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雑魚兎が貴族に飼われててもいいじゃない!?  作者: べべ
最終章 「兎、がんばります」
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終章ー9

どもどもべべでございます!

この小説をR-15にした理由回です。

カクくんのチートなしっぷりを、どうぞ応援してあげてくださいませ……!

 

 怖ぇな。

 うん、怖ぇ。


 あえてガサガサと音を鳴らしつつ、山道を歩く。

 匂いの強い所をたどるよう進んでいくと、日本一の樹海に首を括りに行くかのような絶望感を感じてしまう。


 坊っちゃんは、この感覚をあの歳で、自分から引き受けた訳だ。

 全くもって、馬鹿としか言いようがない。こんな事を進んでやるなんて、人間として……否、生物としてどこかが欠落しているに決まってる。

 現に、俺は今すぐにでもアイツらを捨てて逃げたい気持ちでいっぱいだ。


「……グルルル……」


 唸り声が、だんだんと明確に聞こえるようになってきた。

 もう、ここは奴のテリトリーだ。

 見つかったが最後、体力の限界までなぶられるであろう鬼ごっこが幕を開ける事になる。


 ……今なら、まだ引き返せるんだよなぁ。

 坊っちゃんとスケを見捨てて、残念だったと報告して……屋敷は無理でも、群れに戻って余生を生きる。

 いや、今なら、ナディアの所に厄介になるという選択肢だってある。


 ……そう、俺は選べる立場なんだ。


「……フスッ」

「……グルぅ……」


 お相手を視認する。

 なるほど、くま子よりも数段でけぇ。大人の赤毛熊レッドベアだ。

 野生故のゴワついた、針金みたいな体毛。

 うっすら纏った脂肪の鎧に、全身これ筋肉。しょんべん漏れそうな威圧感は、苛立ちと空腹によりもはや殺気の域にまで達している。


 うん、無理だ。

 これはどうこう出来る相手じゃない。

 何度も言ってるが、俺は人間が何割か入ってるだけの角兎ホーンラビットでしかない。

 異世界転生チートなんざ持ち合わせてないし、心強い鑑定スキルも無ければ正義のヒーローが持ち合わせる熱血魂も搭載していない。


 こんな奴を相手にするような選択肢は最初から存在しないのだ。

 今からでも坊っちゃん達に合流するか、囮にするかして、コソコソ逃げ出した方が良いに決まってる。


 決まってるのだ。


 

