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五縄の桜  作者: 潜水艦7号
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最後に『刀』を手にする者こそが

『女のクセに』


それが、アザミにとって最も嫌いな言葉だった。

何かにつけて、世間は自分に『女』を押し付けてくる。


『女だてらに武術など』

『女の子が喧嘩だなんて』

『女子なんだから、もっとお淑やかに』


私が『女』だから?女だから『何だ』と言うのだ。

『カワイイ』?『女子力』?『モテるコーデ』?


ザケンじゃねーよ!アタシにゃ、アタシの『道』ってモンがあるんだよ!

アタシを形作るDNAの設計図が、アタシに進むべき『道』を指し示すのサ。それの何が悪いっていうんだ?


見てろ、何時か必ず『見返してやる!』

そう、何時か必ず‥‥!


そして。

今、アザミの足元には桜生が横たわっている。


日本柔道界期待の楠が、剛腕故に対戦相手すら居ないという柏木が、合気界最強と目される(ダンナ)が、実戦剣術の雄たる笹川がっ!


その(いずれ)を以ってしても勝てなかった『片桐桜生』がっっ!

今こうして自分の足元にひれ伏している。


「勝ったっ‥‥勝った‥‥」

今まで溜めに溜めた鬱屈したストレスが、まるで極限にまで膨らんだ風船に針を突き刺したが如くに弾け飛ぶ気がする。


これを『歓喜』と言わずして何と言おうか!


「食らぇい!」

力一杯、桜生の身体を蹴っ飛ばしてみる。


無論、50kgに満たないアザミの蹴りでは80kgを超える桜生を動かすほどでは無い‥‥はずなのだが。


ゴロン‥‥


桜生の身体が横倒しに変わった。

「うっ!」

アザミがたじろぐ。


桜生の眼が開いている。

その視線はアザミの顔をしっかりと捉えていた。


「まさかっ!意識があるのっ?!」


『目線』で相手の気を逸らすのは五縄流合気の『基本』だから、アザミとてその知識が無い事はない。しかし、この時ばかりは完全に『釣られた』。


アザミが気を取られた瞬間に、桜生の右手がアザミの足首を掴んだ。


「ぐっ‥‥!何をするっ」


ググ‥‥

ゆっくりと、最後の力を振り絞って、フラフラでありながらも、桜生が身体を起こす。

その眼光鋭きこと虎‥‥いや、『鬼の如し』と例えるべきか。


「うっ‥‥!」

アザミがその気迫に圧倒される。


「馬鹿な‥‥痺香を浴びて動ける筈など無いというのにっ‥‥!」

いや‥‥ひとつだけ『有り得る』とするならば。


そう、桜生はこの屋上に現れた瞬間から『呼吸を止めていた』のだ。


桜生は『アザミは痺香を遣う気だろう』と読んでいた。何しろ『暗術』とは『暗殺術』のことであり、毒薬の調合は隠れもなき其の奥義なのだから。


弱腕のアザミが『桜生に絶対の攻撃』を与えられるとすれば、銃撃か毒ガスに依るものと考えていい。そして、アザミの体格では銃撃には向いていない。


であれば、必然的に『手段』は絞られてくる。

だとすると、充満したガスが逃げ場を失う『校舎の中での使用』は考えにくかろう。


開けた場所で、近くに居るであろう自分(アザミ)だけは影響を受けないロケーションが確保出来るところだ。‥‥されば、その最有力候補は『屋上』に違いない、と。


人間が呼吸を止めていられる時間は、常人なら『2分程度』が限界とされる。

無論、桜生の肺活量が万全であれば『もう少し』止めていられるであろうが、今はその『2分』が限界線と言っていい。

桜生は、その『2分』に賭けていた。


今の身体の状態なら、自分からアザミを捕獲するのは困難を極めるだろう。となると、『アザミの方から』自分に近寄ってもらう他、手はない。

そのためには『あえて』痺香を受け、アザミの『油断』を誘うしか手は残っていなかった。


後は、アザミが自分の足元に来るまでの間、息が続くか・否かの勝負なのだ。アザミが傍に来たのなら、その時はもう呼吸をしても安全の筈なのだから。


呼吸は完全に止めた『つもり』ではあったが、それでも疲労が蓄積された肺に無理は利かなかった。

僅かに吸った『痺香』が身体に残された最後の体力を容赦なく奪っていく。


ギリギリ‥‥本当にギリギリで、アザミの足首に手が届いた。

それはもう、計算でも必然でもなく『必死で掴んだ勝機』なのだ。


後る仕事は‥‥

次の瞬間、桜生がアザミが握る『三代兼光』を奪い取る。


そして。


しっかりと刀をつかんだまま、そのままに地面に突っ伏して‥‥

今度こそ、本当に昏倒した。


「な‥‥何を踏ん張ってのよ‥‥ア‥‥アタシの勝ちなのよ!?すでにっ!」

アザミは混乱していた。


時計の指針はタイムミリットである12時を回っている。此処で刀を奪い獲ったところで勝敗は決しているのだ。

或いは、それは意識朦朧とした桜生の『最後の抵抗』なのか‥‥?


すると、その時。

「アザミ君の勝ち?‥‥いや‥‥それは『違う』な」


背後からの声にハッとして、アザミが振り返る。


そこに立っていたのは、校庭に居たはずの柳枝だった。


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