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幕間:「兎のいない町」

 どもどもべべでございます!

 今回はカクのいない風景をお楽しみくださいませ!

 

 ホーンブルグ。

 春から秋にかけての短い期間内に、大きな成長を遂げつつある田舎町。

 数々の名産品がここから生まれ、この領地のみならず、国内にも少しずつ広まり始めている。


 なによりも注目されているのは、米。


 貴族の道楽でしか使われる事の無かった米に着目し、その新たな食し方を開拓。汎用性と保存性に優れた主食へと昇華し、領地を潤わせた魔法の食材を生み出したとして、王都でもホーンブルグの領主に対しての噂がまことしやかに流れているとか。

 そんな米が最初に置かれた店……それこそが、この町の大通りに面している「サマンサの宿屋」だ。


「サマンサさん! こっちに焼き肉定食!」

「サマンサさん、同じのこっちにもくれ~」

「あ、俺も俺も」

「アンタ達、わざとやってんなら承知しないよ! ちゃんと順番に注文しな!」


 くだんのサマンサの宿屋にて。昼間の食堂特有の喧騒が響き渡る。

 町で噂の肝っ玉女将、サマンサが怒号と共に注文をとるのは、一種の名物となっている。まぁ、この活気も夜になれば酒気に変わるのだが。


「しっかし、ようやく米が入荷したなぁサマンサさん」

「おうおう、俺ぁ待ちきれなかったぞ!」

「そうだねぇ、それもこれも、領主様とテルム坊っちゃまのおかげさね」


 サマンサは、注文を暗記した内容を厨房の亭主に伝えながら答える。

 確かに、即座に売り切れ御免となっていた米が入荷したことによって、サマンサの宿屋は更なる活気を見せた。あの時、なぜもっと仕入れなかったのかとサマンサ本人も嘆いた程に、米の影響というのは大きかったわけだ。


「お母さん、米がもうすぐ無くなっちゃうから炊いとくね!」

「頼んだよ、リンダ!」

「うおー! 俺らのリンダちゃんが研いだ米だってんなら、何杯でも食えるぜぇ!」

「気持ちの悪いことをお言いでないよ! 一人二杯までだからね!」


 あの日、最初にこの米を持ってきたのはテルムという領主の息子であった。

 これは絶対に売れるからと、袋一杯の米を持ってきて、この厨房で実際に炊いて見せたのである。

 最初は訝しんでいたサマンサ一家も、実際に炊き上がったご飯を食べてみて、一同驚愕に目を見開いたのは良い思い出だ。


「はいよ、焼肉定食、三人前。塩焼き魚定食、一人前」

「そうらあがったよ! バリバリ食ってバリバリ働きな!」

「「いっただきまーす!」」


 米を入荷しての3日間は、サマンサの宿屋史上最も売上が伸びた日である。

 米の噂を聞きつけた数人が更に人に吹聴し、爆発的に客足が増えたのだ。

 結果として、仕入れた米はあっという間に底をつき、あとは実るかもわからない稲作に願いを託すしか無かった訳だ。


 そして今、願いは天に聞き届けられ、サマンサの宿屋はあの日の記録を追い抜かんとしている。

 数多の食材とマッチし、炊いた状態であれば様々な加工が可能だというこの米は、落ちる事を知らない人気の看板食材となったのである。

 もちろん、パン派の方々もいらっしゃるのは確かなのだが。


「んぐっ、んっ、はふ……うめぇ~」


 焼き肉定食を頼んだ男は、さじで肉を口にふくみ、2~3度噛んだ後に米を口内に流し込む。

 熱々の米故に、それは中の皮膚にダメージを与える愚行なれど、こうせずにはいられない魅力がある。

 サマンサの宿屋自慢の焼き肉定食。それに使われている秘伝のタレが、肉を噛みしめる事で口内を満たす。その間に米を食すことで、米とタレが絡み合い、得も言われぬ美味となり男の口内を駆け回るのだ。

