『削る』に徹し、容赦とて無し
『削る』
この闘いにおけるアザミの戦略は、この一言に尽きると言っていい。
例え笹川や柏木のように『一撃必殺』の戦術がなくとも、只管に間断なく、僅かづつでも『削り続ける』ことで、やがては桜生の息の根に『手が届く』と。
その意味では、此処までの進捗はアザミにとって極めて『順調』と言える。
確かに笹川から受けたダメージは大きいが、更に険しい野山の行軍や熊との遭遇、山下からの『銃撃』で、着実に桜生は『削られて』いた。
もはや上の階を目指して階段を昇るにも、呼吸に気を配る必要があるほどだ。
「うむ‥‥」
対して、葛城は決して『手練れ』とは言えないが『万全』である。
此の差は大きい。
しかも、葛城の勝利条件は『一本』でも『ポイント差』でもなく『時間稼ぎ』なのだ。必ずしも桜生を『仕留める』必要がない。
飛び道具を持たない桜生にとって、この『障害』は重かった。
ふたりとも、これが短時間での決着になる事を理解していた。
決着が長引けば、桜生の体力・精神力が限界を迎える。そうなれば、何もせずとも葛城は目的を達してしまうからだ。
さぁ‥‥来るなら来い‥‥
葛城は『遠間からの飛び込み』を想定している。
例えば跳び蹴りなどの技で『飛び込んで』来られると、木刀でこれに対抗するのは難しい。同じく、高速タックルなども同様である。
なので更に遠い間合いを維持しつつ、あわよくば『打ち込もう』という策なのだ。
「‥‥。」
ギシリ‥‥
しばし止まっていた桜生だったが、まるで木刀など意に介さないかように葛城の方に向かって歩き始めた。
こいつ‥‥恐怖感とか無いのか‥‥
葛城がたじろぐ。
いくらこちらの得物が木刀とは言え、まともに頭蓋へ決まれば唯では済まないだろう。
史実にある通り、宮本武蔵は佐々木小次郎を『木刀のようなもの』で打ち破っている。刃物ではないとは言え、決っして殺傷力が低いという事はないのだ。
いいだろう‥‥ならば、その頭に叩き込んでやるのみ!
葛城は青眼から得意の上段へ構えを移す。
手に汗が滲む。
微かに足元が震える気がする。
胃液が逆流するような嘔吐感がある。
こうなればもう『読み合い』も何もない。『その間合い』に入った瞬間に、どちらが『決めるか』という単純勝負だ。
桜生が、間合いに入った。
「キェェェェッッ!!」
掛け声とともに、葛城が木刀を振り下ろす。
次の瞬間、桜生の左手が木刀の側面を捉え、そのまま大きく身体を左に逸した。
外したかっ!
葛城が気付いた時、桜生の左手は木刀をがっちりと握り込み、そのままグイとばかりに葛城を自分の方に引き込んだ。
「ぐっ‥‥!」
堪らず、葛城の身体が前に流れる。
そして。
突如、眼の前に桜生が放つカウンターの『掌底』が迫っていた。
その渾身の一撃に、葛城は為す術も無く床に叩きつけられた。
「‥‥。」
昏倒して広間に大の字になった葛城を尻目に、ヨロヨロと桜生が広間を出る。
もう、一撃とて放つ余力は残って無かった。
「あっちゃぁ!えぇっ、『もう終わり』なのぉ!まったく‥‥もう少し粘ってくると思ってたのにぃ」
モニターで様子を見ていたアザミは不服そうに悪態をついた。
「最後のアレは『当身術』の『引き波』かぁ‥‥まぁ、相手の方が体重が軽ければ有効な打撃技よね」
さて‥‥と、アザミが気持ちを入れ替える。
「ま、さ、か。このまま『時間まで待機』して体力回復とか‥‥させないわよん!」
無論、アザミは徹底的に『削ぐ』つもりなのだ。
それは、あたかも傷ついた鼠をいたぶる猫のような‥‥
「どーれにしようかなぁ。色々と用意してあるからねぇ」
モニターで桜生の姿を確認しながら、手元のスイッチ類を嬉しそうに見つめる。
その時。
「ん‥‥?何こっちに眼くれてんのサ」
桜生がひとつのカメラに気付いたようである。じっとレンズを睨んでいた。
そして、ふっと何かがカメラの前を横切ったと思った途端に、
「あぁ!やりやがったっ!」
カメラからのデータが来なくなった。壊されたらしい。
「ヤなヤツだなぁ、それ高いのにサ。でも、そんなの1つや2つ壊されたところで『どう』ってモンじゃないわ。何れ何処かのカメラで補足でき‥‥」
プツン‥‥
突然、照明やPCの電源が全て切れた。
部屋の中は真っ暗である。
「えっ!何なに?どうしたの?停電?まさかの停電?」
慌てて電源を確認するが、電気は回復しない。
「まさか、このタイミングで発電機が壊れるとも思えないし‥‥」
万が一を考えて、発電機は屋上にある。今の位置から考えて桜生が発電機に細工出来るとは思えないが‥‥
いや、待て‥‥もしかしたら!
「短絡させた‥‥か‥‥」




