終章ー10
どもどもべべでございます!
明日にはエピローグまであげたいなー。
そんなんこんなでご投稿!どうぞ、お楽しみあれー
赤毛熊が吠える。
腕先の激痛に、憤怒を更に燃え上がらせて、立ち上がる。
先程まで自分が追っていた矮小な獲物は、視線の先でボロ雑巾のように転がっている。意識が混濁としているのか、動けないでいる様子。
いたぶり、何度も見逃しながら弱らせ、無様を笑いつつ追い詰めた獲物だった。
腹いせに噛み砕いてやろうとも思うが、今は出来ない相談だ。
「さぁ、赤毛熊。リベンジだよ」
角兎と赤毛熊の間に立っているのは、1人の少年。
銀色の髪に白い肌、蒼の中に僅かな緑を混ぜた特殊な色合いの瞳。年齢に見合った、人懐っこそうな顔つき。どのパーツも神様が手ずからオーダーメイドで仕上げたとしか思えない程に整っており、もはや人の目を潰しにかかっているくらいに後光を噴射している。
男である少年には褒め言葉じゃないだろうが、美人という言葉が一番似合うタイプだ。
「ウゥゥゥゥ……!」
「グルルル……」
その少年の両サイドには、少年の髪の色と同じ配色の、大きな狼が2頭。
幻狼。変身能力を持つという、相手にすると厄介な存在だ。
だが、それでも赤毛熊は動じない。
自分こそは森の頂点に君臨する種なのだという自負が、彼をどこまでも大胆にさせていた。
「ゴァァァアアア!!」
激しい憎悪を咆哮と共に叩きつけるが、少年たちは怯まない。
その余裕が、余計に赤毛熊の神経を逆なでする。
腹立たしい。
見覚えがある。あの小僧は、自分を相手に逃げ回っていた臆病者であったはずだ。
そこに転がっている角兎のように、なにも出来なかった敗者にすぎないはずだ。
であるのに、なぜ逃げないのか。
なぜ自分が傷ついているのか。
そこまで考えた所で、赤毛熊の理性は、ぶり返した怒りに塗り潰された。
「ガァァァァ!!」
切れた前足を庇いながら、突っ込む。
ただ、思い切りぶつかる。それだけで、目の前にいるチビは破裂する。
今までの獲物のように地面に転がったそいつを見下ろして、自分こそが強者なのだと咆哮するつもりでいた。
だが、
「ごぁぅ!?」
ご自慢の体当たりは、不発。
逆に、自分が地面に転がる結果となる。
「ふっ、はぁ!」
その瞬間に、銀線一閃。
少年が奮った一撃により、赤毛熊の無事な前足。その肩の腱が、あっけなく切り払われた。
「ギャアアアアアア!?」
両腕が使い物にならなくなった。
激痛と混乱により唾液を飛ばす赤毛熊。即座に立ち上がり、めちゃくちゃに手先の無くなった腕を振り回す。
「ガウ!」
「ウゥゥ……!」
そんな無軌道な攻撃も、2匹の幻狼により牽制され、不発となった。
どうやらこの幻狼は、自分たちは攻撃に徹さず、少年の護衛を最優先にしているらしい。
それ故に、鬱陶しくて仕方が無かった。
『にゃっはっは、愚鈍愚鈍にゃんならぁ。化け猫に化かされて転ぶにゃんざぁ、森の覇者が聞いて呆れるにぃ』
ふと、頭の中に声が響く。心底馬鹿にしたような猫なで声だ。
『でもまぁ、うちの旦那様も頑張ったじゃないか。コイツを相手にここまで時間を稼いだんだからねぇ』
今度は別の声。底の知れない、人を喰ったような声色。
「ガァ! グォォ!」
赤毛熊が周囲を見渡すと、そこには……一匹の妖精と、悪魔がいた。
見た目はネコと兎だが、その本質を今は隠そうともしていない。
少年と狼がいる前方から、その左右を挟むように、そいつらはいる。
明らかな異質。先程までは、気配すら感じなかったというのに……まるで突然現れたかのようだ。
「ギルネコさん、ナディアさんっ」
『にゃ~、遅くなってすまないにぃ。人間たちに森の散策を手配させてたにゃんならぁ』
『けどまぁ……先に見つけちまったけどねぇ。まさか、旦那の気配を辿った結果アンタに会えるとは思わなかったよ。明らかに何かから逃げてたからねぇ』
軽口を叩いていた二匹だが……赤毛熊から視線は離さない。
その小さな体からは、濃厚な殺意が見て取れた。
『んにゃぁ、話は置いておくとして……』
『今は、お礼参りといこうじゃぁないかい』
ゾワっと、背筋に悪寒が走る。
先程赤毛熊が体勢を崩したのは、コイツらが悪戯を仕掛けてきたからだと確信できていた。
だが、何をされたのかまではわからない。それだけで、この2匹を相手にするのは危険だと判断できた。
「グルル……!」
ここにきて、赤毛熊は逃走を選択する。
敗色が濃ければ逃げる。自然においてはもっとも重要な事だ。
しかし……それは許されない。
ズンッという音と共に、赤毛熊の後ろの木が揺れた。
メキメキと音を立て、退路を塞ぐ邪魔なハードルと化す。
『カクくんをいじめたのはぁ、おじちゃんかぁ~!』
その木の根本にいたのは、自分よりも一回り小さな赤毛熊であった。
ふんすふんすと鼻息荒く正面を睨み、爪をガシガシと重ねて威嚇している。
『許さないぞー! やっつけちゃうんだからね!』
『にゃひひ、さぁ、どこへ逃げる? 赤毛熊』
『こっちに来なよぉ、アタシャか弱い兎だよ?』
囲まれた。
圧倒的優位から一転、危機的状況に落とされた。
どうしてこうなった?
