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百合の花 ~赤い心と鈍い金~  作者: あんころもち
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あの子がくれた赤い物


短編から連載へと移行した物です。


不定期です。


ごたごたしてしまい申し訳ございません!



 女性だけが所属する事を許された女学校、”サンマルテ女学院”。この学校には二種類の人間が居る。


 エスカレーター式に上がって来る者と――推薦を受けた者達、通称『推薦組』だ。


 推薦組は()()()から選ばれる。本人の成績と日頃の行いはもちろんの事――家族の犯罪歴や人格といった物まで含め、全ての要素を徹底的に調べ上げた上で、サンマルテ女学院側からの声掛けでのみ推薦が与えられる。


 他の学校のように、推薦を希望したからといってサンマルテ女学院の推薦を受けられる訳ではない。そういう意味では選ばれし者達だ。


 エスカレーター式に上がって来る者は、ある幼稚園に入った者達の事を指す。ある幼稚園とはサンマルテ系列の物であり、そこに入れる者は国の未来を背負っていると言われている。所謂、お嬢様達だ。


 一度幼稚園に入ってしまえば、基本的には全員が大学卒業まで所属出来る。希望すればサンマルテ以外に入る事も出来るけど、蹴る理由がない。サンマルテ女学院卒というだけで箔が付く。

 

 推薦を受けて入って来た者達は優秀だ。学力だけを見れば在学生達よりも上だろう。しかし――お嬢様達にとって『推薦組』とは、生まれも育ちも違う存在なのだ。


 エスカレーター組も推薦組も含め、優秀な人間が集まっている。それでも両者の間には壁があるようだ。


 同じ学院の生徒だというのに、推薦組だからと下に見るお嬢様は多い。ハッキリ言ってしまうと――推薦組を差別する人間が一定数居るという事だ。


(下らない自尊心だなぁ)


 と、()は思っているが。


 私はここに、エスカレーター式に上がってきた生徒だ。つまり、この国を背負う者の一人という事になる。言ってしまえばご令嬢、といった所だ。


 九条(くじょう) (さくら)。それが私の名前。九条家の一人娘としてこの世に生を受けて十六年。私は毎日を退屈に過ごしていた。


 鈍い金色の髪が、私の印象を決めている。面倒くさがり屋な性格と相まって、不良のレッテルを貼られてしまっていた。


 私の髪は黒と金が入り混じった生え方をする。黒と金、それが私本来の髪色で間違いないのだが――どうみても染めたように見えるだろう。不良と呼ばれるのは髪の所為でもあるのだろうけど、態度の悪さが一番の原因だ。


 何がある訳でもない。ただただ、私がやる気を出す事はない。やる気を出す意味を、今の私は見出せない。


 何故なら――父が私を見る事はない。あの人は私の顔すら覚えていないだろう。


 普通の家庭ならば、親は子の将来に夢を抱くものだ。しかしあの父は、「日ごろの行いで証明しろ」と言うばかり。母も社交パーティに現を抜かしていて、顔を合わせる事はない。最後に会ったのは十年以上前だろう。


 両親は私に興味がないのだ。具体的なお願いをされた事はない。興味がないから私に何も求めないのだろう。日頃の行いで証明しろとは、頑張れば自分の娘と認めてやるという意味でしかない。

 

 とはいえ、期待しての言葉ではないのだ。私の成績が伸び悩み、低迷したところで何も言ってこない。私が学校でどんな評価を受けているか。生活をしているか。それすら知らないのだろう。


 だから、頑張る意味がない。正直生きる意味すら見出せずにいる。ある時期からそれは、加速していった。


 そんな私が今、気になっているものが一つだけある。退屈な授業をしている教室から見える中庭のベンチ。そこで毎日の様に眠っている――ネムリヒメの観察だ。


 体は小さい。私の隣に並んだ場合、胸の位置に頭が来るかどうかだろう。中等部の子だろうか。風に揺れる、漆黒と言える程に重い髪。その隙間から覗く整った顔を見ると、深淵を覗いているかのような――背徳感すら覚えてしまいそうになる。


 いつも眠っているから見る機会が無いけれど、一度だけ()を見た事がある。色素が薄い――いや、薄くなりすぎて赤色にすら見えた。ありきたりだが、宝石のようだと思った。あのような綺麗な色を見たのは、人生で()()()だ。


 日本人形のように可愛らしい女の子。それが私から見たネムリヒメだ。

 

 そんなネムリヒメは、今日も眠っている。彼女が起きている姿は全くと言って良い程に見ない。見られた日は得した気分になるくらいだ。


(今は授業中のはずだけど)


 今日の高等部は自習時間だから、ネムリヒメも高等部所属なのかもしれないが――彼女はそんな事関係なしに眠っている。何しろ雨や雪以外で、彼女が眠っていなかった日はない。


 一度話しかけてみようかと思った。しかし、近くまで行って止めてしまった。


 毎日眠る君が気になって声を掛けました。こんな言葉を投げかけられて、嬉しい人間なんて居ないだろう。しかも不良と思われている人間から、だ。怖がられる事はあっても、仲良くなれるとは思えない。


