一瞬にして輝き終わる宝石のような決着を
『それ』は時間にして、ホンのコンマ何秒かの出来事であった。
あの、午前中の『長い睨みあい』が全く意味を成さなかったかの如く、一瞬で決着はついた。
先をとった笹川の『奥の手』は、やはり『居合い斬り』であった。
ただ、その居合いは唯の居合いでは無かった。
笹川は以前から『勝つイメージ』を考えていた。
『その技』は道場において、弟子である葛城の度肝を抜いて見せたのと同じ技であったのだ。
『試運転』に感触を得た笹川は意を決し、この場にその技を持ち込んだのだろう。
通常、抜刀は『右手』で行われる。
右で刀を抜きつつ、同時に腰を後ろに素早く『切る』ことで、最速の抜刀を実現するのだ。
だが、この時の笹川は違った。
鍔に掛かった『左手』をそのまま柄に持ち替え、その体で一気に左で刀を抜きに掛かったのだ。
更に、右手拳の背中で抜き掛かる刀身の背を強く押し、その『てこ』を利して刃先に圧倒的な速度を与えたのだ。
『足捌き』も普通の抜刀とは大きく異なる。
通常は左を大きく『引く』のだが、笹川が見せた『それ』はその反対に大きく前に『踏み込む』ものだった。
それは抜刀と斬りつけを同時に行う、まさしく『居合い』の技だった。
雷槌の如く疾走る刀の切っ先が、『何か』を捉える。
笹川の手元に『確かな抵抗感』が伝わった。
桜生の刀は、まだ自分の身体には届いていない。
‥‥勝った‥‥っ!
笹川は自身の身体の下に沈み込むかのような桜生の姿に、勝利を確信した。
しかし、次の瞬間。
キラリ、と何かが笹川の真下で光を反射した。
何っ!?
違和感を感じた時には、もう遅かった。
刀身の反射光を後ろに従えながら、桜生の放つ下からの一撃が笹川の左腕を捉える。
しまった‥‥!
自分の左腕は先程の攻撃で『伸び切って』いる。もはや、引き戻す事とて間に合いそうになかった。
ザン‥‥!
真っ赤な鮮血が潮風に舞い散る。
笹川の左腕が身体から離れ、空中へと高く舞い上がった。
それは、ゆっくりと弧を描いて空に上がり、やがて力なく落ち始めたのだった。
俗に『集中している一瞬は長く感じるものだ』と言うが。
この『一瞬』ほど、長く感じた瞬間は無かったと、アザミは思う。
笹川の斬られた腕からドクドクと、まるで毒蛇のように血が流れ出ている。
その光景の、何と美しく、何と罪深き事か。
世の中に、これほどまでに心踊る素晴らしい一瞬が存在するのだろうか。
その迸る血の一滴々が太陽の光を浴び、まるで紅玉を宙に散りばめたが如くに‥‥
アザミは、自身が予感していたその通りの恍惚感に酔いしれた。‥‥が。
‥‥ハッ!として、アザミはすぐに我に返った。
「それまでぇぇぇぇっ!勝負、ありっ!」
大声でアザミが怒鳴り声を上げる。
と、同時に素早く笹川の元に駆けつけた。
「‥‥。」
桜生は何も言わず、ゆっくり刀を下ろした。
「先生っ!今、傷口を縛りますから!」
言うが早いか、アザミは自分の髪を結わえていた紐をほどき、それでもって笹川の斬られた腕を固く縛り上げた。
兎に角、今は止血して出血量を抑えるのが先決だ。
「‥‥すまんな‥‥世話をかける‥‥」
笹川の声には、力が籠もっていなかった。
そんな笹川を無視し、アザミが桜生を睨みつける。
「何をボーっとしてのよっ!早く、この人をアタシの船まで運んで!一刻を争うんだからねっ!」
思わぬアザミの迫力に気押されながらも、桜生は笹川を背負って漁船目掛けて砂浜を駆け出した。
アザミは落ちた笹川の左腕を拾い上げると、そのまま自分の船に走り戻った。
そして操縦席から大きなビニール袋を取り出し、笹川の腕を其の中に入れると甲板に急いだ。
甲板の板を開けると、其処には大量の氷が敷き詰めてあるのが見える。
アザミの両親は近海で漁をして生計を立てている。
そのため、獲った魚を鮮度良く持ち帰るための『氷槽』が船にはあるのだ。
アザミは、腕の入った袋をそのままゴロリと氷槽に放り込んだ。細胞の腐敗や壊死を最小限に抑えるための処置である。
「行くわよ!」
掛け声一閃、アザミの漁船は船着き場を離れて港町目掛けて走り出したのであった。




