人間ならざるモノとて相手とすれば
桜生が足を止めた先には、串に刺した川魚が何匹も地面に突き立ててあった。
大きさはどれも20~30cmほどはあろうか。それは岩魚だった。
「‥‥。」
問題は、だ。
それらに『食べた跡』が残っていることだ。
その噛跡を見る限り、口の大きさは人間か、もしくはそれよりも大きいかも知れなかった。鋭い牙で食いちぎられた形跡が残っている。
間違いなく『ツキノワグマ』である。
『誰か』が、これらの魚を釣って『放置』したのだ。それに引き寄せられるであろう熊のために‥‥?
顔を上げて、桜生が太陽を確認する。
山の日暮れは早い。陽は、すでに山陰に隠れつつあった。
「‥‥急ぐか」
桜生が呟く。
ツキノワグマは基本的に夜行性である。なので太陽が出ている間は比較的に安全だと言えるだろうからだ。
アザミが仕掛けた人工的なトラップもあるが、それよりも熊に遭遇した時の方がリスクが大きい。
桜生は先を急いだ。
しかし、川べりはどうしても障害物が多い。道路を進むような訳には行かないのだ。
いくらも進まないうちに、陽は完全に山陰に没した。
「‥‥。」
状況が良くないのは確かだ。
気の所為か、微かに獣臭がするような気がする。
「うむ‥‥仕方ないな‥‥野宿にするか‥‥」
背中から荷物を降ろす。
夜間は昼間よりも『音』が遠くまで届く。そのため、下手に動き回ると『動作音』で熊に感知される危険があると、桜生は考えていた。
もともと、すんなりと目的地に到着出来るとは夢にも思ってはいない。こういう事態も充分に考えて支度をしてきたつもりだ。
火は使えない。明かりはこちらの居場所を教えるようなものだからだ。
岩陰に身を潜め、じっとして気配を殺す。
それは、夜も更けてきた頃合いだった。
山の向こうでフクロウの鳴く声がする。
川のせせらぎが、よく聞こえる。
その時、
ミシリ‥‥ミシリ‥‥
玉砂利を踏む音が、桜生の耳に聞こえた。
‥‥!
桜生が目を開ける。
だが、僅かでも動けば相手に位置を悟られる。
一分も身体を動かさないまま、目だけで前方を確認する。
居た‥‥
紛れもなく、ツキノワグマだ。
大きい‥‥
オスだろうか。体重にして150‥‥いや、180kgはあるだろうか?少なくとも柏木よりは大柄だろう。
フンフンと、しきりに辺りを嗅ぎ回っている。何かを探しているのだ。
このままやり過ごせるのか‥‥?
桜生は考えを巡らせる。
出来れば、あまり騒ぎたくは無いのだが‥‥
ツキノワグマは『一頭』ではない。ここで派手に騒いでしまうと、他の熊にまで自分の存在を知らせる結果にも成りかねないのだ。
だが、そうも言ってはいられないようである。
何しろ如何に桜生が手練であったとしても、大人のツキノワグマ相手に体力で相手になろう筈が無いのだから。
熊の力は文字通り『ケタ違い』だ。
僅か50kgほどの子グマであっても、その力は捕獲用の鉄格子を曲げられるほども有る。超一級の危険生物なのだ。
そっ‥‥と、桜生がポケットに手をやる。
そして、中から何かを取り出した。
気配を殺すの止め、すっ‥‥と立ち上がる。
ビクッとして熊が桜生に気付いた。
その距離は3mほどに近寄っている。
「‥‥ふんっ!」
桜生が手に持っていたものを、地面に叩きつけた。
バババババン!!
突然、大きな音と共に閃光が走る。
それは、爆竹だった。
煙が消えたとき、熊は其の場を立ち去っていた。
「ふっ‥‥う」
桜生の額から、汗が吹き出て来た。