 これほどの至福がほかにあろうか? いや無いと、男は確信を持って言える程にこの食べ方を気に入っていた。


「ここのタレにまた合うんだよなぁ」

「魚の身にも合うってんだから驚きよ!」


 各々が匙と手を使い、米とオカズを楽しんでいく。

 米の一粒も残さず食べ、しっかりと噛み締め、甘みを感じてため息を漏らす。

 当然、食い盛り働き盛りの若者達はご飯をおかわり。新たによそわれたそれを盛大にかき込んでいく。

 追加で料金を払ってでも、二杯食べたい。米という存在が、男共の胃袋を掴んだ女房となった瞬間である。


「あ、その肉食わないんなら貰うぞ~」


 ふと、焼き肉の男が隣の男性の皿にある肉を一切れ、掴んで口に放り込んだ。


「あああぁぁぁ!? お前なにしてくれちゃってんの!?」

「いやぁ、んぐ、一切れだけ残すなんて勿体無い、んぐ、てな?」

「最後にとっといたんですぅ! 最後に米と合わせるつもりだったんですぅ!」

「……がふっ」

「何事もなかったかのように米を食うな! 自分が配分間違えたから俺の取ったんでしょ! そうなんでしょ!?」

「んぁがふぃっしょほんまふぇぉんはまらぁ!?」

「わかんねぇぇよぉぉぉ!?」


 滂沱の涙を流す男性。口いっぱいに米を詰め込んだ男。

 二人は同時に立ち上がり、腕まくりをしてにらみ合う。


「お! ナウイとケビンがまたやってるぞ~」

「がっはっは! 今度はどっちに賭ける?」

「ケビン屑銭7!」

「じゃあ俺もケビンに銅貨1だ!」

「オイラぁナウイに屑銭3で」


 ナウイが煽り、ケビンが激高する。

 己の肉の仇とばかりに、拳を繰り出すケビンの動きを、ナウイはたやすく呼んで見せた。

 この瞬間、彼には自分がヒーローのように思えている事だろう。悪しき者の拳をたやすくいなし、反撃を繰り出すクールな男。

 実際は単なるコッスイ肉どろぼうなのだが、そこは言わぬが華。神だって触りたくない案件なのである。


「ふぁぅいっぱぁんふぃ!!」

「ぬおぉぉぉ! 米が飛ぶ! やめろ勿体ねぇ!」


 新発見。米は口に詰めて叫ぶと散弾と化すらしい。誰も得をしない無駄どころか害悪でしかない知識を他者に植え付けながら喧嘩する2人。

 もっとやれそこで打てだのはやし立てるオッサン共。

 しかし、その喧騒も長くは続かない。


「いい加減におしぃ!! アンタ達ぃぃぃぃい!!」


 この店でそんな事をすればどうなるかなんて、わかっていた事であろうに。

 そんな事を忘れる程に、肉とは魅力の塊なのであろうか……少なくとも、個人的に言わせていただければそうだと言えよう。

 とにも角煮も佃煮も、一発の怒号により周囲は静寂が支配した。


「まぁたアンタらかい、ナウイ、ケビン!」

「ふぁ……」

「サマンサ、さん……こ、これは、その」


 般若はんにゃ

 ここが現代日本であり、多少の文学をかじった者であれば、このフレーズが真っ先に頭に浮かぶであろう。

 ことここにおいてそんな印象的ワードは無いモノの、全員がこの女性に対して潜在的恐怖を抱いた事に変わりはない。


「言い訳は無用だよ! 喧嘩したんなら同罪さね。今日もしっかりやってもらうよ、「皿洗い」!」

「い、いや待ってくれ! 今回はこいつが俺の肉を!」

「ふぁふぁぃんれもっへりまんま!?」

「お前はいい加減に飲み込めよ!?」

「つべこべお言いでないよ! それとも旦那に迷惑な輩として突き出すかい!?」

「「っ!?」」


 哀れな下手人2人は、咄嗟に厨房の奥に視線を移す。

 そこには、オーガがいた。

 彼の為にあつらえたであろう広い厨房にて、ペーパーナイフにしか見えなくなっている包丁を器用に扱い、魚のワタを取っている男性。

 彫りが深く、影になって見えない目元。どこぞのクッキングなお父さんばりに突き出た顎。

 怒張した筋肉は服をパッツンパッツンに押し返す。この風貌で肉なんてさばいてるのを見た日にゃあ、怖くて夜中にトイレにいけなくなる程の威圧感。

 サマンサの宿屋、名物店主。超愛妻家のブラントさんといえば、この町でも有名なお人であった。


「「すいませんでしたぁ!(ふぃまへんふぇひはぁ!)」」


 当然、哀れな下手人は即座に土下座。なんと感動的な光景だろう。こと異世界においても、土下座というのは最高の謝罪ツールとして用いられているのである。


「まったく……ほら、アンタ達も煽ってただろう! そんな暇があったらさっさと自分の仕事場に戻りなぁ!」

「「「うぇ~い」」」


 サマンサの一喝により、完食した男達はそそくさと立ち上がり、会計をすませていく。


「ありがとうございました~」


 お金を受け取っている娘のリンダは、あの肝っ玉母ちゃんとフランケンシュタインからどうやったら生まれるんだと思われる程に清純な笑顔で客を見送っている。

 彼女がいるからまた来ようと思う者は大勢いる。誰だってそうする。俺だってそうする。


「さぁ、キビキビ働いてもらうよ?」

「「ふぁい……」」


 取り残された2人は、サマンサに首根っこを掴まれて厨房の奥に引きずられていく。

 彼らの一日は、バツとしての皿洗いに埋め尽くされた事は明らかである。合唱して見送ろうではないか。


「……あ、いらっしゃいませ~」


 こうして、サマンサの宿屋の1日は、つつがなく回っていくのであった。

 

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