね。代わって欲しいのですが)
「これ登れんじゃね?」
「な――!? お止めなさい!」
いつかそんな輩が出るとは思っていましたが、人で櫓を作ってまで登ってきたのは初めてです。
「入れそうだ!」
「早く門開けろ!」
集団になると本当に、こういった輩は自我が大きくなりますね。同じとは思いたくありませんが、正院さん達もそうだったのでしょう。
「急ぎロックを」
「は、はい!」
この学校の門が、手動やボタン一つで開閉出来ると思わない事です。
「余計な事すんな!」
「――!」
逆上した男の手が、私に伸びて――。
「おっと。ジェファー、ここはコースから外れているよ」
「ヒヒン」
「私の所為かな?」
私の前に、毛並みの良い白が現れて――?
「片桐。ジェファーが言う事を聞いてくれないんだ」
「え? あ、貴女の言う事は聞く……」
九条さんとジェファーが、急にロデオを始めました。私を巻き込まないように下がったからから、侵入してきた男の方に近づいていっています。
「な、なんだテメ――この馬……!」
「危ないよ。馬の蹴りは鉄板すら凹ませるんだ」
「会長! お連れ、って九条様!?」
更にジェファーは、見せ付けるように門を蹴りつけたのです。門は当然揺れ、門を支えにして櫓を作っていた男達が崩れていきました。
教員がやってきて、サイレンも聞こえます。漸く、騒ぎも収まりそうです。別の騒ぎに、なってしまいましたが……。
「ジェファー。片桐はもう大丈夫だよ」
「ヒヒン」
片桐の傍まで戻っていったジェファーが、私を下ろす。少し負担になってしまっただろう。私はロデオなんてした事がない。腰も少し痛む。それと同様に、ジェファーにも負担がいっている。後で、ケアをした方が良い。
「ありがとう。ジェファー」
いつものように片桐が撫でると、ジェファーが顔をもっと寄せていった。
「いつもより、甘えん坊ね」
「心配していたこの子を置いて行くからだよ」
全く。最初からジェファーは片桐を心配していた。しかし片桐の命令を遵守しようとしたのだ。でも、あの時乗っていたのは私だ。そして走るように言われていた。頭の良いジェファーなら、私の言いたい意味はすぐに分かっただろう。
「九条さんも、ありがとうございます」
「私は乗ってただけだから。まぁ……無事で何よりだよ」
「白馬の王子様みたいでしたよ」
「ふふ……体操着の皇子様じゃ、格好がつかないよ」
私には過ぎた褒め言葉というものだ。何より乗ってただけ。
「片桐さん。大丈夫ですか?」
「はい。九条さんとジェファーが助けてくれましたから」
「そう……。警察からの聴取があるそうですから、ご一緒してもらえる? 九条さんも」
「はい」
先生方も、片桐に頼りすぎだ。こういった時は率先して大人が立って欲しいと思っている。
「先にジェファーを」
「えぇ。でも、急ぎでお願いね」
「はい。九条さんもお願いします」
「片桐に同行して良いですか。先生」
「えぇ。先に田所さんに話を聞くそうだから」
田所とは守衛の事だ。生真面目で誠実。守衛としての信頼も厚いのだが、荒事には向かない性格。複数人の不良を前にしてしまっては、逃げる以外の選択肢を持たなかっただろう。責めないでいてくれる事を願おう。
ジェファーを馬小屋に戻す。硬いアスファルトでの無理なロデオ。足を痛めていなければ良いのだが。
「ちゃんと、診て貰います」
「すまない。無茶をさせてしまった」
「いえ。私の、為ですから」
「あぁ。無事で良かったよ。でも今度から、最初から教員に任せる事だ。いくら門があっても、君が片桐のご令嬢でも、あの手の人間には関係ない」
昔から冷や冷やしていたんだ。助けに入るような事態になったのは初めてだが、何度か様子を見に行った。その度により加熱していった男達を見て、行かない方が良いと悟ったが。
「君に何かあったら悲しい。私もジェファーもね」
「……ありがとう、ございます」
(私の為に、してくれたんですよね……。愛葉さんだけでなく、私にも……)
「戻ろう。私は少し、時間がかかるだろうからね」
凶器ではないが、ジェファーでは過剰防衛だろう。状況が状況だったが、時間を取られそうだ。
「しっかり、私が説明します」
「そう? ありがとう。助かるよ」
私も何だかんだで、片桐に頼りっきりだな。私は片桐に何か恩返しが出来るだろうか。いつかしっかりと返したいが。
(そういえば――)
愛葉と言い争い? をしていた時に片桐が何かに驚いて、肩を落としていた理由を聞いていないな。
頼りにされていて、色々な事柄を任される子だ。それらの出来事に対して片桐は完璧に対応していった。先生達も頼りにする程の完璧な生徒会長。だからといって――片桐に悩みがない訳ではないのだ。
何か悩みがあったのかもしれない。私が聞いたところで解決出来る物なのかは分からないが――大きい事件の後だし、また今度にしよう。