 ()()()()、私が気になる君。そんな私の気持ちが伝わる訳もなく――ネムリヒメは寝返りをしたいのか、可愛らしくもぞもぞとしている。


 このまま再び、いつものように深い眠りに入るのだろうと思ったのだが、三人の生徒が近づいて来ていた。あの三人には覚えがある。片桐家のお嬢様と取り巻きだ。


 取り巻きもどこかのご令嬢らしいが、片桐の名より目立つ人間は居ないだろう。政界にも顔が効く、世界的大企業。世界長者番付で頂点に君臨し続けている大金持ちで、長い歴史を持つ本物の貴族。そのご令嬢が、サンマルテに居る。


 九条もそれなりに名前が売れているし、力もある。九条と片桐と双璧をなしていると世間は言うが、当人からすればそうは見えない。九条と片桐では格が違う。それこそ、片桐の下請けの様な物だからだ。


 何かにつけて父は片桐を意識して行動しているようだが、本物の貴族と成り上がり。この格差は父の自尊心を大きく傷つけた。


 娘を比べてみても――相手は本物の金髪と金色の目。片桐の直系は、そのような容姿と聞いている。私の染めたような金とは全く違う。私は目が黒いから、益々染めたように見えるはずだ。母が金の髪と目を持っているから、期待でもしていたのだろうか。


(馬鹿らしい)


 片桐は本物のお嬢様。所作にしろ、生き方にしろ。私とは――いや。このサンマルテだけでなく世界を探しても、片桐以上のお嬢様は居ない。比べる事自体烏滸がましいという物だ。


(そんな片桐のご令嬢が、彼女になんの用があるのかな)


 私は一抹の不安を覚え、席を立った。



 

 彼女の眠るベンチの近くまで来た私は、三人の声に足を止める。


「愛葉さん。今日も授業に出席しないつもりですか?」


 物陰から窺うと――片桐が彼女に静かに話しかけている。ネムリヒメは愛葉という名らしい。諭すような声音だが、苛立ちが含まれているように感じる。


「ん……」


 片桐の声掛けに、彼女は目を開けた。色素の薄い赤い目が露になる。眩しそうに目を細める表情も、愛らしさが詰まっているように見えた。本当に、御伽噺のネムリヒメのようだ。


「……」

「起きてます? 片桐様がわざわざ注意をしに来て下さったのよ。聴く態度が出来ていないのではなくて?」


 取り巻きの一人、佐藤とでも呼ぶとしよう。ボーっとした表情で片桐を見ていた彼女の前髪を、佐藤(仮)は乱暴に掴みあげた。余りの事に私は、固まってしまう。


「愛葉さん。貴女推薦組みでしょう。勉強はしっかりしないといけません」


 取り巻きのもう一人、鈴木(仮)で良いだろう。その鈴木は彼女の頬を叩いている。そんな取り巻きの暴力に、片桐は眉を動かす事すらしない。いや――()()()()()、何も言えないのだろうか。


「愛葉さん。これ以上は目に余りますわ」


 二人の暴挙を止めるでもなく、片桐は彼女への忠告を続けた。


「これ以上授業に出ないのであれば、貴女を退学にしなければいけません」

「……ちゃんとテストで点数取ってますよ」


 彼女の声を、私は初めて聞いたが――耳に残る優しい声だ。声が聞けた事に注意が向いてしまったが、”愛葉”と”テスト”という単語で思い出した。いつも学年三位以内に居る名前だ。


(あの子、同じ学年だったのか)


 授業に出ていないのに三位以内という事にも驚いたが、それ以上にネムリヒメが同学年という事に驚いた。


「確かにテストで点を取っています。ですが、授業に出る事が重要なのです。社会への貢献度は、結果によって支えられます。しかし如何に結果が良かろうが、過程が杜撰では結果に傷がつくのです」


 過程があっての結果だというのには同意する。結果だけを追求して、犯罪に手を染める者も多い。極論だけどね。ただ――授業に出る事が、その過程を学ぶ事に繋がるとは思えないが。


「授業に出て学ぶという姿勢が、結果の裏付けとなるのです」

「推薦を受けた時、テストで三位以内なら何をしてもいいと言われました」

「そういう契約であったとしても、目に余るという話です」

(片桐は彼女が気に入らないのか)


 正直な話、この学校の授業に出たからといって、片桐の言った事が育まれるとは思えない。


 片桐はテストで上位の常連だ。一位も取っている。しかし、コンスタントに三位以内を取る彼女は、勉強に限って言えば片桐より優秀と言わざるを得ないだろう。三位以内と言ったが、一位の方が圧倒的に多いのだから。


(まぁ、片桐も間違ってはいないのだけど)


