剣技の極めを如何にして示さんとするか
笹川は考えていた。
自分の得物は居合の技を遣う事を考え、スピード重視で『薄造り』の刀を選択している。
何しろ自分は桜生に何の因縁とてなく、ただ単純に『真剣での斬り合いがしたい』というだけの目的なのだから。
なので『一撃必殺』の刀は必要無かった。相手を戦闘不能に追い込めるのであれば『その程度』で充分なのである。
だが、桜生が『手に馴染んだ』という『銘・三代兼光』は違う。
昨日、武具を調べていた折には『もしや道場に持ち込んだままだったか?』と思ったが、まさか『持っていかれていた』とは流石に思わなかった。
『兼光』は比較的に重い刀である。
実重量を測ったことは無いが、多分1.3kg前後はある筈だ。
という事は、桜生は居合のスピード勝負に持ち込む気は『無い』と見て良いだろう。
それ自体は、別におかしな選択ではない。
何しろ自分より『速く』剣を繰り出せたとしても、これは剣道ではないのだから『一瞬、こちらが早かった』で勝負が着く訳ではない。斬る速度が拮抗していれば、相打ちだって充分に考えられる。
だとすれば‥‥
笹川はアイナメの煮物を頬張りながら、頭の中でシミュレーションしてみる。
桜生が、この後の闘いをどう考えているのか。
此処まで用意周到な男だ。桜生が笹川の事を『居合の達人』と知っている可能性は高いだろう。
だとすれば、ギリギリの間合いで自分の『抜刀』を躱して‥‥一撃で勝負を決めるつもり、か‥‥
ふふん‥‥私を舐めるなよ?
表情にこそ出さないが、笹川は意を新たにした。
「さて‥‥」
笹川が席を立つ。
「今が12時35分か‥‥では1時に、と言いたいところだが腹ごなしに時間が欲しいところだ。1時30分に再開としようか。それまでの間は休憩だ」
「‥‥ご馳走さまでした」
アザミも続いて席を立ち、空いた皿を流しに持って行こうとする。
「ああ、いいよ。置いといてくれれば。後で片付けるからさ。それよりも桜生君、君にひとつ提案があるんだが」
ニヤリと、いたずらっぽく笹川が笑う。
「このまま再開したところで、時間ばかりが掛かるだけだからさ。それではツマランだろう?そこでな、剣道の試合のように『開始線』を引こうかと思うんだ。‥‥どうだろう『間隔3m』で、どうかね?」
うっ‥‥
アザミが声を失う。
『3mの間隔』
それはどう見ても一方的に笹川の『間合い』だ。笹川にその気があるとすれば、一瞬にして刀身が桜生に届く距離である。
思ってたよりヤなヤツだな、この笹川という古狸は‥‥
飯を食わせた上で『挑発』して見せ、『断りにくくする』と。一見すると笹川はにこやかに笑っているようだが、その表情からは言外に『まさか怖じけてイヤとは言うまいな? 』というニュアンスが見て取れる。
なるほど、そういう駆け引きも兵法のひとつかと、アザミは内心密かに唸った。
だが、桜生は何事も無いかのように返す。
「‥‥いいだろう。それで、再開しよう」
そう言って、そのまま別荘の外に出ていった。
全く‥‥お互い、何を考えてンのやら‥‥
1時少し過ぎになってから、笹川はアザミを伴って砂浜に戻った。
陽は西に傾きかけ、すでに先程までの熱気はない。
「ひとつ聞いていい?」
アザミが尋ねる。
「なんで今回は葛城さんじゃなかったの?」
笹川は刀を腰に差し直している。
「まぁ‥‥『順番』というヤツだな。何しろ、真剣での斬合いばかりは安易に『腕試しに行って来い』という訳にはいかんから‥‥それとな」
笹川がアザミの方に向き直る。
「これが組討や当身‥‥はたまた合気だったらいざ知らず、真剣を使う『本気の剣術』というものはどれだけ学んだところで『実戦で使える』事は無いのだよ。いわば生涯を型稽古で終わるようなものだ。
これが、どれほど虚しい事か理解るかい?いくら剣の道を『極めている』と言ったところで、それは何の証拠も無いのだ。‥‥宮本武蔵の時代とは違うのだよ」
「‥‥。」
アザミは何も答えない。
「‥‥今になって、私は師匠の気持ちが理解る気がするよ。こうして真剣で対峙する事が出来る、恐らく生涯で唯一の機会だからね。他人に『譲る』なぞ、あり得ない話だよ」
笹川が砂浜の中央に向かって歩きだす。
その反対側には、桜生がすでに姿を見せていた。




