そして再び日常の日々に帰還せしめば
外科の『藤井病院』は、代を経て五縄流とは深いつながりがある。
それは『壊す側』と『治す側』という奇妙な間柄とでも言おうか。
それでも此処最近は特に『重傷患者が多すぎる』と院長・藤井を嘆かせてはいるが‥‥
「あっ!片桐先生っ、こっち、こっち!」
入院病棟の通路で、アザミは片桐の姿を見つけた。
「おお‥‥アザミ君か。今日は、鏑君のお見舞いに?」
「ええ。何しろ鏑が入院してるってのに、妻ったら『山ごもり』して桜生君に掛かりっきりだったでしょ?さぞかし寂しい思いをさせてるだろうなぁって。だから、ずっと横に居てアゲルの!」
そう語るアザミは心底楽しそうではあるが、『当の本人』たる鏑の胸中を察するには余りあるものがあろう。
‥‥無論、口に出して言える事では無いが。
「はは‥‥そ、そうか、鏑君も果報者だな」
「片桐先生は桜生君のお見舞いに?」
桜生もまた、あの闘いの直後に此処の入院患者として厄介になっていた。
精密検査の結果、肋骨の3本に骨折が見つかり、同時にその一部が『肺に突き刺さっている』という重傷だった。
何しろ笹川戦の怪我を押してアザミとの闘いに挑んだのが、怪我を悪化させた要因である。
「ああ、入院手続きとかあるからね。何しろ本人は『絶対安静の身』だから。あと『ついで』という事でもないが、これから笹川さんのお見舞いにも行こうと思っててね」
「じゃあ、アタシも行くわ。ちょうど、ヒマしてたところだし!」
「ありがとう。じゃぁ、そうするか」
片桐はアザミを伴って笹川の病室を訪れることにした。
「やぁ‥‥これは片桐先生‥‥わざわざ、すいませんね」
笹川の手術は『上手く行った』と聞いている。
切断された腕の保存処置もさることながら、完璧に研がれた刃物による切断はまた、接合においても細胞を余分に壊さずに済んだ分、回復度合いに大きく貢献するだろうという診立てだ。
その意味では笹川の『刃物を見ると極限まで研ぎたくなる』というクセは、回り回って自分を助けたと言えるのかも知れない。
「笹川先生、腕の『繋いだところ』はまだ痛むんですか?」
アザミが心配そうに覗き込む。
「いや‥‥今は薬が効いてるからね‥‥然程でもないよ。それより、君に取られた『三代兼光』の方が『遥かに痛い』よ」
笹川が苦笑いする。
「あはははっ!ゴメンねーっ!『アレ』、桜生君に取られちゃってサー!」
あっけらかんと笑うアザミを見て、笹川は『三代兼光は1千万円超えなのだぞ!』と小言を言うのを諦めた。多分、言っても無駄だ。
「全く‥‥」
ふっー‥と、笹川が溜息をつく。
「ねぇ、片桐先生。ひとつ‥‥勉強になりましたよ」
「勉強ですか?」
片桐が静かに聞き返す。
「ええ、私はね『真剣で闘いたい』という欲求から離れる事が出来なかった。『真剣での強さは真剣でなくては測れない』‥‥とね」
笹川は傍らにあったタオルを、自分の顔に乗せた。
「‥‥でもね、それは『違う』と悟りましたよ。例え『己の手』に真剣があったとしても『己の心』に真剣が無いならば、それは『真剣勝負』ではないのです。少なくとも彼には『それ』があった‥‥」
「‥‥そうですか」
片桐は否定も肯定もしない。
笹川は『真剣での勝負』に拘り、桜生は『勝つために真剣』であった。
その差が、二人の明暗を分けたのであろう。
「であれば、そのどんな些細な日常風景であれ、その心に『真剣』があるならば、それは即ち『真剣勝負』なのです。‥‥必ずしも刀身は不要なのですよ‥‥」
「‥‥。」
アザミも、何も言わずにじっと聞き入っている。
笹川のタオルは、その眼から流れる涙を覆い隠すための物だろうから。
「いや‥‥この歳になって、まだ『悟るべき事』があるとは‥‥ふふ、この道は‥‥先が遠い‥‥」
それだけ語ると、笹川は黙り込んだ。
片桐は黙って一礼をすると、アザミを伴って病室を辞した。
「‥‥で、最後にアザミ君に聞いておこうか」
片桐が口を開く。
「君は、この闘いに何かを学んだかね?」
アザミは、「来ると思った」と言いながら困った顔をする。
「そうね‥‥ホラ『五縄流』って、『何でもあり』の武術じゃん?言ってみたら『鬼』よね?『何をしてでも勝てば良い』んだから」
アザミが、すこし遠い眼をする。
「まぁ‥‥そうだね」
「最後にサ、桜生君がアタシに見せた『眼』は、まさに『鬼』そのものだっと思うの。『鬼気迫る』っていうけど、ホントにそんな感じだったわ。『鬼』になりきったからこそ、彼は『勝利を掴んだ』‥‥じゃないかなって」
そして、やれやれと両手を広げながらアザミが続ける。
「でもアタシは違った。アタシは『五縄流の鬼』じゃなくって『アタシ』になろうと思ってたのよ。『目指すべきアタシ』って言うかサ。
