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五縄の桜  作者: 潜水艦7号
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船が港を目指して進みゆく道すがら

「君は‥‥怪我は無いのか‥‥?手応えは‥‥あったと思ったが‥‥」

か細い声で、笹川が桜生に尋ねる。


3人を乗せた船は一路、港町目掛けて全速力で進んでいた。


「‥‥問題ない。一応、耐刃服だからな‥‥」

桜生の顔は進行方向を向き、笹川と眼を合わせないようにしている。


「はは‥‥そうか‥‥なるほど‥‥用意がいいんだな‥‥」


桜生は楠と闘った折にも拳銃の弾を浴びているが、その時も今回と同じ素材の服を着ていた事が幸いして大事には至っていないのだ。

その繊維はポリアミド系の特殊樹脂で編み込まれており、『少々』の攻撃からなら充分な防御力を発揮できた。

無論、それでも限度はあるが‥‥


「うむ‥‥」

むくり、と笹川が上体を起こし、船べりに預けて座り直した。


「ふふ‥‥『あの技』はな‥‥昔、私が見た『椿三十郎』という映画で‥‥主人公が遣った『逆抜き不意打ち斬り』というものでな‥‥はぁ‥‥はぁ‥」


笹川は、どうにか呼吸を落ち着かせようとしていた。

額には汗が滴っている。


「ふぅ‥‥それを人知れず自分なりに‥‥研究して‥‥いたのだよ‥‥もっとも‥‥君がそこまで動けているという事は‥‥ある程度、太刀筋が読めていたという証左だろう‥‥

つまり、君は『知っていた』の‥‥かな‥‥?」


その問いかけに、尚も桜生は横を向いたままだった。

「‥‥他流派であれ何であれ『遣えるものは何でも遣う』のが、五縄流だからな」


「なるほど‥‥如何にも片桐先生の弟子らしい物言いだよ‥‥だが、どうして私が『逆抜き不意打ち斬り』を遣う、と‥‥分かったのだ‥‥? 済まんな、どうしても『それ』だけは聞いておきたい‥‥」


笹川の腹が、呼吸で大きく動いているのが分かる。


桜生はチラリとだけ笹川の方を向いて、また進行方向に眼を転じた。


「‥‥最初、アンタが『昼飯』と言い出した時はその意図が分からなかったが‥‥飯を食っている時のアンタは明らかに何か『考え事』をしているようだった。

人間は集中して何かを考えてる時に無意識に口や顎が動く事で、考えが外に『漏れる』事があるからな‥‥

アンタは『それ』を嫌って口を動かしながらの考え事をしているのだ‥‥と、オレは解釈した」


ふふ‥‥と、笹川が小さく笑う。


まぁ‥‥確かにそうなんだがね‥‥


「‥‥だが、食い終わってアザミが『皿を片付ける』のを、アンタは『後で自分がやる』と言ったな‥‥? それで『何か余程に圧倒的な手を用意しているな』‥‥とオレは察した。そこで、アンタより早めに砂浜に戻って様子を見ていたんだ」


ああ‥‥そうだな、確かに『そう言った』‥‥何しろ自信があったからな‥‥


「‥‥そしたら、アンタが腰に差し直した『刀』が短くなっていたな‥‥?飯前に遣っていた刀は二尺五寸ほどだったが、飯の後に差していたのはそれよりも一寸か、一寸五分ほど短い『違う刀』だった‥‥それは多分『抜きやすくする為』だったんじゃないのか?」


まさしく、その通りだった。


左手で抜くとなるとストロークが短くなる分、長い刀は抜き難くなるのだ。

そのため『逆抜き』を遣うには短かめの刀が適している。しかし、最初から短寸の刀を持てば狙いがバレる恐れがある。


そこで、だ。

人間の心理として『午前と午後とで刀が違う』とは思わないものだ。どうしても無意識に『同じもの』と認識しやすい。


それが故に午前は『あえて』刀身を見せて間合いを測らせ、『仕切り直し』で刀を変えたのだ。

『昼飯』を挟んだ最大の理由は、その『入替え』を自然に行うためだった。


「よく‥‥気付いたな‥‥流石だよ‥‥しかし‥‥それでも『それ』が『逆抜き』に直結するとは‥‥思えんがね‥‥」


「‥‥。」

しばし、桜生は間を置いた。


そして、重い口を開く。

「刃がな‥‥『上下逆』になっていたからな‥‥『最速』を狙うなら『それ』だろうと思ったまでだ」


まったく‥‥良く観てるものだな‥‥

笹川には、ようやく合点が行った。


「そうか‥‥なるほどね‥‥」


午前中、笹川の刀は刃が『上』を向けて腰に差されていた。


『逆抜き』の技は左で刀を抜き、そのまま『下から』斬り上げるため、刃が下向きである必要がある。

そこで笹川は『下からの斬り上げ』を悟られぬよう『自分は上から斬り掛かるぞ』と見せかけるために、午前中は『刃を上向き』にしてワザワザ抜いて見せたのだ。


そして、再開時には刃が下になるように『差し直し』をしていた。


アザミは、師匠であり祖父である黒檀翁から手解きを受けていたので、その技を知っていた。

其れ故、刀の違いから『逆抜き』を察知出来たのだ。


勿論、そうした『違い』を見抜かれないために笹川はあえて刀身の『反り』が少ない刀を選んではいた。

しかしそれも正面からなら判別しづらいが、桜生は開始線まで歩いてくる途中の段階で『そこ』に着目していたのだ。


なるほど‥‥なるほど‥‥抜け目が無いというか‥‥流石は『(むじな)』と呼ばれた片桐先生の弟子だけの事はある‥‥


笹川はそっと、目を閉じた。




船が港は入ると、そこにはすでに病院の車が待機していた。アザミが病院に手配を依頼していたのだ。


アザミが笹川に「別荘の始末をしてくる」と申し出たので、笹川は「世話をかける」と言って鍵を渡した。何しろ、二度と『泥棒』に入られるのは御免である。


すると、アザミは笹川の耳元で何かを囁いた。


「う‥‥それは‥‥」

一瞬、笹川の表情が曇るが「‥‥任せる」と諦め顔になった。


そして、笹川はそのまま救急搬送されていった。



「‥‥。」


その後ろ姿を見送ってから、アザミは再び船に乗り込む。

「じゃぁね。アタシはこれから笹川先生の別荘を片付けに行ってくるから」


船のエンジンがブルル‥‥と音を立てて始動する。


それを見て向きを変える桜生に、アザミが「言い忘れたケド」と付け加える。


「いよいよ『最後(アタシ)』っワケよね?でもさ、アタシって『護身』とかシュミじゃないし。むしろ『襲う側』じゃん?『暗術』ってそういうモノだしサ。だから『そういうルール』でやらせて貰うわ。また、片桐先生に言っておくから」


そう言って、アザミの船は船着き場を離れる。


その姿を眼で追ってから、桜生はその場を立ち去った。


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