最後の『刺客』は待ち構えていた
柏木重道は壁にもたれ掛かったまま、微動だにする気配はない。
「心配には及ばん。自分はすでに『負けた身』よ。もう一度お前と闘う気はない」
桜生は足を止めて、じっと柏木を見据えている。
「自分はアザミ君に頼まれて『力仕事』をしに来ただけだ。『最高の舞台』を整えるためにな。無論、『それ』が掟としてグレーなのは理解しているが‥‥」
ジロリ、と柏木が桜生を睨む。
「お前、自分を『舐めてた』だろう?」
「‥‥?」
「狡猾な位に用心深いお前のことだ。『こうした事態』に陥るのを、最も警戒していたんじゃないのか?つまり、『以前に闘ったヤツが徒党を組んでリベンジに来る』というヤツだ」
桜生は、何も答えようとしない。
「お前が笹川先生を『斬った』と聞いて理解したよ。別に『寸止め』でも良かったハズなのに、何ゆえ『斬る』必要があるんだ?
何かあるとすれば‥‥それは今まさに自分たちがお前にしているのと同じ、つまりは『邪魔されないように留め置く』ことだ」
闇夜の校舎はシ‥‥ンとして静まり返っている。
「鏑君は呼吸不全で入院しているし、楠君も左肘がアレだから暫くは『ダメ』だろう。何れも『襲ってくる』気遣いはない‥‥だが、自分だけは比較的『軽傷』で済んだからな。
それはつまり『柏木なら襲ってきても害なし』と『舐めてた』証拠じゃないのか?‥‥それが分かって、少し癪に障ったよ。だから『手伝う』ことにしたんだ。なので『それ以上』をするつもりは、ない」
その言葉とおり、柏木に襲ってくる気配は感じられなかった。
『桜生は弱りきっている』
柏木はそう見てとった。
どうかな‥‥あと一撃、放てるか否か‥‥
その、桜生の歩き姿に柏木が『値踏み』する。
今ならば。
そう、今ならぱ容易に仕返しも出来よう。
柏木の心に悪魔が囁きかける。
しかし。
「‥‥!」
その瞬間、ジロリとはかりに桜生が柏木を睨み付ける。
「う‥‥!」
まるで、こちらの心中を読まれたかのようで柏木はたじろぎ、思い留まった。
カツン‥‥カツン‥‥
桜生が再び、階段を昇り始める。
「‥‥。」
そして柏木を横目で見ながら脇を抜ける。
なるほど、『敵う』『敵わず』で敵を選ばず‥‥か。
これだけの不利を背負いつつ、尚も柏木との再戦をも辞さない覚悟が桜生にはある。その根性たるや、如何にして成したるものか。
柏木は密かに舌を巻き、その後ろ姿を見送った。
桜生は3階に繋がる階段を見上げた。
「‥‥。」
何かを感じる。それは人間の発するものだ。
この校舎は3階建である。
校庭に柳枝が居て、1階には山下が居た。2階には柏木‥‥
そして、目指す『お宝』を持っているであろうアザミ本人はその上の『屋上に居る確率が高い』と桜生は考えていた。
だとすると、『3階』には誰が?
警戒しながら、ゆっくりと桜生は階段を昇っていく。
3階は広間になっていた。
「やぁ、来てくれたようだね。今、電気を点けるよ」
暗闇から声がして、広間に明かりが灯る。
「‥‥?」
そこに居たのは、桜生の見知らぬ顔だった。
「初めまして。片桐桜生君だね?私は‥‥葛城尊といって、笹川先生の弟子なんだ」
和装に木刀を構えるその男は、笹川から『出るな』と言われた『一番弟子』、葛城だった。
「いやまぁ‥‥私は笹川先生の弟子とは言っても、五縄流の一門ではなく飽くまで『笹川剣道場』の門下生だからさ。という事で、五縄流の『掟』に縛られる理由もない、と思うんだ」
「‥‥。」
『自分の腕を試してみたい』
その欲求は、葛城とて抑えきれるものではなかった。
それも、練習でもなければ試合でもない。『実戦』という舞台でだ。
なるほど、平素であれば葛城のそれは桜生と対等に戦えるほどの上手ではない。
しかし今は話が別だ。桜生の状態は『万全』と呼ぶには程遠いと言える。
さらにだ。
葛城は『殺す』とか『倒す』ことはアザミから望まれてはいない。
言われたのは「一撃入れば、それで充分」である。
例え木刀とは言え、今の状態なら一撃でも『良いの』が入れば動けなくなる可能性は高くなる。つまり『タイム・ミリット』だ。
『真剣ならいざ知らず、木刀ならば自分にも勝機はある』
葛城はそう考えていた。
「さぁ‥‥どうした?じっとしてると『時間』が無くなるぞ‥‥?」
葛城が木刀を青眼に構える。
桜生は確かに丸腰ではあるが、アザミからも『彼は全身が凶器だ』と聞いている。ならば、僅かとて容赦は禁物である。
まして、相手は師である笹川の腕を『斬った』男だ。
その仇を少しでも討てるのだとすれば、躊躇なぞ一切が無用であろう。
ギシ‥‥
広間の床が微かに軋む音がした。