だから『好きな時計』を手放せなかったし。‥‥例え勝負のためとは言え『それ』を外すのは『アタシ』じゃないんだよね」
ふふ‥‥と、片桐が微笑む。
「そうさな。人間は生まれながらに何者でもない‥‥虎のように生まれながらの猛獣でもなければ、鷹のように飛べる訳でもない‥‥
故に『何者にでも成れる』が、逆に『何者にも成りきれない』それが人間だと、私は思うよ。そう‥‥それが『鬼』であったとしても、だ」
笹川は『それ』を『道』と称した。
終わりなき追求への旅路であると知りつつも尚、脇目も振らず邁進せしむは又それも人の業と呼ぶべきか。
「ふー‥‥ん、そっかぁ‥‥」
アザミが大きく伸びをする。
「で、どうするんだ?いずれ『復讐戦』をするのかい?」
片桐が尋ねる。
「ん?いや、それはヤんないわ。確かに公式記録は私の負けだけど、桜生君を『病院送り』にしたからね。それで鏑の仇を討ったってコトにしとくわ。ま、それでヨシとしないと。
‥‥何しろ、もうあんな面倒くさいのは二度とゴメンだわ。後の片付けだって、大変だったんだから!」
「はははっ、そうかそうかっ」
片桐が楽しそうに頷く。
「‥‥しかしさ」
アザミがため息をつく。
「桜生君て、普段はどういうトレーニング?稽古?をしてたら『あんな風』になるワケ?異常だわ、まったく」
「はは‥‥異常か。だが最近は特にそうだが、『稽古』らしい稽古はしてないよ。ただ幼少から間断なく『負け』を叩き込んであるのさ、徹底的にね。
突くにせよ蹴るにせよ、締める、投げる、はたまた隙を突いて背後から襲ってたりしてね。それが『彼の日常』なんだ」
さも当然そうに片桐は語るが、片時も休まる事の無いその日常は凄絶を極める日々だと言える。
「‥‥それでも最近は桜生も実力がついて、容易には『負け』ないからさ。ついは私も『やり過ぎ』てね。実はこの前まで、桜生は藤井病院に入院してたんだ」
「え‥‥」
アザミが絶句する。
「いや‥‥ありえないし。フツーに『児童虐待』だし!」
なるほど、若干17歳にして『あの』実力と用心深さ、狡猾さ、根性である。
『普通ではない』鍛練をしてるのは間違いない、とは思っていたが此処までとは‥‥
「何のためにそんな事をするの‥‥?」
「うん?ああ、それはね。『自分が何で負けるのか』を身を以て知るためなのさ。身体能力不足なのか、技術の未熟さなのか、それとも油断のなせるものなのか‥‥
そうして『負ける要素』を徹底的に学び、常に己を補い続けることで‥‥アザミ君の言う『ああいう風』に熟成んだよ」
「‥‥信じらんない。何、それ‥‥」
アザミは唖然として聞いていた。
「何でそこまで‥‥」
「何故って?簡単だよ、『勝つ』ためにだ。何しろ運賦天賦ではなく『確実に勝つ』には、相手が『しない事、できない事、考えもしない事』をこちらが『やる』しかないのだから。‥‥勝負とは概してそういう物さ」
ふー‥‥と、呆れたようにアザミがため息をつく。
「ホント、『イカれてる』わ。全く‥‥」
それを聞いて、なお片桐は微笑んだままだった。
「そうか、イカれてるかな?でもまぁ『五縄流柔術』とはそうして『負けに学ぶ事で強さを身につける』事を尊ぶ流派だからね。‥‥それに、少なくとも『君』にだけは『イカれてる』とは言われたくないがな」
そう、アザミが桜生に勝つために用意した『それ』はまさしく常軌を越えているものであっただろう。
さればこそ、桜生は病院の客となったのだ。
「あっはははは!確かにねー!」
笑いながら、ふたりは病棟の外に出る。
「ああ、いい天気だ‥‥」
その仰ぎ見る快晴の空は何処までも青く、何処までも澄んでいた。
終
現実社会において。
例えば新人の頃から絶え間なく失敗を経験せずに月日を重ねる事は無いと言えるでしょう。
それは油断や技術的な未熟、又は絶対的な時間の不足や身体の不調、資金不足、或いは周囲からの妨害を含む環境的な要因によるものであったり。
そうして様々な経験をする中で、人は失敗に学び、次に活かそうとして成長するものだと私は思います。
だとすれば、そのニガく苦しい失敗の数々こそが、ホントはとても重要なのではないでしょうか。
そこから目を背けず、次に繋げるために、まるで鉋屑を積み上げるかのように薄く、薄く何層も重ね続け‥‥
容易に負けない強固な体質とはそうして出来るものかも知れません。
最後までお付き合いを頂き、ありがとうございました。
P.S
新作「AMATERASU」を、明後日10日から公開開始いたします。
「五縄の桜」から一部のキャラを引き継いだ形になりましたが、全く趣を変えたバイオ・ハザード系のアクション物‥‥の筈です。多分。
また、お気にいって頂ければ幸いに存じます。
潜水艦7号拝




