闇夜に山を駆け、その身を潜める
「あぁっははははっ!いや~ヤるじゃん!爆竹ぅ?相変わらず、用意がいいなぁ!」
仕掛けられたカメラからの録画映像を見ながら、アザミは大笑いをしていた。
「なるほどねぇ、流石の熊チャンも火薬の匂いはキライだろうしねぇ!」
「‥‥ヒグマじゃぁあるまいし‥‥期待が過ぎた、というものではないのか?」
嬉しそうに身体を揺らすアザミの後ろで、声がする。
「良~いのよ。別に熊に殺させるとか、そういう予定じゃないから」
ふふ、とアザミが嗤う。
「なら‥‥何で熊に襲わせたんだ?」
「決まってるじゃない。『削る』ためよ?体力的にも、神経的にもね。最終決戦に向けて、少しでも劣勢に追い込んでおかないとサ。こちとら『か弱い女子高生』なんだから」
嬉しそうに、アザミがモニターを見つめる。
「『か弱い』か‥‥エゲツなさ過ぎて、とても『そう』は思えんがな‥‥で、桜生は今、何処に居るんだ?」
「位置?さぁ、分かんない」
サラッと、アザミが返す。
「‥‥見失ったのか‥‥?」
「うん、そうみたい。何処のカメラにも反応ないし。こりゃかなり山奥に入ったかな?こっちも熊さんは『シュミじゃない』から、それほど山奥まではカメラを着けてないからね」
「もしかして‥‥こちらに『気付いた』かな?」
もしも桜生がカメラの存在に『気付いた』とすれば、アザミが単独ではなく『協力者が居る』と考えても不思議はない。
「かーもねー?イイじゃん、別に。こっちも隠す気ないしサ」
「しかし、本当に『来る』んだろうな?桜生は‥‥?」
「当ったり前じゃーん!来るわよ、間違いなくね‥‥多分また『闇に紛れて』来るつもりでしょうよ。お得意のね‥‥」
日中堂々と姿を現す可能性は低い、とアザミは見ていた。
目的地の学校に近寄った際、最悪の場合は『狙撃』というリスクが想定出来るからだ。
何しろアザミのサイドは『熊が出る』ことすら計算に入れている。
ということは、自己防衛のために万全の『熊対策』を持って此処に来ている可能性が高い。
つまり『猟銃』である。
それも、熊を相手に散弾銃では話にならない。より威力のある『ライフル』だ。
これで遠距離から狙われれば、嗚呼も云もない。例え射殺されなかったとしても『足止め』か『リタイヤ』は間違いない。
無論、暗視用のスコープも市販されてはいるが、昼間より視界が狭くなって見にくくなるのは避けれない。だとすれば、十分に暗くなってからやって来る‥‥というのがアザミの『読み』なのだ。
果たして、その読みは的中していた。
桜生はツキノワグマを撃退した後、そのまま川べりを捨てて山中へと分け入って行った。
『爆竹が有効』だと分かったのもあるが、一番の理由はアザミが『ツキノワグマの存在を理解している』からだ。
その恐ろしさを分かっているからこその、『けしかけ』なのだ。
であれば、いくらトラップ設置のためとはいえ、危険を避けるために山中深くには入っていないだろう‥‥と考えていた。
とすると、此処は無理をしてでも山中を掻き分けて目的地に接近しておきたかった。
その上で日中は身を潜めて体力の回復と温存を図り、夜襲をかける。
それが、桜生の戦略であった。
桜生の眼には、用意していた暗視用ゴーグルが着けられている。
それが僅かな星明かりを増幅して、険しい山中をひたすらに前進していた。
やがて、開けた場所に出た。
廃村である。
その向こうに、コンクリート製の建物が見える。
「‥‥あれだな」
じっと眼を凝らすと、中から僅かな明かりが溢れているのが伺えた。
「‥‥。」
だが、今は突入するには不利だ。
何しろ一晩中、山中を走破して体力が削られすぎている。
‥‥やはり、勝負は明日だな。
桜生は静かに山肌を降りる。
注意して、辺りを見渡しながら。
すると、眼前に一筋の『光』が走っているのが見えた。
その端を見ると、そこには弁当箱ほどの黒い箱が隠されていた。
屋外用の赤外線センサーである。
やはり、此処を降ると読んでいるか‥‥
夜間のうちに山を降りたかった理由が『これ』だ。
赤外線センサーの光は夜間なら判別がつくが、日中では太陽光と区別がつかず感知が難しいのだ。
桜生は、それを慎重に掻い潜って道路に降りると、そのまま廃屋のひとつに潜り込んだ。
足元に打ち捨てられた古いハンガーが落ちているのが見える。
「‥‥。」
桜生は何も言わずそれを拾い上げ、じっと見つめた。




