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五縄の桜  作者: 潜水艦7号
30/41

人間ならざるモノとて相手とすれば

桜生が足を止めた先には、串に刺した川魚が何匹も地面に突き立ててあった。

大きさはどれも20~30cmほどはあろうか。それは岩魚(イワナ)だった。


「‥‥。」


問題は、だ。

それらに『食べた跡』が残っていることだ。


その噛跡を見る限り、口の大きさは人間か、もしくはそれよりも大きいかも知れなかった。鋭い牙で食いちぎられた形跡が残っている。


間違いなく『ツキノワグマ』である。


『誰か』が、これらの魚を釣って『放置』したのだ。それに引き寄せられるであろう熊のために‥‥?

顔を上げて、桜生が太陽を確認する。


山の日暮れは早い。陽は、すでに山陰に隠れつつあった。


「‥‥急ぐか」

桜生が呟く。


ツキノワグマは基本的に夜行性である。なので太陽が出ている間は比較的に安全だと言えるだろうからだ。


アザミが仕掛けた人工的なトラップもあるが、それよりも熊に遭遇した時の方がリスクが大きい。

桜生は先を急いだ。


しかし、川べりはどうしても障害物が多い。道路を進むような訳には行かないのだ。

いくらも進まないうちに、陽は完全に山陰に没した。


「‥‥。」


状況が良くないのは確かだ。

気の所為か、微かに獣臭がするような気がする。


「うむ‥‥仕方ないな‥‥野宿にするか‥‥」

背中から荷物を降ろす。


夜間は昼間よりも『音』が遠くまで届く。そのため、下手に動き回ると『動作音』で熊に感知される危険があると、桜生は考えていた。


もともと、すんなりと目的地に到着出来るとは夢にも思ってはいない。こういう事態も充分に考えて支度をしてきたつもりだ。


火は使えない。明かりはこちらの居場所を教えるようなものだからだ。


岩陰に身を潜め、じっとして気配を殺す。




それは、夜も更けてきた頃合いだった。


山の向こうでフクロウの鳴く声がする。

川のせせらぎが、よく聞こえる。


その時、


ミシリ‥‥ミシリ‥‥

玉砂利を踏む音が、桜生の耳に聞こえた。


‥‥!


桜生が目を開ける。


だが、僅かでも動けば相手に位置を悟られる。

一分も身体を動かさないまま、目だけで前方を確認する。


居た‥‥


紛れもなく、ツキノワグマだ。


大きい‥‥

オスだろうか。体重にして150‥‥いや、180kgはあるだろうか?少なくとも柏木よりは大柄だろう。

フンフンと、しきりに辺りを嗅ぎ回っている。何かを探しているのだ。


このままやり過ごせるのか‥‥?

桜生は考えを巡らせる。


出来れば、あまり騒ぎたくは無いのだが‥‥


ツキノワグマは『一頭』ではない。ここで派手に騒いでしまうと、他の熊にまで自分の存在を知らせる結果にも成りかねないのだ。


だが、そうも言ってはいられないようである。

何しろ如何に桜生が手練であったとしても、大人のツキノワグマ相手に体力(フィジカル)で相手になろう筈が無いのだから。


熊の力は文字通り『ケタ違い』だ。

僅か50kgほどの子グマであっても、その力は捕獲用の鉄格子を曲げられるほども有る。超一級の危険生物なのだ。


そっ‥‥と、桜生がポケットに手をやる。

そして、中から何かを取り出した。


気配を殺すの止め、すっ‥‥と立ち上がる。


ビクッとして熊が桜生に気付いた。

その距離は3mほどに近寄っている。


「‥‥ふんっ!」

桜生が手に持っていたものを、地面に叩きつけた。


バババババン!!


突然、大きな音と共に閃光が走る。


それは、爆竹だった。


煙が消えたとき、熊は其の場を立ち去っていた。


「ふっ‥‥う」


桜生の額から、汗が吹き出て来た。





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