待ち構えしは、居る筈の無い男にて
2日目の夜が来た。
やはり、アザミの読み通りに日中『堂々と』桜生がやってくる事は無かった。
桜生が『動いた』のは、午後も10時を回ってからの事だった。
アザミの手元にあるセンサーに反応が出る。
「おっ!ついに来たわね‥‥!」
眼を見開いて、モニターを凝視する。
桜生が現れたのは『正門』からだった。
「うー~ん、そう来たかぁー。残念だなぁ『穴の空いたフェンス』とか、『一部が砕けたブロック塀』とか、色々と『入りやすそうな場所』を用意してあったんだけどなぁ‥‥トラップ付きで、だけど」
それでも、アザミは極めて楽しそうである。
モニターの向こうで、桜生は不規則に左右へ身体を振りながら中へと進んでいた。
「ははは、『ライフル対策』ってワケね!確かにスコープだと左右に振られる『的』は照準が合わせ難いからねぇ‥‥でもね」
ニヤっと、アザミが嗤う。
「ご心配なく。確かに『ライフル』は有るあるケドね。でも、それはアンタを撃ちやしないからサ。ま、『ライフルは』だけどね‥‥」
桜生は、尚も周囲を警戒しながら校舎へと近づいていく。
ふと、エントランスの付近に何者かが『座っている』のが見えた。
相手も、桜生に気がついたようである。
その『何者か』が立ち上がった。それほど大柄ではない。
「やぁ‥‥桜生君。初めまして‥‥と言いたいところだが、実は10年振りなんだ。‥‥君は覚えていないと思うがね?」
それは、合気術・柳枝鏑の父親だった。
実は桜生と柳枝は親戚にあたる。桜生の実母は柳枝の妹なのだ。
「‥‥アンタは‥‥もしや、柳枝鏑の‥‥?」
訝しがる桜生に、柳枝が近よる。
「ああ、よく分かったね。その通り、鏑の父親だよ。‥‥おっと、別に警戒してもらう必要はない。何しろ私は鏑の『敵討ち』に来た訳じゃないから」
「‥‥。」
桜生はそれでも警戒態勢を解いていない。
「私はアザミ君に頼まれて『手伝い』に来ただけさ。この闘いが滞りなく進むためにね。何しろこの辺りは『熊』が出るし、危ないから。私はね、この近辺の猟友会の会員になって長いんだよ」
そう言って、柳枝はライフル銃を担いでみせた。
「アンタか‥‥川べりに『岩魚』を突き刺さしてあったのは‥‥」
熊の習性を知りこその『罠』ではないのか、という意味である。もしも『そう』なら、それは『加担』と言えるだろう。
「いや、それは私じゃないよ。私もそこまでエゲつなくは無いからな‥‥何しろ、私の立場は『どちらにも味方はしない』だ‥‥」
両者の間に緊張が走る。
このまま、柳枝を捨て置いてよいものか。
桜生は考える。
なるほど、柳枝の立場は微妙と言えた。
『前回の宗家争いに出た門弟は、その次は権利がない』のがルールだとすると、そもそも現宗家が片桐と決まった時には、同門である柳枝には『出る資格そのもの』が無かったのだ。
笹川も『前回に出ていない』という理屈で桜生との闘いに臨んでいる事を考えれば、柳枝が『加担』したとしても全くの『掟破り』とは言い難い。
五縄流が『遣えるものは何でも使う』をモットーとするのなら、『柳枝の参戦』もまたアザミの用いる『手段のひとつ』と言えるだろう。後は、柳枝自身が何処まで『本気』なのかだが‥‥
ジリ‥
間合いを取りながら、桜生がエントランスの方に向かおうとした、その時。
バシッ!
「うっ‥‥!」
突然、桜生の胸に痛みが走る。何かが胸に当たったのだ。
『ライフル』は柳枝が持ったままだ。それに銃声は聞こえなかった。
が‥‥!
着弾した箇所から煙がたなびき、鼻を突く強烈な異臭がする。
「これは‥‥!」
桜生の顔色が変わる。
バシッ!バシッ!
続けざまに2発、桜生の上半身に何かが『着弾』する。そして、先程と同じように異臭を放って煙を吹き出し始めた。
「くっ‥‥!」
堪らず、桜生がその場を駆け出す。
慌ててエントランスに逃げ込む桜生の背中を見つめながら、柳枝が呟く。
「はは‥‥私に気を取られすぎて、狙撃手に気づかなかったか‥‥彼の『気』をそこまで逸らせられるとはね。いや、私もまだまだ『捨てたもんじゃない』な‥‥」




