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五縄の桜  作者: 潜水艦7号
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物言わぬ『時計』が雄弁に物語りしは

「な‥‥何を言ってるの‥‥?」

突然に現れた柳枝の弁に、アザミは困惑していた。


「だって!このルールは『今日の12時』がタイムミリットなのよ!もう、『それ』は過ぎてるわ!」


アザミは再度、自分の腕時計を確認する。

時計の針は『12時05分』を示していた。


すると柳枝はアザミの元へと近寄ってきて、手にしていた懐中時計を出して見せた。


「‥‥これを見給え。今の本当の時間は『11時59分』だ。君が『12時タイムミリットの時点で三代兼光を手にしていた方が勝ち』と言うのなら、間もなく『勝者』は桜生君という事になるな‥‥」


「え‥‥?」

まじまじと、アザミが柳枝の懐中時計を覗き込む。


確かに、その指針は『11時59分』を指し、間もなく12時丁度を示めそうとしている。


「‥‥私は猟友会で『熊撃ち』をしているからね。仲間との連携は命なんだ。だから時計の時間には相当に拘って合わせてるよ。‥‥間違いなく、今この瞬間こそが‥‥うん、今『12時』になったよ」

柳枝は、そう断言してみせた。


「え‥‥じゃ、じゃぁアタシの時計が狂ってるっ言うの?!そんなハズは無いわっ!こ、この時計はっ!」

アザミが自分の腕時計を指さして見せる。


「ああ、私でも知ってるよ‥‥それは『フランソワ・デューラー』のブランド時計だろ?‥‥君のような若輩には少々華美に過ぎる気がして、眼についたからね。だが『そのモデル』は比較的安価な電波時計だろう?」


アザミの腕時計を、柳枝が見つめる。


「‥‥私はこの山に昔から入っているから知っているが『この近辺』では、時計の標準時間の電波は『ほとんど届かない』ぞ?」


うっ‥‥と、アザミが一瞬たじろぐ。しかし、


「そうよ!『電波時計』よっ!でも‥‥でも、チャンと家を出る前には『合わせて来た』わ!この時計の機構部(ムーブメント)の精度は『月差5秒』よ!そんな数日ばかりの話で『6分も進む』なんて、考えられないわっ!」


有り得ない‥‥!

アザミは信じられなかった。


何があって、柳枝は『アザミの勝ち』を認めようとしないのか?

それとも勝者たる『アタシ』が女だから?女だから『認める訳には行かない』とか‥‥?

疑念が頭の中を渦巻いていた。


すると、そこへ。


「柳枝先生、言われたとおり『時間になった』ので持って来ましたが‥‥」

屋上に、柏木が姿を見せた。


「おお、済まないね。それをこっちに寄越してくれ給え」


柳枝が柏木から受け取ったのは、エントランスに打ち捨てられていた桜生の『リュック』だった。


「ああ‥‥やっぱりな。『これ』だよ」

柳枝が、リュックから筆箱のようなものを取り出す。それは赤いLEDの光がチカチカと光っていて、表面には時計のデジタル表示が出てた。


「何‥‥それ?」


「うん、『これ』はね。『電波時計用の発信機』さ。一般家庭とか工場でも、ちょっと陰に入っただけで電波時計は電波が入らなくて狂ってしまうからね。そこで、こういう発信機を使って『補正』を掛けるのさ。‥‥『これ』は業務用のかなりイイやつだな‥‥少し高いのがアレだけど」


思わず、アザミはその『発信機』が示す時間に見入った。


「こ‥‥これは‥‥!」

そして、自分の時計の針を確認する。


そのふたつの時間は、完全に一致していた。


「そう、アザミ君が信じていた『時間』は、この発信機が出していた『6分進んだ時間』を受信したものなんだよ。‥‥納得したかい?」


まさか‥‥そんな事が‥‥


そう言えば。

ふと、思い出した事がある。


桜生と笹川が対戦した時、桜生は『11時ジャスト』に姿を現した。

骸島も此処と同じく『電波状態の良くない』孤島だが、そんな中でも桜生は『丁度の時間』を認識していた。その誤差は1秒も無かったと思う。


それだけの時間に対する『拘り』が、彼にはあったのだ。そう、桜生には‥‥だ。

或いは、それは叔父にあたる柳枝に通じるものが有るのかも知れない。


頭の中が真っ白になる。

呆然として、何も思考が進まなくなる。

身体中の力が一気に抜ける気がする。


「私は、君を幼少期から知っているが‥‥アザミ君は昔から『好き・嫌い』がハッキリしているだろう?好きなモノはとことん好きだし、嫌いなものは一切を受け付けない。多分だが、桜生君は何処かで君が『その時計』をしているのを、見ていたんじゃないのかな?」


言われてみれば。

笹川の別荘で昼飯を食べた時、確かに桜生はアザミの横に居た。


「ベルトの『擦れ』とか、金属部のメッキの剥げ具合を見れば『愛用の度合い』を測る事が出来るからね。桜生君はそれを見て『最後の闘いでも、それを着けてくるに違いない』と読んでいたんだろう」


ハッ‥‥とアザミは思い当たった。

桜生が『電源を落とした理由』だ。


山下も言っていたが、此処では山陰のせいでスマホや地デジはおろか、ラジオですら受信出来ない。これでパソコンの電源が落ちれば、もう時間を知る手段は『自分の腕時計』に頼る他ない。


もしかして『それ』が‥‥本当の『狙い』‥‥?


「私が『この場』に来たのはアザミ君に頼まれただけじゃないんだ。実は片桐さんから『勝敗の現認』を頼まれていたんだよ。‥‥何しろ、第三者による確認が要るからね」


柳枝が手招きをして柏木を呼び寄せる。

「すまんな、桜生君をおぶって下の車まで運んでくれ。私では彼は重すぎるからさ」


その傍らで、アザミは膝を落として力なく座り込んでいた。

「せ‥‥先生は『それ』に感づいていたんですか‥‥?」


「うん‥‥何と無くは、だけどね。何しろ私は電気工事の仕事で『そういうものがある』のを知っていたからな。でも、最初に私は君に言った筈だ。『私はどちらの味方でもない』ってね」


「‥‥っ!!」

ガクリと、アザミが(こうべ)を垂れる。


くそっ‥‥‥また‥‥アタシは‥‥『見返せなかった』‥‥のか‥‥





次回、『最終回』になります。

ご愛読、ありがとうございます。

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