「フシャァァァァアア!!」



 だから、こうして赤毛熊に威嚇している俺もまた、どっかぶっ壊れてるんだろう。

 仕方ないわな。命がいらないって訳じゃないのに、こんな馬鹿やらかすんだ。救いようがねぇ。

 けど、ここでこうしないといけなかったんだ。自分でも納得できないが、そうなのだ。

 なるほど、自殺志願者ってこういう精神状態なんだな。


「グルォォォォォォォ!!」

「フシッ! フシャアア!!」


 やっこさんがこっちに狙いを定めたことを確認して、俺は坊っちゃん達とは真逆の方向に走り出す。

 坊っちゃんはスケに起こされた後、赤毛熊がいないことを確認して逃げてくれる事だろう。


 スケと意思疎通ができない坊っちゃんには、俺がここにいるなんてわからないはず。つまり、坊っちゃんが俺を助けに来て二次災害が発生……なんて事は起こらない。

 だから、後は俺がこいつを引きつけてれば良いわけだ。


『おらっ、こっちこいよ化物!』

「ゴァァァアア!!」


 一応奴も魔物だ。くま子みたいに意志の疎通もできるはずだが、こっちから言葉をかけても吠えるばかりでしかない。

 こりゃあ、完全に餌としかみてませんわぁ。


「フスッ! フッ、フッ、フッ」


 赤毛熊が通りにくいルートを選び、小刻みに逃げる。

 時間を潰してやればいい。それで諦めれば万々歳。そうじゃなくても、どこかで隠れてやり過ごせればいいんだ。


「ンフスッ」


 ヤブの中に顔を突っ込み、体を隠した後にしゃがみ込む。

 少しでも視線からはずれよう。そう思っての行動だった。


「グルァ!!」


 だがその瞬間……ボン! という音と共に、頭上スレスレの草木が吹き飛び、そこは開けた空間になった。


「フス?」


 ただ、突っ込んできただけだった。

 アイツがただ突っ込んだだけで、この有様だ。

 あと少しで頭がひき肉になるところだった。


「…………」


 あ~……ダメだこれ。

 うん、ダメだ。認識してしまった。


「グルルル……グオォゴァァアア!!」

「フヒィィィ!?」


 怖い! めっちゃ怖い!

 死ぬの怖い!

 やんなきゃ良かった、カッコつけなきゃ良かった!

 やっぱ俺の精神はマトモだったよ!


「フシャア! フヒャアァァ!」


 坊っちゃん達から引き離す~なんてお題目は吹き飛んでしまった。

 もはや自分がどこにいるかなんて理解しないまま、俺はめちゃくちゃに逃げ惑う。

 

 もう一度ヤブの中。

 薙ぎ払われた。


 倒木の裏。

 踏み砕かれた。


 木の上。

 揺り落とされた。


「ヒィィ! フヒッ、ヒィィっ!」


 痛い。

 痛い。

 体に生傷が出来ていく。

 無様に転び、枝で切り、坂を落ちて石にぶつかり、息も絶え絶えに走るにつれて絶望が増えていく。

 あのサバイバルナイフみたいなお爪様でチョンパされた日にゃあ苦しまずに一瞬なんだろうが、生憎と授業料が命と来たんならおいそれと支払う訳にはいかない。


「グゥルァ!!」

「ヒッ……」


 そんな一方的な追いかけっこが、長く続くわけもなく。

 俺の半身……尻の辺りに、何かが引っかかった。

 その瞬間、視界が大きくブレる。


 体がきしむ音。一瞬後に、浮遊感。

 視界の端に、見たくもない赤色が舞っていた。


「ブベッ……キィィィィ!?」


 どこかは知らんが、坂の上に体が落ちたのだろう。

 木に全身を打ち付けながら、落ちていく。

 こういう時、訳のわからなさが先立って、痛みが付いてこないんだな……。


「ガッ、ァ……フ、ッ、ッ!? フシャアア!? シャアアアアアア!?」


 痛い。痛い。痛い。

 どこがとかじゃねぇ。気が狂いそうに全身が痛い!

 さっきのはなにか? 爪が引っかかってぶっ飛ばされたんだよな!?

 クソッタレが! ひと思いにやれってんだよぉぉお!!


「ガァァアア!! グルウウゥ……!」

「ヒッ、ヒィ、フヒィィ……!」


 思い切り転げ落ちたお蔭で、少しの間だが、アイツは俺を見失っているらしい。

 激痛に軋む体をなんとか動かし、俺はまたヤブの中に身を潜める。

 馬鹿のいっちょ覚えだが、今の体で隠れられそうな場所はもうここしかなかった。



(嫌だ、あぁクソ、痛ぇ、クソッタレ、血、血、血ぃ止めねぇと死ぬ。馬鹿か馬鹿、ほらみろ死ぬじゃねぇか。馬鹿が死ねっ、あぁクッソ嫌だ! 死にたくねぇ、死にたくねぇ死にたくねぇ死にたくねぇ……!)



 ガチガチと体が震える。

 その振動で全身が痛い。

 痛みに声が漏れそうになり、歯を食いしばる。

 それがまた痛くて痛くて。逆に笑えてくるってことはこれ狂ったな俺。



「……グルル……」



 あ。


 近い。死んだ。


「ガァァァ!」


 音は無かった。痛かった。

 俺がいたヤブは薙ぎ払われ、何回目かの遊覧飛行が強行される。


 めっちゃ痛いのに、意識がはっきりしてる。ヤブがクッションになったなチクショウめ。

 せめてもの気絶すら却下ですか……。


「っ、フ……」


 体が地面に落ち、四肢が投げ出される。

 その感覚はあるんだが、指一本動かせん。

 痛いのに悲鳴すら上げられんって相当地獄だな。そのくせ頭は変に冷静だし、もう散々だ。


「フ……フ……」

「グルルルル……!」


 もういいじゃん。充分じゃん。

 いっぱい俺で遊んだじゃん。もう終わりにしてくれてもいいじゃん。

 逃してくれませんかね? ダメですか。そうですか。


 あぁチクショウ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 なんでもいいから、誰でもいいから助けてくれ。

 この哀れな雑魚兎を助けてくれ。


 それとも何か? これは天罰か?

