その島は亡骸の山に囲まれて
港町から小型船で30分ほどの沖合に、その島はあった。
今回、笹川は申し合いに際して『場所と時間』を自ら指定してきたのだ。
それには無論、理由がある。
何しろ『真剣』での闘いとなれば、お互いに唯では済まない。戦国時代ならいざ知らず、ヘタに街中で斬り合いにでもなれば、すぐにでも警察のご厄介になってしまうからだ。
それに『敵が何時やって来るか分からないから』と言って、何処かの泥棒のように四六時中に帯刀している訳にもいかない。
そして何より、決着が『どちらかの死』で幕切れとなった場合に。
必要以上に目撃者が居てもらっては困るからだ。
島の正式な名前は『無黒島』というが、地元の住民はこれを文字って『骸島』と呼んでいる。
第二次大戦の折、この島の高台に設置された高射砲で空爆に来る米軍機と応戦していたのだが、ついには爆撃によって破壊され、大勢の死者を出したのだ。
島には今でも多くの軍人達の遺骨が埋没しているとされ、『夜中に軍服を着た男が歩いている』とか『鬼火を見た』等の怪情報が出回り、その筋の間では有名な心霊スポットにもなっていた。
そのため、地元の人間でも滅多に近寄らないのだが‥‥
数年前に笹川はこの島を買い取って小さな別荘を構え、居合の仲間や練習生と共に『稽古場』として利用していた。
島の船着き場から数分歩いた場所に、少し広めの砂浜がある。
此処が、今回の『舞台』だ。
笹川は昨日の内に到着すると、この白浜に長く陣幕を張っていた。
更に手製の木台を用意し、自らが蒐集している武具のずらりを並べ置く。
そして自らは袴姿に身支度を整えると、肩には襷を掛け、陣椅子に座して『その時』をじっと待っていた。
ふと、沖に眼をやると一隻の漁船がこちら向かって来るのが見えた。
あれか‥‥
笹川は立ち上がって目を凝らした。
漁船はゆっくりと船着き場に入り、岸壁に止まった。
すると、漁船の操縦席から一人の‥‥出て来たのは桜生ではなく『若い女性』だった。
その女性は慣れた手付きで船を岸壁にもやうと、スタスタと笹川の方に向かって歩き始めた。
「ふむ‥‥桜生君かと思ったが‥‥アザミ君だったか」
笹川が声を掛ける。
「ええ、お邪魔だったかしらね。‥‥ああ、悪いけど漁労服だけ脱がさせてくれる?ゴムだから暑いのよ、コレ」
アザミは陣の中に入ると、そう言って漁労服を脱ぎ始めた。
「‥‥君は、立会人として来たのか?」
些か眼のやり場に困りながら、笹川が尋ねる。
「そう。片桐先生から頼まれててね。だって『血を見る闘い』でしょ?『普通の人間には頼めないから』ってサ。まったく、頼られてンだか馬鹿にされてンだか」
身軽な格好に戻ってから、アザミは近くにある岩に腰掛ける。
「‥‥時間は?11時開始だっけ?」
「ああ。11時だから、あと少しなんだが‥‥私はてっきり『その漁船』で来るものだとばかり思っていたが、アテが外れたな」
笹川は再び海に眼を転じるが。
やはり、沖に船影は見えない。
「アタシの漁船に?ううん、『それ』は頼まれてないわよ。桜生君がどうするつもりなのか、聞いてないし」
アザミが首を振った。
「だとすると‥‥さては武蔵よろしく、『遅刻』という手でも使うかな?」
笹川が苦笑いを浮かべる。
しかし、『それはない』
アザミはそう考えていた。
そもそも武蔵が決闘に『遅刻』して小次郎の苛々を誘ったというのは史実ではないし、今回の場合は遅刻してもメリットがない。
戯曲において武蔵は『ワザと』遅刻することで、沈みかける太陽を背にして闘ったとされるが、この砂浜では太陽は『山側』に沈むのだ。それも結構な高さの山だから早々に砂浜は陰になる。
であれば、ワザと遅刻しても特に利があるとは思えなかった。
「うむ‥‥」
笹川は立ち上がったままで沖を眺めている。
そして、腕時計に眼をやった。
「11時ジャストだが‥‥気配、なしか‥‥」
その時だった。
バサ‥‥と、音を立てて背後の陣幕が捲り上がった。
そして桜生が、その砂浜に足を踏み入れてきたのだった。




