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五縄の桜  作者: 潜水艦7号
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それこそが我が望みなればこそ

五縄流の各流派は、基本的にそれほど大々的な道場を開けているわけではない。

柳枝や片桐のように道場そのものを持っていない場合すらある。


そんな中にあって、唯一例外的に50人以上の門弟を抱えているのが五縄流剣術師範、笹川良平であった。


とはいっても、それは剣術の指南ではなく『表向きの』剣道場としてである。

笹川は昔から社会人の剣道大会などにも出ており、全国優勝もしている地元の『顔』なのだ。


笹川の剣は独特である。

豪快に振り込んで来ると思いきや、風に舞う羽の様に太刀筋が消えもする。


変幻自在に切り込んでくる笹川のスタイルは、何時しか『笹川幽霊流』などと呼ばれるようになっていた。


その源流は何といっても剣道ではなく本職である『剣術』にある。

中でも、笹川が最も得意とする居合抜きの『型』こそが、その剣技を支える元になっていると言って良かった。


笹川の道場では週中の夜間で子供や青年に剣道を教え、土曜日の夜に35歳以上に練習生を限定した居合道場を開いている。

年齢を限定しているのは、刀身の持つ『魅力』に若い世代の人間が『飲み込まれる』のを避けるためだと、笹川は説明していた。



その日。

自他ともに笹川の『一番弟子』と目されている葛城が、夜の道場にやって来た。


中の電気は消えているが、玄関の鍵は開いている。


ガラガラ‥‥

戸板を開けて、葛城が中に入る。


ミシ‥‥

床板が微かに音を立てる。


暗くて分かりにくいが、上座に座っているのは紛れもなく笹川だった。


「うん‥‥?こんな夜更けに誰かと思えば‥‥葛城君か。どうした、忘れ物でもしたのかね?」

真っ暗な道場の中でも、笹川の眼は葛城を捉えていた。


「恐れ入ります」

葛城が頭を下げる。


「さきほど、『柳枝鏑君が片桐桜生に負けた』との噂を耳にしましたので。‥‥次は『私の番』かと思い、ご挨拶に伺いました」

葛城は笹川の下手に正座した。


「ああ‥‥そうらしいな。だが、残念な事に『君の出番』ではない」


「‥‥は?」

葛城が眉をひそめる。


「と、言いますと‥‥次は我々ではなく『黒壇家』の方に?」


「いや、そうではない。君ではなく、『この私』が相手をするのだよ。直々にね」


暗くて笹川の顔色はよく見えない。だが、その声色に迷いは感じられなかった。


「えっ‥‥!そ、それはどういう事でしょうか?五縄流の後継者争いは『一番弟子』が出るのが、習わしでは?」


「ああ、そうだ。だが、前回の宗家争いに『私』は参加していないのだよ。前回に出たのは私の師匠でね。年齢的に、私が少々若かったものでな‥‥だから権利は私にもある」


前回の宗家争いは30年前で、笹川は当時二十歳だった。当時の師匠が「剣道家として先の有る者のする事ではない」と、笹川を出さなかったのだ。


「いや、しかし‥‥」

葛城は困惑していた。


「葛城君が血気に早る気持ちも理解出来ん訳ではない。当時は私もそうだったからな‥‥だが、君を出さないのには3つの理由がある」


そう言って、笹川は葛城の眼前に指を三本立てて見せた。


「よいか、ひとつ目は『桜生君が非情な攻めに徹していること』だ。彼は剣道家‥‥いや、格闘家として相手に『必要以上の怪我をさせない』等という『情け』を持ち合わせていないようだ」


楠源一郎は左肘関節を骨折しているし、柏木重道も右腕肘靭帯を損傷している。柳枝鏑は肋骨の損傷で入院中だ。


「それは‥‥しかし、五縄流とは『そういう流派』であれば、その申し合いに怪我は付き物と覚悟するのが筋では無いかと」


「‥‥やめとけ。全国大会は2ヶ月後だぞ」

笹川が首を横にふる。


「ふたつ目の理由はな、これが真剣での申し合いであることだ。‥‥竹刀や木刀とは訳が違うぞ?」


「ですが!」

葛城が食い下がる。


「失礼ながら申し上げれば、史実として知られる巌流島での戦いにおいて、宮本武蔵は木刀で佐々木小次郎と戦いこれに勝利しております!であれば、必ずしも真剣ばかりが絶対の条件で‥‥は‥‥」


最後は、声にならなかった。

何故なら葛城の首元に、ギラリと光る刀の切っ先が突き立てられていたからだ。


い‥‥何時の間に‥‥


言葉が出ない。

いや、僅かほどとて動く事は出来そうになかった。


刀身が、窓から入る月の光を反射して怪しく輝いている。


「うっ‥‥」

葛城が唸る。


何が起こったのか、全く理解出来なかった。


「ふふ‥‥『見えた』かな?今のが‥‥」

笹川が刀を鞘に戻す。


「‥‥。」

葛城は何も言えなかった。


あまりにも、世界が違い過ぎる。

葛城も長く門弟をしているが師の『本気の居合』を体験するのは、これが初めてだ。もしも師がその気であったとしたら、葛城は今頃あの世の客になっていたであろう。


「おっと、話の途中だったな。『3つ目の理由』だ。それはな‥‥」

すっく、と笹川が立ち上がる。


「何よりも私自身が求めているのだよ、『真剣での斬り合い』というものをね‥‥」


月明かりが笹川の頬を照らす。


その表情に、まるで刀に取り憑かれたような狂気があるように葛城は感じ、身震いが止まらなかった。


「‥‥葛城、私に『何か』があったら、その時は此の道場を頼んだぞ」

そう語る笹川のセリフは、奇しくも30年前に師が笹川に語った言葉そのものであった。



主人公・桜生の闘いも残り2戦となりました。

ここから物語は後半部分に入ります。


残す2戦はこれまでとは少し毛色が変わります。

何というか、基本形からの応用形というか。


キッカケは笹川の「これは真剣での申し合いだから」というセリフです。

自分で書いておきながら、え‥‥マジでそれをやるの?この現代に?と、考え込んでしまいました。


しかしながら。

もしも剣術家・笹川が実在したならば、本気で真剣での申し合いを望むだろうと思うんです。そんな中途半端に木刀や竹刀での安易な決着は望まないだろうと。

生きるか死ぬか、そんなサムライの決闘を所望するのでは、と。


だとすれば。

此処は逃げずに真っ向から文字通りの「真剣勝負」とは何かと向き合うべきかと考えたのです。


真っ向勝負という観点から言えば、結果的に対・笹川戦は自分として最も思い入れのある一戦になりました。

後の後日談と合わせてお楽しみ頂ければ幸いに存じます。


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