古狸の、その古狸たる所以を見るに
ザ‥ザ‥‥
笹川が足先で砂浜に線を引く。
それから歩幅で『3m』を計測してから、再び『線』を引いた。
「よし‥‥どうだろうか。目見当だが、ほぼ3mで良いと思うがね?」
笹川が同意を求める。
「ああ‥‥いいだろう」
『開始線』に、桜生が付く。
「ふむ‥‥では、始めるとするか」
その声を合図に、桜生が『構え』に入った。
スタンスを広く、膝を曲げて腰を大きく落とし、完全に半身の姿勢になっている。
刀は未だ鞘に収まったままだが其の右手はしっかりと柄を握り、左手は鞘を掴む形の、いわゆる『抜刀の体勢』である。
対して。
笹川は『ほぼ正対』の姿勢だ。
この『近間』だと言うのに、先程と相変わらずの右手はダラリで左手が鍔に掛かっているし、桜生のように鞘を後ろに引く事もしていない。
やはり『居合い』で斬り掛かる気‥‥か?
アザミはじっと、その様子を見つめている。
一説によると。
『居合い』の語源は『居合わせる』に由来するとも言われる。
すなわち、『すでに抜刀している相手』に『居合わせた』時、相手に遅れを取る事なく斬りつけるための技という意味である。
そのため『構え』としては必然的に『突然の出会い』を想定した自然体となるが‥‥
普通に‥‥いや、常識的に考えればだ。
余程に相手が格下であるなら話は別だが、実力を比肩するならば両者に『そこまでの差』は無いだろうとアザミは見ていた
そうであるとして、同時に斬り掛かるのなら桜生のように最初から『構え』ていた方がスタートの時間を短縮出来る分、より確実なのが道理だろう。
では、何ゆえ笹川は『居合いの型』にそこまで拘るのか。
腕の差にそこまでの自信があるのか、それとも『居合の技を遣う事そのものに拘りがある』のか‥‥
いや‥‥待てよ‥‥何か、ヘンだぞ‥‥
アザミが眼を凝らす。
‥‥っ!
急に、アザミには全ての得心がいった。
そうか‥‥そういうコトね‥‥なるほど‥‥ヤるじゃん、このクソ狸が‥‥っ!
『立会人』である以上、表情にも口に出す事も出来ないが、内心では高笑いが止まらなかった。
ははぁ‥‥『昼飯を食う』って、そういう意味なワケ?‥‥ヤなヤツだな‥‥
『それ』は、アザミが二人を真横から見ていたからこその『気づき』である。なれば『正面から正対している』桜生から『それ』を見抜く事は困難と言えるだろう。
更に言えば、だ。
よくよく見ると、桜生こそ『開始線』に足を掛けているが、肝心の笹川は『開始線』から1寸ほど足を引いて居るではないか。
実は桜生が一気に斬り掛かっていかないのも、この『1寸』が遠いからなのだ。
適当に線を引いたように見せかけて、その実は絶妙に計算された『笹川の間合い』と言えよう。
それは、『言葉のアヤ』とでも表現しようか。
確かに笹川は『開始線を引く』とは言ったが『開始線に足を乗せる』とは言わなかった。
であれば笹川の『引き』は、かなりグレーではあるが『ルール違反』と断言は出来まい。
やるね‥‥この古狸‥‥
アザミの脳裏に、笹川が必勝するイメージが出来上がる。
上手く事が進んだのなら、桜生の身体は『真っ二つ』とて夢ではないだろう。
立会人としての立場で言うなら片方に肩入れするという訳にも行くまいが、あえて『どちらが』と問われれば、紛うことなく『笹川に勝って欲しい』とアザミは願っている。
何しろ、桜生は愛しい鏑に大怪我を負わせた張本人なのだから。
仮にそれが自分の手で無かったとしても、その『罰』を文字通り『死ぬほど』に味わわせてやれるのなら、こんな痛快な話はあるまい。
そして満願叶って『そうなった』折には、心の底から大笑いしてやろうと思う。
アザミは片桐から「助かりそうな怪我人ならば、港まで搬送して欲しい」と頼まれていた。そう、飽くまで『助かりそうなら』である。
なのでこれが『真っ二つ』ともなれば、その要件には当て嵌まる心配はない。
その死体に錘でも着けて岩場から投げ込んでおけば、後は『たくさん居る』という魚達がキレイさっぱり骨にしてくれるだろう。
幸いにして此の骸島なら、何処で骸骨が上がったとしても『不自然』ではない。
まさに打ってつけではないか!
アザミの心の何処かにある、残酷のスイッチが音を立てて入る。
全身に鳥肌が立つのが分かる。
興奮で身体が微かに震え始める。
笹川は「こんな機会はない」と言ったが、それは『見る側』とて同じだ。こんな『見世物』を見る機会は生涯を通じて1回ある事が、もはや奇跡と云ってよい。
砂浜の緊張感が一段と増している。
決着の時は近い。
そして、笹川が『余していた1寸』を、詰めた。