 雑魚兎が、何もせずにお貴族様に囲われて、良い目見て甘い汁吸ってぐうたらして。

 日がな1日寝て過ごして、仕事してる人間様に申し訳なさしかない生活してたから、天罰下ったってか?


「グルァァァ……!」


 俺の眼の前で、赤毛熊が立ち上がる。

 腕を持ち上げ、狙いを定めている。

 そのゆっくりとした動作は、まるで俺の考えに対して「その通りだ」とでも言っているかのようだ。


「…………」


 なんだよ。なんだよ。神様よ。

 良いじゃねぇかよ。前世で頑張ったんだからさ……少しくらい報われてもさ。

 そんなに悪いことだったのかよ。


 良いじゃねぇかよ。


 なぁ、オイ。



 ……雑魚兎が、貴族に飼われててもいいじゃない!?



「ガァァァアアアア!!」


 赤毛熊の腕が、振り下ろされる。

 俺の煩悩まみれの頭蓋を、プッチンするための一撃だ。


 神様なんていなかった訳だ。いや、いたとしても、その神様は俺の事が相当嫌いらしい。

 正直、漏らした。

 あぁ……恥ずかしいやら痛いやら。疲れたわ。

 もういいわ……おやすみ。




    ◆  ◆  ◆




 …………………………。


 ………………。


 ……。


 おんやぁ?

 ずっと全身痛いんですが!?

 いや、こういう時って、終わったら痛みがなくなって解放されるんじゃないのか!?

 俺って死後も報われないの!?


 ……ていうか、おんやぁ?

 なんで死んだのに思考してるの?

 ていうかこれ、死んでるの?


「…………?」


 試しに、目を開けてみる。

 すっげぇぼやけてるけど……見える。

 えぇ……生きてんのかよ俺……。


「グギャアアアアアア!!」


 響き渡る怒号。

 俺の側まで飛び散る、赤。

 鉄クセェ……なんで血? なに、どうなってんだよ。

 少しずつ視界が鮮明になってくる。

 俺の目の前にいるのは……赤毛熊じゃない。


「ごめんね、カク。……こんなになるまで、見つけられなくて……本当にゴメン」


 ……あ~。

 カッコ悪ぃ……俺。


「コンステッドから聞いたよ。僕を助ける為に、囮になったんだって……スケくんが、そう教えてくれたって」


 痛みに転げる赤毛熊が見えた。その肉体の、腕から先は……ない。

 まるで、何かに切り落とされたかのように、まっさらだ。


「もう少しだけ待っててね。すぐに助けるから……大丈夫だから。カクは、助かるから」


 熊の手生産の下手人は、足を庇うような動きで俺の前に立ち塞がる。

 手には長剣を持ち、なじませる様に2~3度振った後……チャキリと、それを構えた。

 その脇には、主人を庇う従者のように、2頭の銀狼ぎんろうが連れ添っている。


「帰って、皆に謝って、お父様からげんこつ貰って……君に、爆笑しながら笑われる。そうじゃなきゃだめなんだ」


 だって、と、一拍を置く。

 その人物……テルムレイン・フォン・アッセンバッハその人は、赤毛熊が復帰する時間一杯を、俺への言葉かけに費やして……言ってくれた。

 一度はアンタを見捨てようと考えた、この薄汚ぇ兎に、言ってくれたんだ。



「だって……君は、僕の家族なんだから!!」 



 アンタは、間違いなく、俺のヒーローだ。

 

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