彼はわからない。
その原因が、目の前で転がっている角兎だなんて、気づくはずもない。
「狩りに失敗し、逃げる……そうなった赤毛熊は、復讐心を積もらせる。頭がいいからね……そうして、その復讐心から様々な命をを乱獲するようになる」
少年が、言葉を紡ぐ。
この少年もまた、一度は逃げれたにも関わらず、角兎1匹を助けるために戻った愚か者だ。
そうさせる力が、魅力が……絆が、その角兎にはある。
それこそが、彼が唯一持つ、チートなのである。
「その前に、ここで君を仕留めないといけない。勝手な都合かもしれないけど……僕らも、生きる為なんだ」
少年が、剣を向ける。
赤毛熊がそれに圧され、一歩下がった。
「終わりだよ。赤毛熊」
四面楚歌。
人間、魔物、妖精、悪魔、同族。
あらゆる種から拒絶され、残忍な狩人は恐怖した。
◆ ◆ ◆
ぬおぉ……痛い。
全身がくまなく痛い。
意識を失う前よりはマシな感じだが……もう、こんな状況を認識してしまったからには、寝ていられるはずもない。
「フシャアっ!」
とりあえず、起き抜けに「痛いわぁ!」と叫んでみる。
それでマシになるんならいくらでも叫ぶんだが、まぁいわゆる八つ当たりだ。
『……お~お~、派手に巻かれてんなぁ』
俺の体は、包帯でミイラみたいになって寝かされていた。
見慣れた一室。寝慣れたベッド。
アッセンバッハ家、坊っちゃんの部屋。窓の外は未だ暗く、あれからどんだけ寝てたかはわからねぇ。
だが、どうやら俺は、本当に命を拾えたようである。
うぅん……格好悪い。助けるとかいって囮になった挙げ句、結果あの様とは。
俺の恥ずかしエピソードに刻まれちまうのは確定事項だな。
「……グルル」
ふと、俺の横から唸り声がした。
見ると、最後に坊っちゃんの横にいた幻狼が2匹、床に伏せている。
その耳がピクリと動くと、奴らは顔を持ち上げる。
俺と視線が合い、納得したように頷くと……その体が、薄い光に包まれた。
「……ホホ、お目覚めになられましたか。吉報ですな」
「私は旦那様方にご報告してきます」
「よろしくおねがいしますよ、ファビュラス」
一瞬後にそこにいたのは、この一年ですっかり見慣れた、我が家の執事。
『コンステッド氏。俺ぁどんだけ寝てた?』
「ハ、ほぼ1日ですな。流石に体力を使ったご様子で、あの日の夜から今までの間ぐっすりと」
『そっか……どうりで腹が減る訳だ』
「ホホ、お夜食ならば作っていただけるかと存じますな」
それなら良いんだけどよ……さっき、えげつないイケメンが報告するって言ってたからなぁ。
多分、もうすぐ……おぉ、早いなぁ。
もう来やがった。
「カク!! 起きたんだね!!」
バンっ! とドアを開け放つ、1人の少年。
俺の素敵なヒーロー様のご登場だわ。
『よぉ坊っちゃん。心配かけたか?』
「心配したよぉ~! 良かったよぉ~!」
『うん、悪い悪い。すまんかった。だから抱きつこうとしないでくれるか? マジで今死ぬからなそれしたら!?』
坊っちゃんもまた、足を引きずっているが……外傷はそれしかなさそうで良かった。
……ん? いや、一箇所あるな。
『坊っちゃん? 頭なんか怪我してんのか?』
「あ~、これ、ね?」
坊っちゃんの頭には、氷布が押し当てられている。
コブでもできているのか知らんが、痛みよりも恥ずかしさが勝ってる表情だ。
「えへへ……お父様に、全力でげんこつされました」
『…………』
「ここ、すっごいタンコブできてるの。ほら」
漫画みたいなタンコブだった。
こんなん、ズルいわ。
『……プッ。ぶわはははははは! ザ、ザマァー! ひぃー! 傷に響くぅぅ!』
坊っちゃんの顔見て、緊張が溶けちまったのか……こんなネタで、爆笑が止められん。
坊っちゃんもまた、嬉しそうに笑っていた。
うん、安心したは。
「ふふ……カク」
『ひぃ、ひぃ……ひひ、あん?』
「ただいま」
『……あぁ、おかえり』