 そろそろ出て行こう。彼女が苦悶の表情を浮かべている。掴まれている部分が痛いようだ。


「! どなたですの?」


 ザリ、と砂利が音を立ててしまった。神妙な面持ちで片桐がこちらを向いて、誰何してくる。まるでスパイ映画のようなワンシーンに、思わず肩を竦めてしまう。


「私だよ」

「九条さん……? こんな所で何をなさっているんですか」

「それは、私も言って良いのかな? 三人で一体何をしているの」

「あ、貴女には関係のない事でしょう!」

「我々の問題ですよ!」


 取り巻きは途端に、片桐の後ろに隠れてしまった。後ろに隠れて私に噛みついて来る。虎の威を借る狐――いや、狐に失礼か。とりあえず、私の目的の一つは達成されたようだ。取り巻き達の戯言は溜息一つで流しておこう。


「……愛葉さんとはお知り合いなのかしら」

「いいや」

「では、首を突っ込むのはお止めください」

「それは出来ない相談かな」


 推薦を受けて入った生徒は、その時に学院から至上命令が課せられる。それは個人によって違うそうだが、ネムリヒメは学年上位の維持なのだろう。ネムリヒメはそれを守っている。片桐の言い分に正当性があったとしても、強制は出来ない。


(だけど、そんな事より――)

「君はどうか知らないが、後ろのニ人は暴力的すぎる」

「騎士の、つもりですか? 貴女が体を張るほどの事とは思えませんが」

「ご心配どうも。身の振り方は自分で決める。()()()()()()()()()()()()()()

「……貴女の事は小さい頃から知っています。こういった事に首を突っ込む方ではなかったと記憶しています」

「私もそう思うよ」

 

 自嘲的に、笑ってしまう。彼女の事は、ただ見ていただけだ。それだけの関係。関係と言える程の物ではないな。私は絵画を見ているような感覚だったはずだ。絵の中に飛び込む趣味はなかったはず。


 でも、痛そうにしていた彼女を見ると――少しだけ騎士になるのも悪くないと思った。少なくとも、()()()()は好きになれないと感じたのだ。


「彼女が少しばかりサボり姫なのは知ってる。それでも、テストで良い点を取っている以上推薦組としての義務は果たしている。いくら君でも、退学には出来ないよ」

「……随分、肩入れしますのね」

「そう見える?」

「見えますわ。私だけと――」


 片桐の前髪で目が隠れているが、少しばかり悔しそうにしていると感じる。


「愛葉さん。次はありませんよ」


 顔を上げた片桐が、優雅さの欠片もない歩みで校舎へ戻っていく。取り巻きは、片桐の変化に驚いているようだ。それでも片桐を追いかけないという選択肢はないのだろう。ネムリヒメと私を睨んだ後、慌てた様子で追いかけていった。


「大丈夫?」

「はい。ありがとうございます。九条さん」


 私の名前を知っている事に驚いたが、片桐程じゃないが私も有名だった。もちろん、悪い方に。


「片桐はあれで諦めるような子じゃないから、少しは授業に出た方が良いんじゃないかな?」

「……九条さんが言うなら」


 私が言うなら、というのが引っかかるが、授業に出てくれるようだ。片桐の言う通り、授業に全く出ないというのは勿体ないと考えている。私が言えた義理ではないが――何を学べるかではなく、学べる機会を不意にする事が勿体ない。


 授業に出ずとも片桐を超える天才。そんな子にとって授業は詰まらないのかもしれない。でも、経験するという行為に才能は関係ない。このサンマルテ女学院という箱庭で、何を得るか。それを決めるのは自分の行動だけだ。


(楽しみが一つ減るのは残念だけど――)


 片桐の取り巻きは何をするか分からない。気をつけたほうが良いというのが本音だ。あの取り巻きは、片桐のためなら何でもする。私はそれを知っている。()()()見てきたのだから。


「その前髪だと授業を受けにくいでしょ」


 自分の前髪を雑に止めていたピンと予備の二つを使い、彼女の前髪を止める。お洒落に興味のない私だが、髪留めだけはいくつか持っている。


「私が言うのもおかしな話だけど、授業頑張って。愛葉」

「……はい」


 彼女の頭を一撫でし、私はその場を立ち去った。同学年の子の頭を撫でるのは、失礼が過ぎてしまったかもしれないが――それでも、彼女と出来た細い繋がりに、私は少し浮かれていたようだ。




 後日、私と片桐が言い争った事は学院中に広まってしまっていた。まぁ、これは()()()()()だ。気にしていない。問題は――廊下で片桐と目があったけれど、逸らされてしまった事だ。喧嘩をしたかった訳ではないのだが。


「はぁ……」


 教室に入ると、視線がいつもより多く刺さる。中には、「遂に片桐様が、不良の九条を制裁しようとした」といった声まである。


 その考えは間違えている。片桐は私が不良でない事を知っているし、()()()()()良い関係だったはずだ。 昨日の事で、少し軋轢が生まれてしまったけれど、仕方ない。私が壊した。不器用極まる。


(……と、時間か)


 気が付くと、朝礼を告げる鐘が響いていた。そろそろ先生が来る頃だろう。


「?」

「え?」

 

 ガラリと扉が開く。生徒達が席に着こうとして、固まっている。流石の私も、固まってしまう。何しろ、その扉に目を向けると――そこには、漆黒の髪をヘアピンで止め、赤い瞳を露にした女の子が、立っていたから。



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