第二の刺客は銃を用いる
「ちっ‥‥!」
桜生はエントランスに駆け込むと、素早く上着を脱ぎ捨てた。
煙を吹いていた上着は見る々内に真っ黒く変色し、やがて跡形もなく溶けていった。
濃硫酸の弾丸か‥‥
桜生の『耐刃服』は、特殊なポリアミド繊維で出来ている。
この服の素材であるポリアラミドは分子間の結合が非常に強く、それによって『こすれ』や『切れ』に対して耐久性が高いのだ。
ではどうやって繊維として加工するのか。
実は、材料を濃硫酸に漬け込むことで分子間の結合を一時的に切っているのだ。
つまり『ポリアラミドは濃硫酸に弱い』と言える。
アザミは桜生が『耐刃服を着ている』と笹川に語っていたのを聞き逃さず、その対策を用意していたのだ。
問題はだ。
『誰が』これを撃ってきたのか‥‥という事である。
それは即ち、アザミと柳枝以外にまだ『誰か』が近くに居る事を示していた。
物陰に身を潜めながら、桜生はゆっくりと前へ進む。
やがて玄関ホールに出たところで、『その男』は待っていた。
「‥‥よぉ、また会ったな。この前は、随分と世話になったが‥‥」
この声には聞き覚えがある。
「‥‥お前、確か『山下』とかいう警察官か‥‥?」
その男は以前に楠と闘った際、桜生に銃弾を撃ち込んだ男だった。
「まぁな。覚えててくれて嬉しいぜ‥‥説明の手間ぁ省けるからな」
その時、玄関ホールにパッと照明が着いた。
「‥‥?」
「ふん、別に驚く事じゃねーだろ?単に照明のスイッチを入れただけだ。お互い、この方が見やすいだろうからよ‥‥」
よく見ると、山下の肩には突撃銃のようなものが掛かっている。それは先程『濃硫酸弾』を撃つのに使ったものだった。
「あ?『これ』か。これは実銃じゃぁねーよ。趣味でやってるサバゲー用のガス銃さ。チョイと『パワーアップ』はしてあるがな‥‥何しろ『実銃』は一発でも発射すると後の報告書が大変なんでね」
そう言って、山下はガス銃を肩から降ろす。
「ま‥‥所詮、こんなモノじゃ桜生を相手に出来ねーのは重々承知よ。だが、ご自慢の『耐刃服』が無くなって‥‥『これ』に耐えられるかな‥‥?」
チャキ‥‥
山下が構える『それ』を見て、桜生の顔色が変わる。
「ほう、知っていると見えるな?そうさ、いわゆる『テイザー・ガン』というヤツさ。今年、ウチの機動隊へ試験的に導入されたヤツでね。チョイと‥‥拝借してきたんだ」
テイザー・ガンとは電撃銃の一種である。
細い針を高速で撃ち出して相手に撃ち込む。そしてそれに繋がるコードから数万ボルトの電圧を掛ける事で、相手に電撃を与えて制圧するための武器なのだ。
これを撃ち込まれると、例えどれほど屈強な男でも一瞬にノックアウトされてしまう。
「‥‥っ」
射程にもよるが、耐刃服があればテイザー・ガンの針にも対抗出来る可能性は高いだろう。しかし、今は『それ』が無い。刺されば、その瞬間にアウトだ。
テイザーは有線での攻撃であるだけに、その射程はせいぜい数mである。
なので、よほど接近しない限り危険は無いのだが‥‥
「へへ‥‥お察しの通りよ。お前が目指す『お宝』は、オレの後ろにある階段の『先』さ‥‥」
山下はニヤニヤと嗤っている。
何しろ、山下には『焦る』理由がない。設定されたタイムミリットまで『のらり、くらり』と躱し続けていれば、それで良いのだ。
ジリ‥‥
桜生が『構え』を見せる。
「おいおい‥‥そんな『脅し』に乗せられるとでも思ってンのか?オレが『何も知らない』とでも?」
ピクっ‥‥と桜生の眉が動く。
「聞いたぜ‥‥?『結構な怪我』なんだろ、『それ』は」
山下が指をさす『桜生の胸』には、ドス黒く変色した『帯』がハッキリと残っている。
「‥‥。」
桜生は何も答えなかったが、それは間違いなく笹川と闘った際に『ついた』ものだ。
アザミが笹川の別荘に『片付け』に行った際、わざわざ黒壇翁を伴ったのは単なる『手伝い』ではなかった。
その真意は『笹川の刀を確認してもらう』ためだったのだ。
笹川の『刃』は本当に桜生へ『届いていなかった』のか‥‥?
果たして、アザミの予感は的中した。
黒壇翁は笹川の刀の『刃先』を伺い、そこに残る僅かな痕跡を観るに「達している」と断じた。
『達している』のだとすれば。
例えそれが『耐刃服』と言えど、中の人間が『無傷』という訳には行くまい。いくら特殊繊維とは言え、衝撃まで吸収できるものでは無いからだ。
ほぼ完璧なまでに笹川の『逆抜き不意打ち斬り』を読み切った桜生だが、それでも剣技の『キレ』においては笹川に明らかな『利』がある。
「恐らく、僅か数ミリの差だろう」
黒壇翁はそう言った。
その差、僅か数ミリが『届かなかった』事で桜生は致命傷を逃れ『辛うじて』ではあるものの、こうして動けているのだ。
いや、正確に言うならば桜生が『届かせ無かった』と表すべきか。
だが、それでも『達している』という事実に違いは無い。
アザミの読み通り、桜生は肋骨の何本かに深刻なダメージを負っていたのだ。
その傷が、桜生が激しく動くたびに容赦なく体力を奪っていく。
アザミが言った『疲れている』とは、そういう意味だったのだ。
蛍光灯の明かりに照らされて、桜生の顔に滴っている汗が光って見える。
「元気な時ならともかく‥‥その状態でマトモに渡り合えるかな‥‥?」
山下のテイザー・ガンは、桜生の胸にその照準を合わせていた。




